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リアクション
「…やっと開いた…いける範囲のとこはここでラスト?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はコンピュータールームに繋がるシャッターをこじあけていた。
レスキューなどは他の人たちにまかせ、サーバールームなどを片端からクリアする。さっさとドアをハックした何人かの空大生が中に入って点検を始めるのを見送って、ごきりと肩をまわした。
セキュリティも高く、ドアの向こうは精密機械ばかり、慎重に慎重をかさねているので、余計に肩が凝る。
「ああもう、学食おごられるだけじゃ足りないわよ!」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に泣きつかれて手伝ったものの、割に合わなさを感じ始めている。
「でもここのカレー本格的でいいだろ、頼むって。おっと電話」
とある許可を求めてメインコンピュータールームに詰めているイアラ・ファルズフ(いあら・ふぁるずふ)からだった。
メイン室でなら、警備室も併設しており、他のサーバールームやコンピューターの様子をチェックすることもできる。
情報がほしい者は皆そこに集まるのだ
「うん、わかった…ええ、知らないってなんだよ。…他校生にも仮のルート権限もらえたらしい。ダリルさん借りるから」
「わかった。けどどうしたの?」
「ちょっと前に不審なアクセスを検知して、警備員が飛び出してったらしいけど…。イアラじゃなくてメシエに聞けばよかったな」
「そいつが犯人かな」
「さあ、わからない」
先に戻るエースを見送り、ルカルカはちょっと休憩してから戻ろうと思った。そういえば事件が起きたのは1時ごろだったが、どれくらい時間がたったものか。
「3時過ぎか。サーバーチェックのひとが、一時間で一旦交代っていってたな」
その頃メインルームでは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、早速幾つかマシンを立ち上げてセッティングを変えている。抜かりなくディスプレイを複数台繋げて最大限にリソースを活用している。
構内のネットワークのあらゆる通信記録が集中的に集まるここで、膨大なエラーの答えあわせと矛盾の辻褄あわせ、真理のリバースエンジニアリングが行われるのだ。
メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)がまるで積み上げたマシンのタワーに埋もれているダリルをからかった。
「いやに楽しそうじゃないか」
まるでホームシアターみたいである。余っているケーブルをさばき、少々行儀悪く振り回してダリルを差した。
「いっそのこと、君はコンピューターの中に入り込んでしまいたいくらいだろう?」
「時々、出力が追いつかんからな」
「エースー、セキュリティホールみつけた。ご褒美くれよ」
「それ、わざと作ってあるやつじゃないのか?」
エースとイアラがわあわあとやりとりしている。
確かにそれは、敢えて作っておいて狙わせ、対策を取り易くするタイプのトラップのようだ。
「えー…。あーもう次だ次!」
「そういえばまともなアタックは、実は最初の時点だけか?」
エラーログから最初のアタックは、13:00前後だ、その時点で構内のコンピューター管理のシステムがおかしくなった。狂った状態を認識せず、復旧もままならない。
その後の散発的なアタックはあるが、閉じ込められた学生が自分で脱出するための行動で、時間違いは、攻撃をうけたのが今わかった、という程度のずれだ。
宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)がダリルに声をかける。
「さっきのアタック場所のカメラ記録を見たぜ、他校生の単なるエクソダス」
「やはりそうか、ありがとう」
他に幾つか検出したアタックログをカメラと照合する。
彼らの隣に藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が飲み物を置いていく。
「あっ…私は、コンピュータの類は不得手ですので、お茶汲みなどさせていただいております。コーヒーでよろしいですか?」
「すまない、いただけるかな」
「はい、こちらに置きますので気をつけて」
蕪之進がカメラのほか、ネットワークの構造、システム構成などをチェックしている。カメラ映像を調べる以上、付帯的に接触することになる情報だ。
「この騒動の後で、セキュリティが見直されてシステムが更新されないといいんですけれど…」
「ん? お嬢なんか言ったか?」
「いえ、どこを見ても、何のことだかわかりませんねえ…」
「お嬢はこういうの苦手か? しょうがねぇなぁ、あんま邪魔すんなよー」
