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リアクション
chapter.3 女帝コンテスト(3)
とはいえ、彼のその黄金の精神は、確実に他の者へと伝わっていた。
「あんなになってまで応援してくれてる……るるも、頑張んなきゃ! へこんでなんていられないよ!!」
彼の勇姿に感化されたのは、気持ちを落としていたるるだった。
こんな汚いおじさんたちになんて負けてらんない。るるはキッと前を向くと、堂々と宣言した。
「エントリーナンバー3番、立川るる! いきますっ!」
言うと同時に、るるは着ている服をばっと脱いだ。ギャラリーから大きな歓声が湧く。彼女はもちろん下に水着を着ていたが、おじさんにとっては肌が見えれば割となんでもよかったらしい。
水着姿となったるるは、華麗なウォーキングを披露しながら、ステージの中央へと進んでいく。そして真ん中まで辿り着くと、そこで片手を腰に当て、かっこよくポーズを決めた。
「おおっ、るるちゃーん!」
「るるちゃーん、る、るる、るるちゃーん!!!」
歓声の中、モデルばりのポージングを見せたるるはそのまま体重を片足にかけ、今度はアイドルのようなポーズをとってみせた。
大人の女と少女の間をいくようなるるのその振る舞いは、女帝コンテストに相応しい輝きを放っていた。その輝きに負けるまいと飛び出したのは、グラビアアイドルとしても活動している沙幸だった。
「現役女子高生として、負けられないんだもん!」
「じょ、女子高生!?」
そのワードに、一部のギャラリーが猛烈に食いついた。それを勝機と見て取った沙幸は、薄い布を取り出すと、それを体に巻きつけた。
「あっちが水着でポージングするなら、わたしは水着に生着替えしちゃうんだもん」
なんと、まさかのお色気作戦である。結局脱ぐ方向なのかよっていう。
「制限時間は?」
すかさずナガンが尋ねると、沙幸は思い切った答えを告げた。
「50秒で着替えるよ!」
これにはギャラリーも、おおっと声が上がった。彼らの世代は、テレビなどでこういうコーナーをよく見ていた世代だ。懐かしさも相まって、ヒートアップしていく一方である。
そんな熱気の中、沙幸は布の中で体をくねらせ、ごそごそと脱衣を始めた。こうなってはもう、るるのウォーキングなど誰も見向きもしない。
「あんな自己アピールっていいの……? あんな方法でアピールしても、それは所詮メッキの美貌よ! ここはるるらしく対抗を……!」
危機感を覚えたるるは、そう言うとカカオ放射器を取り出した。どうやら自分らしさの象徴として彼女が浮かべたのは「デコスイーツ」というジャンルのようだった。この放射器で、何かをデコレーションする気だろう。いや、もしかしたら自分自身をデコレーションするのでは。
そうなってくると、また話は別である。
全身チョコまみれの女子大生。それは、ごく一部のフェティシズムを持った男性たちから圧倒的な支持を得るだろう。
と、そうこうしている間に沙幸の生着替えは残り15秒となっていた。
「残り15秒! 14、13、12……」
ナガンがカウントダウンを始めると、沙幸の顔にはみるみる焦りが浮かんできた。
「わっ、わわっ、まだ紐が……っ!」
沙幸は、なんとまだ着替えが終わっていないようだ。これは危機である。まさかこんな大勢の前で、裸体を晒すことになってしまうのだろうか。
そして無常にも、ナガンのカウントはゼロを宣告した。
「オープン・ザ・布!!」
ナガンが勢いに任せ、ばっと沙幸の布を剥ぐ。
「やっ、ちょっ、まだダメ……っ!!」
見える。これは間違いなく見えてはいけないものが見える。
ギャラリーが目を血走らせ、同じように運営のチェックも目を血走らせていたその瞬間。
「わっ!!」
突然響いた声は、るるのものだった。
直後、沙幸にかけられる大量のチョコレート。
「ご、ごめん、間違って発射しちゃった……」
それは紛れもなく、るるのカカオ放射器から放たれたチョコだった。皮肉にもライバルをチョコでデコレーションしてしまったるるだったが、結果としてひとりの少女のトラウマを防ぎ、リテイクも防ぐことになったのだ。値千金の一発だ。
そして一糸まとわぬ姿の上からチョコレートコーディングされた沙幸はといえば。
「すごい、すごいよ沙幸ちゃん!」
「新たな芸術だ! チョコヌードだ!」
ごく一部のマニアから、ものすごい評価を得ていた。
「うーん、このままだと女帝になるのは厳しそうですねー」
そんな彼女らの様子を見て、サクラコが呟く。序盤は様子見しておこうとおとなしくしていたのだが、完全にこの子たちが最初からクライマックスだったため、ハードルが上がってしまったのだ。
「知名度上がると、タダ飯にありつけたりお裾分けもらえたりで何かと便利なんですけどね。しょーがない、ここはひとつ、アレをやるしか!」
サクラコは何かを決意したように言うと、すっと扇子を取り出した。それもただの扇子ではない。ファーがついている、どこか懐かしい扇子だ。
「あ、あれは……!」
それを見た司が、思わず声をあげる。
「どうしました!?」
「あれは東京に伝わるという伝説の踊り、ジュリなんとかアナ!」
「それは一体!?」
「かつてこれを踊った女性には、数多の男性がひれ伏しメシ代買い物代タク代諸々を支払いその美貌に報いたという!」
