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リアクション
序 死者(?)の行方を捜しに
ボロボロになったアクア・ベリルが研究所に運ばれた夜から数日。
そっと姿を消していたエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は、義理の娘でもある緋王 輝夜(ひおう・かぐや)に迫られていた。
「ねえ、何があったのか、本当のことを教えてよ!」
輝夜は真剣だ。些か怒っているようでもある。その原因は、最近流れていた風の噂にあった。とある人間が――「日比谷 皐月(ひびや・さつき)が死んだ」という噂である。
「何度も言いますが、彼は死にました。私たちが止めをさしたのですから、間違いはありませんよ?」
「嘘だ! そんなデタラメ信じるもんか!!」
いくら問い詰めても、エッツェルは涼しい表情を崩さなかった。「彼は死んだ」の一点張りで、それ以上の事を話さない。
「……! もういい……自分で探しにいく!」
業を煮やした輝夜は、部屋を出ようと踵を返す。彼女の背後で、エッツェルは溜息をつく。仕方ないですね、というニュアンスを感じて振り返ると、彼は鍵を摘んで差し出してきた。小型飛空艇オイレの鍵だ。
「ならば、コレを使いなさい」
説明されるのは、ライナス研究所の在る簡単な位置。
「とりあえずは、ファーシーさんやチェリーさんと行動を共にしてみるといいでしょう……。きっと意味がありますから」
エッツェルから2人の特徴を聞くと、輝夜は早速飛び出していった。
「わかった……いってきます!」
「……ふう……輝夜さんも難儀な男に惚れたものですね……」
残されたエッツェルは、窓の外に目を移した。青空の下、飛空艇の姿が見る間に小さくなっていく。
「まあ、頑張って下さい」
何だか少し楽しそうだ。
「アクアさんも無事なようですし……彼女の掴み取った結末、私にも勇気を与えられるものでしたね」
自分の腕――異形の左腕を眺めながら、エッツェルは1人、そう言った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
第1章 機晶姫の出産
ライナスの研究所・朝6時25分――
柊 真司(ひいらぎ・しんじ)とアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)は、苦しむ妊婦を前にどうすればいいか考えていた。
イコンの強化パーツ開発も一段落し、気分転換に研究所内を歩いていて彼女を発見したのだが――
「ほっとく訳にはいかないが……、かといって、一体何を手伝えばいいんだ?」
面倒事は嫌いだが、これは出くわしておいてそのまま、というわけにはいかない事態だ。
「流石に、機晶姫の出産の知識なんか持ち合わせていないんだが……。とりあえず、設備が整った場所まで彼女を運ぶのが先決か」
「……じゃな」
真司の言葉に、アレーティアも同意する。
「それなら、向こうに担架が置いてあったな。あれに乗せて運べば、安全じゃろう」
「……よし、取りに行こう」
迷っている暇は無い。真司達は、そう決めたらすぐに動き出した。担架の場所は、ここからそうは離れていなかったはずである。
その頃。
「何か、騒がしいな……」
研究所の大部屋からほど近い、4人用の寝室。林田 樹(はやしだ・いつき)は、大部屋から聞こえる喧騒に眉を顰めた。その中には、臨月の機晶姫、ポーリアの呻き声も混じっていたのだが樹は気付いていない。だがそこで、未だ眠りの中にあった林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が目を覚ました。苦しそうな声を聞き取ったのだ。
「んー、ぽーりあしゃん?」
ねぼけまなこのまま部屋を出て行くコタローを、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が追いかける。
「こたちゃん?」
そして、そのままジーナもコタローも戻ってこず。
「……?」
樹と、同室にいた新谷 衛(しんたに・まもる)は出入り口に目を遣ったまま、首を傾げた。
通路に出たコタローは、蹲っているポーリアの傍まで行って彼女を見上げた。後方でジーナが立ち止まる気配がしてそれを不思議に思いながら、様子のおかしいポーリアに話しかける。
「ぽーりあしゃん、のーしたれすか?」
「……赤ちゃんが……」
「……う? あかたん、うまれうれすか?」
「……コタロー、どうした?」
コタローは、びっくりすると同時に急いで寝室に取って返し、そう尋ねてくる樹に嬉しそうに報告した。
「ねーたん、ねーたん、あかたん、うまれうって!」
「あかたん? ……あ」
そのまま復唱し、現状を理解した樹は即座に部屋を出てポーリアの傍に膝をついた。状態を確認する。
(……産気づくタイミングは人間と同じようだな)
ほぼ同時にやってきたライナス達を振り返り、彼女は冷静に言った。
「こういった状況は旅芸人時代によく味わった。産婆のまねごと程度は出来ると思う、任せておけ」
「……ふむ」
「ジーナ! 魔鎧! 妊婦を安全なところへ運んでくれ!」
ライナスがほぼ目線のみで了承を示すと、樹はジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)と新谷 衛(しんたに・まもる)に指示を飛ばした。 あっけにとられていたジーナは、その声で慌てて動き出す。
