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リアクション
第6章
暗さを増していく夜の町。
住民が寝静まり、戸口からの灯りも消える頃、闇から闇へ移り歩く影があった。
迷彩を身に纏った国頭 武尊(くにがみ・たける)の背に、ぼんやりと浮かぶものがある。
フラワシだ。そのフラワシが振りまく病原体が、家々の隙間から入り込み、今頃は眠っている住民たちの体内に入り込んでいることだろう。
「何も、契約者を足止めするのに直接連中を傷つけるこたぁないんだ。反撃でこっちもダメージを受けるのはわかりきってんだしな」
胸中で武尊は呟く。
「こうしてこっちの住民を病気にしてやりゃ、お人好しの契約者のこと、勝手に看病して大会に参加する暇なんざなくなるさ」
楽な仕事だ。思わず忍び笑いが漏れる。
一通り、細かい街路を歩き終えて武尊が引き上げようとしたとき。
「待ちなさい。こんな時間に、こんなところで何をしているの?」
その背にかかる声。ローザマリア・クライツァールだ。
「こんな時間に、こんなところに居るのはそっちも同じだろ」
挑発的に言う武尊。ローザマリアの隣に居たグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が進み出た。すでにその手は、腰に差された2本の剣にいつかかってもおかしくない位置にある。
「妾たちが気づいていないとでも思っておるのか? ……市民を巻き込むとは、恥を知れ!」
「おっと。オレが今何をしてたのか、証拠でもあるのか?」
「証拠なんか、後からいくらでも出せるんだよ。まずはおとなしくしてもらおうか」
レイラ・ソフィヤ・ノジッツァ(れいらそふぃや・のじっつぁ)が、手の中の血煙爪のスイッチを入れる(大会のための柵の設置を手伝っていたしていたのだ)。
「チッ。みんな戦いに夢中になってくれてると思ったんだがな」
「保安官に代わって、私たちがあんたたちを見張ってやろうと思ってね。ブラゼル・レンジャーズ、行くわよ!」
「醜くあがいてくれるでないぞ!」
じゃきっ! ローザマリアの手中に二挺の銃が構えられ、グロリアーナが剣の柄に手を添えたまま、体勢を低くする。
「悪いが、今日はお忍びでね。プライベートにまで踏み込んでもらいたくはないんだ!」
再び、武尊の姿が闇に溶け込むように消える。代わりに、周囲の路地から、銃を手に持った男達が飛び出してきた。
「こうなったら……行くわよ! 市民のため、大会の邪魔はさせないわ!」
そしてここでも、銃声が鳴り響いた。
「かかってきなよ、僕がお灸を据えて上げる!」
ローザマリアの呼びかけに答えたブラゼル・レンジャーズの一員、リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は剣を手に、銃撃をかわしながら走る。その後を何人もの無法者が追う。契約者をひとりでも潰せば、ジャンゴから多額の金を得られるからだ。
「今すぐ銃を捨てるなら許してあげる。でも、やめるつもりがないなら、撃っちまうよ!」
さらにそれを追う形の葉月 エリィ(はづき・えりぃ)が無法者の背に向け、叫ぶ。
「何だと、てめぇ!」
その態度に怒りを煽られた無法者が、振り向きざまに一発。が、エリィはそれを軽い身のこなしで悠々と回避する。
「やめるつもりがないなら、仕方ないね!」
反撃が来るのはわかりきっていた、というなめらかさで腰から銃を抜き、撃つ、撃つ、撃つ。
「ぐあっ!」
無法者の腕が撃ち抜かれ、鮮血が噴き上がる。崩れかける体を、エレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)が受け止めた。
「あまり美味しそうではないけど……こっちの人の血を味わってみたかったのよね」
エレナの牙が、無法者の首に突き立つ。殺すほどではないが、男の体がふらりと倒れ込んだ。
「……ふふ、ごちそうさま」
「こいつら……!」
背後から現れた怪しい女たちに向け、無法者が銃を構える。
だが、敵を倒すのは、先に抜いた方ではない。先に引き金を引いた方だ。
一瞬早く銃を抜き撃った鳥野 島井(とりの・しまい)の弾丸が、無法者たちの腕や脚を次々に撃ち抜いた。
「やれやれだぜ。……とりあえず、この場を早く終わらせないとな」
無法者たちはさらに躍起になって、契約者らを捉えようとする。そうして、ひとり、またひとりと撃たれていくのだった。
