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仁義なき場所取り・二回戦

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仁義なき場所取り・二回戦

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■野点模様■


 さて、北エリアの隅の方、桜の木の下ではちょっとした催しが開かれていた。
 パトリック・エイベル桜坂ののの主催による、野点である。
 主催者であるのの自身、本格的に茶道を勉強した訳では無いのだが、それでも一応床には赤いフェルトが敷かれ、どこから持ってきたのか屏風なんかも置いてあり、雰囲気だけは一丁前だ。
 赤い敷布はそう広くないので、交代制でのお持て成しだ。

 まずやってきたのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の二人、それからリネン・エルフト(りねん・えるふと)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の二人だ。
 リネン達はオルトリンデ少女遊撃隊の面々三人も連れているので、ちょっとした大所帯。
「お招きありがとう」
「いえ、先日はご迷惑をおかけしましたし、今日はゆっくりしていってくださいね」
 にこりと挨拶するセレンフィリティに、パトリックがよそ行きの笑顔で答える。
「……また何か変なことしてないでしょうね?」
 セレンフィリティ達の後から席に上がろうとするリネンが、すれ違いざまに声を低めてパトリックを問い詰める。
 内心「また」の言葉にちょっとぎく、としたパトリックだが、しかし以前のお茶会の際起きたトラブルはあくまでも「偶然」……ということになっている。真実はののとパトリック、ふたりの胸の中だ。
「また、とは?」
 僕は知りませんヨー、という顔で、パトリックは微笑んだ。外面を取り繕うことには、嫌と言うほど長けている。リネンはちょっと鼻白んだ。
「前回のお茶会でご迷惑をおかけした事は本当に申し訳ございませんでした。でも、僕たちとしても全く想定外のことで……なんであんな事になったのか。今薔薇園は調査して貰っていますし、今日はこの場所をお借り出来ましたから、ゆっくり楽しんでいって下さいね」
「そう、そういうことなら、ゆっくりさせて貰うわ」
 納得した様子のリネンに、パトリックはほっと胸をなで下ろす。
「どうぞ、空いている所におかけ下さいね」
 それからののに促されて、リネン達五人も敷布の上に腰を下ろした。
「本日は足をお運び頂き、ありがとうございます。今日は難しいお作法は抜きにして、ゆっくりお菓子とお茶をお楽しみ下さいませ」
 着物姿のののがすうっとお辞儀をすると、並んだ面々も優雅に、或いは慌てて、お辞儀をする。
「あの、私こういう席は初めてなの。何か不作法があったら言ってね?」
 続いてお菓子を配り始めたののにリネンが小声で言うが、しかしののは、大丈夫ですよ、と笑う。
「野点は元々、細かいルールのない席ですから。大騒ぎだけ、しないでくださいね」
「それは大丈夫よ」
 ふふ、とリネンも笑って、配られたお菓子を受け取る。
 本日のお菓子はさくらもち。薄くふっくらと焼いた皮でこしあんを包んだ、江戸風の長命寺餅だ。が、なんだか妙にどぎついピンク色だ。
「……大丈夫なのかしら、これ」
「ごめんなさい、ちょっと、食紅の瓶をひっくり返しちゃって。うっすらピンクにするハズだったんだけど」
 不安そうな声を上げるセレアナに、ののがあはは、と申し訳なさそうに笑った。
「あら、手作りなの、これ」
「ええ、そうです。お口に合うかしら。召し上がれ?」
 その間にお茶立てますね、とにっこり微笑んでののは主の席に座り直す。
 本来は様々な道具が必要な茶道であるが、野点の場合は多くが簡略化される。
 今日も、お茶の粉を入れておく棗と、かき混ぜる為の茶筅など、いくつかの用具は専用の物を用意しているが、お湯を溜めておく容器などは魔法瓶などで代用している。
 ふつうお茶を点てるには、様々な手順が必要となるものだが、今回は簡略。椀に抹茶の粉を入れ、お湯を注ぎ、茶筅でしゃかしゃか、できあがり。実に簡単だ。
 ののがしゃかしゃかと人数分の抹茶を点てている間に、セレンフィリティやリネンらの客人たちは、ののお手製の桜餅とにらめっこしている。
「うん、結構旨いじゃないか」
 大変な色の桜餅に一同が躊躇うなか、リネンのパートナーのフェイミィが真っ先に口をつけた。それでどうやら大丈夫そうだ、ということになり、他の面々もおそるおそる口に運ぶ。
 見た目はとんでもない色だが、味の方はごく普通のさくらもちだ。とびきり美味しいということも無いが、別にまずくも無い。
 なのだが。
「うー、なんかむずむずする……」
「あらセレン、足でも痺れた?」
「う……かも……」
 珍しくスカート姿のセレンフィリティが、体をそわそわ左右に揺らしている。
 何となく落ち着かない様子だ。
「姿勢が悪いのよ。ちゃんと背筋を伸ばしていれば、足は痺れないわ」
「んー、なんか、そういう感じでも無いんだけど……」
「どうぞ、御抹茶です」
 そこへののが、できあがった抹茶を置く。
「頂きます」
「い、いただきますー」
 セレアナは優雅に、セレンフィリティはちょっと引きつり気味に、抹茶を受け取るとゆっくり口に運んだ。
「うえ、苦い」
「こら、失礼よセレン」
 そんな事を言いながら、二人は抹茶を頂くと、ぺこりとお辞儀をして立ち上がる。そろそろ次の人も来てしまうだろう、ずっと席を占領するのは忍びない。
 と。
「あっ、やっば……」
 案の定足が痺れていたセレンフィリティ、立ち上がったは良いが、一歩歩き出した途端に思いっきり変な角度で足を置いてしまった。
「うひゃぁあああ」
 足はもつれるし力は抜けるしで、たまらずセレンフィリティは手近に居たセレアナにすがりつく。しかし、セレアナも靴を履こうとして居たところ、二人は見事に縺れ合ったままバランスを崩し、セレンフィリティがセレアナを押し倒すような格好で地面に倒れ込んだ。
「え、きゃ……」
「あ」
 ついでに二人の唇が触れる。
「こ、こんなところで……!」
 人前で過度なスキンシップを持つことを厭うセレアナは、きゅう、と目を回してしまう。
「あ、ああっ、セレアナぁ!」
「お嬢さん方、大丈夫ですか!」
 そこへ慌てて(いや、慌てたフリをして、だ)パトリックが飛んできて、二人を介抱する。
「え、ええ、私は少し休めば。あ、あたたた……セレアナぁ、起きてー!」
 ひとまずパトリックのてを借りて立ち上がったセレンフィリティは、茶会の席から少し離れた所にパトリックがシートを敷いて休ませる。セレアナはパトリックが運んだ。役得役得、とパトリックが思っていることは彼だけの秘密。
 セレンフィリティは足が痺れているだけだし、セレアナも精神的なショックだろうから少しすれば目を覚ますだろう。二人は暫く、シートの上で休息を取ることにするのだった。

