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仁義なき場所取り・二回戦

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仁義なき場所取り・二回戦

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 入れ替わりにやってきたのは、久世 沙幸(くぜ・さゆき)藍玉 美海(あいだま・みうみ)のふたりだ。
「お招きありがとうございます」
 ぺこり、とお辞儀をした沙幸は、美海とふたり、敷布の上にぺたりと座る。
「あの、これ、お土産です」
「まあ、ありがとう。わざわざすみません」
 沙幸が差し出した包みを受け取ると、そっと開いてみる。中身は桜の形をした練り切りだ。
「あら美味しそう。じゃあ、折角ですから」
 と、ののは頂いた練り切りを自分の桜餅の隣に添えて二人に差し出す。
「こんな素敵なお菓子と、私のさくらもちなんて、並べちゃいけなかったかしらね」
 確かに上品な練り切りと並べると、ののが作った桜餅のどぎつさがよく分かる。
「そ、そんなことないよっ、美味しそうだもん」
「……沙幸さん、声がうわずってますわ」
「う……」
「ふふ、いいのよ。ちょっと失敗があったのは本当ですもの。でも、味は悪くないと思うわ。召し上がれ」
 そう言うと、ののは二人の分の抹茶を立て始める。
「い……いただきます……」
 残された二人は、どれ、とののお手製桜餅に手を伸ばす。
 供されたものを頂かないというのは失礼に当たる、と分かって居るから、沙幸は頑張って妙に毒々しいピンク色をした桜餅を頬張ってみる。
 口に入れてしまえば普通の味で、ちょっと安心。
 二人が桜餅と練り切りとを平らげた頃を見計らって、ののが抹茶を差し出す。

 と、ちょうどそこへ次のお客様がやってきた。
 何時から、とは決まっていないので、誰がいつやってくるかは分からない。
 ののは「ちょっと失礼」と一声掛けて、新たなお客様の応対を始める。

「ん……?」
 ののが席を外している間に、沙幸と美海は抹茶を頂いていたのだが。
 なんだか落ち着かない。
 むずむず、そわそわしてしまう。
 沙幸は落ち着きなく、ちらちらと美海の方を見遣る。
「どうしましたの沙幸さん、落ち着きがありませんわね」
「ん、あの、なんか……」
 足、痺れちゃったかなぁ、という沙幸の言葉は最後まで聞かず、美海は沙幸の肩をぎゅっと抱き寄せて、さわっと二の腕辺りをなで回す。
「ね、ねーさま?!」
「沙幸さんたら、そんなにわたくしからのスキンシップが待ちきれないのですか?」
「ち、ちが、そうじゃ……んむ……」
 不埒な手つきで悪戯してこようとする美海に抵抗しようとするが、しかし小さな唇はあっという間に美海に塞がれてしまう。
「ね、ねーさま、みんなに変な目でみられちゃうんだもん……」
「ふふ、大丈夫ですわ、皆さん桜を楽しんで折られますし、わたくしたちの事を気に留める方なんて、居るはずありませんわ」
 そう言いながら、美海の手つきは徐々に大胆になっていく。そしてその手が沙幸のスカートに伸びた、その時。

 ぷぴー

 間抜けな音と共に、二人の背後からしゅんっ、と謎の物体が伸びてきて横顔をかすめていく。
「な、なんですの?」
 驚いて二人が振り向いた先には。
 黒縁眼鏡にでかい鼻、から伸びる二本のふきもどし! 丸まった紙に息吹き込むとぴろーって伸び縮みするアレ!
 二人の目が一瞬点になる。
「いやぁ、流石に目に余りましたんで。仲がよろしいのは結構ですが、時と場合を弁えて下さいね」
 黒縁眼鏡の向こうからニコニコ顔で忠告するのは、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)だ。端正な顔立ちにひげめがね。そのギャップがなんというか、色々台無し。
 その台無し感が、二人の間のムードを綺麗にぶち壊した。
「……わ、分かりました、わ」
「おわかり頂ければ結構。では手前はこれで」
 くるりと踵を返した狐樹廊は、とどめ、と言わんばかりにぷぴー、と間抜けな音を響かせて立ち去っていった。
「……なんだったのかしら」
「ほ、ほらねーさま、見回りの人に怒られちゃったんだもん、もうやめるんだもん!」
「……そうねぇ」
 興ざめしてしまいましたわ、と美海は沙幸の体を解放する。
 沙幸はほっと胸をなで下ろすのだった。

