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第15章 夜の脱出劇


 館の中で偽メアリを探していた鳳明と天樹、朔の3人は、館にやって来た翔とソールに合流していた。鳳明達が、子爵夫人が偽物であったこと、館のどこを探してもいないことを伝えると、翔達は、乙女達が広間で眠らされていると教えてくれた。
「偽夫人より、そっちが優先だな」
 朔が言うと、鳳明と天樹はもちろんだと賛成する。5人が大広間に向かうと、入口を数人のメイドが見張っていた。
 それを見たソールが前に出る。
「任せて!」
 先ほどメイドの異常を治した『清浄化』を発動させると、メイド達がゆっくりと自分を取り戻す。
 彼女達に扉を開けてもらうと、中には、何人もの乙女達が寝ていたベッドのシーツごと横たえられていた。身動きひとつしないその光景は、死体安置所のような不気味な雰囲気だった。
 朔が慌てて近くの女の子に駆け寄り、様子を見る。女の子達は薬を盛られており、なかなか起きる様子はない。
 しかし、しばらくすると、身体の大きいものからゆっくりと目覚めて来た。説明され、状況を理解した彼女達は、翔達の誘導で、館を出る準備をする。
「まだ目の覚めていない小さい子は、目が覚めてる人が運ぼう!」
 朔の言葉に乙女達が従った。メイド達は、まだ眠りから覚めきれない乙女に肩を貸す。
 鳳明と天樹が前方を、朔が後方を、翔とソールがそれぞれ左右を守りながら部屋を出ると、案の定アンデッドが襲いかかってくる。
 鳳明は、光条兵器の穂先を丸めた長槍を出現させ、アンデッドを薙ぎ払う。天樹は、スケルトンの関節を『遠当て』で的確に狙い打ち、マニアックにその動きを止めていく。
 後方の朔も、『黒檀の砂時計』の効果で素早く動きながら、『ライトブリンガー』で手当たりしだい敵を倒す。
 ようやく目が覚めて来た日奈々と千百合も、参戦した。
 同じネクロマンサーの日奈々は『その身を蝕む妄執』を発動し攻撃した。死人相手では幻覚やその他の追加症状は期待できないが、攻撃にはなる。
 プリーストの千百合は、『バニッシュ』の神聖な力で、アンデッド達を退かせた。
「うわっ!」
 という声に振り返った翔は、スケルトンがソールの腕を掴むのを見て、『仕置きの鞭』を振るう。白い骨に絡まった鞭は、器用にスケルトンをソールから引き離し、壁に叩きつけた。砕けた骨が音を立てて床に落ちる。
 まだまだ先は長い。ようやく一行が扉まで辿り着くと、隠し扉から脱出した者達と合流を果たした。
 守るべき人数も増えたが、戦える者も増えた。皆は心の準備をして、外へと続く扉を開けた。

 そこには、アンデッドではなく、生身の男が2人、立っていた。
「悪いねぇ、嬢ちゃん達」
「逃がすなってご命令でさ」
 男達は、館中に散らばっていた手下のアンデッドを集め、乙女達を包囲する。予想以上のアンデッドの多さに、乙女達を守る者にも焦りが浮かんだ。
 その時、ドカーン!!と音がして、門が吹き飛ばされた。

 舞い上がる土煙りの中で、幼い歌声が聞こえてきた。
「木こりが踏んだ 小骨を 拾い  空に投げつけ 小鳥が 落ちた
 落暉の中で 果実は 落ちた  長い長い 奈落に 落ちた……」
 姿を現した歌声の主は、アルコリアのパートナー、魔鎧のラズンだった。
「ああ、堕落の臭いがする…きゃはは、オリヴィアぁ? そう思うでしょ?」
 ラズンは笑いながら隣のオリヴィアに言った。
「うん、そうだねー。……ところで、円、どうしたのかなぁ?」
 のんびりとした口調に鬼気を孕ませてオリヴィアが問うと、円を抱きかかえていたアルコリアが答えた。
「大丈夫。眠らされただけです」
「そう、『眠らされた』んですかー……」
 オリヴィアは、手にした刃渡り1.5メートルのグレートソード『レプリカ・ビックディッパー』を構えた。
「ね、アルコリア、葡萄踏み、楽しかった?」
 ラズンの問いに、アルコリアは笑顔で答えた。
「ええ、とっても」
「じゃあ、ラズンも踏んでいいよね?」
「好きになさい」
 アルコリアの許可をもらったラズンは、その身をぐっと沈めて飛び上がり、空中でくるりと回転するとゾンビの上に着地した。ぐしゃりと汚れた血が葡萄酒のように大地に染みる。
「きゃははっ、たのしいなぁ。ねぇ、ラズンのこと、どのくらい傷つけられる?」
 ラズンは笑いながら、『神速』を発動させ、防御を捨てた尋常ならざるスピードを手に入れると、『鳳凰の拳』でアンデッド達に連打を打ち込む。
 ラズンとオリヴィアの登場で、戦況は格段に有利になった。
 門からは、遅れてミリオンが走りこんできた。
「オルフェリア様ーっ! ご無事ですかーっ!!」
 ずっと正門でオルフェリアを心配していたミリオンは、館の中の騒ぎを聞きつけるといてもたってもおられず、ラズン、オリヴィアとともに正門を守るネクロマンサーを倒すと、『破壊工作』で門を爆破し、強硬突破を図ったのだ。ミリオンの姿を見て、オルフェリアが駆け寄る。
「ミリオンっ!」
「申し訳ありません、待つよう言われましたが、ご無事かどうか心配で……」
 オルフェリアはそのままミリオンに抱きついた。
「オっ、オルフェリア様っ!!?」
「……ごめんなさい。ミリオンの言うとおりだったのです。ミラー夫人は、オルフェの思っていたような人ではなかったのです……」
 涙をこらえるオルフェリアになんと言えばよいのか分からず、ミリオンはその背を優しく撫でた。
 翔とソールはこの隙にと、乙女達を門から避難させにかかった。
 ロザリンドは、昼間の失態を取り返そうと、乙女達に近寄るアンデッドを美徳の片手槍『ヴァーチャースピア』で薙ぎ払い。届かない場所には、『バニッシュ』の神聖な力でアンデッドを退けていく。
「皆さんには、傷一つつけさせません!」
 列の中程では、亜璃珠に襲いかかろうとしたアンデッドを見て、完全に目が覚めた小夜子が、『神速』と『等活地獄』を発動させると、スピードで翻弄しながら、鬼神の如き猛々しさで周囲のアンデッドを討ち滅ぼしていく。そんな亜璃珠は、『荒ぶる力』で小夜子の攻撃力を上げてサポートすると、『風の鎧』でいつでも防壁を作れるよう準備する。
 しかし、倒しても倒してもアンデッドは乙女達を求めて集まり、手を伸ばしてくる。
「埒があきませんわね」
 亜璃珠は、上空で待機させていたレッサーワイバーンを呼び出した。レッサーワイバーンは、低空飛行でアンデッド達をなぎ倒す。
 乙女達が次々と門から脱出する中、ついに終わりはやってきた。
 攻撃され、弱ったネクロマンサー達を、朔が『逮捕術』で完全に捕縛したのだ。それにより、操られていたアンデッド達の動きが止まり、崩れ落ちる。
 
