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夏合宿でイメチェン

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夏合宿でイメチェン

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 木々が揺れ、鳥や動物たちが一斉に散っていく。
 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は静かに一息ついた。ビーストマスターとしての訓練に励んでいたものの、そろそろ休憩した方が良さそうだ。
 荷物を置いているセミナーハウスへ戻ろうと思った時、見慣れた顔が近づいてくることに気がついた。
「おーい、レリウスー!」
 と、腕を振るハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)だ。
「どうしたんですか? これから、そちらに向かうところだったのですが」
「お、それならちょうどいいな。お前を連れて行きたいところがあるんだよ」
 と、笑うハイラル。
 レリウスは疑問符を浮かべながらも、彼の後に付いて歩き始めた。

「っつーわけだから、こいつをイメージチェンジさせてやってくれ」
 差し出されたレリウスをとりあえず椅子に座らせ、叶月は問う。
「どんな風に?」
「……あの、こんなくだらないことをしている暇があるなら――」
 と、立ち上がりかけた彼を押し戻すハイラル。
「お前、いっつも軍服か戦闘服ばっかだろ? たまにはお洒落しようぜ」
「ですが、今日は訓練をしに来たわけで、イメージチェンジなど――」
「だーから、いいんだっての。少しは別のこと考えたって悪くねぇだろ?」
 生憎と、今はヤチェルたちが昼食のために席を外していた。撮影係の里也と朔はいるが、男性は叶月とエルザルドだけだ。
 レリウスとハイラルのやり取りを傍観しつつ、叶月はエルザルドへ協力を求めた。
「エル、どうすりゃいいと思う?」
「うーん……ここは、ぜひとも素材を活かしたいところだね」
 綺麗な銀髪に銀色の瞳を持つレリウスは、男からしても美しい。ハイラルの望むように、思い切りイメージチェンジさせても損はないかもしれない。とはいえ、その良さを活かすのであれば……。
 ようやく納得したレリウスに向き直り、叶月は櫛を取った。訓練のおかげですっかりぼさついた髪をきっちり梳かし、その合間にエルへ言う。
「いくつか服、選んで持ってきてくれ」
「悪いけど、自分のセンスにはかなり自信あるよ?」
 と、冗談半分に返すエルザルドに叶月はにやりと笑う。
「いいからさっさと行ってこい」
 エルザルドが男子更衣室へ向かうのを見て、叶月はワックスを取り出す。手の平に取ったそれを両手でよく伸ばしてから、レリウスの髪を全体的に後ろへ流していく。
 ショートカットの女の子が目的のはずなのに、男性用の衣装まで取り揃えられているとは――などと、妙に感心しながらエルザルドは数着の服を手に戻った。
「持ってきたよ」
「おう、サンキュ」
 と、濡れたタオルで両手を拭く叶月。
「ちょっと立ってもらえるか?」
「はい」
 立ち上がったレリウスにそれらを一つ一つ合わせていく。ビジネスマン風スーツに、少し派手なホスト風……そして正統派執事服。
「似合うな」
「やっぱりね、俺の思ったとおりだ」
 そして更衣室にレリウスを連れて十分も経過すると、何とも見目麗しいオールバックの執事が出来上がった。
 ハイラルは目を輝かせ、初めて見るパートナーの姿に見入った。世のお嬢様方が一斉に黄色い声を上げそうな出来だ。ただ、レリウスの体格が良いためか、少々きつそうにも見える。
「レリウス、それで旦那様って呼んでみてくれ!」
「……何故ですか?」
「理由なんざどーだっていいんだよ! いいからさ、ほらっ」
 と、その変貌ぶりを楽しむハイラル。
 レリウスがほぼ棒読みで望みどおりの言葉を発すれば、ハイラルが吠える。
「かっけぇー!」
 喜んでもらえたようで何よりだ。
 満足げにしている叶月に、エルザルドはふと思ったことを口にしてみた。
「叶月があれ着たら、ヤチェルちゃんも喜ぶんじゃない?」
「は? 死んでも着てやんねぇし」
 相変わらず、彼は素直じゃない。

