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夏合宿でイメチェン

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夏合宿でイメチェン

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4.イメージチェンジ

 太陽が西へと沈みかけていた。
「あら、蒼空の同好会?」
 と、空京大学の情報を集めるため、セミナーハウスを訪れていた水心子緋雨(すいしんし・ひさめ)は足を止めた。
 ショートカット同好会と張り紙のされたその部屋では、さまざまな人たちが写真や着せ替えを楽しんでいる。
「こう暑い日が続くと、思い切って切りたくなるわよね」
 その呟きに天津麻羅(あまつ・まら)はやや呆れ気味に言い返す。
「まぁ、おぬしの髪じゃから、暑いなら切っていいんじゃないかえ?」
「じゃあ、とりあえずカタログでも見せてもらいましょう」
 と、中へ入っていく緋雨と麻羅。
 さゆみの見事なコスプレイヤーっぷりに見とれていたヤチェルが、緋雨に気づいて声をかけた。
「いらっしゃい、こちらにどうぞ」
 促された椅子へ落ち着き、緋雨は口を開く。
「髪を切ってもらいたいのだけれど、カタログを見せてもらえないかしら?」
「カタログね、ちょっと待ってて」
 適当なところに座った麻羅は室内を見渡し、コスプレの話で盛り上がっているさゆみとブルーズを眺める。
 朔から同好会特製のショートカットカタログを受け取り、緋雨の元へ戻るヤチェル。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。あんまり短くはしたくないのだけれど……あ、これなんか軽そうでいいわね」
 と、緋雨はぱらぱらとページをめくっていく。
 その長い髪を櫛で梳かしながら、ヤチェルは彼女の返答を待っていた。
「とりあえず、こんな感じでお願いするわ」
 と、一枚の写真を指さす緋雨。それを見て、ヤチェルはカタログを受け取った。
「ええ、分かったわ」
 それは見た目にも軽そうなウルフカットだった。
 ページを開いたまま、カタログを近くの机へ置く。それからはさみをとり、改めて緋雨へ向き合う。
「あなたが、この会の会長さん?」
「ええ、そうよ。松田ヤチェルっていうの」
 緋雨は名乗ってきた彼女に対して、思ったことを口にした。
「私は水心子緋雨。……ショートカット同好会の会長さんなのに、髪はセミロングなのね」
 他人によく言われることだった。ヤチェルは構わずに、緋雨の髪を一房切り落とす。
「それとこれは違うのよ」
「そうかしら? ちょうどいい機会だから、会長さんもこれを機にショートカットにしてみたらどう?」
 と、意地悪に笑う緋雨。
 ヤチェルはむっとしつつ、冷静に言葉を返した。
「いいのよ、あたしはこれで。飽くまでも、ショートカットの女の子が好きなだけだもの」
 あまりいじめても可哀相なため、緋雨は大人しくすることにした。ただでさえ自分は髪を切ってもらっている身だ、よけいなことを言うわけにもいかないだろう。

 窓の外が薄闇に包まれると、ようやくキャンプファイヤーのためのやぐらが完成した。
 ラピスの失敗作も放り込まれ、あとは火を点けるだけだ。
 少し離れたところでは絵梨奈とジャックがバーベキューに使う食材を袋から取り出していた。
 噂を聞きつけた学生や、セイニィやティセラたちも集まってきて時間を経る毎に場が賑やかになっていく。