 続いて門でミリオン達が倒した男を捕らえていると、井戸に現れたネクロマンサーが、気を失ったまま祥子に引きずられてやって来た。
 その後ろからは、正悟に支えられた本物のメアリと、井戸に居合わせた者達が引き上げてくる。
「偽夫人はどこ?」祥子が聞くと、
「逃げられた」とロザリンドが悔しそうに答えた。

 ドンという衝撃音とともにガラガラとレンガが崩れ、小部屋に入った偽メアリは、とっくにくたばったと思っていた本物のメアリが消えて通気口の鉄格子がはずされている事に驚いたが、なんの気配もない事に、いっそ好都合と、通気口を井戸の方へと辿り始めた。
 井戸に出ると、目の前に脱出用のロープが垂れ下っている。
「ばかな奴らね」
 偽メアリは嘲笑うと、ロープに手を掛け、地上へ向けて登ろうとする。が、その足を細い何かが捕らえた。見れば、少女のゾンビが偽メアリの足を掴んでいる。
「何よ、離しなさいっ!」
 偽メアリの一喝にも、弱いはずの少女ゾンビはひるまず、むしろ必死になってしがみついてきた。偽メアリは容赦なく少女ゾンビを蹴り落とそうとするが、その足を、むんずりとした物体が掴んだ。
「ようじょをいじめる奴は、ボクがゆるさないぞ〜」
 暗闇の中浮かび上がるブルタの顔は、普段アンデッドと慣れ親しんでいる偽メアリにも強烈なインパクトをあたえた。
「っきゃあああっっっ!!!」
 偽メアリは悲鳴をあげると、げしげしとブルタに足蹴りを入れ、再び井戸の底へ沈めることに成功した。
「なっ、なんなのあれ……」
 得体のしれない物体との遭遇に動揺しながら、ようやく地上に辿りついた偽メアリを、美羽とコハクが笑顔で迎えた。
「お疲れ様!」
 偽メアリがとっさに『ペトリファイ』で美羽を石化しようとするのを、
「させないよ」
 とコハクが『シーリングランス』で技を封じ、美羽が笑顔のまま『怪力の籠手』で偽メアリを殴り倒した。
 偽メアリが気を失い、井戸の底へ落ちかけるのを慌てて助け上げると、2人は井戸に垂らされたロープを引き上げた。
 ロープの途中には、小さい女の子のゾンビが怯えるようにしがみついている。
 美羽はその子の頭にそっと手を置いた。
「もう大丈夫だよ。怖かったよね」
 先ほど戦っている最中に、このゾンビが弾き飛ばされ井戸の中に落ちたのだが、底には置き忘れられたブルタがおり、「腐ってもようじょぉおおおおっ」と怯える少女ゾンビを追い掛け始めた。
 ネクロマンサーの男を倒し、戦闘が終わっても井戸の中の騒動は収まらず、女の子をかわいそうに思った美羽がコハクとともに助け出そうとロープを下ろしたところに、偽メアリという大物が釣れてしまったのだ。
 ふいに、美羽の手の下でゾンビの女の子の体が崩れた。術者が倒されたのだろう。女の子のゾンビは、最後に美羽に向かって笑いかけたような気がした。
「今度こそ、安らかに眠れるといいね」
「美羽」
 コハクの呼び掛けに、美羽は何かをふっきるように立ち上がり、いつもの笑顔で振り向いた。
「さ、これを警察に突き出さなきゃ!」
 2人は引き上げたロープを使って偽メアリを拘束し、引きずりながら皆の元へ向かった。