挟み撃ちにされた無法者たちは、しょせん烏合の衆。
一時の怒りに身を任せて、逃げるリアトリスを追ってさらに走る。
……罠だとも気づかずに。
「……お義父さん!」
リアトリスが叫ぶと同時、樽に隠れたスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)が機関銃を斉射。驚いた無法者が脚を止めた。
「存分にやってやれ!」
「うん!」
ついに脚を止めたリアトリスが、その姿を変貌させていく。龍の、鬼の力がその身に宿り、体から猛烈な風が噴き上がる。肌が変色し、闇の力が降りる……
「ひいっ!? ば、バケモノだ!」
無法者の反応は単純だ。すなわち、銃を向けて引き金を引くのだ。
「バケモノくらい、悪党に比べればなんだよ!」
リアトリスが踊るようにその弾丸を回避。銃声でリズムを取り、情熱的なステップを踏みながら、ヴァジュラを振るう。
「ぐあっ!」
突き飛ばされた無法者の足下が不意に沈む。ぼこ、と地面に設置された落とし穴がその下半身を飲み込んだ。
「急造の割りには、うまく引っかかってくれたな。……さあ、運ぶぞ」
スプリングロンドが、従えた銃人たちに示し、リアトリスが穴に突き落とす端から無法者たちを拾い上げていく。撒かれたしびれ粉のせいで、無法者は身動きも取れない。
こうして、活劇かくやというハイペースで無法者たちが捕らえられていく。
「……よし! これで全部かな」
振りかざした手を打ち合わせ、戦いのフラメンコに終止符を打ったリアトリスが、ふっとその姿を戻した瞬間……
「待て、油断するな!」
スプリングロンドの静止とほとんど同時、銃声が響いた。
「……あぐっ!?」
肩を撃たれたリアトリスがその場に崩れる。それだけなら魔法で癒せば問題ないだろうが……
「改めて考えれば、銃ってのは便利だとは思わないかい? こんな簡単に人を傷つけられるんだからなあ」
ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が闇の中から進み出て、両手に魔銃をもてあそびながら言う。
「……仲間が全滅して、オレたちが油断するのを待っていたのか」
スプリングロンドがリアトリスを支えながらにらみつける。
「仲間ってわけじゃないですよ。ボクたちはもちろん、調査隊の一員ですから」
「大いなるものの正体が分かったとき、手に入れようとするやつぁ他にも居るだろうからね。俺様としては、競争相手が減ってくれたほうがいいってわけ。だからジャンゴについたのさ」
ジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)のセリフにゲドーが頷き、ふたりが声を合わせて笑う。
「と、いうわけで、減ってくれ」
ゲドーの銃が、それぞれリアトリスとスプリングロンドに向けられる。
が、続く銃声は、魔銃のものではなかった。
ダダダダッ! 連続して放たれた機関銃の弾丸。暗い中で狙いは正確ではないが、そのうち一発が、ゲドーの脚をかすめたのだ。
「ぎあっ!? 後ろから撃つなんて卑怯だぞ!」
「ですよ。暗がりから不意打ちなんて、まるで悪党です」
魔法使いとしての癖か、ゲドーが空へと逃れ、ジェンドもその後を追った。
「いやあ、あまりにも背中ががら空きだったから、撃っていいんだろうと思ってねえ」
口元に笑みを浮かべながら、キルラス・ケイ(きるらす・けい)が空中のふたりに銃口を向ける。
「面倒な戦いは好きじゃなくてね。一発で一番効率がいいところを撃ちたかった」
「そりゃあ評価してくれてありがとうよ。だったら、俺様も効率の良いやり方にしてやらぁ!」
ゲドーの全身から猛烈な魔力が噴き上がる。掲げた手に魔力が集まり、雷へと……代わろうとしたとき、
「ゲドーさんゲドーさん、ちょっとヤバいかもしれないですよ」
くいくいとジェンドが彼の裾を引く。見れば、足止めの無法者を片付けたのか、ローザマリアらが街路を走ってこちらに向かってくる。
「……チッ! いっつもこれだ、覚えてろよ、いつか俺様が不幸にしてやるからな!」
華麗な捨て台詞と共に、転身。キルラスが銃を撃つも、さすがに当たるものではない。
「……傷は大丈夫か?」
心配げに聞くスプリングロンドに、リアトリスは頷く。
「とにかく、ここは撃退できたみたい……だね。よかったよ」
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