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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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第3章

 場面は再び、酒場に戻る。
「まあ、ようやく胸襟を開いて話ができるようになったわけだ」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)がグラスをくゆらせながら、無口な酒場のバーテンの向かいのカウンターに座っている。
「とりあえず、あー、俺も少しくらい、聞いていいだろう?」
 うかがうような静麻に、バーテンは小さく動作だけで頷いた。静麻は小さく頷き返し、この土地で流通している銀貨をさしだして、もう一杯を頼んだ。
「もうすぐ、ガンマンが集まって大会をするんだろう? その大会というのは、どういう?」
 バーテンは静麻の顔を盗み見た後、指でまっすぐ下を示し、それからぐるっと頭の上で回した。
「この町で開かれるということは知ってるさ。どうやって参加するんだ?」
 続く問いには、町の地図が示された。大きな広場を、バーテンの筋張った指が示す。
「この場所で、参加者を募るのか? へえ、日の出の時間にこの広場に集まってるのが参加の条件と。なるほどねえ」
「さすが、こんな所で酒場をやれるだけあるな!」
 断りもせずに、隣の席に腰を下ろす者がいた。斎賀 昌毅(さいが・まさき)が、静麻に目配せする。
「ここではまだ、『大いなるもの』に関係しそうな事件がまだ起きてるようには見えないな」
「……ああ、そうだな」
「俺が思うに、その大会こそが『大いなるもの』に関わってるんじゃないか。そして、サンダラーは何かを知ってる……」
 ひそひそ声の昌毅。静麻も、小さく頷いて返した。
「そういうわけで、どんな連中が大会に出場するのか、那由他たちに聞かせるのだよ!」
 ばん、とカウンターに身を乗り出して、阿頼耶 那由他(あらや・なゆた)が叫ぶ。バーテンは一瞬、驚いたおうな表情を見せるが、
「那由他はその大会の優勝者を予想する賭を主催する! 当たったものは大もうけ、胴元の那由他は大大大もうけ! と、こういうわけだよ!」
 両手を広げて自慢げに話す那由他に、すぐに呆れた表情に戻った。
「何、もう賭をやっている他の無法者に目をつけられるからお勧めしないって? まあ、話を聞くぐらいはいいだろ?」
「無法者の圧力などに那由他は屈しはしない!」
 コンビが妙な方向に盛り上がるのに、静麻もどことなく頭を抱えたくなっている。
「優勝候補といえば、まずはサンダラーだろう。バケモノみたいに強いって話だからな」
「しかし、“有情の”ジャンゴがサンダラーに対策をしてるって聞くぜ」
 静麻に昌毅が答える。バーテンは肩をすくめた。それがどこまでサンダラーに通じるか怪しい、という意味だろう。
「あのウェイターはどうなのだ?」
「ジェニファーのことか? 腕はともかく……ま、ジャンゴほど味方がいないんじゃ、勝つ目はないだろうな」
 静麻の呟きに、バーテンが頷く。どうやら、大会は1対1の決闘ではなく、バトルロイヤルであるらしい。勝ち残った一人が最終的に決まれば良いというわけだ。
「自然、強いやつについて群れるやつも出る……サンダラーだって二人組だしな」
「なるほど、一人でやるよりは、味方をつくっておいた方がいいわけだ」
「雅羅も参加するつもりだろうが……状況はジェニファーと同じだな。一人で突っ込んだって、勝てはしないだろう」
 オッズとしては、やはりサンダラーに集中しそうだ。
「ふ、ふふふ……ということは、契約者が大会に参加することで吊り上げたオッズをかき回すことが可能……ニシシシ、アメリカンドリームが目前に!」
「何を見てるんだ、おまえは」
 上空を振り仰ぐ那由他に、昌毅が思わず呟く。
「こうしてはいられないのだよ、さあ資金を集めなければ!」
「お、おい、待てって!」
 飛び出していく那由他を、昌毅が追っていく。
 それを見送ってから、静麻はまた別の質問をはじめた。


 バーテンから聞いた話を元に、静麻は市庁舎近くの古書屋を尋ねた。保存状態はお世辞にも良いとは言えないが、古い本にあたるのは地味ながら確実な手段だ。
「……なんだ、同じことを考えていた奴が居たのか」
 こじんまりした店の中に、先客がいた。フォルクマン・イルムガルト(ふぉるくまん・いるむがると)が何冊かの本を積み、また別の一冊に手をかけている所だった。
「……駅員から聞いた。古い本があるのはここだと」
「聡いやつだ。何か分かったか?」
 ヘルメットの奥で、フォルクマンが頷くのが息づかいでわかった。
「かつて……『猛々しき賢者』が、『大いなるもの』を、この荒野のどこかに封じたという、記録がある」
「どこに?」
 その問いには、フォルクマンも首を横に振る。
「……まあ、とにかく、その伝承がここにあると分かっただけでもよしとするか。やっぱり、『大いなるもの』の封印はあったというわけだ」
「……『大いなるもの』は、現在に至るまで、封印されているはずだ。どんな封印で、どのように行われたのかはまだ分からないが……」
「他の連中の調査に期待しよう。まずは、調査隊に報告することだな。……こっちの金はあるか? とりあえず、経費ってことで俺が立て替えておこう」
 何冊かの本は、証拠になりそうだ。売りに出されているのだから、持ち帰っても構わないだろう。
「……協力感謝する」
「いいってことよ」


