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リアクション
「さーて、こんなもんかなー?」
布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が集めた材料を見る。
牛サーロインステーキ肉に調味料、ソース用のニンニクや玉ねぎに赤ワインと、付け合せ用のマッシュルームやブロッコリーといった食材が並んでいる。
「言われた物持ってきたけど、これでいいの?」
エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)がもってきた物は炭とブランデー、そして鉄板であった。それを見て佳奈子は満足そうに頷いた。
「うん、上等上等」
「フランベとか大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫」
笑う佳奈子にエレノアは不安そうな表情を浮かべる。
「それより下ごしらえするから手伝って。前マッシュルーム丸ごと入れちゃったりしたから気を付けないとね」
「そうね……そういえば」
ふと、エレノアが何かを思い出したように言った。
「さっき材料探している時なんだけど、他の調理している所見たのよ」
「うん、どういうの作ってたの?」
「作ってたっていうか……戦ってたわ」
「……え? どういうこと?」
佳奈子が首を傾げるが、エレノアも「さぁ……」と同じように首を傾げるだけであった。
「さぁて、そろそろ終わろうね〜」
崎島 奈月(さきしま・なつき)が息を整えながら言う。
対峙する相手は一頭の牛。息を荒げつつ、巨大な体躯を奈月にぶちかまそうと向かって駆ける。
一直線にかけてくる牛を相手に、奈月は剣を構える。狙いは顔面、額。
「……そぉいッ!」
狙いを澄まし、剣の峰の部分で打つ。固い手応えと、衝撃が剣を通して奈月の腕に伝わる。
牛の動きが止まる。冷静さを失っている目が、奈月を見たと思うと、
「……ブモォ……」
一鳴きし、そのままばたりと倒れる。そしてぴくりとも動かなくなってしまった。
「ふぅ〜……疲れた〜……」
奈月が額の汗をぬぐい、呟く。
「でもこれで新鮮な食材が手に入ったね〜、牛鍋作れるよ〜」
そして嬉しそうに言った。
「さ〜て、まずは味付けとかの準備しちゃお〜。お肉は後でやればいっかな〜」
奈月はそう言うと、調味料の準備にとりかかる。
「けど他の人たち、ばとってないけどどうしたんだろうな〜?」
周囲を見て、奈月が首を傾げる。
奈月は勘違いしていた。『料理バトルというからには、食材はバトルで狩る物』と。
というか何故生きた牛なんて用意した、会場。これはもう会場が悪い。
「ふぅ……最初はどうなるかと思ったけど、何とかなるもんだね」
クツクツと煮込まれる肉じゃがを見てユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)が呟く。
「ね、何とかなったでしょ?」
トリア・クーシア(とりあ・くーしあ)が何処か嬉しそうな、誇らしそうな顔で言う。
「スコリアも切るのがんばったよー!」
「そうだねー頑張ったねー」
そう言ってトリアがスコリアの頭を撫でる。
「切るのはスコリアにまかせろー!」
何処からか『やめて!』の声が聞こえそうであった。
「あ、そうそう。後でユーリにも食べさせてあげるからね! 期待しておいて!」
「え? う、うん……あれ?」
ふと、ユーリが鍋を軽くかき混ぜると箸が何か硬い物にぶつかった。
「……まだ煮えてないのかな?」
首を傾げるユーリは気づいていない。スコリアが肉を切る際、【さざれ石の短刀】を使っていたという事を。
そして足元に【この薬飲んだら石化しちゃうんで飲むなよ!? 絶対飲むなよ!? いいな絶対だぞ!?】とあからさまに怪しいラベルが貼られた空の瓶が転がっている事を。
「随分と嬉しそうだな」
鼻歌を交えながら調理を進める小野寺 裕香(おのでら・ゆうか)に矢雷 風翔(やらい・ふしょう)が言う。
「はい、風翔さんが珍しくノリノリで手伝ってくれるから嬉しいです♪」
裕香が嬉しそうに言うと、風翔は「そうか」と頷く。
メインで調理を進めているのは裕香、風翔はサポートである。
その光景は見ていて微笑ましい物である――調理されている物を見なければ。
「ハヤシライスは作るのは初めてです……えっと、ハヤシライスと言えばマッシュルーム、キノコですよね。綺麗なキノコを見つけたのでこれを入れますね」
裕香が手に取ったのは毒々しい色鮮やかなキノコの数々である。頭に『マジック』がつくマッシュルームなんかも存在する。