後ろから覗き込む優梨子を盾にして、さりげなく蕪之進が持ち込んだHDDにデータを移そうか迷っている。
蕪之進は気づいていないようだが、優梨子が今しているように肩越しから覗き込むことも、ショルダーハックという原始的ながら立派なハッキングの一種である。
「どうしました?」
「…いや、ごたごたに紛れて、って思ったんだけどよ」
「後で本格的に究明に入られたとき、いくら隠してもデータ移動の証拠を辿られない保障がありませんよね」
「そうそう、わかってきたじゃねえかお嬢。とりあえず今は真面目にやんなきゃな」
「さて、本格的にはじめるか」
さっきのように、あからさまに目立つアクセス記録をカメラと照合し終え、あとはフラットなログが残されるばかりだ。
膨大なログが滝のように幾つも同時進行で流れていく、記憶術を併用して気になる部分をピックアップする。
まるで巨大な樹形図の、糸のように細い絡まった一端を辿る作業である。
「………」
誰が声をかけても、そのピックアップする指先のジェスチャーは乱れず、ぴくりとも反応しない。
しかし次第に眉をしかめる回数が増えてきた。集中して覗き込むモニターがちらつき、そのちらつきさえ集中して見つめてしまうのだ。
さすがのダリルにも眩暈が襲った。かすかな頭痛に集中が途切れる。
「う…」
「どうした、君が目など押さえて。めずらしいね」
「おかしいな。微妙に画面がちらちらして、酔ったような感じだ…」
「乗り物に乗りながら本を読むと、時々そうなるね。モニターを取り替えてもらおうか」
「ええい、なんだこれは?!」
夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は絶叫した、時間をかけていた魔術プログラムの仮想実験シミュレートが途中で掻き消え、全て台無しになったからだ。
魔術という繊細かつ不安定な要素を走らせるために、通常のサーバーでは不安すぎる。スパコンを存分に使いまくるために以前から利用申請し計画をたて、今日がその使用日だというのに。
それが全部、ことごとく、完膚なきまでに無駄になってしまったのだ。
ヴェルセ・ディアスポラ(う゛ぇるせ・でぃあすぽら)は突然の混乱におろおろしている。
まるで管制室のようなスパコンのコントロールルームから、綾香は指示を飛ばした。
「ヴェルセ、スパコン本体のネットワークケーブルを引っこ抜いて来い。万一、アレに何かあれば被害は計り知れん…!」
「ど、どれ!?」
大きなタワーがロッカールームのように整然と並ぶ、そのうち一つが彼女らに割り当てられたスパコンだ。
その足元のパネルを外すように支持し、うねって床下に格納されるケーブルをより分ける。
「こ、これのことかな!?」
「…ああ、そうだ。データケーブルを抜くんだ、色が違うだろう、全部だぞ。間違っても電源ケーブルは触るなよ」
おそるおそる引っこ抜き、そろりと『これでいいかな』と綾香を伺った。
手元のステータスモニターを見比べ、OKサインを出すと、ヴェルセはほっとした。
「ネットワークから切り離して、何やるの?」
「うむ、スパコンの総チェックだ。これが無事であるかないかはものすごく変わってくるからな」
「…う、うん、よくわからないけど、綾香のやることはすごいね!」
長い時間をかけてチェック作業を終了した、異常はないようだが、ほんの少しだけ測定した空き容量と、スパコンが示す容量が違った。
「…ガーベッジコレクションの類か? ならいいのだが」
次は簡単な掲示板を立て、近くの適当なサーバーで設置をする。
「これを、メインマシン室か、警備室か、とにかく人が多く集まって究明に走る者たちがいるはずだ、そこで使ってもらってくれ」
半地下のサーバー室のドアも勿論閉まっていたが、既に自力でクリアしている。ヴェルセはメインルームにメモを持って現われた。
「えと、直接ホストアドレスを打ち込んでアクセスしてくれ、こちらなら情報の共有も可能だろう、だって」
「感謝する、電話がほとんど使えないからな、これがあればやりとりができる」
これぞ、スニーカーオンライン通信である。
二人でつるんでいたリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)と七枷 陣(ななかせ・じん)は、分断された廊下からなんとか抜け出して、リュースの案内でメインルームにやってきた。
「すみません、オレらも参加させてください」
「自分は他校っすけど、頼みますわ」
「やあリュース君、陣君、ようこそ」
エースが彼らを出迎え、現在わかっていることを共有した。
「そこで提案やねんけど、ちょっとやりたいことあるんや。ネットに繋がってないマシンを貸してくれへんかな」
「陣くん、何をするんですか?」
「んー、言うなれば」
「…言うなれば?」
「ネズミのまるやき」
うぇっ。
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