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仁義なき場所取り・二回戦

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仁義なき場所取り・二回戦

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■お花見模様:西エリア■
 さて、西エリアでは朝から、サクラ・ステージの設営が行われていた。
 取り仕切っているのは蒼空学園のレクリエーション研究会。この手のステージの設営はもう何度もやっているので、手際も良い。
 とはいえ、数時間で設営を行わなければならない。西エリアは朝からばたばたしていた。
「あー、なんで俺がこんな事しなきゃならねーんだよー」
 その中で一人、悲嘆に暮れているのはロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)だ。これでも一応、レク研の会員である。
「いくらわめいても無駄だぞ。……というか今になってわめくくらいなら、課題の提出くらいはしておけ大馬鹿者。適当な出席日数を確保しろ大馬鹿者」
 そう言ってロアをたしなめているのはレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)、ロアのパートナーだ。
 その言葉に、ロアも返す言葉を無くして口を尖らせる。
 遅刻、サボり、課題ブッチの常習犯であるロアは、単位が危ないという、学生としては非常に危機的な状況にある。そこへ、どこからともなく舞い込んだ今日の手伝いの話。
 『出席日数の足しになるかも』という話を聞いて、仕方なしに飛びついたのだ。
(ただし、それはレク研会長のノリコ・ラージャードが流した根も葉もない噂なのだが)
「ちくしょー、さっさと終わらせて帰る!」
 後に待ち受ける悲劇をまだ知らないロアは、気合い一発、任されている客席の設置を進めていく。
「客席の設営終わった? 参加者の受付の準備は?」
 舞台裏ではノリコが、他のレク研部員を率いて着々と準備を進めている。
 そろそろステージ参加者が集まり始める時間だ。
「こんにちは、お手伝いに来たわよ」
 とそこへひょっこり顔を出したのは、レク研部員であるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。
「あらリカイン! 来ないんじゃ無かったの?」
「そのつもりだったんだけど、パートナーが公園に行くって言うものだから付き添いで、ね」
「助かるわ、ありがと! じゃあ舞台裏の手伝い、お願いね」
 予想外の来客を、ノリコは諸手を挙げて歓迎した。そして即座に仕事を言いつける辺り、ちゃっかりして居る。
 そうこうして居る間にも、舞台裏には出演者達が集まりはじめ、また客席にもちらほら人影が見えるようになってきた。
「どうぞ、前の方からぁ、詰めて座ってくださいねぇー」
 客席の誘導をして居るのはルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)だ。それから、ロアとレヴィシュタールも。
 客席にはそこそこに人が入っているものの、かといって満席御礼という程でも無い。
 埋まり具合は五、六割という所だろうか。それほど一生懸命に誘導しなくても、お客さんは自分で空いている所を見つけて適当に座っているようだ。
「あー、退屈。こんな事ならグラキエスんとこ行けばよかった」
 あまり仕事がないものだから、ロアは思わずあくびをして愚痴をこぼす。
「お前な……何のために来ていると思っている」
「げ、聞こえた?」
「……」
 ロアの言葉に、レヴィシュタールは思わずため息を吐く。
「終わったらグラキエスをかじりにでも襲いにでも行くが良い。だが今はおとなしく仕事をしろ」
「わかってますよー」
 パートナーからの忠告を受け、ロアは渋々見回りに戻る。
 しかし、酔って羽目を外すだとか、迷惑行為を行おうとするような輩は今のところ見当たらない。
 もう一人の客席担当、ルーシェリアが、「迷惑行為を働くとコレが降ります」と書かれた、いたずら妖精の金だらいを後ろ手に構えているせいかもしれない。
 だがこの金だらい、持ち主の言うことは聞いたりしない。ボケに応じて自動的に降ってくる。
 ので。
「いやいやいやいや、お前何言ってんの!」
 客席で盛り上がる若者が、何かしらボケをかますと。
 すこーん!
 軽やかな音を立てて、金だらいが絶妙のタイミングで頭上から降ってくる。
「あっ、ごめんなさいー」
 ルーシェリアが慌てて回収に行くのだが、花見気分でテンションの上がっているお客さん達、会話の端々に「ボケ」が混じるものだから、あっちでもこっちでもたらいが落ちてくる。
「……ちょっと、おしおきに使うには無理があったかも知れませんねぇ」
 一応、ボケた人々も騒いでいるといえば騒いでいるのだろうが、客席の盛り上がりの範疇で注意するほどでも無い。それなのにこうもぽんぽんたらいが落ちてしまっては、ちょっとしたプチパニックだ。ルーシェリアは仕方なく、金だらいを舞台裏へとしまい込む。