「後『ハヤシ』というのだから木を使うんですよね」
そう言うと裕香は木の皮を一口サイズに切っていく。裕香、そのハヤシ違う。
「ルーに酸味をつけるのに……トマトだけでは足りませんねぇ……」
そしてしまいにゃ化学で作り出された酸が投入される。酸味ではない、酸だ。
ここまでくればわかると思うが、裕香は普通の料理を作って劇薬を作り出すという才能の持ち主である。勿論本人は無自覚である。
「……さて、見た目は悪くないな」
そんな物が合わさっているのだが、見た目に関しては普通のハヤシライスが出来上がっていた。風翔が横からフォローしていたおかげである。
「うん、これなら審査員も食べてくれるんじゃないか?」
ハヤシライスを見て満足げに頷く風翔。ちなみに彼の場合はちゃんと今大会のルールを把握している。殺る気満々だ。
「……あれ?」
「どうした?」
「いえ……包丁に刃こぼれが……」
裕香がもっていた包丁を目にすると、思いっきり刃が欠けていた。そりゃ木の皮なんぞ切ってりゃそうなる。
「まぁ大丈夫だろ。気にするなよ」
「……風翔さんがそう言うのなら」
渋々と言った様子で納得する裕香。何となくどこに行ったかは予想はついているのか、風翔はちらりとハヤシライスを見たが、
「めんどくせぇ」
の一言で済ませた。
「はぁい、できたよぉ」
そう言ってフラット・クライベル(ふらっと・くらいべる)がフライパンを置く。
皿に盛られたのは、オムレツであった。ふんわりとしており、少し普通より大きめサイズであるが、焦げ目は無く綺麗な黄色をしている。
「上手いねーフラット」
それを見てミリー・朱沈(みりー・ちゅーしぇん)が満足げに頷く。
「そっちはどぉ?」
「今いい所だよー」
そう言ってミリーは先程フラットが作ったチキンライスを指す。
ミリー達が作ろうとしていたのはオムライスであった。といっても、ほとんど作ったのはフラットである。
まずチキンライスを作り、その上にオムレツを乗せるタイプのオムライスだ。勿論ただのオムライスなんかではない。
「ここをこうしてこうすればどっかーん、ってなるだろうしー。ここをこうすれば効果大っ!」
トラキア・オルフェ(とらきあ・おるふぇ)が火薬を片手にチキンライスを色々といじっていた。口調は軽いが、手つきは慎重かつ無駄がない。
「楽しそうねぇ」
「そういうフラットも楽しそうだねー」
「わかるぅ?」
そう言ってフラットはちらりと先程まで調理していた台を見る。そこにはオムレツを作った卵の殻などと言った物以外に、牛の目玉と腐った肉と蛆虫といった物があった。
「所でミリー、何使ったのぉ?」
「ボク? ボクはあれだよー」
ミリーの視線の先にあるのは、ガラス片や金属の鋭い杭であった。
「よーし! 起爆装置完成ー!」
トラキアが両手を上げて嬉しそうに叫んだ。その手元には、綺麗に整ったチキンライスがある。
「ふーん、全然わからないねー」
「これで大丈夫なのぉ?」
「もっちろん! あ、衝撃でも爆発するけど食器はこれ使わせた方が効果高いよ!」
そう言ってトラキアが取り出したのは金属製のスプーン。
「それが信管みたいな感じでどっかーんだよ!」
「へぇー……いや楽しみだねー」
「ほんとねぇ」
ミリーとフラットが邪悪な笑みを浮かべた。
「むー……中々、割れない……」
玖珂 美鈴(くが・みれい)が台の角で卵を割ろうとしていた。しかしおっかなびっくりやっている為、力が弱く、コンコンと音を鳴らすだけで罅すら入らない。
「……思い切って……えいっ」
美鈴は覚悟を決めた様に少し力を入れて叩きつける。卵の殻が衝撃に負け、罅が入った。
「やった……後は……かき混ぜて……」
パカッと殻を割り、器に卵を落とすと菜箸でシャカシャカとかき混ぜ始める。
「……殻入ってねーだろうな?」
その隣からカイ・フリートベルク(かい・ふりーとべるく)が覗き込む。
「ふぇ? だ、大丈夫……た、多分」
「……本当に大丈夫みてーだな。こういうのだと殻ごとってのがお約束だからなー」
「オオカミ君ー、さぼってないでキノコ切ってー」
エーファ・ブラマンジェ(えーふぁ・ぶらまんじぇ)に言われると、カイが「あーハイハイ」とやる気無さそうに返す。
「……しかし、今の所何にもないな」
カイがキノコを切りながら、エーファが揃えてきた食材を眺めて呟く。
このチームが作る物はデミグラスソースのオムライスであった。揃えられた卵、鶏肉、米……どれを見ても普通の食材である。今手にしているキノコも、ごく普通のマッシュルームにしか見えない。
「これをどうすりゃああなるんだ……」
カイがげんなりして呟いた。
このチーム内で最も料理が上手いエーファには特技、というより特異体質レベルのスキルがあった。出来上がる物の味は一級品なのであるが、その見た目に非常に問題がある。
