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リアクション
chapter.1 女帝コンテスト(1)
その日、まったく同じ内容の手紙が三名の元へ届けられた。
受け取ったのは、空賊のキャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)、空京大学学長の嵐を起こすもの ティフォン(あらしをおこすもの・てぃふぉん)、そして元空京大学特別講師、増多端義(ますた はなよし)である。
手紙には簡潔な文章で、こう書かれてあった。
「パラミタで一番美しい女性を決めるべく、コンテストを開催することになりました。つきましては、各界の著名な先生方に審査員をお願いしたく、手紙をお届けした次第です」
各界の著名な方々でなぜこの三人なのかはちょっと疑問だが、そのへんは置いておくとして。
文面を読み、真っ先に顔をしかめたのは、ヨサークであった。
「あぁ? なんか前にも同じようなのやってなかったか? これ」
その時のことを、彼は思い出す。突然漢コンテストとやらの審査員に呼ばれ、出場者がハメを外しまくり、あげく警察沙汰になり、なぜか自分も連行されたことを。
「……しかも今回は女じゃねえか」
ヨサークは「なんでわざわざ女なんか見に行かなきゃならねえんだ」と呟くと、手紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。
実は送り主の正体は彼と関わりのある人物であったのだが、そんなことなど知る由もなかったヨサークは大きくあくびをし、酒場を出るとふらりとどこかへ行ってしまった。
仮にそれを知っていたとして、ヨサークの行動が変わっていたかというのは甚だ疑問ではあるが。
さて、残る二名のうち、ティフォンはというと。
「パラミタ美女コンテスト……」
病院の一室で、小さくそう漏らしていた。彼がいる病室に入っているのは、端義だった。奇遇にもこの時、ティフォンは彼の見舞いに訪れていた。
先日の電車内でのイベントにて全身に大やけどを負った端義。犯罪者ということを考えれば自業自得なのだが、それでも優しいティフォンは、「一時とはいえ、大学で教鞭をふるい、何人かに慕われていた人には違いない」と思っていたのだ。
そして、できることならこんな彼でも助けてあげたい、と。
「女性観察機構であるあなたが元気だったら、喜んで参加していたでしょう」
残念そうな顔で端義を見るティフォン。
とその時、ずっと目を閉じたまま意識を失っていた端義が、微かに口を開いた。頼りない心音に混ざって、端義の声が聞こえる。
「び……じょ……」
「端義さん!?」
意識を取り戻したのか。ティフォンは慌てて端義の頬に触れる。彼の瞳はしかし、焦点が定まっていないままだった。
「び……じょ……」
それでも、そのフレーズを幾度と無く反芻する。ティフォンは、感動すら覚えていた。
「あなたという人は」
もしかしたら。このコンテストの会場に連れ出して、美女たちを見せれば、さらに回復するのかもしれない。ティフォンはそこに、一縷の望みを託した。
「端義さん、行きましょう。コンテストを、観に行きましょう」
ティフォンはそう言って、端義の手を握った。
◇
「審査員は招待したから、後は参加者に……と」
その頃、手紙の送り主であるナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は着々とイベントの準備を進めていた。その手には、先の三名へ送ったものとはまた別の招待状があった。
ナガンは何やらリストのようなものを眺めながら、ひとり呟く。
「あんまり人数が多くても色々大変だから、とりあえず今回は、この人と、この人と……」
そんなことを言いながら、ナガンは適当に目についた女性をピックアップしていった。と、そこで一旦ナガンの動きが止まる。
「あ」
小さく声をあげる。どうやら、何かに気付いたらしい。
「美女コンテストとかそれっぽいこと書いて誘いだすつもりが、うっかり本当のこと招待状に書いたような」
その視線は、既に封がされてある招待状に向けられている。
そう、ナガンは美少女もパラミタ一美しい女性も決めるつもりはなかった。ナガンが決めたかったもの。それは、「女帝」である。
つまり、美しさとかそういうのは割とどうでもいいのだ。女帝の名に相応しい器の持ち主を、ナガンは探し出したかった。
そこに何か深い目的があるわけではない。「なんかそういうことやったら楽しくない?」くらいの感覚だ。いや、もしかしたら以前の「漢コンテスト」の成功に味を占めたのかもしれないが。
まあ、アレが成功だったのかどうかは別として。
「……」
ナガンは、改めて招待状を送る予定だった面々を思い浮かべた。そのメンバーから考えると、別に美少女コンテストだろうと女帝決定戦だろうと、面白そうならどっちでも来るんじゃないかという気もしてきた。
「これでいいや」
結局、ナガンは文面を変えることのないまま、招待状を送ったのだった。
その招待状を受け取ったうちのひとり、立川 るる(たちかわ・るる)は。
「このコンテストで優勝すると、クイーンじゃなくてエンプレスになれるのね……!」
ナガンからの招待状を見て、手を震わせ、興奮していた。
どうやらエンプレスという響きが思いの外魅力的だったらしい。
「あ、そうだ!」
と、るるが何かを思い立った。彼女は携帯を取り出すと、あるサイトを開く。それは、多くの者に使用されているつぶやきサイトだった。
「せっかくだから、ここでコンテストの情報拡散してギャラリー集めちゃお」
言うと、るるはコンテストの開催日時と場所をつぶやきとして投稿した。
するとなんと、彼女のつぶやきは瞬く間に大勢の者へと流れていった。その広まり具合は、明らかに異常なペースだ。一体なぜなのか。
答えは簡単だった。
るるは、思いっきり実名で、しかも顔写真を公開していたのだ。
年頃の女の子が、コンテストに出場。女の子たちのコンテストといったら、当然期待できるのが色々なハプニングだ。もしかしたら、この子のあられもない姿に出くわすかもしれない。
そう思った世のつぶやきサイトを利用している危ないおじさんたちが、拡散させたのである。
るるがつぶやきを投稿した数分後には、もう彼女の所属学校や生年月日、バイト歴までバレて、専門のサイトにまとめられていた。るるは、別に何か悪いことをしたわけでもないのに。
本当、ネットでうかつに個人情報を晒すのは危険だ。
なおこの日からコンテスト開催までの間、るるが住んでいる近辺には不審者が多数目撃されたという。
おかげでるるは、コンテスト直前にして若干ノイローゼ気味になってしまっていた。
しかし時間は無常なものである。彼女がどんな精神状態であろうと、コンテストの開催はやってくるのだ。
「ここが、会場ですね」
一足先に空京にある会場に到着したティフォンは、端義を背中からそっと下ろし、審査員席の特設ベッドに横たわらせた。
「び……じょ……」
小さく呟く彼の視界には空しか映らない。しかし彼は、五感で感じていた。会場に近づいてくる、美女たちの気配を。そう、参加者は続々と、ここに集い始めていたのだ。
もちろん、るるの宣伝のおかげで、ギャラリーも順調に増えている。主な層が、40〜50代の男性ではあるが。
やがて出場者が揃うと、今回の首謀者であり自ら司会を勤めんとするナガンが一際大きな声をあげた。
「レディース&クイーンズ! パラミタ女帝コンテストの始まりだ!」