 その頃、舞台の上にはミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)とそのパートナー、フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)の二人が登場していた。
「みんなー、ミーナとフランカがやってきたよー! ミーナと一緒に歌ってねー」
「うたってねー!」
 客席に愛嬌を振りまきながら、二人は某有名アニメ番組の主題歌を歌い踊る。
 アップテンポなノリの良いメロディに合わせて、ミーナは華麗なステップを見せる。その隣で一生懸命に伸びたり縮んだりして居るフランカも、なんというか、母性本能直撃の可愛らしさだ。
 間奏部分でミーナが手拍子をするよう客席を煽ると、客席もそれに応じて暖かな拍手を送る。
 選曲も良かったようで、ふらりと訪れた様子の親子連れも楽しそうだ。
「ありがとー!」
 曲の後奏と共にひらひらと客席に向かって手を振ると、やんやの喝采。
 アイドルへの道を少し前進した、ミーナとフランカだった。

 そんな舞台を客席から眺めている少女が一人。
 サオリ・ナガオ(さおり・ながお)だ。
 サオリは、元々日本人であるものの、育ちはドイツ。「お花見」という行事についての知識はまるで無い。
 それでも、両親から「楽しい行事だ」という事くらいは聞きかじっていたので、いったいどんな物かと思って公園をのぞきに来た結果――
――なるほど、OHANAMIとは人前で一発芸を披露する催しなのですね……
 見事に勘違いしていた。
――ということは、わたくしも何か披露しなければならないのですね。
 どこまでも、勘違いしていた。
 サオリは周囲をきょろきょろと眺める。すると実に好都合な事に、そこには「参加者受付」の看板が。よし、と決意を固めたサオリは、受付へ向かう。
「あの、参加したいのですけれど」
「飛び入り参加? 大歓迎よ!」
 受付で対応したのはノリコだ。丁度参加者が不足していたのだ、という事実は伏せ、リカインにサオリの案内を頼む。
 そして、あれよあれよという間に、サオリは舞台の上に立っていた。
 バックダンサー代わりに、全身まっ白な鳩の群れも連れている。
「よろしくお願いしますー」
 ぺこりとサオリが頭を下げると、後ろの鳩の群れも一糸乱れぬ動きでお辞儀をしてみせる。
 そしてサオリは滑るような動きで、神楽舞を踊りながら、幸せの歌を歌い上げる。
 勿論後ろでは鳩たちも、サオリの動きを引き立てるように翼を広げたり、収めたり、あちらを向いたりこちらを向いたりと立派にバックダンサーを務めている。
 その優雅な舞と、聞いているだけで幸せな気分になるような歌声に、客席は思わず歓声を上げることすら忘れたかのように静まりかえった。
 そして、舞を終えたサオリが深々と一礼すると、盛大な拍手が彼女を労った。
 サオリはOHANAMIに参加出来たことに満足し、足取り軽く舞台を去る。
「素晴らしかったわ」
 そんなサオリを舞台袖で出迎えたのはリカインだ。
「ありがとうございます」
「凄いわね、飛び入りなんて滅多に居ないのに、これだけ立派な舞台にするなんて」
「……? みなさん事前に申し込んでいるのですか?」
 飛び入りなんて滅多に居ない、というリカインの言葉が気になって、サオリはきょとんと首を傾げる。
「ええ、そうね。今日舞台に参加してる人は多分、ほとんど事前登録のひとよ?」
「なるほど……やはりOHANAMIとは、事前にしっかり準備しなくてはならないのですね」
「いや、別に……お花見自体は、好きに楽しめばいいんじゃないかしら?」
 話がかみ合わない感じがして、今度はリカインが首を傾げた。
「と、いうことはまさか、OHANAMIとこのステージとは、関係がないのですか?!」
「関係が無いわけじゃないけど……まあ、イベントの一環ね。お花見を盛り上げるための」
「お、OHANAMIとは、全員が芸を披露しなければならない物ではないのです?」
「そんな決まりは、無い……んじゃないかしら?」
 少なくとも私は聞いたこと無いわ、とリカインは苦笑を浮かべる。
 当たり前だ、そんなルールは存在しない。
 漸く自分の勘違いに気づき、サオリの顔がみるみる赤くなる。
「はわわわわ……わ、わたくしったら、なんて恥ずかしいことを!」
「で、でも、素敵だったわよ」
 フォローするリカインの声が聞こえているのか居ないのか。
 サオリは両手で真っ赤な顔を覆って、いやぁぁぁ、と叫びながら舞台裏を飛び出していくのだった。