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ここはパラ実プリズン

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   5

 出所者の再犯率が高いのは、一つには対人関係が上手く築けないからだ、というのがルカルカ・ルー(るかるか・るー)の持論であった。
 実際、就職が上手くいかなかったり、バイト先で疑われて元の木阿弥というケースも少なくない。
 そんなわけで、ルカルカとパートナーの夏侯 淵(かこう・えん)は、受刑者のコミュニケーション能力を高めるため、勉強やスポーツなど様々な活動に勤しんでいた。
 今日はスポーツの日である。
 ――であるが。
 どこの世界でも、女が集まれば自然と湧き上がるのが恋バナ。気が付けば、彼氏がいるかいないか、どんな男がタイプか、といつの間にかそんな話に花を咲かせることとなっていた。
 今日は運動の日なんだけどなァ、とルカルカは思ったが、こうやって無駄話をするのも対人関係を築くには大事なことと思い直した。
「で、先生は?」
 やっぱり金のある男よ、と言っていた受刑者がルカルカに話を振った。えっ、とルカルカは硬直した。
「ル――わ、私はいないわ、そんな彼氏なんて」
 うっかりいつも通りに自分の名前を呼びそうになって、慌てて言い直す。
「うっそー。先生、可愛いんだから絶対モテるっしょ。いないなんてウソウソ」
「本当よ。そんなのいません」
 もちろん、嘘だ。ルカルカには、鷹村 真一郎という婚約者がいる。だが、プライベートなことまで話してはならないのが決まりだ。だから、曖昧な微笑みを浮かべて誤魔化す。
「でもさー、ここも蛇の生殺しだよねー。金網の向こうには、男がうじゃうじゃしてるのにさ」
「だったら廃墟の片付け行けば? 男いるじゃん」
「だってちょっとでもイチャついてたら、すぐ看守が飛んでくるじゃん」
「それが仕事だもの」
 真一郎のことを思い浮かべて、ルカルカはフォローを入れた。
「あーでもさ、看守でもロクデナシいるよね」
「いるいる。賄賂とか要求してくんの、断ると体で払えって……あ、先生は違うよ」
 顔色の変わったルカルカを見て、女たちが慌てて否定した。
「――誰か何かされたの?」
「うん、まあ、アタシの彼氏がさあ、やられたって言ってたかな。金取られたって」
「何だアンタ、やっぱ男いるんじゃん!」
「やべっ。バレたか」
「それに女でもさー、女好きの看守っているしねー」
 ルカルカはもう、話を聞いていなかった。どこの世界でも、自分の立場を利用して悪事を働く人間はいる。おそらく、シャンバラ教導団でもいるだろう。
 それが世の常とはいえ、決して許せることではなかった。ルカルカは何としてもその悪徳看守をとっちめてやろうと思っていた。