 騎沙良詩穂(きさら・しほ)は拍子抜けしていた。
「騒音公害を出してるって聞いて駆けつけたんだけど……家業じゃないですか」
 切り倒された木々に、大鋸の持つ『血煙爪』。そして、その倒木に刃を入れて何か作っている小さな少年天使。
「悪ぃな、そいつが血煙爪アートを作るって言うもんだからさ」
 と、大鋸は詩穂へ言う。
 真剣な表情で形作っていくラピスの姿に、何となく事情を察する詩穂。あの子のために木を切っているのなら、それは応援するべきだろう。
 木陰で見守っていたと思しきるるは居眠りをしており、その分だけ二人が作業に熱中している時間が長かったと思われる。
 そこまで考えて、詩穂は決めた。
「じゃあ、詩穂は二人を応援しちゃいます!」
『激励』を始めた詩穂に、大鋸とラピスは切れかけていたやる気を取り戻す。
 再び『血煙爪』を起動させた大鋸は、何本目かも分からない木に刃を向けた。幹とぶつかった刃が独特の衝突音を奏で出す。
 ラピスもまた、胴体と思しき部分を作っていく。自身よりも若干大きいサイズの木を慎重に切り進めていくも、途中でラピスは手を止めた。
「あー、また失敗しちゃった」
 と、それまで対峙していた木を離れたところへと転がしていく。なかなか思い通りには行かないらしく、そこには失敗作らしき木がいくつも積み上げられていた。
 詩穂はそれをどうにか出来ないものかと考えたが、どれもこれも歪な形をしていてそちらにばかり目が行ってしまう。

 普段は和服を身に着けているせいか、洋服を着て歩くのは新鮮だった。
 ハーフアップにした髪型、レースをふんだんにあしらった白いワンピース、同じく白のミュールを履いた度会鈴鹿(わたらい・すずか)は騒音のする方へと足を向けていた。
 その隣ではふりふりシャツにキュロットを身に着け、黒髪をツインテールにした織部イル(おりべ・いる)もいた。二人とも同好会でイメージチェンジをしてきたばかりだ。
「あ、やっぱりいらっしゃいましたね」
 と、騒音の中心へ声をかける鈴鹿。
 一段落付いた大鋸が振り返り、一同もそちらを見る。
「王大鋸さんですよね? 知人からお話は聞いてます」
「え? お、おう、そうか」
『血煙爪』を止めて頭をかく大鋸。
 鈴鹿は手にしたバスケットを胸の前まで上げるとにっこり笑った。
「緑が気持ちよかったので、外でお昼にしようと思いまして。よろしければ、ご一緒に如何ですか?」

 梅と昆布のおにぎりに、スタミナたっぷりの牛焼き肉のおにぎり、唐揚げやおひたしによく冷えたお茶。動き続けた身体にはどれも美味しく感じられた。
 六人で囲む昼食は賑やかで、夏のそよ風も心地良い。
 おにぎりを頬張る大鋸に鈴鹿は言う。
「それで、木があんなことに……」
 ごろごろと積み上げられた失敗作の数々に目をやる一同。
「血煙爪アートって、なかなか難しくって」
 と、ラピスが笑うと、イルが口を開いた。
「キャンプファイヤーで使わせてはもらえないかの?」
「木材として燃やしちゃうってこと?」
 聞き返した詩穂に鈴鹿が微笑む。
「はい。合宿といえば、夜のキャンプファイヤーは付き物ですし」
 その誘いも兼ねて訪れたのだと説明すれば、大鋸たちも納得した。
「これだけの木があることですし、やぐらも作れるでしょう」
「そうですね、賛成です!」
 と、同意する詩穂。
 その時、背後から誰かが声をかけてきた。
「キャンプファイヤー、するんですか?」
 和泉絵梨奈(いずみ・えりな)だ。
「あなたも仲間に入ります?」
「はい。というより、今夜、セミナーハウスの外でバーベキューしようと思ってたんです」
 と、絵梨奈が言うと、イルが何事かひらめいた。
「もしや、それは建物の西側の広場では? 一人でせっせと荷物を運んでいる男がいたが……」
「あ、それですね」
 イルは頷いたあと、鈴鹿に目をやってからみんなへ説明した。
「わらわたちも、そこでキャンプファイヤーをしようと許可をとったところでの」
「では、バーベキューしながらキャンプファイヤーということで、決定ですね」
 と、鈴鹿は絵梨奈へにこっと微笑んだ。

 どれくらいの人が集まるかは分からなかったが、ジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)はバーベキューの準備に勤しんでいた。
 少し歩いたところに小川があるためか、耳を澄ますとせせらぎが聞こえてくる。
 人を集めに行った絵梨奈の帰りを待ち詫びつつ、手際よく準備を進めていくジャックだった。