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ツァンダを歩く

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ツァンダを歩く

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 同じころ、ツァンダの別の場所でも人だかりができていた。カメラに向かってにこやかに笑うルシア・ミュー・アルテミスは万歳をするように腕を振り上げる。
「このツァンダで魅力のある場所をこの私が紹介していくわ。でも何よりまずお腹すいたわね。腹が減っては戦は出来ぬと昔から言われているし、まずは何かおいしいものを探してみようかしら」
 そう呟きながら、ルシアは周りを見回したり、その辺りと歩いてみたりする。しかし不運にも今いる近辺において、ルシアが望む店舗は遠い場所にある。
「私一人ではどうも見つけられそうにないわね。どうしたものかしら」
 この状況もなぜか楽しんでいるようなルシアに、二人の少女が近寄る。
「そういうことなら、この私がお役に立てて見せるよ」
 ルシア達に声をかけたのは桐生 理知(きりゅう・りち)北月 智緒(きげつ・ちお)の二人だった。二人の自信に満ちた笑みに、ルシアの目が輝く。
「これは素早いわ。この私が満足するお店に連れて行ってくれるのでしょうか。緊張が高まります。初めに協力を申し出てくれたのは、この桐生 理知さん。友達がいてくれて本当に助かるわ」
「桐生 理知と言います。こちらは私のパートナーの智緒です。よろしくね」
「ねぇ理知。どんな食べ物を紹介するの?」
「そうねぇ。ここからちょうど近いし、日本食を紹介してみるのはどう?」
「日本食というと?」
 ルシアが期待に満ちた声で両手を叩く。対照的に智緒は視線を傾けたまま理知を見上げていた。
「日本食ってツァンダと関係ないようにも思えるけれどいいのかな?」
「気にしない、気にしない。それじゃあそこに向かいましょう。ルシアちゃんにも気に入ってもらえるといいな」
 嬉々とした声を上げ、ルシアと理知が並んで歩くのを、不安半分で追っていく智緒だった。
 理知が探していた日本料理亭は古民家のような建物だ。奥ゆかしい雰囲気が木造特有の匂いと相まって、日本を再現した景色に懐かしむ思いを馳せそうになる。
「ここが目的の場所ですね。それでは早速入りましょう」
 ルシアを先頭に、理知と智緒が続く。店内は料理の香りが充満していて、その独特な気配がゆったりとした雰囲気を醸し出している。まだまばらな混み具合はルシア達にはちょうどよく、彼女の期待度がぐっと上がる音が聞こえてきそうだった。
 店内の中には一組の男女がいち早くカメラに反応を見せる。鹿島 ヒロユキ(かじま・ひろゆき)ホミカ・ペルセナキア(ほみか・ぺるせなきあ)だった。
「なんだ? テレビの取材か?」
「はい。そのとおりです。ここにおいしいものを食べに来ました」
 ヒロユキは目的を聞くと、何度か頷く。そして彼女たちに興味の色を覚え始めていたらしい。座りなおすと、まだ空いている席にルシア達を勧めた。
「それなら俺も協力するぜ。このお店のお勧め教えてやるよ。それにしてもどうしてこのお店を選んだんだ?」
「私が提案したの」
 ルシアを中心に皆が座ると、理知が高らかに宣言した。明るい鈴のような声は店内に優しく響く。
「そうか。お前もこのお店が大好きなのか。好みが同じ人間を見つけられるとうれしくなるぜ」
「ありがとうね。ところで何を勧めるつもりなの」
「おう!! 俺が進めるのは【ひつまぶし】だ」
 ヒロユキが言うと同時に、店奥からお盆に乗せられたひつまぶしと、小鉢に入っていた副菜も出てくる。その香りは、店内に常に漂っていた香りであることを、ルシアは察知した。
 小ぶりなおひつの蓋を取ると、より強い匂いが漂い始め、全員の空腹を刺激していた。小鉢の中のきゅうりと白菜の漬物との色合いが、お互いを引き立たせて素晴らしい。
「【ひつまぶし】というのは日本の愛知県・名古屋の郷土料理だ。ウナギを蒲焼にした後に細切れにして、ご飯にのせる料理や」
「まぁ、おいしそう。ところでいただきますを言う前に、どうしてここに来たのかを尋ねてもいいかしら?」
 ルシアが取材らしいことを尋ねると、ヒロユキの隣に座っている、ホミカがぼそぼそとしゃべりだす。
「私が来たいと言ったの」
「ホミカが夏バテぎみだというからな。だから元気がつくものを食べさせようとしていたわけさ」
 ホミカはカメラの視線を感じて、そっと目を伏せると、大きな欠伸を一つ零した。顔には暗い色が重ねられていて、彼女本来の面差が遠ざかっているようだった。
「あの男性さん。この料理をツァンダで作るのは難しいじゃないの?」
 智緒が珍しそうにひつまぶしのおひつを回しながら聞いている。ヒロユキは特に動じる気配を見せずに胸を叩く。
「材料はほぼツァンダで取れた物を使っている。ツァンダならではのひつまぶしだな」
「そうかツァンダならではのひつまぶしか」
 智緒はそう言うと、ツァンダで作られたひつまぶしに箸をつける。それを皮切りに全員がそれに箸を伸ばす。
「ルシアちゃんは今までで日本食食べたことある?」
「あんまり、ないわね」
「そうなんだ。出汁巻き玉子も私のお勧めだよ。私はきゅうりと白菜の漬物も頼もうかな?」
「理知は、ひつまぶしと一緒に副菜としてそれが届いているのに気づいていないの?」
「うわ。本当だ。あはは」
 理知が笑う中、全員が料理に舌鼓を打っている。
「これはおいしいですね」
「今度はルシアちゃんの家庭の味も教えてね」
「いいけれど私の家庭の味は宇宙食ですからね」
「でも、私は宇宙食も気になるな。今度一緒に作りっこしましょうよ」
「理知、友達の会話になっているよ。テレビのリポート中なんだから」
 やれやれと言うように首を振る智緒に、ホミカは知らずのうちにほころばせた口を作っている。夏バテが抜けきっていないが、それを感じないくらいに、喜びで胸が埋まっているようだ。
「それにしてもこれはおいしいですね」
「そうか。そこまで喜んでもらえるとは思わなかったぜ」
 ルシアの素直な声にヒロユキが心の底から嬉しそうに口元を似やついていた。ヒロユキにとっては予期せない出来事の発展となっている。けれどうれしい悲鳴を上げたいくらいの予想外のことだった。
 同じように、日本の料理においしい以上の思いを覚え始めている智緒と、疲れた気配と遠くへと吹き飛ばしたようなホミカ。
 二人の横顔をカメラが絶妙な距離を保ったまま映していた。