 運動場の片隅で何やら盛り上がっているのを金網の反対側から眺めていた淵は、何をしているのやらと呆れた。元々ルカは教師というタイプではないから、ああやって溶け込む方が向いているのかもしれないが。
 淵が振り返ると、左程広くない運動場を黙々と走っている男がいた。ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)だ。
 本来コミュニケーション能力を高めるのが目的だから、一人で走ってもらっては意味がないのだが、実は他の受刑者はスリーオンスリーで淵に潰されていた。
 淵は一応、どこからどう見ても男なのだが、何しろ可愛らしい容姿をしている。さながら狼の群れに放り込まれた雄の羊――と思われたが、当の本人も狼であったわけだ。「シルバーウルフと呼べい!」と訳の分からないことを叫びながら、散々にしごいた結果である。
「やりすぎたかな……」
 淵は苦笑した。
 ロイは淵をからかうでもなく、興味すら持っていないようだったが、恐怖の八つ当たりに耐えたどころか、「足りないので」と自主練を始めてしまったわけだ。
 淵はTシャツの裾で額の汗を拭い、ロイを呼び止めた。
「あまり過ぎると、疲れが残るぞ」
「はい、先生」
 ロイは素直に従った。やや息が上がっているが、まだ余裕がありそうだ。
「おまえは、どうしてここに入ってきたんだ?」
 淵の質問に、ロイはやや戸惑っているようだった。軽く眉を寄せ、
「どうして……と言われましても、知人から聞いたからです」
「何を?」
「ここに、新しい寮が出来たと。追われる身も少々疲れていましたので、一所に留まるのも悪くないかと」
 今度は淵が戸惑った。彼はもちろん、何の罪で入ってきたかと尋ねたのだが、ロイは見当違いの答えを返してきた。
「寮って、何のだ?」
 刑務所も寮と言えないことはないかと思いつつ、淵は重ねて尋ねた。
「波羅蜜多実業高等学校の学生寮です。校舎がないのに、寮の方は実にしっかりした造りで、食事も衣服も、それどころか部屋代まで無料とは驚きました。ああ、その代わりに仕事があるんですね」
 なるほどそうかと納得しているロイを見て、淵は絶句した。
 どこをどうすればそんな勘違いに至るのか、ぜひ教えてもらいたいものだが、この男はシャンバラ刑務所・新棟を学生寮と認識している。
 その間違いを正すべきか否か、淵は束の間、迷った。
「どうかしましたか、先生?」
 つまりこの「先生」も「教師」の意味なのだろう。
 ――まあ、いいか。
 総じてロイ・グラードは大人しく、従順な良い受刑者である。本当のことを話して、うっかり脱獄でもされたら困る。このままで通すべきだと決めた。
「グラード、悪いがあそこで寝ている連中を叩き起こして中へ連れて行ってくれ。ああ、医務室はいい。あそこは最近混んでいて、医者の方が倒れそうだと言うからな」
「了解しました」
 ロイは礼儀正しく頭を下げると、倒れている受刑者たちのところへ向かい、彼らに水をぶっかけた。
「さあ、起きろ! ぼやぼやしていると、次の授業に間に合わなくなるぞ!」
 その様子をぼんやり眺めていた淵は、後方からどんよりとした空気を感じて飛び上がった。
「ま、松本殿!? 今お帰りか?」
「……まあ〜ねぇ〜」
「松本殿……『いい加減イチャイチャするのやめなさいよねあんたたち!』とか思っておらんか?」
「よく分かったわね〜」
「……いや、妙なオーラが出てて何となく」
 松本可奈は真一郎と共に外の作業を終え、戻ってきたところだった。運動場自体、外の通路とは金網で遮られているから入ることは出来ない。
 だが、その金網越しに真一郎とルカルカは両手の指を絡ませていた。
「今日も一日、お疲れ様!」
「お互い様ですよ。今日は運動ですか?」
「うん、でもなんか無駄話しちゃった。でもあの子たち、本当はいい子なのよ。いつか真一郎さんのこと、紹介したいな」
 真一郎は握っていた左手を解き、指だけでルカルカの額と髪を撫でた。ルカルカはこそばゆいようで、目を細める。
 真一郎の顔が次第に下がっていき――。
『ギャーー!!』
 空気を劈くような鳴き声が響いた。
 驚いた真一郎とルカルカが振り返ると、そこに炎に包まれた鳥がいた。
「淵! 何でフェニックスなんか召喚してるの!?」
「いや……松本殿がな」
「呼んでも怒鳴っても、二人だけの世界に入ってちっとも気づかないでしょ、あんたたち」
「そうか?」
「え、呼んだ?」
「そうよ。第一、まだ仕事中なんだから、いい加減にしなさいよね!」
 うんうんと淵も頷く。
「まあでも、もう誰もいないし……」
 ルカルカが担当していた女子受刑者も、既に建物に入った後だった。――はずだが、
「す、すすすすすみません! お邪魔してマス!」
 ガートルード・ハーレックがいた。
「いやあ、実に惜しかったな」
 ガートルードの足の下に、国頭武尊もいた。
「な、何してるの!?」
 ルカルカが唖然として尋ねた。
「この人が逃げ出したので……」
「あれほど逃亡は罪が重くなると言ったのに」
と真一郎。
「逃亡じゃない!」
 武尊は言い切った。
「オレは素直に風呂へ行こうと思ったんだ。それなのに、新鮮なパンツの匂いがオレを誘ったんだ。君! 君の愛用しているパンツはセコール社だな!?」
 ルカルカの顔に血が上っていく。
「オレには分かる! さあ、確認させてくれ! 嫌だと言っても無理矢理やるぜ!――」
 ぼぐっ。
「お騒がせいたしました。あの……続きをどうぞ」
 顔を赤らめたガートルードが、頭に「魔銃モービッド・エンジェル」をめり込ませた武尊を引きずっていくのを、真一郎、ルカルカ、可奈、淵の四人は呆然と見送ったのだった。