「エーファ……卵、溶いたよ……」
「美鈴ちゃんお疲れー。後はエーファがやるよー」
美鈴から溶き卵の入った器を受け取ると、エーファはフライパンに油を敷いて鶏と一緒に微塵切りにした玉葱を炒め始めた。塩コショウで味付けをするその手際は無駄がない。
「……あそこからどうすりゃああなるんだか」
カイがエーファが過去に作った料理を思い返して呟く。
「ほらほらー、オオカミ君口じゃなく手を動かす手をー」
「あーハイハイ、わかってますよ」
「ハイは一度ー!」
「ヘイヘイ……」
これ以上見ているのも何なので、カイはキノコを切り始めた。
「ふむ、こんな感じでいいでしょうかね」
セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)が包丁を置いて呟く。
まな板の上には挽肉が作られていた。A5ランクの最高級牛肉を包丁で挽肉にしたものだ。
「後はこれをこねて丸めてっと……」
セイルが挽肉に塩を加え、こね始める。やがて肉に粘り気が出始めると、丸めて形を作る。
「そしてこれを投入ですね」
そして、肉の中に謎の赤い液体を入れると、キャッチボールをするようにして空気を抜いて小判型に整える。作っている物はハンバーグであった。
「後は焼けばこっちは完成。続いてこっちにかかりますか」
そう言ってセイルが鍋を見る。中にはデミグラスソースがくつくつと煮込まれていた。焦げ付かないように火を調節しながら丹精に煮込んだ自家製の代物である。
「良い具合に出来てきましたねー」
くるくるとソースをかき混ぜて様子を見ると、
「そしてこれを投入」
謎の白い粉を大匙で計量して投入した。
「おっと、こっちもいい具合に焼けましたね」
セイルが同時進行で火にかけていたフライパンの様子を見る。中には肉汁が焼ける音を立てながらハンバーグができていた。
フライ返しで取り出すと、熱していた鉄板皿に乗せる。その上にソースをかけると、ジュウジュウと音を立てた。
「これで完成! 破壊力と殲滅力がたっぷり込められてますよ……ク、クククッ、アハハハハッ!」
ろくな物が込められてない完成したハンバーグを前に、セイルはまるで魔王のような高笑いを上げた。
「よし、お前何作るつもりだったかもう一度言ってみろ」
顔を引き攣らせながら御宮 裕樹(おみや・ゆうき)が言うと、『ビシィッ!』という効果音が付きそうなポーズを久遠 青夜(くおん・せいや)が取る。
「てんぷらつくるよ!」
「そうかー天ぷらかーこれで天ぷら作るのかー」
裕樹が青夜が持ってきた食材を見る。山菜に魚介類、問題ない。
「で、釘で天ぷらって作れるんだなー。知らなかったなー」
その横に添えてある釘、問題しかない。
裕樹が笑顔で指の関節を軋ませながらアイアンフィストの構えを取ると、青夜は慌てて釘を除ける。
「ったく……ただでさえ暗黒料理だっていうのにんなもん混ぜてカオスにする気か……」
大きく溜息を吐く裕樹に、青夜は表情をむっとさせ、ジトっとした目で見る。
「暗黒料理って何さぁ……とにかく、料理するぞー、バリバリ」
「その『バリバリ』って何だよ」
やめて! という声が何処かから起きそうであった。
「……工程は問題ないんだよなぁ」
付け合せる抹茶塩を作りつつ、裕樹が呟く。青夜は食材を切り、味付けをすると衣をつける。下粉も忘れてはいない。そして熱した油の温度を確認しつつ、揚げる。
言葉通りその調理工程は特におかしなところは無かった。
「……で、何故か完成品がおかしくなるんだよなぁ」
過去の事例を思い返しつつ、大きなため息を吐くと裕樹は一人別にミルクスープを作り出した。審査員の胃を守るために。
「えーっと……後はこれを煮込むのか」
レシピを見つつミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)が呟く。
苦手な料理克服の為、と参加した彼女が作っている物はカレーである。今の所、レシピ通りに進んでいる為問題無い極普通のカレーができていた。
「辛さに関してはセレン殿が後で調節すると言っていたな……」
サポートとして参加しているセレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)をちらりと見ると、何やら一人で作業をしているようであった。
「ふむ……カレーは辛い物であるが苦手な者もいるだろうしな……甘さも味わえるようにした方がいいな」
鍋のカレーを見てミリーネは呟く。
「さて何を入れるべきか……待てよ、カレーにすりおろしたリンゴを入れると聞いた事があるな」
