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ツァンダを歩く

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ツァンダを歩く

リアクション

 ペガサスから降り立ったルシアはリネンとフェイミィに別れを告げる。蒼空学園の校門にはすでに数人の生徒たちが集団を作っていた。これまでみたツァンダの雰囲気と比較すると、蒼空学園の雰囲気は若々しさに満ちているようであった。
 ルシアの前に一人の女の子が歩み寄ってくる。子供らしいツインテールを尻尾のように揺らしながら、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はニカッという擬音が似合う笑みと共に挨拶をした。
「こんにちは。蒼空学園生徒会の副会長、小鳥遊 美羽といいます!! 街ブラ番組のリポートをしているというのを聞いて、心待ちにしていました」
「それはずっと待たせてごめんなさい。ここがツァンダの学園なのね」
「そうですよ。どう? 周りと比べてすごく目立っているよね?」
 小さな体から大きく両手を振って美羽はルシアの視線を学園へと誘う。その様子にルシアは感服といったように、携えていたマイクを握りしめる。
「私はこの蒼空学園を知ってもらいたくて、ここでの魅力的なものをいくつか紹介したいな!! それではまず一つ目。カメラマンさん。もうちょっと近づいてきてください」
 ちょいちょいと手招きをする美羽にカメラマンは従う。レンズ越しの美羽は子供の魅力そのものといったようで、後ろで手を組んだままさっきと同じ笑みをこぼした。
 そして美羽は右足を軸にくるりと一回転をする。本人はモデルを意識したような動作だったが、あどけない体格のため愛嬌の方が目立ってしまう。しかしその愛嬌がカメラの前で元気に映えていた。
 それは彼女が来ている制服にも理由があるようだった。桃色のブレザーにそれよりも濃い色をしているチェック柄のスカートが調和を生み出している。襟付きの白いシャツの胸元にはスカートと同じ柄のリボンがちょこんと、彼女の首を飾っている。
 彼女が見にまとっている蒼空学園の制服は制服という特徴をしっかりと押さえながらも、独特の魅力を構成していた。
 だがギリギリにまで短くしたスカートが、最も目を惹く場所であるのは言うまでもないだろう。
 彼女が回転したときも、そのスカートが花弁のように開き、彼女の姿が小さな花の開花の瞬間と重なっていた。美羽は一回転した後に上目づかいで覗くと、得意げに顔を明るくする。
「ほら、蒼空学園の制服って、こんなに素敵なデザインなんだよ!! 蒼空学園の制服がまず私が見せたかったものなの。この制服だと私の足が一番可愛らしく見えるんだ」
 短いスカートから伸びる二本の脚は限りなく曲線に近い直線を描いている。脚線美という言葉を思い浮かべれば、誰もがその脚を思い描く。美羽の美脚はその理想に対して、一分のずれもないほど重なっていた。
 その足を見せつけるように、美羽はさまざまポーズを作っている。
「美羽さんは動きにとても迫力があるわね。その小さな体が嘘みたいだわ」
「そうだね。これでも格闘技マニアなの。テコンドーとかカポエラみたいな足技が得意です!! この美脚が私の代名詞!!」
 空にまで届くつやのかかった声と共にポーズを続ける。一つ一つのポーズを作るたびに、彼女の周りで歓声が大きなうねりを作っていた。
「ふぅ。満足しました!! ところでルーちゃん。この学園の購買部に興味ありませんか? そこではちょうど今の時間に購買部がパンを売っているのです」
「本当ですか? 学園に来たからにはそこの学食を見てみなければ、来たという実感がしないわ」
「そうですよね。では一緒に見てみましょう」
 美羽がルシアの手を掴むと、軽くジャンプをしたのちに走り出す。ツインテールが彼女の軌跡を描き、その後をルシアが追っていった。
 学園の中に入ると地響きが大きくなっているようだとルシアは錯覚した。しかしそれは錯覚ではないのかとだんだん思うようになっていた。建物の向こう側から蛮声とも、咆哮とも違いがつかないようなものが地面を揺らしているのである。
「実はですね。この蒼空学園の購買部には伝説の焼きそばパンがあるのです」
「伝説の!?」
「はい。あまりにも伝説なので、人気が高く、買えるかどうか分からないのですが、それを見通して策を打ってあります」
 美羽の説明を同時に、ルシア達は購買部の前に到着した。そこには嵐のような光景が広がっている。人が購買部前の空間を埋め尽くし、押し合いへし合いしている様子はまるで濁流のようであった。
「これは本当に伝説のパンを手に入れられることができるのかしら?」
「大丈夫ですよ。多分」
 美羽はその人ごみの中から一人の男性を見つけると、鞠のように体を弾ませコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の名前を呼ぶ。
「コハクー!! パンを買うことができたー?」
「もうちょっと待ってくれ。後少しだからー!!」
 コハクはこの人の流れの中で溺れるようにもがいている。伝説の焼きそばパンは伝説と名が示しているように、一日で五十個の限定品である。だから手に入れるだけでもかなりの苦労と運を必要とするのだった。
 だから美羽はコハクを事前に購買部に待たせておいた。彼女はそれで焼きそばパンが買えると信じていたらしいが、コハクは正直自信がなかった。彼の性格上、この濁流に流されてしまうからだろう。
 しかし彼が諦めていないのは、一つにルシアに紹介したいという熱意に他ならない。美羽の声援を受けてそれを思い出した彼は、力の限り人ごみを割って進んでいった。
 そして……彼の努力が成果を結ぶ時が訪れたようである。
「焼きそばパンください!!」
「運がいいねぇ。これが最後の一個だ」
 コハクが握りしめた焼きそばパンはできたての香りと熱さが湯気となって漂っている。彼がその焼きそばパンを高らかに掲げている瞬間を、カメラはしっかりとおさめていた。それに気づいたコハクは肩をすくめながらも、焼きそばパンを掲げ続けていた。





