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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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第3章


「冗談じゃなく事件が多すぎる。そう思いませんか?」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はパートナーである空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)の一言を受けて、行動を開始していた。
「というわけで私は三人官女に味方するわ! さぁ、人間たちを襲うわよ!!」
 どういうわけかは分からないが、リカインは三人官女達に先がけて人間を発見しては次々に襲っていた。
「ホラホラーッ! 早く逃げないと殺されちゃうわよー!!」
 とは言うものの、武器を持たないリカインにできる事と言えば、ブルーラインシールドを大きく振り上げて一般市民を追い回して行くことくらいだ。
 逃げ出した一般市民は敵側に回ったコントラクターに恐れおののくものの、リカインの誘導によってより多くの市民の列の方向へと逃がされていく。
 当然、多くの市民が集まる場所はコントラクターがガードしているので、リカインも三人官女もうかつには近寄れない。

 同様に狐樹廊も、百々につかず離れずで着き従うフリをして一般市民への攻撃をサイコキネシスなどで逸らしていく。

 こうして次々と、逃げ送れた市民を避難場所へと合流させていくリカインと狐樹廊。彼らの企みもあって、一般市民への被害はほぼゼロと言っていい状況であった。


                              ☆


「やれやれ。ただの構ってちゃんにしては、ちょっとやんちゃが過ぎるのではないですか? 貴女方も、あのお姫様も」
 坂上 来栖(さかがみ・くるす)は、リカインのせいで一般市民を見失った三人官女の前に立ちはだかった。
 雛人形イベントに参加していたためだろうか、可愛らしい十二単姿と、相反する鋭い眼光が対照的だ。
 官女たちは、ようやく見つけた獲物を前に立ち止まる。
「愚かな。やんちゃが過ぎル程度で済むと思っていルのですか」
 官女の一人が、鋭い爪を見せつけるように伸ばす。来栖は答えた。
「ええ、思っています。鬱憤晴らしがしたいなら、気が済むまで遊んであげますよ」
 来栖は口の端を上げて、笑った。

「――ふざけルなぁッ!!」
 着物姿の来栖に一斉に襲いかかる三人官女3体。十二単で身動きが取れない来栖は、その攻撃を避けることもできずに串刺しにされてしまう。

「――ッ?」
 だが、三人官女たちの爪が貫いたのは着物だけだった。一瞬のうちに着物からすっぽりと脱出した来栖は、上空に飛び上がって攻撃をかわしていた。
 着地した来栖は赤いシャツにミニスカート姿。
「……痛いじゃないですか、私じゃなかったらちょっとした惨事ですよ?」
 赤いシャツがわずかに切り裂かれ、脇腹から鮮血が一筋したたり落ちた。
「惨事どこロではなありませンよ。我らが目指スは大惨事、なのでスから」
「ふ……困ったものですね。いいでしょう、お人形遊びならこちらにも人形が必要ですね」
 官女たちは笑う。それを見た来栖は、指から伸ばした魔術糸を操って自らの人形を呼び寄せた。
 物陰から勢いよくひとつの影が飛び出してきた。『魔術式傀儡:外典・マリア』だ。
「確か……あの人はこんな感じに……」
 友人の人形使いの指捌きを思い出して、来栖は人形を操った。キリキリと音を立てて、魔術式の人形である外典・マリアはスムーズに動いていく。
「ふふ……やはりあの人のようにはいきませんね。まあ、遊びにはちょうどいいでしょう」
 来栖は、外典マリアを操って三人官女との戦闘を開始する。
 外典・マリアはその背に『天の刃』を構え、三人官女達に突進して行った。


 来栖と戦う三人官女たちに更に襲いかかったのは、ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)だ。
「一般市民の皆さんに迷惑をかけるのは許せないですぅ!!」
 外典・マリアの相手をする三人官女のうちの一人に深緑の槍で挑みかかると、官女の反撃を辛うじて避ける。
 ルーシェリアは槍の射程範囲ギリギリから細かい攻撃を仕掛け、どうにか一人ずつ戦力を分散させる狙いがあった。
 だが。
「ふ。我らハ3体でひとつ。切り離そうとすルのは困難でスよ?」
 官女の一体は、抱きついてきた外典・マリアを振りほどき、そのまま持ち上げてしまった。
「――っ!?」
 来栖は驚愕した。確かに、破壊するつもりで攻撃しているわけではないから動きが鈍いことはあるだろう。自分が直接戦うわけではないから戦闘力が低下するのも仕方ない事だ。
 だが、それでも。

