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リアクション
第2章 始まりへの前奏曲 3
「おかえりなさいませ、ご主人様――な、なんて言うか、ボケーッ!!」
モンスターに襲われた仲間を治療する野戦病院。
その中でベッドに寝転ぶ連中相手に、スタッフとは思えぬセリフを吐くアデライード・ド・サックス(あでらいーど・どさっくす)がいた。格好はメイド服でいかにも「癒しますよ」といった雰囲気だが、頭には軍用ヘルメットという、またえらくアンバランスさに長けた格好だ。
とにかくプライドが高いのか、ぶつぶつと文句を言いつつペタペタと脱脂綿に消毒液をつけて治療する彼女。とはいえ――その様子はまさしくツンデレ娘そのもので、男たちの腐った心を潤してくれるのであった。
「お、俺も……!」
「俺もアデラちゃんが良い!」
「なっ、おまえ、ずるいぞ!」
「な、なんですか、そなた方は……あ、いや、お、押してはいけませんわ〜!」
そんなこんなでしっちゃかめっちゃかになりつつも、甲斐甲斐しく治療スタッフを続ける彼女を、拠点を作った黒豹小隊の小隊長である黒乃 音子(くろの・ねこ)が見やった。
「ふふ……大変だね〜、アデライードも」
「全くでござる」
同感して頷くのは、彼女のパートナーであるフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)だった。格好と口調が微妙にミスマッチなのは気になるところだが、見た目だけで言うならば、非常にいかつい雰囲気を持っている男だった。
だが、それが全く気にならなくなるほど、音子のもう一人のパートナーはインパクトが強かった。
「ニャー……アデラっちは女受けしそうやからな。みんな、気になるんやろ」
「気になるというなら……ニャイール――お前のほうが注目を浴びているようでござるが?」
ライオンの着ぐるみを着込んだゆる族――ニャイール・ド・ヴィニョル(にゃいーる・どびぃにょる)はどういうこと? というように首をかしげた。まあ、ライオンの姿をした兵士がいたら、嫌でも注目は浴びることだろう。最近まで動物園で働いていたこともあって、そのライオンっぽさは折り紙つきだ。
が、まあそれはともかく――無事に、搬入された物資は野戦病院や各拠点に補給されているようで、音子たちとしては物資輸送冥利に尽きるというところだった。
「お疲れ様です」
「ロイ! どこにいたんだよ〜。せっかく物資を持ってきたのに」
「すみません。ちょっと他のことでも手間取っちゃって」
黒豹小隊の隊員として、拠点作りに励んでいたロイが音子たちのもとにやってきた。どうやら、総合的に様々な指揮を行っているようで、引っ張りだこのようだ。
「任務はおおむね好調のようで、リーダーのボクも、満足満足♪」
「はは……アデラのやつだけは大変そうですけど」
アデライードのもとでは、治療者の列が。ツンデレ喫茶ここに完成であった。
「でも、あれだけの治療者がいるなら……砂漠のモンスターのことも考えないといけないでござるな」
そう言うと、フランソワは地図を取り出してこれまでの情報を見直した。様々な情報が書き込まれた地図は、たった数日しか経っていないというのにもうボロボロである。そこには、音子たち自身がたどってきた物資輸送ルートも書き込まれている。
「さて……では、我はそろそろ戻るでござる」
「帳簿管理?」
「うむ……音子たちも遊んでばかりいないように、でござるよ」
「ひっどいな〜。遊んでるんじゃなくて、戦略的休息だもん。戦士は休養も大事なんだよ」
そんな屁理屈のようなことを言って、音子はばふっと寝転がった。
そんなときである。拠点の入り口のほうから、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。
「シャムス様が、シャムス様が帰還されたぞ!」
兵士の一人がそう報告をしているのを耳にする。
どうやら――第一次の調査は終わったらしかった。
