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乙女達の収穫祭

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乙女達の収穫祭

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第4章 ようこそおいで下さいました。


 目当ての館は石造りの高い壁に囲まれており、外からはその全貌が見えなかった。
 長く続く壁の一角に頑丈な木製の両開きの門があり、開かれた門の前では、美しい婦人と数人のメイドが彼女達を出迎えた。
「ようこそおいで下さいました、お嬢様方。私がお手紙を差し上げたメアリ・ミラーと申します」
 年の頃は30代半ばといった所か、療養中というメアリの顔色は確かに健康的とは言い難かったが、金色の豊かな髪を上品に結い上げ、淡いラベンダー色のドレスに身を包んだ彼女の姿からは、事前に聞いていた噂をうかがわせるものは少しも見当たらなかった

 乙女達は次々に馬車から降り、メアリの元へと向かった。
 有栖は、緊張しながら、制服のスカートの裾をつまみ、何度も練習した正式な挨拶をメアリの前で披露する。
「この度はお招きありがとうございます」
「よくいらして下さったわ。楽しんでいって下さいね」
 メアリの笑顔にほっとして、有栖は友人達と一緒に門をくぐった。ここから館までは徒歩だ。結構な距離があるが、庭のあちこちに飾られた彫刻や花壇が、館までの道を楽しませてくれるだろう。

「初めまして。今日はお世話になります」
 満夜は、きちんと頭を下げて挨拶した。社交界の心得がないことを不安に思っていたが、メアリは満夜の真摯な態度に好感を持ってくれたようだ。
「ようこそ。貴女のような若くて健康な方がたくさんいらしてくれて、とても嬉しいわ」
「ありがとうございます」
 満夜は挨拶を無事に済ませた安心感にほっと胸をなで下ろしながら門を入った。その背を見送りながらメアリは手にした扇の影でそっと微笑んだ。
「ほんとに。とっても嬉しいわ……」
「あの、ミラーさん?」
 百合園女学院生の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が声を掛けた。慌てて振り返ったメアリは、すぐに柔らかな微笑みで答えた。
「まぁ、貴女もとても素敵ね。よくいらしてくれたわ」
「あ、ありがとうございます。ええと、お招きありがとうございました。お加減はいかがですか?」
 歩がそう尋ねると、メアリは艶を含んだ瞳で歩を見た。
「今日はとてもいいわ。貴女のような若いお嬢様さんに囲まれていると元気を分けていただいているようよ」
「そ、そうですか」
 歩は危険な視線にごくりと喉を鳴らした。
(間違いない、やっぱりこの人、……女の子好きなんだ!)
 歩が次の会話を迷っていると、メアリは別の子に話し掛けられ、そちらを向いた。
 歩はメアリから少し離れると館へは向かわず、目立たないように彼女を監視した。そういう趣味については百合園でも結構聞いているので偏見はないが、もしもメアリが少女達の中から遊び相手を選ぶつもりなら、先輩として守ってあげたい。先にメアリが気に入った子を覚えておけば、守るのも楽になるだろう。
 歩がそう思っている傍から、メイド服を着たシャンバラ教導団の真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)と、ゴスロリ服を着たパートナーのアリス、真黒 由二黒(まくろ・ゆにくろ)が揃ってメアリに挨拶をした。
「きょうは、たのしみにしてきたの!」と雪白が笑顔を向けると、
「事前に勉強はして来たから、見事に踏んでみせるわ」と由二黒が自信を見せる。
「可愛らしいお嬢様方だこと。出来上がりは、きっと一級品になりますわね。歓迎しますわ」
 メアリが2人に触れようと手を伸ばすのを見た歩は、慌てて2人の肩を押し、門の中へと導いた。
「はーい、こっちだよー! 前の人に着いて行ってね」
 雪白と由二黒は不自然さに気付かず、大人しく歩の誘導に従った。

