リアクション
1.イルミンスールの光 「クリスマスじゃん!」 イルミンスール魔法学校の校長室に入ってくるなり、茅野 菫(ちの・すみれ)が叫んだ。 「そうよ、世界樹をクリスマスツリーにしないと絶対だめだわ!」 バンと、校長の机を叩いて強弁する茅野菫の横で、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)も言いはった 「それなら去年もやったですぅ」 「そうじゃな」 何を今さらと、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)とアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が顔を見合わせる。 「なら、今年も絶対にやるじゃん!」 「もちろんですぅ」 「だったら、手伝わせて!」 騒ぐことかと呆れるエリザベート・ワルプルギスに、茅野菫とパビェーダ・フィヴラーリが食いついた。 「やれやれ、騒がしいことだな」 「こばぁ」 校長室の隅においたちゃぶ台で、小ババ様と一緒に、持ってきたケーキをつつきながらトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が呆れた。 「この間は空京が壊滅の危機だったというのに、お気楽なことだ」 「こばぁ?」 何かあったのかと小首をかしげつつも、小ババ様が目の前の抹茶ロールにかぶりつく。緑色のブッシュドノエルを先ほど切り分けた物だ。 「だいたい、まだ世界樹だって大変なままだっていうのに。なあ、小ババ様」 「こばこばこば(もぐもぐもぐ)」 トライブ・ロックスターがしんみりと小ババ様に語りかけるが、小ババ様はケーキに夢中ではっきり言ってちゃんと聞いているかも怪しい。 「ああ、今度、小ババ様の一日を全部追っかけてみたい……」 遠い目をして、トライブ・ロックスターが言った。 「うーむ、飾りつけはいいが、世界樹の外の飾りつけはすべて特殊な光術で行っているからのう」 お前たちにできるのかと、アーデルハイト・ワルプルギスが値踏みするように茅野菫たちを見回す。 「氷術で雪の飾りならできるわ」 「あ、あたしは……」 なんとか役に立てると主張するパビェーダ・フィヴラーリとは違って、茅野菫はこれといった術がない……。 「あたちがんばるぅ」 発作的に、ちぎのたくらみで幼女化して茅野菫が言った。 「ロリにロリは効かないですぅ。まあいいですぅ、私たちはこの後モーントナハト・タウンのイベントに行かないといけないんですう、特別にこれを貸し与えるですぅ」 そう言うと、エリザベート・ワルプルギスが金色の巨大な魔女の大釜を茅野菫たちに渡した。 「この大釜の中の光を箒につけてぐるりと世界樹を一周すれば、ルーンベルトができあがるですぅ。他にも、中に手を突っ込んでつかんだ光を解き放てば、オーナメントになるですからぁ、うまくやるですぅ」 「任せろじゃん!」 ふわふわと宙に浮かぶ不思議な魔女の大釜を受け取りながら、茅野菫が嬉々として言った。 「こばぁ!」 「むっ、小ババ様もやりたいのか? しかたない、小ババ様の面倒は俺が見よう」 ちっちゃな手を挙げる小ババ様を見て、トライブ・ロックスターも重い腰をあげた。 ★ ★ ★ 「俺の本に、別の本を混ぜて売っただとぉ!!」 世界樹内にあるシャンバラ漫画スタジオの作業机の前で、土方 歳三(ひじかた・としぞう)がペンからインクを飛ばしながら叫んだ。そのあまりの剣幕に、日堂 真宵(にちどう・まよい)がひっと肩をすくめる。 「そうなんです。よりによって、テスタメントの本体を売っちゃったんです」 叱ってやってと、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が土方歳三に言った。 先日のコミュフェスで、日堂真宵がベリート・エロヒム・ザ・テスタメントの本体を土方歳三の書いた漫画本に混ぜて売ってしまったのである。幸い、そのとき買っていったのが悠久ノ カナタ(とわの・かなた)であるところまでは分かっている。二冊以上買っていったのは彼女だけだったからだ。日堂真宵から言わせれば、とんだ物好きということになるのだが。 「俺の傑作に、漬け物石を混ぜるなど、言語道断」 「テスタメントは、漬け物石じゃありません!」 さりげない土方歳三の暴言に、すかさずベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが突っ込んだ。 「そうよね。モーニングスターの代わり……!」 つぶやきかけた日堂真宵の足を、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが思い切り踏みつけて黙らせた。 「とにかく回収してこい。創作者として、自分の作品以外を自分の物だと思われるのは侮辱以外のなにものでもない!」 「テスタメントは、侮辱なんかしていないです。むしろ、敬虔なる読者に、正しき道を……」 「つべこべ言わず、さっさと回収に行け。