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第13章 娘達の真相


 井戸で戦闘が起きるしばらく前に、歩は、同室になったミルディアの眠り方の不自然さに不安を感じていた。メアリと話していて葡萄踏みを遠くからしか見ていなかった歩に、葡萄踏みやその時の皆の様子を楽しそうに話していたのに、突然、崩れるように倒れると寝息をたて始め、いくら揺すっても起きないのだ。
 病気ならば大変だと心配した歩は、人を探して部屋を出た。

 そこから少し離れた暗い廊下を、偽メアリは燭台を手に歩いていた。その顔には期待に満ちた邪悪な笑みが浮かんでいる。
「メアリ夫人?」
 突然声を掛けられ、偽メアリはびくりと肩を震わせた。
「どうかなさいましたか?」
 メイドの野々に尋ねられ、偽メアリは返答に困った。
「いえ、あの…」
「御用がおありでしたら、私が承ります」
「……貴女、葡萄は食べなかったのかしら?」
「さきほどいただいた儀式の葡萄でしたら、お仕事が終わってからいただきます。それで、メアリ夫人はこんな所で何をされていらっしゃるんですか?」
 話題を戻され行動を問われた偽メアリは思わず動揺した。そこへ、人を探していた歩がやって来た。
「あの! 同室の娘の様子がおかしいんだけど、ちょっと来て様子を見てもらえないかな?」
 野々がどんな風におかしいのか聞くと、歩は、葡萄を食べた後のミルディアの眠り方の不自然さを訴える。
 歩の話を聞き終えた野々が、メアリの方に向き直った。
「わかりました」
 偽メアリは、自分の企みが露見したと覚悟した。野々が続けて言う。
「他にも葡萄を食べて同じ症状を起こした方が出たんですね? それで、メアリ夫人はその人の所に向かおうと、こんな所を歩いていたんですね」
 野々の言葉に、偽メアリの眉間にシワが寄る。歩がそうかと手を叩いた。
「じゃあ、あの葡萄、痛んでたのかな?」
「痛んでるとお腹が痛くなると思いますので、こちら特有の葡萄の病気にかかった実とかではないでしょうか」
「そういうのって、ヒールで治るかな?」
 見当違いの会話を交わす2人を見て、偽メアリは疑心暗鬼になる。
(この娘達、全部わかってて言ってるんじゃないでしょうね……)
 偽メアリは、自分を疑ってないとアピールするかのような会話に、騙されまいと用心した。そっちがその気ならと、偽メアリは2人に優しく声を掛ける。
「そういう症状を治す薬草が地下の貯蔵庫にありますの。一緒に取りに行って下さる?」
 2人は、快く承知した。


 裏門から敷地に入った鳳明は、先に潜入していた天樹の情報をもとに『ブラックコート』と『ベルフラマント』で気配を消し、庭のアンデッドを出来るだけ避けながら『軽身功』で壁を伝うと、館への侵入に成功した。
 すぐに待っていた朔と合流し、朔が昼間目をつけておいた場所を詳しく調べ始める。
 いくつか見てまわると、次にメアリの私室にやってきた。
 朔の『超感覚』で中に何の気配もないとわかると、鳳明が『ピッキング』で鍵を開け、天樹が『ダークビジョン』で暗い部屋の中を覗き、誰もいないのを確認して部屋のなかにそっと忍び込んだ。
 朔が、手にしたビデオカメラを赤外線モードに変え、部屋の中をぐるりと撮影する。暖炉の上に並ぶ写真を映した時、違和感を感じてそこに近付いた。
「(琳、…ここ、変だよ)」
「どこ?」
 天樹の示す先を見れば、争ったような形跡があった。わずかに血の跡も確認出来る。
「この血、夫人のかな? それとも、私達みたいに忍び込んだ誰かの血かな?」
 鳳明の言葉に、朔が答えた。
「夫人ではないな」
「どうしてわかるの?」
 朔は鳳明に暖炉の上にあった写真の1つを差し出した。そこには、館の紋章をつけた髭面の紳士の横で微笑む、見知らぬ女の姿があった。
「これ、誰?」
 天樹も、床に落ちて割れていた写真立てから写真を拾い上げ、鳳明に渡した。表には同じ男女の姿が映っており、裏には、『主人と』という言葉と1年前の日付が書かれ、メアリ・ミラーのサインがしてあった。
「これがメアリ・ミラー? それじゃ、門でメアリ・ミラーって名乗ったのは、……誰?」
「この血があの女のものだったとしても、『メアリ・ミラー』夫人のものではないようだな」
「偽夫人を探そう! なんでこんな事をしているのか、聞かなくちゃ!」
 3人は、メアリの私室を後にした。