「は、はいっ! 樹様。……ほらっ、エロガッパも手伝いやがれなのです!」
ポーリアの脚側にまわって促すと、衛も近付いてきた。
「……いっちー、じなぽん。オレ様のこといい加減名前で呼んでくんねーかな?」
そうぼやきつつ、彼女の背に手を回す。2人で協力して抱き上げる。
「あ、運ぶのか? それなら、これに寝かせて運んだほうがいいだろう」
そこで、真司達が担架を持って戻ってきた。ジーナと衛はその上に注意深くポーリアを寝かせて先を行くライナスの後をついていく。彼を含めた7人は一度大部屋に入り、別の通路を歩き処置室に入る。
「出産、か」
運ばれていくポーリアを目で追いながら、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は機晶姫が出産を行うということ自体に疑問を抱いていた。あの大きなおなかを見た時から思っていたことではある。
何故、そんな機能がついているのか。
「……改良品の製造としては非効率的過ぎる。特に……、機晶姫は構造や見目からも分かり易いが、剣や機晶姫は人と異なる、物だ。兵器にこの酔狂な機能は不要。
……第一、原理は?」
「生き物なんだから、いーんです」
それを聞いて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が即座に切り返す。いつもの事なので、慣れたものだ。
「生命の定義か? だが、複製による種の存続は……」
「兎に角、今、生まれるの。研究者の視点で語るのは後」
皆まで言わせず、きっぱりはっきり言い切ると、ルカルカはびしっ、と処置室側を指した。
「ダリル、手伝いなさい」
「……分かった」
そんな会話の後、ルカルカ達も処置室へ向かった。
ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)も、落ち着きのない部屋の中で、驚きつつも冷静さと好奇心を保っていた。
土偶を持ってきてそのまま研究所に居ついていたが、まさか機晶姫が出産に遭遇するとは。新たな命の誕生には、是非とも立会いたいところだ。
(経験もない自分に出来る事なんて言われた物を運ぶ位しかできませんが……。男だったら痛みで死ぬとか聞きますが、こればかりは男である以上永遠に理解できない部分なんでしょうね……)
そして、処置室に向かいつつ、ふと彼は思う。
「そう言えば、機晶姫から生まれてくるのはどんな種族になるんでしょう……。やっぱり機晶姫? それとも人間なんでしょうか。はてさて、気になりますね……」
(これは……。今までは、他の人達に流れを任せていたが……、流石に出産というイベントは重荷になるだろう……)
おろおろとした雰囲気に包まれて鬼崎 朔(きざき・さく)はそう判断すると、その場の皆に渇を入れた。
「こら! うろたえるな!」
ざわつきがぴたり、と止まる。その中で、朔は全員を見回して声を張った。
「出産は時間の問題なんだ! 医学の心得がある者か博識な者は手伝え! 後、機晶姫の母親だ。アーティフィサーかテクノクラートの者は手伝え!」
『…………』
生徒達は顔を見合わせ、それから弾かれたように動き出した。朔は続いて、彼らにやるべきことを提示していく。彼女もまた、劣悪な環境での出産の立会いに何度も遭遇している。知識はなくとも、度胸と冷静さはあった。過去に寺院に乱暴された後遺症から不妊症の可能性がある彼女は、出産出来る人が羨ましいという気持ちも抱いていたが――それは微塵も外に出さない。
朔は、車椅子に座ったままのファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)に目を移した。遂に本番を迎えたポーリアの出産を前に、何かを考えているようだ。その「何か」は、恐らく先程呟いていた『子供、か……。わたしも産めるって聞いたけど……』という言葉に集約されるのだろう。
「ファーシー! 君もだ!」
「っえ? な、何?」
大声で呼ばれ、ファーシーは我に帰って見返してきた。朔は少し表情を和らげ、彼女に歩み寄って穏やかに言う。
「……悩むんだったら、『出産』を見て決めるのが一番だ」
「…………」
(私は、何もしなくていいようですね……)
通路で棒立ちになっていたアクアは、傍観していれば事が進むことに気付き、いつもの冷めた感情を取り戻して大部屋に戻ってきた。あのまま宛がわれた自室に帰らなかったのは、無自覚ながら出産への興味があったのだろう。
彼女の目線の先では、ファーシーが朔と見交わしあっていた。ファーシーは、何か呆けた表情をしている。何を話しているのか気になり、さりげなさを装って近寄ってみる。ちょうど、朔達の話にフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が加わったところだった。
「今回、たまたま居合わせる形になりましたが、こういった機会は中々ございません。わたくしもお手伝いいたしますし、ファーシーさんも立ち会ってみたらいかがでしょう?」
そう言って、フィリッパは近くに立つアクアにも笑いかける。
「アクアベリルさんも、是非」
「……!?」
突然話を振られ、アクアは驚いた。身体を強張らせつつ、気付かないふりをしてその場に立ち続ける。しかし、意識はしっかりとフィリッパの方を向いていて、彼女もそれを分かっているのか、アクアに微笑みを向けて話し続ける。
