薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

仁義なき場所取り・二回戦

リアクション公開中!

仁義なき場所取り・二回戦

リアクション

■お花見模様:東エリア■

 朝一番に空飛ぶ箒・スパロウを駆って一直線に東エリアを目指したのは遠野 歌菜(とおの・かな)だ。
 弁当を手作りしてからやってきたため少々出遅れたものの、幸い今年は東エリアを狙おうという勢力は少なかったようで、無事にシートを広げることが出来た。
 露店が出て騒がしくなる事が予想される東エリアの、出来るだけ端の方、桜の木の真下の静かな所に、根の上には座らないよう注意を払って座り込む。
 弁当はパートナーであり伴侶でもある月崎 羽純(つきざき・はすみ)に預けてある。場所取りの混乱が落ち着いてから合流する約束になって居るので、ごたごたが片付くまで、暫く一人で時間を過ごす。

 そんな歌菜の前を、一台のリヤカーが通り過ぎていく。
 竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)達による物売りだ。リヤカーに乗っているのは、紙皿や割り箸などのお花見便利グッズだ。
「割り箸に紙皿紙コップ、お忘れ物はございませんかー」
 ハイコドはよく通る声で商品の宣伝をしながら、ゆっくりとリアカーを引いて回る。
 また、そのリアカーを先導するように、ハイコドのパートナー、白銀 風花(しろがね・ふうか)がわたげうさぎ達を歩かせている。
 わたげうさぎ達は風花の指示(主に、穴を掘るな、桜を囓るな)を忠実に守り、ひょこひょこと並んで愛嬌を振りまいている。
 そんなパフォーマンスのおかげもあってか、行商リヤカーにはちらほらと花見客が駆け寄ってきては、足りなくなったのか用意を忘れたのか、紙皿やら紙コップやらを買って行く。
「ありがとうございました〜。ツァンダにございます雑貨『いさり火』をごひいきくださいませですわ〜」
 商品と一緒にハイコドが自分の店のチラシを渡すと、風花が愛想良くぺこりとお辞儀。すると後ろのわたげうさぎ達もぴょこり、と頭を下げ……たのだろう、動いて見せた。
 それが可愛いと評判が評判を呼び、リヤカーは盛況なようだ。
「繁盛してるみたいね」
 と、ひょっこりと植え込みの影からさくらが現れた。
「やあ、おかげ様で。許可を出してくれてありがとう」
「お礼なんて良いわよ。みんなが便利な方がいいでしょ?」
 ハイコドは一時リアカーを離れ、さくらの元まで歩み寄ると、膝を折って目線を合わせた。
「そう言って貰えると嬉しいな。そう、去年のことを謝ろうと思って」
「去年?」
「煙幕使っちゃって、怒られたからさ」
 ハイコドに言われて、さくらも思い出した。確かに去年は、数名煙幕を使った人間が居たので厳重注意を行った。ハイコドもその一人だった。
「別に、分かってくれれば、良いの。もうしないんでしょ?」
「当然だよ」
 ハイコドはにっこりわらって、一度立ち上がると、リヤカーに積んでいた小さな包みを取り出した。
「これ、お詫びの気持ち」
 そう言って差し出すのは、さくらの大好物の桜餅。
 さくらはぱっと目を輝かせてから、少し恥ずかしそうに頬を染めて、
「も、貰っといてあげる!」
とハイコドの手から包みを取り上げた。
「そうだ、紙皿や紙コップ、捨ててく馬鹿が居るから気をつけさせてね!」
「もちろん、ぬかりないよ」
 それから思い出したもんくを付けるさくらに、ハイコドはリヤカーに取り付けたゴミ袋を目で示す。それを確認したさくらも、満足そうに頷いた。
「じゃ、頑張ってね」
「さくらさんもね」
 ひらひらと手を振ると、さくらはワンピースの裾を翻して去って行く。
 それを見送ってから、ハイコドはよっこらせ、とリヤカーの取っ手を再び掴んだ。