「よし。これで準備は万端だな」
 ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は、周囲を見回して、満足げに頷いた。彼の陣取る露天……と言っても、シートを敷いただけのものだが、そこには「銃 外国産見本市」と書かれたのぼりが掲げられている。
「やっぱり、人が集まって来たわね。大会前だし、みんな銃は気になるみたいね」
 ハインリヒとともに店の設置を終えた天津 亜衣(あまつ・あい)が、店の周りに集まってくるガンマンとおぼしき男達を見る。
「ああ。まずは彼らの役にたつって所を見せて、それからサンダラーについての話を聞かせてもらおう。彼らにとって、オートマチックや機関銃は新鮮だろうからな」
「そろそろ時間ですわ。店を始めないと」
 クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が二人に告げる。ハインリヒと亜衣が頷き返す。
「じゃあ、銃を出してくれ」
「えっ、あんたが用意してたんじゃないの?」
「オレは店の準備をするって言っただろ」
「普通は準備するって言ったら商品の仕入れもするでしょ!?」
 想定外の事態に、思わず責任を押しつけ会いそうになって、ハインリヒと亜衣が深呼吸。
「こう言うとき、正直者は得をすると聞きますわ」
 ヴァリアがぽつりとアドバイスを漏らす。ハインリヒは、つーっと頬に流れる汗をぬぐった。
「わ、悪い。今日はまだ準備ができてない。……ま、また今度、銃は用意する。それじゃあ!」
 ばばばばっ。準備をしたときの倍近くの手際で店を撤収。三人は風のように、路地に逃げ込んだ。
「はあ、はあ……っ、灯台もと暗しってやつだな」
「そんな簡単にまとめられる問題じゃないって!」
 改めて、亜衣が言い残した文句をぶつける第2ラウンドをはじめようとしたとき……
「待ちなさい! 誰か、その人を捕まえて!」
 路地の向こうから声があがる。見れば、無法者ふうの男が銃を手に、3人組から逃げているところだ。
 先の声を上げたのはライラ・メルアァ(らいら・めるあぁ)。肌も露わな服装で、男を追い回しているせいか、肌には汗が浮かんでいる。
「油断した。まさかいきなり銃に頼るとは!」
 ライラと共に男を追うザッハーク・アエーシュマ(ざっはーく・あえーしゅま)が悔やむように言う。さらにその横には、長身の女性らしき人影が並んでいる。
「おお、美女が困っている。それも二人も! これは助けないと!」
 ナンパ師・ハインリヒは、本能半分、追撃から逃れる言い訳半分で、向かってくる無法者の前に立ちふさがった。
「邪魔するな、てめえ!」
 無法者は拳銃をハインリヒに向け……
 バンッ、という銃声とほぼ同時、亜衣の掲げた盾にその弾丸が弾かれる、ガン、という音が重なった。
「ほら、あたしはちゃんと護衛の仕事、したわよ!」
 と、亜衣。あくまでハインリヒを追求する姿勢は崩さないつもりらしい。
「な、なにぃ?」
 一瞬で弾道に飛び出した亜衣の防御術に驚いた無法者の背に、ザッハークが追いついた。
「このっ!」
 素早いタックルで男の体を捉え、首投げの要領で床に引き足す。粉じんが収まったころには、男は床に抑えこまれている。
「お見事。お嬢さんがたも、無事だったかい?」
 できる限りの爽やかな笑顔を向けて、ハインリヒ。
「……ああ、感謝する」
 と、最後尾を走っていた長身の女性……らしきものが言った。
「……ん、その声……」
「男性ですか?」
 亜衣とヴァリアが聞くと、男は自然に頷いた。
「蒼空学園の帆村 緑郎(ほむら・ろくろう)……ロックと呼んでくれ」
「なんで女装なんか」
「変装だ。彼らから聞きたいことがあってな」
 言って、緑郎はザッハークが捕まえた男に詰め寄る。
「サンダラーというコンビについて、ジャンゴは調べてるだろ? 知ってることを全部教えてくれ」
 女装したまま、男に拳銃を突きつける。妙な凄みがにじみ出している。
「ひいっ……し、しらねえよ! 俺が聞いてるのは、れ、連中、おかしな銃を持ってるってことだけだ!」
「おかしな銃? どういうこと?」
 見せつけるように光条兵器の爪を生やし、ライラが聞く。どっちが無法者か、分かったものではない。
「だ、誰も見たことがない銃なんだ。少なくとも、出回ってるもんじゃねえって……」
 緑郎が仲間に目配せする。本当に何も知らないのだろう、と判断したザッハークは、小さく頷いた。
「分かった。ありがとうよ。それじゃあ」
 ガッ! 銃把をこめかみに打ち付けて気絶させ、縛り上げる。
「……きついことするなあ」
 思わず漏らすハインリヒに、緑郎は(もちろん女装したまま)首を振った。
「相手も汚い手を使ってるんだ。こっちが手段を選んでいる場合じゃない」