リアクション
* 「ごめん、待った?」 彼女が人波を縫って、小走りに駆けてくるのを見て、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は微笑んだ。 「いいえ、今来たところですよ」 「そう? なら良かった……じゃないわね。遅れてごめん。ホント、何でこんなに混んでるのよ」 セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は辺りを見回して息を吐く。 空京のショッピングセンターは、今日、いつにもまして人でごった返していた。 待ち合わせ場所にしていた可愛らしい鳥の像は人に埋もれてろくに目印の役を果たしていなかった。立ち止まって案内板を見上げていれば通行の邪魔になったし、人の流れから外れたら、ぶつかってしまいそうだった。 そしてその人々の多くが、手をつないだり、肩を寄せ合ったりしているカップルばかりだ。 店先のあちこちに翻る旗には決まって三桁の数字が書かれ、ハートが描かれ、溢れかえる色は赤やピンクやチョコレート色や、──そう。 「今日はバレンタイン・デーですから」 シャーロットは、セイニィの様子を伺うように、また微笑する。 「……えーと、うん。知ってるわよ」 セイニィの頬に少し赤みがさす。 彼女は、照れを隠すように先に立って歩き始めた。ツインテールの金の髪が揺れるのに合わせ、髪を結った黒いリボンと、鈴蘭の飾りが振れる。 「さ、行こっ。見たいって言ってた映画、もうすぐ始まっちゃうわよ」 「はい」 シャーロットは追いかけて、並んで歩く。 ──バレンタインのデート。今日一日だけは、一緒に過ごしたい。 新作の、アクションありサスペンスありの映画を一緒に見て、怖がったり真剣に見入ったり。 お昼を食べながら、感想を言い合ったり。 ウィンドウショッピングをして、あれが似合うかも、これが可愛いなんて言い合いながら歩いたり。 足や話しすぎた喉が疲れたら、お茶をしたり──またそこでおしゃべりをしてしまったり。 話すことは尽きなくて。とても楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうようで。 気が付いた時には、もう陽は傾きかけていた。 「……シャーロットも意外と、ああいうの似合うんじゃない?」 ショーウィンドウに飾られているワンピースを何とはなしに眺める、セイニィの横に並ぶ。 ガラスに薄らと映る二人の姿。 仕草だけでなく、どこか山猫の毛並みを思わせる、結った金の髪。背中に流れる銀の髪。 黒を基調とした活動的なショートパンツと、長くふんわりしたスカート。対照的な外見の二人。 「セイニィがそう言うなら、着てみてもいいかもしれません」 シャーロットは言いながら、けれど、その返事はどこか上の空だった。 そう、今もとても楽しいけれど、それでも一歩遅れてしまう時があるのは、気にかかることがあるからだ。 (私たちは、周囲にどう見えているのでしょうか。友達同士? それとも……) 初めて想いをが告げた時。彼女は返事を少し待ってほしいと言った。自身の事よりシャンバラや女王様を救う方を優先する時だから、と。 そして、クリスマスには、シャンバラが落ち着くまでは待ってほしいと言った。ニルヴァーナ探索隊が帰ってきたら返事をする、と。 セイニィにとっては、シャーロットから想いを告げられて初めてのバレンタインということになる。けれど、意識したようなそぶりはない。本当に意識してないのか、それとも……。 「……セイニィ、これを」 ──三度目のお茶を済ませた後、夕暮れの公園を、朝の待ち合わせ場所に向かって歩いていた時のこと。 シャーロットは立ち止まると、鞄の中から包みを取り出した。 (チョコレートを贈るのは今年で3回目だけどやっぱりドキドキしますね) それも、告白──プロポーズしてから初めてのバレンタインだ。 (セイニィ……三年前に出会った時には、自覚していなかったですけど、今では私にとって、かけがえのない人) けれど、そんな内心を見せる事もなく、シャーロットは笑顔でプレゼントを差し出す。 ピンク色の、少し光沢のある包装紙に包まれたそれを、掌で受け取ったセイニィは、箱がチョコレートにしては、ずっしりと重いことに気付く。 「……今年はチョコレートのパウンドケーキにしてみました」 「ありがとう、シャーロット。大事に食べるわ」 ちょっと照れたように言って、横を向いてしまうセイニィ。 その横顔に、シャーロットは嬉しくなって、一歩踏み込んで──、 「っ!?」 ほっぺたに、柔らかい感触を押し付けられたセイニィの目が驚きに見開かれる。 (チョコレートと一緒にキスもプレゼント、です) シャーロットは一歩下がると、悪戯っぽく微笑んだ。 だが、彼女は次の瞬間、戸惑った。 何故だろうか。ほっぺたを抑えたセイニィの、その表情が複雑なものになっていったからだった。 シャーロットは変なことをしてしまったのかと戸惑う。 「あの……私……」 「あのね、シャーロット」 セイニィはプレゼントを鞄にしまうと、シャーロットを正面から見た。その瞳からはふざけたような調子や、照れは消えている。 「あんたにはあんたの事情があると思うけどさ、あたしは今はロイヤルガードなの。命を賭してシャンバラを守るのが、あたしに出来る償いだと思っているわ。 だからシャンバラから造反した奴は敵になるのよ、分かってる?」 どういう意味なのか、と、シャーロットが問い返す間もなく。 「……それだけ。伝えたからね?」 セイニィは肩で息を吐くと、苦笑して、歩き出した。 それからたわいもない雑談をしながら待ち合わせ場所まで戻った二人は、笑顔で手を振り合う。 「誘ってくれてありがと。今日は楽しかったわ」 「……ええ、また」 ──また。 その時はどんな関係になっているのだろうか。来年のバレンタインも一緒に過ごせるだろうか。笑顔でいながらも、シャーロットの胸は切なさで締め付けられそうになって。 彼女はただ笑顔でいるために、青い瞳に、セイニィの笑顔を焼きつけた。 |
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