 次に、メアリの前にオルフェリアがやってきた。
「初めまして。お手紙を拝見したのです。オルフェではミラーさんの話し相手にはなりませんか?」
「まあ、私を慰めて下さるのね。お姿だけでなく、なんて心の清い方。貴女ならきっと、私を助けて下さるわ」
 メアリはそっとオルフェリアの手をとり、両手で包んだ。
「オルフェリア様ーっ!!」
 軍用バイクで着いてきていたミリオンが、悲鳴に近い叫びを上げた。
「いけませんっ、そんな得体のしれない女と手を握り合うなど!!」
「お連れの方?」
 メアリの言葉に、オルフェリアが申し訳なさそうに頷く。メアリはオルフェリアの肩を抱き、ミリオンを一瞥した。
「困りましたわね。葡萄踏みは乙女達だけでやるものと決まっておりますのよ。スカートをたくし上げたりしますものですから、不埒な考えをお持ちの殿方が出ないとも限りませんでしょう。収穫祭までは殿方の出入りを禁じてますの」
 決して通さないという意思表示のように、長槍を持ったメイド達が走り出てギロリとミリオンを睨んだ。
 メアリに促され、オルフェリアがミリオンを説得にかかった。
「ミリオン、そういうわけなのです。収穫祭まで館の外で待っていて欲しいのです」
 オルフェリアのお願いと彼女を心配する気持ちとの板挟みでミリオンは苦しむ。いつの間にか戻って来た歩がメアリの手からオルフェリアを連れ出し、門の中へと押しやった。
「入るなら今のうちだよ!」
 歩に後押しされ、オルフェリアはミリオンを心配しながらも、皆と一緒に中へ入って行った。
「オルフェリア様! 何かあればすぐにこのミリオンが駆けつけます! どうか、どうかご無事でーっっっ!!」
 ミリオンは、オルフェリアの後ろ姿に向かって今生の別れのように叫んだ。

 そんなミリオンの横をすり抜けた百合園女学院の高務 野々(たかつかさ・のの)は、メアリに向かって優雅に一礼し名を名乗ると、やってきた目的をメアリに告げた。
「本日は、葡萄踏みのお手伝いではなく、こちら様のメイドとして働かせていただきたく参上いたしました」
「まぁ。ごめんなさい、メイドは足りておりますのよ」
 どう断ろうかと思案するメアリに野々が食い下がる。
「そこをなんとか、ぜひ一日で良いのでメイドをさせていただきたく!」
「困りましたわねぇ」
「きっとお役に立てると思います。それに、私よりほかに、メアリ夫人を理解できるメイドはいないと自負しております」
「………そうかしら?」
 すっとメアリの気配が冷ややかなものになる。野々はそれに気付かず、自信をもってメアリに言った。
「私にとっては、誰かの為になる事をさせていただくのが、もっとも楽しめる事なのです」
 野々の言葉にメアリがくすくすと笑いだす。
「面白い娘さんだこと。いいわ。よろしくてよ。それほどおっしゃるなら、収穫祭まで働いていただこうかしら」
 メアリは野々に笑顔を向け、早速、指示を与えた。
「それではまず、館のメイドと一緒にお嬢様方のお昼の給仕をお願いできて?」
「かしこまりました」
 野々は洒落たメイド服の裾をつまんでお辞儀をすると、軽やかな足取りで館へと向かった。雇ってもらったからには、メアリが百合園の皆と楽しいひと時を過せるよう、精一杯頑張るつもりだ。同じ可愛い女の子好きとして、きっと理解しあえるはず!と思いながら、野々はこれから迎える領主館でのメアリに仕えるメイド生活に胸を躍らせた。

 酒場兼食堂兼宿屋を出て館までやって来た朔と鳳明、天樹の3人は、到着の賑わいにまぎれて、招待客として館への潜入を試みた。
 なるべく幼く見えそうなメガネで変装した朔が門をくぐり、鳳明がそれに続こうとした途端、門の左右に立つ門番メイドの長槍が交差するようにして鳳明につきつけられ、その足を止めた。
「申し訳ございませんが」
「20歳以上の方の立ち入りはご遠慮願っております」
 無表情のままそう言うメイド達から、鳳明は真っ青になりながら慌てて離れた。
 それを見ていた天樹は、吐き気を抑えるように口に手を当ててしゃがみこむ鳳明を心配し、精神感応のテレパシーで声をかける。
「(……琳、どうしたの?)」
「う、ごめ……ちょっと、槍の先が近かったもんだから……」
 先端恐怖症の鳳明には、長槍での見張りは効果的だった。
「(……大丈夫?)」
「うん、平気。いつもの事だし。天樹ちゃんは、朔さんと一緒に館に入って」
「(……わかった。暗くなったら…開けるから)」
「お願いね」
 天樹は頷き、門のそばで待っていてくれた朔の元へ小走りで向かった。メイド達はぴくりとも動かず、天樹を中に通してくれる。
(うぅ、天樹ちゃんは入れるんだね…)
 鳳明は妙な敗北感を味わいながら、2人を見送った。

