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第2章 隠された思惑 1

「ふむ……甥っ子さんを、ですか」
 依頼の内容を確認する程度の、ささいな言葉に過ぎなかったのかもしれない。しかし、炭鉱夫は男の真鍮にも似た冷然な瞳に思わず息を呑んだ。
 後頭部で結われた尻尾のような黒髪も相まって、見た目だけで言えば女性と言っても過言ではない男だった。だがどうやら、彼自身はそう見られることをあまり快く思っていないようだ。
 それに――彼のゆるぎない毅然とした瞳を見れば、所詮はそれが見た目だけの問題に過ぎないと気づくのである。
 炭鉱夫はまるで視線から逃れるようにしておどおどと答えた。
「そ、そうなんです。あの怪鳥には、ほとほと困っていて……」
「ま、困っている者は見過ごすわけにはいかぬな。のう、風天」
「……そうですね」
 見過ごせないというよりは、暇だからその時間をもてあましているといった風の白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)。ぴょこぴょこと動く彼女の狐耳を視界の端で視認しながら、九条 風天(くじょう・ふうてん)は頷いた。
「わかりました。コビアさんではないですが……ボクもお手伝いしましょう。兼定も、異論はないですね?」
「もっちろんだよ、主! この兼定、主の往く道どこまでも!」
 かたや一方のパートナー、相討之 兼定(あいうちの・かねさだ)に目をやると、彼女は歳に似合わぬ忠義な言葉で同意した。……魔鎧なのだから、歳という概念はさほど関係ないのだろうが。
 二人の同意も得たことであるし、風天はさっそく準備を整えようとする。炭鉱夫に背を向けて――ふいに、彼は振り返った。
「……ところで」
「は、はい、なんでしょう?」
「そうですね……もし……、もしも……そう、仮に、ですが」
 あくまでも念押しとばかりの口調だが、真鍮の瞳には殺意にも似た光が宿っていた。
「嘘をついて都合良く邪魔者を消そう、などと考えているのであれば、逆に相応の報いを受けてもらう事になるでしょう。そんな事は無い……ですよね?」
 報い――という言葉に乗る酷薄の意思が、男の本能的な何かをよみがえらせた。まるで今にも獲物に襲いかからんとする獣を前にした畏怖と緊張感。
 ごくりと息を呑んで、冷や汗の下の顔が苦く笑った。
「も、もちろんですよ。そりゃあ、重々承知してます」
「……そうですか。では」
 言い残して去りゆく風天の背中を、炭鉱夫は険しい表情で見つめていた。



 風天と分かれた炭鉱夫は、山岳の中腹に建っている小屋に向かっていた。まるで人目から逃れるようにひっそりと建てられているその小屋は、うっそうと生えた木々の中に隠れていた。かつてはここから登った先の炭鉱において、炭鉱夫が使用するものだったのだろう。ボロボロになったツルハシやロープが周囲に捨て置かれていた。
 そんな小屋へと向かう炭鉱夫の様子を、陰から盗み見る者がいた。血を固めたような紅玉の瞳は炭鉱夫を捉えたまま、闇に紛れる漆黒のマントを翻して木々から生えた太い枝を移動した。
「……?」
 一瞬炭鉱夫は草木の揺れる音に振り返るも……運よく、茂みから出てきたのは野良ウサギだ。気のせいか……? 炭鉱夫は首をかしげたまま小屋の扉を開けた。
 陰に紛れたマント――ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が小屋の壁に身を寄せて降り立った。すぐに、不気味なほど無音のまま窓から中の様子を確認する。
 小屋の中では、依頼人の炭鉱夫以外にも数名の男たちが確認できた。薄汚れた厚手の服装を見るに、同じ炭鉱夫か?
「まったく……冒険者はいちいち疑り深くてかなわんな」
「へへっ……しかし、単純な小僧でよかったっすね」
「まあな……ただ、気になるのはあのでっけぇ棒みたいなのを持ってた女と、小僧が募った地球人たちだ。小僧はいいとしても、他の連中が邪魔をしないとは限らん」
「なぁに、大丈夫だ。そのために、あいつらがいるんだろ?」
 男たちは悪質な笑みを浮かべていた。しかし、あいつら……? 誰のことを言っているんだ?
 ザカコは疑念を全てぬぐいきることはできなかったが、ひとまずはデジタルビデオカメラを取り出すことにした。窓の隅っこから覗き込み、会話の内容とその様子を映像として収める。
 が――光が差し込んだ。
「誰だっ……!」
 天気が快晴であることが不運を招いたらしい。太陽の陽がレンズに反射したのだ。
 瞬間。火炎がザカコを狙って壁を穿った。
「くっ……」
 咄嗟に、ザカコは火炎の業火と粉塵に紛れるようにして逃げ出した。跳躍して飛び去った彼の姿は、確認するかぎり誰にも見られていない。
 それにしても……レンズの反射光程度で、あれほど迅速に対応できる者が奴らの中にいたか? ましてや、あれは明らかな魔法だ。それも、火に魅入られた魔物が化身を放ったような精度の高い炎の精製。
 小屋の中の全容が全て把握できていたわけではない。見えぬ影に隠れた何者かが、こちらの存在に感づいたのか。
「追えっ! 逃がすな!」
 炭鉱夫たちの声が粉塵の奥から聞こえてきた。炎を放った主は気になるが、猟犬となった連中を振り切って……いまは彼女と合流するのが先決か。
「嫌な予感がしますね」
 ザカコは不穏な声で小さく呟き、木々を飛び越えた。