帰還したシャムスたちを迎えたのは、すでに軍議のための準備を進めてあった仲間たちだった。拠点の一つを利用して、任務に関係する先発隊や兵以外の者が立ち入れないようにされている。
パラミタホースから降りたシャムスが軍議テーブルに着くと、まず声をかけてきたのは横にいた一人の少女だった。
「初めまして、シャンバラの空京大学所属の夜薙 綾香(やなぎ・あやか)だ。カナンではまだまだ不慣れ故、面倒をかける事もあるかと思うが、よろしく頼む」
シャムスは、握手を求めてきた綾香の手を握り返した。
見た目は年端もいかない少女のように思えるが、なかなかどうして――強気かつ真摯な目で見返してくる娘だった。空京では、主に魔力の性質や相性を学んでいるという話だ。優秀だということは、軍議に進んで参加してくるその姿勢からもすぐに理解できた。
その彼女の辺りを警戒するアポクリファ・ヴェンディダード(あぽくりふぁ・う゛ぇんでぃだーど)とアンリ・マユ(あんり・まゆ)。綾香のパートナーである彼女たちからは、彼女だけでなく周りの者たちを護ろうという意思が感じ取れた。
そして、シャムスに握手の手を差し出したのは、綾香だけではなかった。
「シャンバラのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)です。お見知りおきを」
紳士らしい柔らかな物腰でシャムスに自己紹介をしたエースは、なにを思ったのか薔薇を一輪掲げた。
「ぜひ、どうぞ」
「男にも薔薇を送るのか? 妙な奴だな」
「よく言われます」
受け取った薔薇を、シャムスはなんの感慨も抱くことなく部下の兵に渡した。恐らく、どこかに飾っておけという無言の命令なのだろう。
そうして、軍議は始まる。が――その前に、シャムスは褐色の少女を皆の前に紹介した。
「イナンナ様だ」
「イナンナ……!」
「イナンナ様だと……っ!?」
その瞬間、軍議の席はざわついた。
それもそのはずであった。国家神であるはずの彼女が目の前にいることだけでも驚きである上に、彼女はネルガルの反逆によって封印されてしまってたはずだからだ。加えて――目の前のイナンナは、自分たちの知るイナンナとは違っていた。年齢にすると10歳程度といったところだろうか。あの麗しき豊穣の姿をしていたイナンナとは打って変わって、目の前にいる褐色肌の少女は荒野の荒削りな雰囲気を彷彿とさせる。
「信じられないのも無理ないよね……でも、本当にあたしはイナンナなの」
そう口を開くと、イナンナは自分がこうしてここにいる経緯を話した。
たどたどしい子どもっぽい話し方ながらも、気丈な様子はイナンナのそれを思い起こさせる。彼女の話では、ネルガルの封印の力が弱まった隙を使い、各地に祀られるイナンナ像の身体を媒体として動くことが出来たのだという。10歳程度の子どもの姿をしているのは、それほど彼女の力がネルガルによって封じられている証拠なのだとか。
ということは――力が取り戻されれば、彼女は本来の姿を取り戻していくのだろう。
そのためにも、カナンを取り戻すために頑張らなくてはならない。そう再認識し、シャムスたちはまず情報を整理する事にした。
周辺の地域を調査した結果、地形や風土――現状のものになるが――を理解することはできた。だが、綾香が気になるところはそれ以外にもある。特に……彼女が専売特許とする学問――『魔術』だ。
「カナンには、固有の魔術系統などはあるのか?」
「いや……基本的にはシャンバラとそう違いはないはずだが……」
綾香の質問に、シャムスはわずかに首をかしげてそう答えた。が、ふと何かを思い出したようになる。
「そういえば……こういう話は聞いたことがあるがな」
「話?」
「影を操る魔女の話だ。強力な魔術を用いる魔女で、影を操ることを得意とするらしい。無論――物理的にも、精神としても」
「精神の闇……」
「なんだか、恐ろしい話ですぅ」
シャムスの話を聞いていたアポクリファが口にすると、確かに綾香にもそれが不気味なことに思われた。そんな彼女たちの不安を感じ取ったのか、シャムスが続ける。
「なに……ただの噂だ。このカナンで生き続ける魔物の一種とも言われている。本当かどうかは誰にも分からないさ」