さもないと……ボコボコにして縛りあげたあげくに、アーサーに引き渡す。カレー魔人に好きにされたら……」 「きゃー!」 土方歳三に脅されて、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントと日堂真宵が悲鳴をあげながらスタジオを飛び出していった。 本体にカレーの染みをつけられでもしたら、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントとしては自殺したくなる。 日堂真宵としては、アーサー・レイス(あーさー・れいす)など怖くはないが、彼に好きにされるというのは屈辱以外のなにものでもなかった。 「まったく、よけいな手間をかけさせやがって」 高速ペン入れの妙技を発揮しながら、一人残った土方歳三は原稿を仕上げていった。 「よし。これでいい。次は、取材だ。何ごとも、リアルを感じなくては漫画など描けん。急ぐぞー!!」 メモに取材先を走り書きすると、土方歳三はペンをおいてつむじ風のようにスタジオを出ていった。 ★ ★ ★ 「うおー、きれー、きれー。面白いじゃん、これ!」 魔女の大釜の中に入っている光の粒子に箒の先を浸した茅野菫が、世界樹の周りをクルクルとアクロバット飛行しながら叫んだ。 彼女のとんだ奇跡そのままに、複雑な文様の描かれた光のリボンが空中に描かれて残る。 「菫、もっとちゃんと飛びなさいよ」 見かねたパビェーダ・フィヴラーリが注意した。同時に、氷術で雪を降らせて世界樹の枝々を飾っていく。 「わあ、凄い、どうやったらできるんだもん?」 箒に乗ってミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)とともに独自に世界樹の飾りつけをしていた三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が、パビェーダ・フィヴラーリに訊ねた。 「うん、あれを使うのよ。校長から借りてきたのよ」 パビェーダ・フィヴラーリが、縁に小ババ様が乗ってパラパラと星をばらまいている魔女の大釜を指し示した。 「すごーい、あたしたちも使ってもいいかなあ」 「こら、のぞみ、そんなに身を乗り出したら危ないぞ!」 飾りつけに夢中で何度か箒から落ちかけている三笠のぞみに、ミカ・ヴォルテールがはらはらしながら注意した。 いくら光術で飾りつけをしても、綺麗な形にはならないし、ほどなく消えてしまう。三笠のぞみとしては、ちょっと諦め気分になっていたので、このアイテムは凄く嬉しかったのだ。 「別に問題ないぜ。もともと、これはイルミンスールの校長の物だしな」 小ババ様と共に、魔女の大釜に乗ったトライブ・ロックスターが言った。 「じゃあ、てっぺんに行って、星をつけようよね!」 三笠のぞみのリクエストで、一同は魔女の大釜ごと上へ上へと登っていった。 飛空艇発着場には、ジャワ・ディンブラ(じゃわ・でぃんぶら)が、トライブ・ロックスターの乗ってきたレッサーワイバーンと仲良くならんでくつろいでいる。そのそばには、クラシカルなボンネットバス型の中型飛空艇が停めてあった。ゴチメイたちが、国頭 武尊(くにがみ・たける)からガメた飛空艇だ。もっとも、彼自体、彷徨える島の遺跡から勝手に拝借した物ではあるが。 「幻の島は、また幻となって消えてしまったままですか。いっそ、この世界樹で、パラミタ大陸中を旅できれば面白いかもしれないですが……」 登頂部の展望台で遥か遠くに雲海を望みながら、ペコ・フラワリー(ぺこ・ふらわりー)は一人たたずんでいた。そこへ、トライブ・ロックスターたちがやってくる。 「ここに、星を飾りましょうよね」 大釜の光の中に手を突っ込んだ三笠のぞみが、巨大な星をイメージして手を引き上げた。よいしょと持ちあげた光が膨張して大きな星になる。見た目は巨大だが、光なので重さはほとんどない。 「気をつけろよ」 ミカ・ヴォルテールが支えながら、パビェーダ・フィヴラーリも手伝って世界樹のてっぺんに星を飾った。 「あら、これは綺麗ですね。でも、あれはちょっと……」 その星は褒めながらも、ペコ・フラワリーが下を見下ろして言った。 彼女たちの眼下では、ひゃっはーした茅野菫が、なんとも珍妙なモールだかリボンだかをグルグルと描いている。 「菫は放っておいてあげてください」 パビェーダ・フィヴラーリが頼み込む。 「あんたもやってみる?」 魔女の大釜をペコ・フラワリーの方に押しやって、三笠のぞみが言った。 「それは、面白そうですね」 ペコ・フラワリーが、手をさしのばして光の粒子をすくい取った。 さらさらと両手からこぼす光が、小さなサンタの姿となってトコトコと空中を歩きながら世界樹のあちこちへと広がっていく。 「こばー、こばー」 小ババ様が、まねで砂浴びでもするように光を巻きあげた。 撒き散らされた光がお菓子の形となって下へと降り注いでいった。 |
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