 鳳明が門で足止めを食らったのを見た空京大学生の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、馬車の窓を鏡代わりに、もう一度普段のイメージと違うメイクで幼顔になった自分を確認してから門へと近づいた。噂を危険と判断し、百合園の生徒が狙われていると睨んだ祥子は、百合園に多くいる友人の為にも放っておけないと真相究明に乗り出した。しかし、まずは館に入らなければ調べようがない。祥子は緊張しながら、門をくぐった。
 門番のメイドはちらりと祥子を見たが、その手にある長槍は祥子の侵入を拒む事無く、門を通した。
(……化粧って、詐欺みたいなものよね)
 祥子は無事に入れた事にほっとしながらも、複雑な気持ちで思った。
 すんなりと門を抜けてきたパートナーの魔鎧、那須 朱美(なす・あけみ)がからかうように祥子に言う。
「若作りすればできるもんだねえ。きっちり「乙女」に化けてるよ」
「このくらいの若作り、誤差みたいなもんだわ。とりあえず、ここで年の話はよして。さっさと行きましょう」
 メイドやメアリに見咎められる前にと、祥子は朱美の背を押して門から足早に離れた。
 そうして乙女達が次々と門をくぐる中、蒼空学園生のアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、さりげなく御者頭の男に近づいた。
「あの、お世話になりました」
 アリアの労いに、御者頭の厳しい顔がほころぶ。
「いやぁ、お嬢さん方はお行儀がいいから、楽なもんだよ」
「ありがとうございます。それで、あの、こちらの方は、最近お引越しされたって伺ったんですけど、以前はどんな人が住んでいらしたんですか?」
「さあねぇ」
「え? 村の方…ですよね?」
「いいや、俺達はヴァイシャリーの観光協会の者だよ。子爵夫人の依頼で、ヴァイシャリーから君達を運んで帰るとこさ。そうだ、機会があったら、帰りもウチに頼んでくれるよう夫人に話してくれないかい?」
「あ、はい……」
 知りたかった情報のあてが外れたアリアは仕方なく馬車から離れた。御者たちが御者頭の合図で帰り支度を始める。
 アリアは門の前までくると、その向こうに見える館を見つめた。おとぎ話から抜け出たような立派な建物は、なぜか空々しく、アリアには不気味な牙を隠し持っているように感じる。アリアは深呼吸すると、意を決して門をくぐった。
 その後ろで、門番メイドがガチャリと長槍を交わし、ロングヘアーの女生徒の侵入を止めた。
「申し訳ございませんが」
「男性の方の立ち入りはご遠慮願っております」
 女装して同行していた正悟は、しばらくメイド達と睨み合っていたが、今、事を荒立てるのはまずいと判断して引き下がった。
「残念、ダメか」
 同じくメイド服で女装していた蒼空学園の本郷 翔(ほんごう・かける)とパートナーで守護天使のソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)も正悟と同様に門前払いになった。
 ソールはウェーブのかかった金色の長い髪を右手で後ろに払いながら、不服の声を洩らす。
「こんなに似合っているのに追い出すとはね!」
「そういう問題ではございません」
 門番メイドの冷静なツッコミに、ソールは面白くなさそうな顔になる。
「参りましょう、ソール。ここは想定内でございます」
 やり込められたソールを見て微笑みながら、翔はソールの腕を引っ張り門から離れた。
(やはり、他の方法を探さなくてはなりませんか……)
 思案する翔の隣で、ソールは館に入れなかった事にまだ不満げな様子だった。それを見ていた女装姿の社は、寺美の着ぐるみの大きな頭をぺしりと叩いた。
「見てみぃ、女装したかて無理やないかい!」
「はうぅ〜、痛いですぅ」
「大体なぁ、もし入れたかて、こんな格好、あゆむんやアリスさんに見られたらどないすんねん! 生き地獄やないかいっ!」
「私がなんですって?」
 社の背後から、聞きなれた声が掛けられた。社の言うところのアリスさんこと、百合園女学院の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が腰に手をあて、女装姿の社を見ていた。
「ずいぶんと可愛らしい恰好ですわね」
「ぎゃああああっっっ!」
 悲鳴をあげる社に寺美が慌ててボディーブローを喰らわせた。
「ぎ…ぐほっ!」
 社が腹を押さえてその場に倒れこむ。
「ダメですよぉ、社。あんまり騒ぐと他の人にも見つかってしまいますぅ」
「おま…もうちょっと……ちがう…止め方は……」
「まったく。大方、百合園生目当てなのでしょうけれど、そんな変装じゃ百年たっても入れませんわ。もっとも、可愛くした所で私の妹には到底なれそうにありませんけれど」
 亜璃珠が呆れたように社に言い、連れの後輩、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)に優しく微笑んだ。
「御姉様……」
 亜璃珠に見つめられた小夜子は頬を染めて俯く。社は寺美に支えられて上半身を起こしながら、亜璃珠に向かって疑問をぶつけた。
「ところでアリスさん、年齢制限大丈夫なん?」
 ピシリと空気が一瞬で凍りつく。
「……ねぇ、小夜子。あなた確か、葡萄踏みを見たことがあるって言ってましたわよね?」
「は、はい、御姉様。やった事はありませんが、地球にいる時に見た事がありますわ」
 小夜子は亜璃珠がなぜ今そんな事を聞くのか分からないまま、素直に答えた。
「そう。あなたのお話では確か、こうやって踏むのよね?」
 亜璃珠はスカートのすそをつまむとすらりとした足を覗かせ、そのまま社の足の間を踏みつけた。
「ぎゃああっ!!」
「確か、葡萄の、タマを、ぷちっと、つぶすように、踏むのよねぇ?」
「お、御姉様、……さすがに、ヒールはむごいかと……」
 小夜子は社から視線を反らしながら言う。亜璃珠は社が白目を剥いて倒れたのを確認すると、ようやく足を引いた。
「そう? 本番では気をつけるわ」
 亜璃珠はにっこりと微笑み、小夜子を伴って門の中へと消えていった。
 残された寺美は気絶した社を急いで揺り起こす。
「社、よかったですねぇ! これで館に入れるかもしれませんよぉ!」
「……そのデリカシーのない前向きな姿勢には、ほんまに殺意が芽生えるわ」
 力なく言う社の言葉に、寺美はこてんと小首を傾げた。
「はぅ?」
「もうええ……」
 社はがっくりと肩を落とし、立ち上がれるまで手近な茂みに避難して痛みをやり過ごす事にした。