とはいえ――こうして緑豊かだった土地が砂漠になってしまうような危機だ。何が起こっても不思議ではなかった。
「それにしても、こんなに砂が降っていたら農作物も育たないでしょうに。自国の国力を落として、どうするんでしょうね? ネルガルという方は何を考えているのでしょうか?」
砂漠の進行度や風の強さを記した地図を見下ろして、アンリがそんなことを言った。
確かに、はたから見れば彼女の言う通りだ。だが――一概にそれだけとは言えないのが征服の妙であった。
「奴はセフィロトの力を支配している。自分が生きてゆくぐらいの力は保っているだろうさ。それに……征服を目的とするのであれば、国力は大した問題じゃないのかもしれない。誰も逆らえない状況を作りあげられれば、それで十分なのだろう」
国として維持できることに固執してはいないということか? あくまで予想に過ぎないが、シャムスはそんな風に考えていた。
「……もちろん、何か別の目的がある、ということもなくはないだろうがな」
「別の目的……?」
一同は首をひねった。
もちろん、シャムスとてそれが何であるのか分かっているわけではない。しかし、可能性として考慮しておくのに無駄なことはあるまい。例えば――ネルガル自身も誰かのために動いている、もしくは、この地を砂漠化することで何らかのものを生み出すことができる。いくらでも想像はできた。
だが確実であることは――ネルガルによって苦しめられる民がいるということだ。
「シャムス……先ほどの、輸送方法の話なんだけど……」
ローザマリアの声に、シャムスの意識は再び軍議に戻った。
そして、こうしてそんな民のために集まってくれたシャンバラの仲間に、黙っておくこともできまい。
「これは……重要な情報だ。絶対に他には漏らさぬようにしてくれ」
そう言い含めて、仲間たちが頷くのを確認すると、シャムスはようやくローザマリアの問う輸送方法について話し始めた。
「オレの領地……正確には、オレの住む居城の地下には、巨大な飛空挺が眠っている」
「飛空挺……!?」
初めて聞かされる話に、驚きの声があがった。シャムスは続ける。
「エリシュ・エヌマ。それが飛空挺の名だ」
「そんなものが、どうしてニヌアの地下に?」
ローザマリアの質問に、シャムスは歯切れが悪そうに答えを口にする。
「それが、なぜニヌア家にあるのかは分からない。だが、ずっとオレの家系に受け継がれてきた遺産であり、これまでネルガルにもバレないように地下で眠ってきたものだ。……もちろん、いつでも飛び立てるように、整備だけは怠っていないが……飛空挺の仕組みも、はっきりと詳しくは分かっていない」
本当の意味で、『遺産』と呼ぶにふさわしい代物だ。
今まで一度も飛び立ったところを見たことはないらしく、理論上は飛べるものの、正確なところはなんとも言えなかった。それでも、誰にもバレぬよう地下でずっと整備されてきたそれは、まさしく『切り札』であろう。
こうしてニヌア家の秘密を話したのは、シャムスが先発隊の皆を仲間だと認めているからに他ならなかった。それを確認する意味でも、話しておこうと決断したのだろう。
「お前たちを信頼している……だから、オレはこうして全てを話す」
「じゃあ、ついでというわけじゃないけど……噂の石像についても、話してもらえるのかしら?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はそう言うと、シャムスに一枚の写真を見せた。それは、一人の女性の写真だった。彼女がニヌア家に仕えるあの老執事――ロベルダに頼みこんで唯一借りられた代物。彼女はもしかしたらロべルダから全てを聞いているのかもしれない。
訝しがる仲間たちに、シャムスは再び話を始めた。
「そうだな……。今後のためにも、石像について話しておく必要があるだろう」
それは、大切な者を失った過去だった。
「あれは……あの砦にあるとされる石像は……オレの妹かもしれないんだ」
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