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第9章 お風呂も旅の醍醐味


「いやぁ〜、来てよかったぁ! これぞ、極楽〜!」
 未沙は、湯船に浸かりながら目の前の絶景を愛でていた。あっちを見てもこっちを見ても白くて柔らかそうなごちそうでいっぱいだ。
 そんな視線に気づかず、満夜は暖かいお湯に身体を休める心地良さに和んでいた。
「やっぱりお風呂に入ると、疲れが癒されますね」
 満夜は、細い足首を下からふくらはぎまでぎゅっぎゅっと揉んで、葡萄踏みで頑張った足を労う。
 レキが、ぐっと両手をあげてのびをした。
「あ〜、温泉行きたいなーっ!」
 沙幸は、脱衣所に置いてきた収穫祭の衣装の白いブラウスについた葡萄のシミが気になってゆっくりする気分にはなれなかった。
「シミになっちゃわないかな? お風呂場で洗った方がよくない?」
 心配する沙幸に、エレンディラが安心させようと話しかける。
「あとで私がきちんと『ランドリー』で元通りのきれいな衣装にしてお渡ししますから、大丈夫ですよ」
 エレンディラの言葉に、沙幸はよろしくお願いしますと頭を下げた。
 ネージュは、くんくんと自分の髪の匂いを確認すると、うーんと唸った。
「きちんと洗っても、まだ少し匂いが残ってるみたい」
 イングリットがネージュの頭に顔を近づけ、くんくんと鼻をならす。
「もうほとんどわかんないよ! それに、イングリット葡萄の匂い大好きだから、嬉しいよ!」
 お前が言うなとツッコミが入りそうなものだが、その横でまだひたすら謝っているエレンディラの前では、なかなか難しいものがある。
 先に湯船から出たレキが、洗い場で皆に声を掛ける。
「せっかくだから、背中の流しっこしようよ!」
 未沙がチャンスと立ち上がる前に、葵が元気よく湯船を飛び出した。
「はーいっ! やるやるーっ!!」
 2人1組としてちょうど4組でやるはずのそれは、いつの間にか、きゃあきゃあとはしゃぎながら、誰彼かまわず泡をくっつける競争になってしまう。イングリットは大喜びで、泡だらけの身体で走り回った。
 そんな喧騒の中、未沙の中にもう一度野心が生まれた。
(これは、もしかして絶好のチャンスってやつ!?)
 誰にしようか迷いながら、とにかくチャンスを逃すまいと手近な山に挑もうとしたその時、
「そこだっ!!」
 レキが近くの桶を思い切り未沙の方に投げつけた。
「ひっ!!」
 桶は未沙の頭上を通り過ぎて入口にあたると、粉々に砕け落ちた。
「なっ…なっ…」
 動揺する未沙の横を駆け抜け、レキが殺気を込めて入口を開けると、そこにはお湯を持ったメイドが立っていた。
「お湯を足させていただきます」
 レキは勘違いだとわかると、慌ててメイドに謝る。
「ごめん、なんか視線を感じたから、てっきりチカンかと思ったよ」
 メイドはレキを気をとめず、湯船にお湯を足すと、一礼して戻って行った。
 レキは、そこでようやく怯える未沙に気がついた。
「ごめん! 当たらなかった? 悪い、怖かったよね。ちょっと、チカンとかって許せなくってさ、手加減出来ないんだよ。大丈夫?」
 未沙は無言でカクカクとうなずいた。
(未遂で良かった……)
 暖かいお風呂のはずなのに、なぜか鳥肌のおさまらない未沙だった。