「直接手伝うことをしなくても、生命の誕生に立ち会えることは大変素敵なことですよ。命というものをあらためて自分の中で考えるよい機会です」
「…………」
アクアは横目でフィリッパと、そしてファーシーの様子を伺う。
「…………」
ファーシーは数秒間朔とフィリッパを見上げていたが、やがて、迷いに揺れていた目に力を込めて頷いた。
「……うん。ちょっとやってみようかな」
そこに、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が近付いてきて彼女の背を支えるように明るく言った。
「スカサハもポーリア様の出産をお手伝いするであります! 大丈夫であります! スカサハ達がサポートするでありますよ! アクア様もよろしくであります!」
「……!?」
再び話を振られ、アクアはまたもや驚いた。無邪気な笑顔に、しぶしぶといった風で答える。
「ええ、まあ……。ですが、出産などには関わりませんよ」
「……そうでありますか?」
スカサハは少し残念そうだ。
「それで、わたしは何をすればいいの?」
「ファーシー様は……、そ、そうでありますね……」
そこで、スカサハは朔に助けを求めるように目配せをした。自分は機械修理が得意だし、機晶技術も習得している。マニュアルも持ってきているが、ファーシーにそんな技術的なことをさせたら生まれるものも生まれなくなってしまう。何しろ、ファーシーは持っている知識から技術まで、まだまだ独学の間違いだらけなのだ。スカサハは、それを身をもって体験していた。
「わたし、アーティフィサーだから何でも出来ると思うわよ?」
それなのに、何故か自信たっぷりだし。
「そうだったな、でも……」
スカサハの思いは伝わったらしい。朔は平静な口調でファーシーに言った。
「ひとまず、お湯を沸かしてくれ。ここは土地柄、処置室にきちんとした暖房設備が無いからな。お湯の熱気は、室温を上げる役に立つ」
産湯は、生まれてから改めて作った方がいいだろう。
「……お湯? 分かったわ」
ファーシーは立ち上がり、慣れない動作で厨房に向かう。
「こっちですわ」
フィリッパが彼女を案内していく。
「朔様、ありがとうであります……!」
処置室の寝台に寝かされたポーリアは、苦しそうにおなかに手を当てている。彼女の発する空気は、否が応にも緊迫感を高まらせた。ということで、無事に運び終えて改めて彼女を前にした衛は、内心で叫び声をあげていた。
(うわああああ、何、オレ様、どーしたらいいの? っつか、立ち会ったこと無いのに入って来ちまった!!)
汗だらだらの彼の足元では、コタローが寝台を見上げて目を輝かせていた。
「こた、あかたんうまれうの、たのしみにしてたれす! こた、おてつらいするれす!」
「手伝うといっても……、そうだな」
樹は壁際に立てかけてあった折りたたみ式のスツールを広げ、その上にコタローを乗せた。コタローはポーリアの手を握って声をかける。
「ぽーりあしゃん、らいじょむれす、こたがいるれすよ」
ヒールをかけると、彼女はうっすらと目を開けてコタローに微笑んだ。
「コタローちゃん……」
「もーなしゃん、なにすれまいーれすか?」
「この様子だともう降り始めてきてるから……機晶姫の出産としては、まあ第一段階かな。まずは……」
モーナは、彼女の状態を診てからコタローにアドバイスを始めた。それを後ろから見ながら、樹は思う。
(コタローが妊婦と話したいと言うので泊まったんだが……、大変なことになったなぁ。人間の場合は……)
過去の経験で使用したものを思い浮かべ、処置室の設備をざっと確認しながらモーナに訊く。
「おい技術者、必要なものは何かないか?」
「ん? あ、ええとね……」
「俺にも何か手伝えることはあるか? こういった場は初めてなんだが」
真司も、ライナスにやるべきことをたずねる。ライナスは、先日のパーツ開発の折に真司の持つ技術は確認している。出産に立ち会った経験が無いのは、この研究所にいる殆どの者に共通することだ。
「そうだな、では……」
技術があれば、と、ライナスは必要な処置の説明を始めた。
(まったく……)
彼から話を聞く真司を、アレーティアはあきれたように眺めていた。
(碌に経験も知識も無いのにまた首を突っ込んでからに……。無愛想な癖にお人好しめ。と言っても……)
そうして、寝台上のポーリアに目を移す。不謹慎と思い言葉には出さないが、機械を扱う者として機晶姫の出産には興味がある。
(ここは、無事出産ができるように一肌脱ぐとしようかのう……)
「わらわも手伝おう。出来ることがあれば何でも言ってくれ」
「私達も手伝うわ。必要な事を教えて」
「自分も、力仕事や雑用なら出来ますよ」
アレーティアに続きルカルカやザカコも前に出て、彼らの話に加わる。
(な、なんかみんな冷静だな。オレ様は、じゃ、邪魔になんない様にわきにいるか?)
ポーリアを運んだ面々が対処法について話し合うのを見て、衛は部屋の隅ぎりぎりに移動する。その時、ポーリアが一際大きな声を上げた。
(う、うぉ!)
衛は途端にびくぅっとする。テンパりつつも、しかし、彼は処置室から出ようとはしなかった。
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