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ここはパラ実プリズン

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ここはパラ実プリズン

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   2

 クローラとセリオスが美羽とベアトリーチェを連れて真っ先に向かったのは、モニタールームだ。所内に設置されたカメラ全ての映像が、ここに集まる。
「少しよろしいですか?」
 クローラに話しかけられ、中央に陣取っていた世 羅儀(せい・らぎ)はくるりと音を立て、椅子を回転させた。
「何かあったか?」
「所長の命令で、こちらのお二方に当刑務所内を案内しています。まずはここに来るのが順当だろうと思いまして」
「ああ、なるほど。確かにここにいれば、全て見渡せるからな。じゃ、お二人さん、適当に座って」
 他の職員が持ってきたパイプ椅子に四人は座り、羅儀の後ろから百は超えるであろうモニターに目をやった。が、どの画面を見ていいか分からない。
 羅儀は笑いながら、中央を指差した。いくつかのモニターが切り替わり、一つの大きな画面になった。
「正面から入ってきたならご存知の通り、この新棟は周囲を堀で囲まれている。深さは八メートルほど、ちなみにピラニアがうようよ」
 堀がアップになった。細かい水飛沫がいくつも上がっていた。
「今、餌をやってるんだ。満腹にならず、といって空腹にならないようにしないとな」
 次に正面入り口が移った。跳ね橋と塀も見える。
「ここの受付で身元を確認、武器の類は預かり、場合によっては面会人でも首輪を付けてもらうことになる。塀の上には鉄条網が張られ、常時電流が流れている。四方の塔から外を見張り、塀の内側も定期的に巡回している。――ああ、ちょうどいい」
 建物から、オレンジ色の受刑者服を着た男女が二十名ほど出てくるところだった。
「外での作業をするんだ。廃墟の後片付けさ」