「さあ、これでどうかしら?」
 緋雨は変わった自分を見て、左右に首を振って確認をした。素人の割りには上手く、細かい部分に目をつぶれば特に問題のないカットだ。
「そうそう、こんな感じが良かったの」
 と、口で言いながら、短く切り揃えられた前髪を取る緋雨。
 満足してもらえたようで安心したヤチェルは、窓の外を見て言った。
「緋雨ちゃんが最後のお客様だったみたいね」
「ああ、そうね」
 と、緋雨も時間の経過を感じ取って言う。
「外でキャンプファイヤーをするみたいなの、お披露目のためにも行ってみたらどう?」
 にこっと笑うヤチェルに、緋雨は席を立って返事をした。
「キャンプファイヤーか……ええ、そうさせてもらうわ」
 待っていた麻羅に目をやり、出口へ向かう緋雨。
 そして最後のお客様が出て行くと、会員しか残っていないはずの室内から悲鳴が上がった。女子更衣室からだ。
 中へ入ってみると、朔が里也に服を脱がされていた。
「さあ、これを着るのです!」
 と、里也が差し出したのは『チャイナドレス』。その他にも持参してきたと思しき『アーデルハイトなりきりセット』に『サビク・ラバースーツ』などが準備されている。
「あたしも手伝うっ」
 と、好奇心を刺激された様子で、自ら朔の着せ替えに加わるヤチェルだった。

 イルは火の点いた松明を大鋸へ差し出した。
「この大役はそなたでなければ務まらぬ、よしなにの」
 と、微笑むイル。
「おう、そうだな……よっしゃ、行くぜぇ!」
 松明をしっかり手にした大鋸がやぐらへ近づき、その中心へ炎を灯す。
 あっという間に広がった温かな光が周囲を照らし、どこからともなく歓声が上がる。
 どこか不気味な姿のラピスの血煙爪アート「森の主」も見守る中、キャンプファイヤーは幕を開けた。

「うう……もう、お嫁にいけなーい!」
 恥ずかしさのあまり泣き出した朔にヤチェルが困った顔を向けた。
「大丈夫よ。っていうか朔ちゃん可愛いから、貰い手には困らないと思う」
 そういうことではないのだが……朔は突っ込むことも出来ず身体を震わせるばかりだ。
 すると、里也がヤチェルへ何かを手渡した。
「さあ、ヤチェル。そなたもイメージチェンジですぞ」
「え?」
 と、ヤチェルは予想外の展開に首を傾げた。まさか、自分まで――?
「……い、いいけど、本当に良いの?」
「もちろんですとも」
 と、満面の笑みで頷く里也。その背後ではラバースーツ姿の朔がヤチェルを見つめていた。今度はヤチェルがやられる番らしい。
「そう……分かったわ」
 と、ヤチェルは浴衣と思しきそれを手に更衣室へ向かっていく。
 里也はすると、片付けをしていた叶月にも浴衣を差し出した。
「叶月、そなたもこれを」
「……は?」
 嫌がる彼だが、里也は無言でそれを押しつけてくる。
「お、おい、誰か助け――」
「良いじゃないか、叶月。着てみたらどうだい?」
 と、エルザルド。味方がいないことに気づいた叶月は、しぶしぶそれを受け取った。

 肉の焼ける音がする。
 キャンプファイヤーの様子にカメラを向けつつ、ジャックは参加者たちをまじまじと観察していく。
 ショートカットになったセレンフィリティは星空の下、セレアナとそっと手を繋いでロマンチックな気分に浸っている。
 女装した和輝は相変わらずアニスやスノー、ルナたちにいじられていた。女装が似合うと言われては、文句を言い返すの繰り返しだ。
 和ロリ姿のアシュレイは中心で燃える炎に目を奪われながら、この場にいない誰かのことを考えているようだ。
 レリウスは執事服を乱そうとし、それに気づいたハイラルが必死に止め、もう少しだからと我慢するよう言いつける。早くも着替えたいらしいレリウスだが、他の参加者にとっても彼の姿は眼福だった。
 うさぎ耳のついたパーカーを被らされた北都は、その犯人であるクナイを睨む。しかしクナイが笑うので、北都は何も言い返せなかった。
 様々な人間模様と、夏の空。これは最高の思い出になりそうだとジャックは思うが、それにしても――。
リア充多くね? 俺なんて……」
 と、一人寂しい気分になるジャックだった。