すっかり解説ポジションになった司に対し、ナガンは調子に乗って色々質問を投げかけた。
「それは本当ですか」
「間違いない。そればかりか、日本神話の中でもこの踊りは登場したとかしないとかいう話もある。そうか、まさかサクラコ、お前はコンテストの域にとどまらず、神話を再現しようとでもいうのか……!」
司がカッと目を見開く。ナガンはそれに、若干ひいていた。何言ってんだろうこいつ、と。
司とナガンがそんなやり取りをしている間に、サクラコはすっかり準備を終えていた。ステージ中央に陣取ったサクラコは、ふさふさの扇子を片手に、ボディラインが強調されたセクシーな衣装でポーズを取っている。
「さあ、いきますよっ」
そして、気合いと共にサクラコはその四肢を激しく動かし始めた。彼女は獣人の特徴を最大限に活かし、麒麟走りの術を使いながら踊っていた。
「あ、あれは! 麒麟走りの術!!」
またもや司が、解説を勝手に始める。
「小型飛空艇の5倍の速度が出るというあの術で踊れば、腰には相当の負担がかかるはず! にも関わらず踊りを止めない! サクラコ、お前は、お前ってヤツは……!」
「……」
ヒートアップする司を、ナガンは冷ややかな目で見ていた。
しかしギャラリーは、どちらかというと司に近いテンションになっていたようだ。それは、サクラコの踊りがすごかったからではない。
彼女が激しく踊る度、そのタイトなワンピースから下着が見えていたからだ。それも、イチゴだ。なぜこの衣装でその選択なのか分からないが、ともかくサクラコは激しくイチゴを見せていた。これぞまさしくストロベリーオンザショートケーキ、いや、ストロベリーインザショートワンピースだ。
「まだまだスピードをあげていきますよっ」
サクラコのダンスがさらに速度を上げると、ギャラリーたちは必死でイチゴを探そうと目を見開いた。しかしここまでの速さになると、もはや見えるのは残像だけである。これにはさすがの司も若干引き気味だった。彼女の動きが、もうダンスの領域を超えていたのだ。
「……なんかキモイな」
確かに不気味さすら感じる。感じるが、それでもサクラコは今一番目立っていた。ステージの中央で残像イチゴダンスを披露しているのだ、当然である。
これには負けられないと沙幸、そしてるるも奮起しようとするが、既にるるは水着姿、沙幸に至ってはチョコしか着ていない。
つまり、これ以上ギャラリーのおじさんたちの注目を集めることは、物理的や倫理的に厳しいのだ。
とはいえ、るるは自分の写真を見て来た者が大勢いるし、沙幸はある意味もう全裸だ。確かに最も目立っていたのはサクラコだが、ふたりもそれなりに視線は集めていた。
「これは勝負の行方が分からなくなってきましたね! ちなみにティフォンさん的には、人型の良し悪しはどんな感じで?」
ナガンが話をふると、ティフォンは困ったように答えた。
「いや、皆さん一生懸命頑張っていますから、その頑張りはどれも素晴らしいです」
優等生だ。優等生的回答だった。
「では端義さんは……」
ナガンが端義に話を聞こうとする……が、彼は横になったまま、動かない。ステージ上で何が行われているかも、今の彼には見えないだろう。
ただ、時折ギャラリーの歓声が聞こえてくるだけである。
端義は、ずっとおぼろげな意識でそれを聞いていた。
「おおっ、あの子のチョコが少しずつ溶けていってるぞ!」
「いや待て、るるちゃんを見るんだ! あの子、今頑張って水着を取るか取らないか葛藤しているぞ!」
「おいおい、そんなことよりあの踊ってる子のイチゴを頑張って捉えるんだ! 諦めるな!」
「みんな、アクティブなエロに惑わされるな! 騒ぎに加わろうとしない、あの孤高の王国を思い出せ!」
ギャラリーの意見は分かれ、皆それぞれの思いでそれぞれの出場者にエールを送っていた。その声が次第に大きくなっていき、会場を包みこむ。
その時だった。
ぴくり、と端義の指が動いた。
「端義さん……?」
隣にいたティフォンが真っ先にそれに気づいて、声をかける。すると端義は、ゆっくり口を開いた。
「そこに……今……女の子が……?」
「ええ! います! いますよ! 女の子がいっぱいいます!」
「女の子が……いるのか……!!」
そう言うと、端義の上半身が起き上がった。向けられた視線は、ステージ上をしっかり捉えている。
「女の子が、いるじゃないか……!」
そして端義は、よろめきながらも、ベッドから這い出ると、自分の力で、地に足をつけた。そう、ステージ上の彼女たちの真剣な姿が、彼に力を与えたのだ。
立ち上がった端義を見て、ナガンがマイク越しに声を響かせる。
「立った……端義が立った!!」
よく分からないが、なにか素晴らしい出来事が起こったのだろう。そう思ったギャラリーからも拍手が沸き起こり、気がつけば誰もが、ステージ上の出演者たちも皆、彼を見ていた。ティフォンに肩を支えられながら、マイクを渡された端義は、久しぶりの笑顔を見せてナガンに答えてみせた。
「ああ、無事たったよ……ふたつの意味でな」
女帝、それは確かに言葉だけを考えるなら、国を治める者のことだろう。しかし彼女たちは、国のためにまず、ひとりの国民を救ったのだ。
今日このステージに上がった女性全員が、女帝を名乗るに相応しいのだということは、端義の下半身が語っていた。