 終夏達の助けを借りてアンデッドのうろつく庭を突っ切り、翔とソールは使用人の働いている区画に赴いた。
 表に出せない館の事情は使用人に聞くに限る。勝手知ったる他人の館、こういう場所には馴染みのある執事の翔が、経験から構造を読み取り、あっさりと館に侵入を果たした。
 ひとりで雑事を片づけているメイドを見つけると、ソールが彼女の背後に忍び寄る。
「ごめん」
 耳元でそう囁くと身体を抑え込み、騒がれないよう口を塞いで物置に連れこんだ。
 しかし、騒ぐ事もなく、虚ろな瞳でぼんやりとしているメイドの姿に、翔は確信した。
「確かめるまでもござません。明らかに、自由意思で行動されてはいらっしゃらないでしょう」
 ソールはそっと、メイドの頬を撫でた。
「かわいそうに……。女の子にひどいことしやがるぜ。待ってな、今、俺がもとに戻してやるからな」
 ソールは『清浄化』を使い、彼女の心身の異常を取り除いてやった。
「……あたし、えっと……」
 まだ少しぼんやりとしながらも、生気が戻った瞳に戸惑った表情を浮かべるメイドを見て、翔はよかったと思いながら、安心させるように今の状況を話して聞かせた。
「出来ましたら、何か覚えている様な事があれば、教えていただけませんでしょうか?」
 翔に尋ねられ、考え込んでいたメイドは、見る見る蒼褪めた。
「あ、あたし…っ」
 翔とソールは、パニックを起こしそうになる彼女を慌てて宥めた。ようやく落ち着いたメイドは、泣きじゃくりながら、話し出す。
「奥様は、吸血鬼ですっ! でも、普通の吸血鬼の人とは違ってて、あ、あの方は、血を肌から摂取するのが大好きで、あたしたち、血を吸われて下僕にされて…っ、命令されるままに血を差し出して……。奥様は、たくさんの女の子達から死なないように少しずつ集めるんです! あ、あたし…っ、どうしようっ、命令で、友達も館に連れてきて、奥様の下僕に…奥様の餌にしちゃったっ!! 助けなきゃ、あたし、皆を助けなきゃっ!!」
 自分の犯した罪に打ちのめされる彼女を慰めた2人は、偽メアリが血を抜いている場所はどこか尋ねたが、残念ながら彼女は覚えていなかった。その代り、今日館に来た乙女達が薬で眠らされて広間に集められ、これまでにないほどの規模で血を抜かれようとしている事を教えてくれた。
 翔とソールは彼女に夜が明けるまで身を潜めているよう言い含めると、乙女達とメイド達を必ず助けると約束する。
「お願いします。どうかこれ以上、誰かがひどい目に合わないように、助けて下さい!」
 彼女の懇願に、2人は力強く頷いた。
「お約束いたします」
「任せとけって! 友達を助けて戻って来るカッコいい俺に惚れるなよ?」
 ソールが軽口を叩くと、ようやくメイドは笑顔を見せた。
「はい!」
 明るく返事をされたソールはちょっと落ち込んだが、翔にせかされ、乙女達が集められているという広間へ向かって駆け出した。