「あらあら……大丈夫かしら」
「パトリックが付いて居ますから……それより、皆さんも立ち上がる時には気をつけてくださいね」
 心配そうにセレンフィリティ達を見遣るリネンに、ののが苦笑を漏らす。
 その優しく気遣うような表情に、何故かフェイミィがどき、とする。
「うん……アウトローの空気に慣れ過ぎちまったのかなぁ、なんかそわそわするんだけど……はっ、こ、これは……恋?!」
 さくらもちに配合された、ちょっとだけ心拍数が上がるという謎の薬の効果なのだが、フェイミィはそんなこと気づきもしない。
「ののォ……可愛いなぁ……」
 そう呟きながら、フェイミィは流されるままののに抱きつく。
「え、ええっ?!」
 私ぃ、といった感じでののが取り乱す。
「ちょ、ちょっとフェイミィ、何してるのよ!」
「だってののが可愛いからよぉ……」
「あ、あの、ありがとうございます……でもあの、おもてなしもありますのでェ……」
 すりすり、と頬ずりされて、ののは目を白黒させている。
「ほら、ののが困ってるでしょう、離しなさい」
「ちぇ……じゃあのの、またな?」
 リネンに諭され、フェイミィは渋々ののから離れた。
 そして、リネン、遊撃隊の面々と共に改まって一例、足のしびれに気をつけて、ゆっくりと立ち上がった。