 さて、隣でそんなことをして居ると薄々感づいてはいたものの、パトリックの為と敢えて無視を貫いたののはといえば、新たにやってきたお客様、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)玉藻 前(たまもの・まえ)のお相手をしていた。
「難しいお作法は抜きで、楽しんでいって下さいね」
 そう言うとののは二人に桜餅を供して、二人分の抹茶の用意を始めた。
「うむ、よく似合っているぞ、月夜」
 今日の二人は、玉藻はいつもの、そして月夜にとっては慣れない着物姿。玉藻は着慣れているので特に何を気にするということもないが、月夜はお茶菓子一つ頂くにも、袖の捌き方に悪戦苦闘して居るようだ。
 そんな様子も可愛らしくて、玉藻はクスクスと笑う。
「そ、そうかな……」
 玉藻の言葉に、月夜はちょっと照れながら手元のお菓子を口へと運ぶ。
 月夜の着物は玉藻が着付けたものだ。
 着付けたときの事が思い出されて、玉藻はにんまりと楽しそうに笑いながら桜餅を頂いている。
 元来、着物の下には下着などは不要である。いや、腰巻きや肌襦袢などの専用の下着は必要だが、洋装用の下着は、着けていると着崩れの元になる。
 だから、戸惑う月夜を言いくるめて、それを取らせた。
 着付けを覚えろ、とかそれらしい理由を付けて鏡台の前に立たせ、「晒しを巻くか?」と胸の大きさを測るフリでそれに触れてみたり。
 驚きつつも拒否しない月夜の表情は、それはそれは愛おしく映ったものだ。
 月夜も月夜で同じ事を思い出していたのだろうか、いつの間にか顔が真っ赤になっている。
 その頃二人の前には抹茶が運ばれてきて、美味しく頂いてから席を立った。
 丁度入れ替わるように、次のお客さんの姿も見えていたことだし。
「あっ、刀真!」
 着物姿のふたりがそろそろと歩き出すと、二人のパートナー、樹月 刀真(きづき・とうま)が向こうから歩いてくるのが見えた。月夜がひらひらと上品に手を振る。(和服を身につけていると、動作が一々小さくなるので上品に見えるのだ。)
「おー、月夜達、着物が似合ってるじゃないか」
 公園を散歩していた刀真は、まだ二人の和服姿を見て居なかったので、少し驚いたようだった。
 特に月夜の和服姿は見慣れない物だから、思わずじっと見入ってしまう。
「よく似合って居るであろう、どうだ、刀真。可愛いだろう?」
 すると、玉藻が月夜を後ろから抱きしめるようにして、刀真に感想を求める。
「うん……凄く綺麗だ」
 刀真は素直に、感じたままを答えた。
 その答えに、月夜はぽっと頬を染めて微笑みながらも、落ち着き無く視線を逸らした。
「ふふ、どうだ月夜、また着せてやるからな?」
 刀真には聞こえないくらいの声で、玉藻は月夜の耳元に囁く。
 ついでにその手が月夜の頭を妙に優しく、ゆっくりと撫でていった。
「え、あ、う……」
 着付けをされたときの感触が蘇ってきたのか、月夜は顔を真っ赤にして、しかし刀真に喜んで貰えるのは嬉しいのだろうか、黙ってこくりと小さく頷いた。
「さ、そろそろ帰ろうか?」
 刀真がそっと手を差し出す。
 本当はもっと触れたい、と思っているけれど、折角の着物が着崩れるのは勿体ないし。月夜は慣れない着物で歩きにくそうだから、手を繋いでやった方がいいだろう。
 すると、月夜がそっと右手を取る。ふと刀真が表情を緩めた途端、反対の腕を玉藻が取った。
 わ、と一瞬バランスを崩しかけるが、なんとか持ちこたえる。
「……まあ、良いか。帰ろう」
 ちょっと左右のバランスが、と思いながらも、刀真は小さく笑って、三人は仲良く並んで歩き出すのだった。