 彼女らは敵の実力を見誤っていた、と言わざるを得ない。

「そぉレ!!!」
 外典・マリアを持ち上げた官女が、そのままルーシェリアに向かって投げつける。
「きゃっ!!」
 他の官女に攻撃を仕掛けていたルーシェリアに放り投げられた外典・マリアは避けられない。
 真正面からぶつけられた人形を抱きかかえるように転倒してしまったルーシェリアに、更なる追い討ちをかけようと三人官女は襲いかかる。
「いけない!!」
 来栖はどうにか外典・マリアを立て直そうとするが、放り投げられた時にどこか一部を破損したのだろうか、うまく動かない。


「――ギギャッ!?」
 その時、今にもルーシェリアを突き刺そうとした官女が、どこからか飛んできたサイドワインダーによって吹き飛ばされる。
 ルーシェリアと来栖が振り向くと、そこには多比良 幽那(たひら・ゆうな)がいた。


「恨み言があるなら、ゆっくり聞いてあげるわ。お花見でもしながら――ね」


 颯爽と現れた彼女。その後ろには彼女の大事なアルラウネ達が、本当にお花見の道具を持って控えている。
 もともとこちらも雛祭りイベントに参加していた幽那は十二単の姿。事件は起こったものの、どうにか人形達を破壊せずになだめたい、という思惑があったのだろう。
「でも、まずはちょっと落ち着いて貰うわ!!」
 幽那は両手を振りかざし、崩落する空で官女達の上空から光の雨を降らせた。

「――ギ、ギギャアッ!!」
 闇の眷属である官女たちはやはり光輝の攻撃には弱い。外典・マリアとルーシェリアから離れ、三人官女は苦しみ始める。
「誰だって傷つくのは嫌だわ。本当は、傷つけるのもね。貴女達にも色々と溜め込んだものがあるのでしょう? 私では本当に物事を解決することはできないかもしれないけれど……胸の内にしまい込んだものを吐き出すだけでも、随分と心が楽になるものよ?」
 幽那はそう言って、三人官女の方へと近づいた。
 崩落する空には相手に畏怖を与える効果もある。それにより頭を冷やし、話を聞き入れるように仕向ける意図もあった。


「――残念でしタね。我らにハ心などというものはありません。我々は人形なのでスから」


 だが、三人官女は非情にも、その言葉と共に幽那に襲いかかった。
 たしかに崩落する空はそれなりに強力なダメージを与えていたが、畏怖に関しては効果がなかったのだ。どうやら三人官女はあくまで自律する形の人形であり、主である百々に付き従うだけの存在であったようだ。

「――っと!!」
 不意を突かれたとは言え、幽那も幾多の経験をこなしてきたコントラクターだ。素早い動きで官女の動きを辛うじて避ける。
「さすがに邪魔ね」
 そのまま、後方に飛び退きながら十二単を脱ぎ捨てる。その中身は来栖と違ってあられもない下着姿だ。だが今は非常時、気にしている場合ではない。
 避けきったと思っていた攻撃だが、完全には避けきれなかったのだろう。幽那の腕や足から幾筋かの血が滴り落ちる。

「てやあああぁっ!!!」
 幽那が攻撃を避けた隙に、ルーシェリアがチェインスマイトで官女を蹴散らす。そこに来栖の外典・マリアが援護をした。
「――ギギギギギ!!!」
 幽那の攻撃でそれなりにダメージを負った三人官女は、ルーシェリアと外典・マリアを弾き飛ばして退却して行った。

「――油断したわけではないのですが……まさか、あれほどとは思いませんでした」
 と、来栖は外典・マリアとルーシェリアの傷の具合を確認した。
「……残念ですぅ。私がもっと強ければ倒せていたのに……」
 ルーシェリアは唇を噛むが、幽那がそれを制した。
「……いいえ、確かに最初から全員でかかれば倒せていたかもしれないとは思うけど、あなたのせいではないわ。……一般市民から引き離せただけでも良しとしましょう。ひょっとしたらまた来るかも知れないから、とりあえず護衛に回りましょうか。全て終わったら、みんなでお花見もしましょうね」
 と、場を和やかにするために無理に笑顔を作る幽那。
 その笑顔に、来栖とルーシェリアは気まずそうに呟いた。


「あの……その前に、何か着てもらえると……」


                              ☆