 表の騒ぎにまぎれ、館の裏へと回ったイルミンスール魔法学校生の五月葉 終夏(さつきば・おりが)と、パートナーの英霊、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)は、警備の手薄な場所を選んで『光る箒』に乗り、空から館に侵入した。光る箒の輝きも真昼間ならばそうは目立たない上、普通の『空飛ぶ箒』に比べて素早く行動できる。侵入を果たした2人は、微かな足音を聞いて庭の端の茂みの陰に飛び込んだ。同時に長槍を手にした数人のメイドが裏庭に現れた。
 今まで何の気配もなかったのにどうやって異変を感じとったのか、メイド達が無表情のまま庭を調べるのを見ながら、終夏はいつでも逃げ出せるように体制を整えた。
 その時、メイド達に、裏門の外から爽やかな声が掛けられた。
「やあ、キミ達! ちょっといいかい?」
 見れば、村人に変装したリオンと紫が食料の入った箱を抱えて立っている。
「僕達、収穫祭用の食材を届けに来たんだけど、開けてもらえないかい?」
「………」
 メイド達は無言でリオン達を見つめる。
「いつもの食料品屋の村人は僕の遠い親戚でね。ええと…」
「急なケガ」
 紫が言い淀むリオンに助け船を出す。
「そう、急なケガで僕らが代わりに届けに来たってわけさ。どうだい、完璧な話だろう?」
 茂みの陰でそのやり取りを聞いていた終夏は小さくため息をついた。
(嘘くさ……)
 しかし、メイド達はツッコミを入れるでもなく、笑うでもなく、淡々と返事を返した。
「申し訳ございませんが」
「食料品の配達は頼んでおりません。お引き取り下さい」
 リオン達をあっさりと断ったメイド達は館の方へと引き上げて行った。
「やっぱり、明らかに可笑しいようだね」
 リオンが紫に囁く。紫は裏門の格子の隙間から庭の様子を伺った。庭は静かで使用人の姿もない。おかげで、噂の井戸らしきものを確認することができた。
「お祭があるっていうのに、この静けさは変よね。食料品もいらないだなんて、勘ぐられても仕方がないわよね」
 2人は夜に出直す事に決め、その場を後にした。

「助かった」
 終夏は詰めていた息をふぅと吐き出すと、音を立てないよう気をつけながら茂みから出た。
「フラメル、大丈夫?」
「……大丈夫に見えるかね?」
 茂みにまともに顔を突っ込み、終夏の下敷きにされていたニコラが地面に伏したまま尋ねた。
「うん。じゃ、屋根までもうひとっ飛び、行ってみようか」
 容赦ない終夏の答えに、ニコラはムッとしながらも汚れを払うと『光る箒』に跨った。