ふと思いつくと、ミリーネは食材へと足を運ぶ。
「よし、ここは応用して梨で攻めてみよう」
そして余計な事をしでかす。基本ができないのに何故応用に走る。
「そう言えばチョコレートを入れるとコクが出る、とも聞いた事があるな。ならホワイトチョコを入れればコクと一緒に甘味も加わるな!」
そう言ってミリーネが大量のホワイトチョコを手に取った。
「……よし、これで甘味も同時に味わえるな。私は天才かもしれんな!」
すりおろした梨と大量のホワイトチョコを鍋にぶちこみ、ミリーネが満足そうに頷いた。
一瞬にして普通のカレーをアウトに変える。ある意味これも一種の才能である。
「よーっし、出来たぞー」
横で一人作業を進めていたセレンが言う。
「おお、こちらも順調だぞ」
「そうかそうか。そんじゃ、後はこいつを入れてっと」
そう言うとセレンは作っていた物を鍋に入れる。それは一口サイズのハンバーグだった。
「そう言えば、辛さはどうするのだ?」
「ん? ああ、今入れたハンバーグで何とかなる」
そう言ってセレンがにやりと笑みを浮かべた。それは、何かを企んでいるような笑みであった。
「……暑いわね」
「そりゃね、こんな鍋なんて作ってれば暑くもなるわね」
「……ここまでくると熱いってレベルだわ」
ぐらぐらと煮える鍋を前にして、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は汗だくになっていた。
二人とも余りの暑さに普段から着ているコートを脱ぎ、水着姿になっている。
「……何で鍋なんてしたの?」
「いやー、よく解らないけど、このバトルってゲテモノ料理作ればいいんでしょ? この時期に鍋なんてドン引きかなーと思って。けどいい具合でできてきたと思わない?」
そう言ってセレンフィリティがセレアナに同意を求める。
彼女たちが作っていたのは『麻辣火鍋』という中華料理である。『麻』の中華山椒、『辣』の唐辛子をベースとした麻辣味香辛料をベースとしたスープに野菜、肉団子、魚、鶏肉、臓物(勿論食用)などを入れて煮込む。
しかしセレンフィリティは辛さにパンチを加えたい、とハバネロをも超える世界最強の唐辛子ブート・ジョロキアを大量にブチ込み、更に熱を持続させるために大量に片栗粉を入れとろみをつけていた。挙句に熱そうなイメージをつける為に食品着色料で赤く染めていた。
結果、まるで溶岩の様にボコボコと音を立てているスープが出来上がった。
更にひねりを加えたいと食材の他に爆竹、画鋲、有刺鉄線、程好く汚れきった雑巾、作りかけで放置したガンプラその他諸々と最早食品でない物までもぶち込んでいた。
「……別に普通に作ってもゲテモノになると思うけどね、セレンの場合」
その鍋を見てセレアナが呟く。
「何か言った?」
「いえ、別に」
セレアナの言葉に、セレンフィリティが首を傾げるが「まあ、いっか」と鍋に向き直る。
「……汗が止まないわね。早く帰って冷たいシャワーでも浴びたいわ」
「そうねー……暑くてダイエットになりそうねー」
額の汗をぬぐいセレンフィリティが言う。
「そうね……これ見ているだけで食欲無くすもの」
片足だけ浮かんでいるガンプラを見て、セレアナがぽつりと呟いた。
その近くでは、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)も同様に鍋料理を作っていた。
ただこちらは見た目が普通の物であった。
タイやカニなどの魚介類は一口サイズに切って投入。一部の物はつみれにしたりと手は込んでいる。
他には菜っ葉やキノコといった食材が同じように鍋の中でクツクツと煮込まれている。
「ふむ、こんなもんだろう」
その食材を、大佐は菜箸でつついて具合を確認すると、煮込み過ぎを防止する為火を止めた。
「おっと、こいつを忘れる所だった」
大佐は白い粉末を投入した。
「さて、これで後は余熱で十分だろう」
そう言って満足そうに大佐は鍋を見た。
鍋の中身は全くもって普通の水炊きのようであった。しかし、普通と考えない方がいいだろう。
「それにしても暑いな、パワードスーツは」
大佐はフル装備のパワードスーツを着込んで、料理をしていたのだから。
「おかしいですね……」
炭と化した元肉を前にフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が首を傾げる。
「いや何処もおかしい所は無いと思いますよフィアナ様」
苦笑を浮かべてカレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)が言うと、フィアナは少しむっとした表情になる。
「そんなことはありません。この程度の火で炭になる方がおかしいのです」
