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ここはパラ実プリズン

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ここはパラ実プリズン

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   3

 モニターに懲罰房が映った。暗くてよく分からない。ベアトリーチェはメガネの位置を直して尋ねた。
「停電ですか?」
「明るくしてあげたいのは山々なんだが、あんまり明るいと意味ないもんでね。でもまあ、これで」
 羅儀がスイッチを弄り、ぼんやりとはしているが、中の様子が分かるようになった。モヒカン頭の大きな男が座り込んでいる。声が聞こえてきた。
『いちまぁ〜い、にまぁ〜い、さんまぁ〜い、よんまぁ〜い……』
「……番町皿屋敷?」
 美羽が首を傾げ、ベアトリーチェがひっと息を飲んだ。
「いえ、パンツです」
 あくまで真面目に、大真面目に、クローラが答えた。
「は?」
とベアトリーチェ。
『いちまぁ〜い、にまぁ〜い、さんまぁ〜い、よんまぁ〜い……』
「あの受刑者は、南 鮪(みなみ・まぐろ)。パンツ強奪の罪で収監されました」
「流行っているんですか?」
 資料にあった国頭 武尊の罪状を思い出し、ベアトリーチェが尋ねた。
「そのようだね」
 セリオスが答えた。「もっとも彼の場合、収監されてからも看守のパンツを奪ったりとセクハラ行為が酷くて、懲罰房行きになったんだけどね」
「ところでさっきからあのパンツ男、四枚までしか数えていないようだけど、というか、パンツなんてどこにあるわけ?」
 美羽たちの目には、見えない何かを数えている鮪の姿しか見えない。
「部屋の外に、フェルブレイドの看守がいるんです。【その身を蝕む妄執】で、上から延々とパンツが降ってくるという幻覚を見せています。全部数え終わるまでは出さないことになっているのですが……」
と、クローラはそこまで言って嘆息した。
『いちまぁ〜い、にまぁ〜い、さんまぁ〜い、よんまぁ〜い、ヒャッハァ〜! 何枚まで数えたか判らなくなっちまったぜ』
「――とまあ、四枚までしか数えられないので一向に終わらないという状態なんだ」
 セリオスの説明に、クローラはこめかみを押さえる。実を言えば、二人が着任して最初の仕事が、この鮪を懲罰房に入れることだったのだが、あれから三日、まだ出てこない。もしかしたら、この罰を気に入ってるのかもしれない。
「ま、モニターでチェックできるのはこんなところだ。……後は実際に歩いてみることだな」
 ちょうど昼時だし、と羅儀は四人に食堂を見に行くよう勧めた。
 羅儀がモニターを切り替えようとしたとき、鮪の叫び声が響いた。
『脱がさせろォ〜、俺にパンツを奪わせろォ〜、看守よォ〜こっちに来いよ、脱がせてやるぜ〜!』
 この声を時々聞かせれば、皆、懲罰房行きを恐れるんじゃないだろうか、と羅儀は思った。


 新棟の食堂は男子房と女子房の中央に建てられており、厨房を挟んでどちらにも行き来できるようになっている。
 外の作業で知り合った女会いたさに、この厨房を抜ける受刑者は後を絶たず、その度、
「何をしておるかぁ!!」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の容赦ないフライパンが頭を直撃し、医務室行きとなってしまう。
 その回数があまりに多いため、纏としても設計ミスを認めざるを得なかったが、今更建て直すわけにもいかず、また食堂にそれほど人員を裂けぬことから現状維持となっている。
 また、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は日々受刑者の一人一人に何かしら声をかけていたが、これは思わぬ弊害を生んでいた。
「ちゃんと食べてくださいね」
と言われた受刑者は、顔を赤らめ「はいっ!」と直立不動で答え、危うくトレーを落とすし、
「調子はどうですか?」と訊かれ、「あなたの声を聞くだけで体調がよくなります」と睡蓮の手を握る者には、エクスのおたまが飛んだ。
 この日は「近頃どうですか?」という質問に、こう答えた者があった。
「何だか妙な緊張感があるんだよな、あいつらが来てから」
「あいつら……?」
 そこでその受刑者は声を落とした。
「例の爆破犯だよ」
 また、他の受刑者はこんなことを話した。
「あんたらも大変だよな。こんな大人数をよ」
「なに、左程のことはない」
 葦原明倫館で「厨房の女神」と呼ばれているエクスにとって、文字通り、どうということもない仕事だ。だが、
「ここんところ、人数が増えてるだろ?」
 言われて初めてハッとした。ここしばらく、徐々にではあるが受刑者の数が増えているようだった。それもつまらない罪で捕まる奴らが多すぎると、看守がボヤいていたのをエクスは思い出した。
「どういうことだ……?」
 呟くエクスの目の端に、食事を終えた受刑者が帰っていくのが見えた。一列に並ぶその一人の器に、ブロッコリーが乗っているのを彼女は見逃さなかった。
「残したら、ただではすまぬぞ!」
 怒鳴り声とともに、しゃもじが飛んだ。


 五分後、睡蓮によって医務室へ運ばれる受刑者を羨ましそうに見送る目があった。
 エクスは本日三人目の医務室送りを出したことなど気にもせず、届いた豚をどう調理するか考えていた。今日、屠畜したばかりのものだ。解体し、明日、使う。
 何でもルールに縛られているこのパラ実プリズンにおいて、エクスの支配する厨房だけが自由だった。メニューは食材と彼女の気分で決まり、その時にならないと誰にも分からないのである。