 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)松本 可奈(まつもと・かな)ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)八塚 くらら(やつか・くらら)の四人は、受刑者を連れ、新棟から二キロほど離れた廃墟へやってきた。
 初めて外の作業をする受刑者の中には、数えきれない瓦礫を見て唖然とし、「これを片付けるのか?」「しかも人の力で?」と泣き言を言う者もあった。
 夢野 久(ゆめの・ひさし)も初めて作業に参加する一人だった。が、彼は非常に腹を立てていた。
 というのも、彼は街中で悪さをしている連中を見つけてぶちのめしたのだが、相手が悪かった。
「二度とやるんじゃねえぞ」
と颯爽と立ち去ったまではいいが、かつ丼を食っているところを警察に捕まり、あれよあれよという間に裁判、しかも証言台に立ったのが、久が助けた当の女の子であったから、救われない。
 どうやらお偉方に繋がりのある連中で、女の子も飴と鞭で脅されたらしいと知ったのは、この新棟に向かう護送車の中でだった。
 久も波羅蜜多実業高校の生徒である。品行方正でもないし、脛に傷を持たないわけでなかったが、冤罪で大人しくしているほど、軟な性格はしていなかった。
 従って、到着したその日――つまり昨日だが――から、脱走計画を練り、まずは外へ出る機会と知ってこの作業に志願した。
 脱獄の際の地理を把握するのが最大の狙いであったが、無論、それだけではない。久はパートナーたちと組んで仲間を探すことにした。それは護送車の中で、一番最初に決めたことだった。
 久のパートナー、ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)は、暑い暑いと言いながら受刑者服服の胸元を緩めた。褐色の胸が、はち切れんばかりの勢いで垣間見える。
 受刑者の一人がごくりと喉を鳴らした。
「な? あ、あっちの陰でよ……どうせ看守だって見てねえって……新人多いからよ……」
 ルルールは人差し指で唇を拭うと、その男の口元にそれを当てた。
「ダ、メ、よ。こんなことで捕まったら、せっかくの計画が台無しじゃない。外に出るまで、オ、ア、ズ、ケ」
 男は股間を押さえて、また喉を鳴らした。
「それで? 使えそうなネタって何かしら?」
「空京の爆破事件さ。ちょっと前にあったろ? あの犯人がこのパラ実プリズンにいるのよ」
「でもあれ、まだ裁判中じゃなかった?」
「ああ。何でも仲間の奪還を警戒してここにいるらしいけどよ、俺らと違って仕事する必要もねえし、羨ましいよな、ったく」
「外に出れば、私たちもしなくてすむわ。――つまりその仲間が来るって言うのね?」
「多分な。こっちから、本棟に移る時が狙い目じゃねえかって……ま、噂だけどな」
「そう……」
 ルルールは微笑んだ。チャンスがあるとすれば、その時かもしれない。
 彼女の妖艶な笑みを見た男は、遂に我慢できずに、
「もう駄目だ!」
と、ルルールに飛び掛かろうとした。
「そこの人! 仕事をしなさい!」
 ガートルードの【警告】が発せられ、男はびくんと身を竦ませた。
「いいですか? きちんと仕事しないと懲罰房行きになって、出所が延びることもあるんですよ」
 男はヘ、ヘ、ヘと愛想笑いを浮かべながら、ガートルードのすらりとした手足を眺めていた。この、かっちりとした制服を脱がせたら……と男が考えているなど、彼女には知る由もない。
 一方久は、国頭 武尊(くにがみ・たける)に声をかけていた。武尊は窃盗罪で捕まっていた。盗んだものは、パンツである。
 しかし武尊は、久の誘いを一蹴した。
「ここでの暮らしは快適だよ。規則正しい生活に苦にならない程度の作業。飯だって不味い訳じゃない。ただ、入浴が三日に一度ってことと新鮮なパンツが手に入らないのが痛いところだけどな」
 久はあんぐりと口を開けそうになった。同じパラ実の生徒で、こうもゆるいセリフを吐く人間がいるとは彼には信じられなかったのだ。
 だが、武尊にもそれなりのワケがある。
 彼は最近のシャンバラの目まぐるしい動きに疲れていた。世間の喧騒から少し離れてのんびりしても、罰は当たるまいと思った。そのために、普段ならしないようなヘマでわざわざ捕まったのだから。
「休暇でも休養でもズル休みでも何でも良い。オレは休みたかったんだ!! だから、せめてここにいる間だけでも、ゆっくり休ませてくれよ!」
「俺はやるぜ」
 一人離れて作業をしていた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)がすうっと近づいてきた。気のせいだろうか、女性受刑者がちらちらこちらを見ている。注目を浴びるのは良くないんだがな、と久は思った。
 氷藍は舌打ちした。
「あいつら俺を、連続殺人鬼だと思っているんだ」
「何だって?」
「俺は団子の食い逃げで捕まったんだ。なのに、入ってきたら『三人殺ったんすよね?』『いや五人すよね?』『姉御と呼ばせて下さい!』とか言われて、冗談じゃあない」
 氷藍は心底うんざりした口調で言った。
 見たところ十歳そこそこだが、この刑務所にいるからには、実際はもっと上なのだろう。だが年はともかく、そのような重犯罪者がこのパラ実プリズンにいるわけもない。それを考えられない辺り、さすが収監されているほとんどがパラ実生徒だけのことはある、と久は思った。
 ぴーーーー!
と、甲高い笛が鳴った。
「そこの方々、イチャイチャしてはなりませんわ!」
 くららがすっ飛んできた。違う、と言いかけた久だったが、氷藍が腕を回してきたのでその言葉は喉に引っかかってしまった。
「いやー、悪い悪い。仲良くなろうと思ってさ。刑務所でも、みんな仲良く、が基本だろ?」
 さすがにその言い訳は苦しいだろうと久は思ったが、
「そうですわね」
と、くららが頷いたので唖然とした。
「ま、でもあんたが迷惑だろうから、やめとくわ」
 氷藍は久からパッと離れ、くららの横を歩く。
「前に俺、男の子が命狙われてるのを助けたことがあるんだ」
「ええっ? それはどういう……」
 女性たちの作業場へ向かいながら、氷藍は己の武勇伝をくららに面白おかしく話して聞かせた。ふ、とその手が自分に向けられ、「後はよろしく」と言わんばかりにひらひら動いているのを久は見た。
 どうやら一人、仲間を見つけたようだ。


 再び、笛が甲高く鳴り響いた。
 説教をしていたガートルードと、武尊の武勇伝に聞き入っていたくららが顔を向けると、男が二人、荒野へ向けて駆け出していた。
「馬鹿ですね」
 真一郎は嘆息した。
「本当よねえ」
 可奈も息をついた。
 男たちが左右に別れる。
「行くわよ。私は右」
「俺は左で」
 可奈の合図で、二人は【バーストダッシュ】を使った。たちまち男たちに追いつき、真一郎はハンドガンを相手の頭に突き付けた。
「きちんと刑期を勤め上げれば早く出られるのに、どうしてこんな無茶をするんですか?」
「こんなとこ、一分一秒だっていたくねえや!」
「そうですか、でも逃げるのは無謀ってもんですよ」
 真一郎の背後で、ドガッ! と音がした。男は目を丸くした。
「100t」と書かれたヘキサハンマーが、相棒の頭と地面にめり込んでいた。
「……あれまさか、本当に百トンじゃねえよな?」
「さあ? 彼女はそうだと言ってますが」
「死んじまうじゃねえか!」
「【ナーシング】が使えますから大丈夫。それより、これに懲りてやめるんですね。そうでないと、懲罰房行きですよ――」