そう言うとフィアナは別に用意してあった肉の塊を手慣れた包丁さばきで刻む。刃物の扱いは慣れているので、包丁さばきは見事な物であった。
しかし問題は火力であった。最強火力であっという間に綺麗に切った肉を炭にしてしまった。
「鍛え方足りないんじゃないでしょうかね、この肉」
「例えいくら鍛えても無理だと思いますよ」
疲れた様にカレンが呟く。そもそもフィアナは料理自体したことが無い。そんな彼女に、火加減なんて物が理解できているわけがない。
「さてどうしましょうかね……炭になってしまうのでは切っても意味がありませんし」
再度切った肉を前にフィアナが顎に手を当て考える。流石に何度もやれば学習するものである。
「これだけ綺麗に切れるなら刺身とかの方がいいんじゃないか……?」
並べられた肉を見てカレンが呟く。
「刺身……よし、それで行きましょう」
その呟きを、フィアナは聞き逃さなかった。
「え?」
「そうですよ、別に火を通さなければいけない、なんてことはないんです。刺身という食材本来の味を生かす素晴らしい料理があるのですからそれで勝負しましょう」
「で、でも……それは……」
カレンがチラリと用意した食材を見る。元々肉料理を作る予定であったため、牛、豚、鶏と様々な肉が用意されていた。
「そうと決まればよし。早速始めてしまいましょう」
そう言うや否や、フィアナが肉を切り始める。手慣れた扱いで、肉を薄く切るとフグ刺しの様に並べた。
「あ、あの……に、肉の生は不味いですって……」
カレンの言う通り、肉の生食は色々と危険である。本来は熱処理などを加える物であるが、フィアナにそんな知識は無い。
「ふふん、これで料理ができないとは言わせませんよ」
当の本人はドヤ顔だ。
「……こうなったらしょうがねぇ……フィアナ様が勝利するようにオレはサポートに徹するまでよ!」
そう言うと、カレンは【パラミタ版 家庭の医学】を取り出した。
「よし、できたーっ」
高峰 結和(たかみね・ゆうわ)がやり切った表情で息を吐いた。
彼女が作っていた物はにんじんのジュレ。甘味として用意した物だ。
だが結和の手元にあるのは甘味とはかけ離れたグロテスクな物体である。
グレーと紫・芥子色のマーブルが透明な器の上で彩りを作り、所々ボコボコと泡立った状態で固まっている。
その上に載った真っ黒な物体は付け合せのにんじんである。更にその上には血のような塊が載っているが、これは生クリームだという。
この物体を言葉にするなら『気合の入ったグロ画像』だ。もしくは『精神的ブラクラ』。気が弱い者だったら見ただけで逝ってしまいそうな代物だ。これで普通のレシピ通りに作っている、というのだから驚きである。
「……どうしてこうなっちゃうんだろう……味は普通なのに、盛り付けうまくならないなぁ」
orzとなりながら結和が涙目になる。盛り付けが下手とかそう言うレベルじゃねぇ。
「……でも、あれよりマシだと思うんですよねー……」
げんなりした表情の結和の視線の先には、
「フゥーハハハーハァー! アヴドーチカ先生もっとやっちゃってください!」
「おうよ! 今日の私の相棒は輝いているわ!」
やたらとテンションが高いクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)と、同じくハイテンションで【バール】を叩きつけているアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)がいた。
手元には何か色々と置かれており、それをアヴドーチカがバールで叩く。
「段々と一つになってきましたよ! 最高の物ができあがりそうだ!」
「当然よ! 今改めて私は認識しているのだよ、我が相棒は最高であるとな! 最高でないわけがないだろう!」
「最高です! アヴドーチカ先生ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「……うん、マシだと思うんですよ……」
【自称小麦粉】でもキメてるんじゃねぇか、と言いたくなるようなハイテンションの二人を見て結和が呟く。
手元にあるのはよく見えないが、料理とは言い難い物になっているのは間違いない。そもそもバールでぶっ叩くという事から間違っているが。
「信頼しているのはわかるんですが……だからと言って料理に使う物ではないと思うのですが……」
小さく結和が呟くが、勿論二人には届かない。仮に耳に届いても心には届かないだろう。それくらい二人の世界に入っていた。
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