 さてその頃、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は、歌菜から預かった弁当を手に公園の門までやってきていた。
 既に朝一番での場所取り合戦は決着を見たのであろう。花見シーズンということもあっていつもよりは遙かに人が多いが、それでも押すな押すなの騒ぎという程では無い。
 良い頃合いだろうか、と思いながら羽純はテレパシーを使って歌菜に呼びかける。
――あ、羽純くん!
 退屈していたのだろうか、歌菜からの反応はすぐに返ってきて、東エリアに居ることを伝えてきた。
 指示された場所に行ってみれば、果たしてそこには歌菜が居て、嬉しそうに羽純に向かって手を振っている。
「場所取り、ありがとな」
「羽純くんも、お弁当ありがとうございます」
「持ってきただけだろ」
 それが嬉しいんです、と幸せそうに笑って、歌菜は羽純をシートの上に招く。
 よいしょ、とお弁当箱を開けると、中からは純和風のお手製弁当が顔を出す。
「今日のお弁当は、お花見らしく和風にしてみました」
 肉巻きおにぎりに鳥のからあげ、卵焼き、焼きアスパラガスのポン酢がけに、たけのこのきんぴら、鶏肉と根菜のサラダ風……どれをとっても、美味しそうに仕上がっている。
 歌菜は羽純が運んできた包みの中から水筒を取り出すと、お茶を注いで羽純へ差し出す。
「どうぞ、召し上がれ」
 顔の横に音符でも飛ばしそうな程、満面の笑顔で微笑む歌菜に、羽純はちょっとだけ目の下を赤らめる。
「……いただきます」
 二人で手を合わせると、弁当に手を伸ばす。
 そして、見事に割いた桜の花を頭上に楽しみながら、暫し舌鼓を打つ。
「デザートもあるんですよ」
 ある程度弁当箱の中が空いてきたころ、そう言いながら歌菜が取り出したのは一口サイズの栗きんとん。おせちに入っているあれではなく、裏ごしした栗を茶巾型に絞ってつくる方である。
「あと、お花見ですから、お酒も」
 あれよあれよと、自分の好物を取り出す歌菜に、羽純は思わず表情を緩める。
「酒まであるのか」
「はい。私は飲めませんけど……どうぞ?」
 小さな瓶からお酌をする歌菜の姿が愛おしくて、羽純はつい、ぽん、と歌菜の頭を撫でた。
「今日の夕飯は俺が作る。早起きで疲れてるだろ? 帰ったら夕飯まで昼寝でもしてろ」
「え、でも……」
 そんなことをさせる訳には、と言いたげな歌菜に、しかし羽純はもう一度歌菜の頭をつついて、
「……たまには、俺にもサービスさせろよ」
と少し恥ずかしそうに呟いた。
 一瞬きょとん、として居た歌菜だったが、すぐに羽純の意図を理解して、とびきりの笑顔になる。
「はい!」
 そして二人は、そのまま暫く、桜と、お酒と、おいしいものを楽しむのだった。

 そんなラブラブモードの二人から少し離れて。
 同じ東エリアの一角には、にわか屋台村が形成されていた。
 軒を連ねるのは、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)によるベビーカステラ屋台、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)の粉もの全般を扱う屋台、それからメイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)のお好み焼き「はっくちゃん」の三店だ。
 イートインスペースも多少備えてはいるが、スペースの都合上そう多くは取れない、というのと、多くの客が既にシートを敷いてから買いに来る、というのとで、テイクアウトの客が多いようだ。

 特徴的な右目には桜模様の眼帯をして、ヴァイスは店頭でせっせとベビーカステラを焼いている。ヴァイスが焼いたカステラは、隣で超人猿とペンギンが次々袋詰めをしていく。
 豆乳使用! のうたい文句が女性の心を捉えるのか、屋台はそれなりに盛況で、ヴァイスの手元にある生地はそろそろ無くなろうとしている。
「おーい、セリカ、次のタネー」
 背後で生地を作っているはずのパートナー、セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)を振り向いて声を掛ける。が、返事は無い。
 へんじがない。ただのおさんどんのようだ。
「……?!」
 と、セリカは何か不穏な――例えば地の文のようなものの――気配を察したか、ぱっと顔を上げた。そして、こちらを見て居るパートナーに気づく。
「ああ、待たせたなヴァイス、次のタネだ」
 どっこらせ、とセリカは手にした調理用ボウルから、ヴァイスが手にしているタネを小分けにする器具の中に、カスタードの様な色をした生地を流し込む。
「ふぅ……混ぜるだけの作業がこれほどきついとはな……」
 一仕事おえたセリカは、やれ、と額の汗をぬぐった。
 しかし、機械を買う分をソースや容器に当てて、生地は手作業で作る、と言い出したのはセリカ自身。途中でもう疲れたなどと言い出すわけには行かない。
 セリカは一息吐くと、再び次のタネを作るべく、材料の準備を始める。