 焼きそばパンを持つコハクを映しているスタッフはそのアングルに一同頷くも、一つの懸念事項を抱えていた。ルシアが本日のリポーターに選ばれたのは、彼女なら何でも喜んで食べてくれるからであると、卜部 泪の話を思い出していた。
 しかし、おいしいとしか言っていないことに気づき始めていたのである。いくらなんでもそろそろ違うリアクションが欲しいとスタッフは望んでいたものの、どうすればいいのか妙案を探している最中だった。そうこうしているうちに、また新しい食べ物をカメラに映すときが来てしまったのである。
「こうなったら俺に任せてください」
 フリップを片手に持つ唯斗はスタッフに書くものを要求していた。スタッフとしてルシアが喜んでいる様子をじっと見守っていた彼に、何か良い案が思い浮かんだらしい。決意に満ちたまなざしを秘めながら、フリップ片手にルシア達の前に立つ。
 ルシア達はコハクが全身全霊をかけて買ってきてくれた焼きそばパンを三つに分けている最中だった。
「はい。ルシアは真ん中の部分ね」
「買ってきてくれたのはあなたなのに、私も食べていいのかしら?」
「いいよ。ルシアが見てくれていたから買うことができたのさ」
 コハクは満点な笑顔を繰り返す。三人に焼きそばパンが行き渡る。
「それじゃあコハクの頑張りを祝っていただきます」
「いただきます」
「いただきます」
 同時に焼きそばパンを口にする。その時、カメラをはさんだ反対側の位置では唯斗がフリップに向かっている。鬼気迫る表情でペンを動かす唯斗はフリップを頭上に掲げた。気づいてくれという願いとともに。
「ふむ。これも……」
 おいしいと言いかけたルシアはフリップを掲げている唯斗と目があった。そのままフリップに目線が移動すると、その瞳は左右に揺れる。フリップに書いてあることを確認したルシアはこぼれるような笑みを唯斗に届ける。
「この焼きそばパンは、おいしいのはこのソースが秘訣なのですか? それに焼きそばパンもそうですけれど、それを挟んでいるコッペパンの柔らかさもおいしさの秘密な気がします」
「いいところに気づいたね。その通りだよ。この焼きそばパンは……」
 美羽とコハクがルシアの話題に思い通りに食いついてくれた。焼きそばパンがなぜ伝説を言われているのかコハクが解説を続けはじめた。
 それを遠目で見つめながら唯斗は覆面の下で破顔する。スタッフ一同も彼の行動に敬意を含めた拍手を送っていた。
 これまで唯斗はルシアを影ながら支えていた。ルシアに近づこうとしていたナンパ野郎を風術で追い払うといった裏方を務めていた。
 決して気づかれない縁の下の役目であったが、今の時だけはルシアを支えることができた。それを実感できて、彼は喜びを浴びている。自分が書いたフリップの文字を眺めるたびに、彼はその喜びを再度味わうことができたのだろう。