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リアクション
第十一篇:姫神 司×アクリト・シーカー
――魔道書の持ち主が辿った入院生活を偶然再現して、亡くなるエンディングではなくハッピーエンドにならないか。
そうした意図を持って『本』の中へと入った姫神 司(ひめがみ・つかさ)は、入院患者というシチュエーションで病院のベッドにいた。
もしかすると、魔道書の本来の持ち主である少女の記憶が、司の意図と共鳴しあったのかもしれない。
とにもかくにも、こうして司の恋物語は始まった。
時は現代、所は日本。
難病で入院生活を強いられていた司は、ベッドサイドに置かれた手鏡で自分の姿を見ながら、ブラシで長い黒髪をとかしていた。
いつも以上に入念に髪の毛をとかすのには理由があった。
なにせ、今日は彼女にとって憧れの存在であるアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)が見舞いに来てくれる日なのだから。
ややあってドアがノックされる音が病室に響き、司は慌てて手鏡とブラシを引き出しにしまって居住まいを正す。そして、やや緊張した声音で、ドアに向かって告げた。
「ど、どうぞ」
すると入ってきたのは理知的な印象を受ける男性――アクリト・シーカーだ。彼はゆっくりとベッドサイドまで歩み寄ると、手近にあったパイプ椅子を引き寄せて座る。
「具合はどうだ?」
その問いかけに、司はつとめて明るく笑って答える。
「ええ。いつも通りです」
司のわずらっている難病は、まだ発症例の少ない奇病だった。それゆえに、できることといえば、対処療法で苦痛を和らげることだけ。刻一刻と迫ってくるタイムリミットまで、日々を噛み締めて生きること――それが、司にできる唯一のことだった。
「そうか。悪化していないならよかった」
冷静なように思えるアクリトの声も、悲痛な思いに震えているようだ。
「あの木の葉が落ちる時……わたくしもこの世にはいないのかもしれませんね」
ふと窓から外を見た司は、枯れ木にかろうじて繋がっている茶色の木の葉を見ながらこぼす。
「司……実は、君に聞いてほしいことがある」
アクリトは改まって司に向き直った。そして、彼は告げる。
司の奇病に関する新たな治療法が開発されたこと。
しかし、それは試作段階の技術であり、成功の確率はほとんどないということ。
そして、失敗すれば、病状の更なる悪化を招くかも知れないということ。
「教授……いいんですよ。わたくしはこのまま、ここで残された日々を――」
悲しげに笑って、司がそう告げようとした時だった。彼女の言葉はアクリトの突然の行動によって中断を余儀なくされる。やおら彼女を抱きしめたアクリトは、冷静な彼からは想像もつかないような声――今にも泣きそうな声で言う。
「生きてくれ――司」
そして、一層強く抱きしめられる腕の中で、司は静かに頷いた。
かくして、その治療法は当初の予想とは裏腹に、見事に成功した。
すっかり元気になった司は退院の日、荷物をまとめたバッグを持って病院の入口である自動ドアをくぐる。
そして、彼女が病院を出た先の道路では、アクリトが待っていた。
命に恵まれた彼女のこれからの日々が幸せであらんことを。
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