 そのお隣では、裕輝がパートナーの渡辺 綱(わたなべの・つな)と共にこなものの屋台を開いている。
「さあさあさあ、いらはいいらはい。たこ焼きいか焼きお好み焼き、大阪三大粉もんに、んでもって焼きそば───販売してまっせー」
 威勢の良い呼び込みをして居る裕輝の隣では、綱がヘラを持って困っていた。
「……で、どうすればいい」
 手伝いに呼ばれて来たものの、綱は「屋台」とか「鉄板焼き」とか、そういった文化には疎かった。
「だから、説明したやん。ここをこうして、こうやって、こうすればー」
 手を動かす気配のない綱からヘラを取り上げると、裕輝は鮮やかな手つきで鉄板に生地を流すと、ひょいひょいと材料を乗せ、くるっとひっくり返してみせる。
 じゅうじゅうと音を立てて、美味しそうな大阪風お好み焼きが焼き上がる。
 そのほかにも、たこ焼き用のプレートも用意してあるし、いか焼き(姿焼きではなく、小麦粉で作った生地にイカの切り身を入れて焼く方)の材料も揃っている。ついでに焼きそばも。
 鉄板の周囲はなかなかカオスな状態だ。
「なー、できあがりー」
 しかし裕輝はその辺の細かい違いは特に解説せず、お好み焼きを一つパックに詰めてニコニコしている。
「説明がおおざっぱ過ぎる気がするが……まあ、よかろう」
 綱も綱で、何とかなるだろう、と高をくくってヘラを受け取る。
「さー、気合いいれやー。他の店に負けたらアカンでー」
 裕輝はよっしゃと腕まくりをして、一層気合いの入った声で売り込みを掛ける。
 その声あってか、弁当が足りなかった様子の若い男性客がちらほらやってきては足を止める。

「いらっしゃいませー、お好み焼き『はっくちゃん』ですわー」
 さらにその隣、「はっくちゃん」と看板の出ている屋台からは、女性の客引きの声。
 ルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)だ。
「はい、ジュースとビールですわね」
 妖蛆は普段はあまり身につけないTシャツにジーパン姿。その上からエプロンを羽織って、接客に精を出している。
「お好み焼きは任せぇや。他は任せるけん、じゃんじゃん作りんさい!」
「おう、気合い入っとるのぅメイスン」
 メイスンはパートナーである鵜飼 衛(うかい・まもる)に鉄板を半分明け渡すと、自分は残った半分で小麦粉の生地をのばし始める。
 だがしかし、同じお好み焼きでも裕輝の屋台で作るそれとは作り方が違う。
 そう、メイスンの作るお好み焼きは広島風! 薄焼きの生地の上に素材を載せてパリッと焼き上げるタイプだ。
 メイスンこだわりの一品、味も他のメニューとは段違いだ。
 その、他のメニュー――ソース焼きそばと地鶏の鉄板焼き――を担当しているのが衛な訳だが。料理を得意とするメイスンと、そうではない衛。腕の差は仕方あるまい。
 二人はせっせと鉄板の上から美味しそうな匂いを漂わせる。
 すると、やはりこちらにも若い男性客がちらほら。
「広島風お好み焼き、地鶏の鉄板焼き、やきそばはいかがですか? ビールやジュースもございます」
 楚々とした感じで妖蛆が声を掛けると、一組の男性客がすーっと引きつけられるようにやってくる。
 お好み焼きと地鶏を一つずつ注文した男性の二人連れは、注文した品ができあがるまでの間、妖蛆になにくれと声を掛けているようだ。が。
「はいこちら、ご注文の品になります。ありがとうございました」
 妖蛆は至ってビジネスライクに、品物を渡すと、貼り付けたような笑顔で応対する。
 その対応に脈なしと感じたか、男性客達は肩を竦めて立ち去っていく。
 しかし、焼けたソースの匂いと、女性の呼び込み、というのはなかなか効果があるようで、男性客が次々と足を止めていく。
(ふぅ、なかなか疲れますわね……ああ、こんな時可愛らしい少年少女のひとりでも居れば……)
 妖蛆は些かアブない事を考えながら、ちらちらと周囲を見渡す。
 時折家族連れが屋台の前を通ったりすると、視線は完全にそちらに釘付けだ。
「妖蛆、妖蛆、鼻血出とるぞ」
「あ、あら、衛様……失礼致しましたわ」
「まあ、メイスンも楽しんでるようだし、何よりじゃのう」
 しみじみと呟く衛の視線の先では、メイスンが客席に座ったまま長く動こうとしない客に対して説教を垂れていた。