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ツァンダを歩く

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ツァンダを歩く

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 周囲のざわめきを浴びて、リネン・エルフト(りねん・えるふと)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)はルシアの前に颯爽と現れた。
【シャーウッドの森】空賊団はタシガン空峡で活動している義賊である。その名声はツァンダにまで鳴り響き、知らない人の方が珍しい。
 その副団長がペガサスとともに、カメラの前に現れたのである。ルシアの興奮は冷めることを知らなかった。
「まさかここで空賊団とご対面することになるとは夢にも思いませんでした」
「寄港予定があったからここを訪れていたのよ。またとない機会だからこの私も協力しようと思ったの」
 リネンは自分のペガサスの鬣をそっとなでる。ペガサスは力強く翼をはばたかせると、空を仰ぐ。野性味の強さがペガサスの風格とよい調和を生み出していた。
「もしかしてペガサスに乗せてくれるのかしら?」
「もちろんよ。そのためにここまで来たのですもの」
「ルシアはオレとグランツに乗れよ」
 リネンとルシアの間を割って入ると、フェイミィは豪快に笑う。フェイミィの背後にいるペガサスはグランツと自分の名前を呼ばれると、じろりとルシアを見つめた。
濃銀の葦毛は宵に浮かぶ一つの輝きのように映っていた。その美しさに秘める気性の荒さは地面を打ち鳴らす蹄によってありありと語られている。ガツン、ガツンとその音が響くたびに、フェイミィは誇らしげに胸を張っていた。
「なんといってもこのオレとグランツがいれば空からの探索も朝飯前だぜ。早く乗った、乗ったぁ!!」
フェイミィがルシアの手をつかむと、一息の内にグランツの背後に乗る。瞬く間に遠くなった二人の姿を追うようにリネンもペガサスにまたがった。
「グランツは気性が荒いからカメラマンは私のペガサスに乗ってもらおうかと思ったけれど、そう説明する手間が省けたわね」
 リネンの合図にペガサスは地上を蹴る。重力の楔を引きちぎって、宙に浮かぶ。ぐっと遠くなった地上の風景を見下ろして、リネンはフェイミィを追いかけた。
 グランツの背に乗るルシアは手のひらに隠れるくらいの大きさになったツァンダの光景にぐっと息をのんだ。宇宙にいた時は抱きしめられそうな地球を眺めていたが、こうして自分が今まで歩いていた場所を眺めてみるという光景も、なかなか味のあるものだった。
「こうして見下ろしてみると、この都市はかなりの広さなのね」
「オレにしっかりしがみついていろよ。これから港湾区の地上を見せてやるからな」
「本当にいいのかしら?」
「いいって、いいって。ついでにオレのことお姉さまって呼んでもいいんだぜ!! いいんだぜ!!」
「うふふ。どうしようかしら」
「なんだぁ? 遠慮するなよ。とりあえずおしゃべりはここまでにしておくか。これからはあんまり話していると舌を噛むからな」
 フェイミィはグランツに一声かけると、グランツは空を矢のように駆ける。銀色の軌跡を残し、一息の間に港湾区の空へと到達した。
「どうだい。風を切って走るペガサスの乗り心地は。一度味わったら忘れられないものになるだろう?」
「えぇ。とても気持ちよくて、こんな生きた乗り物に乗れるとは思わなかった」
 その二人を追って、リネンが現れた。リネンだけではなくスタッフも一緒である。リネンはフェイミィを見つけると、じっと目を細めた。フェイミィを疑っているその目線に、フェイミィ自身は疑問符を浮かべる。
「フェイミィ。私が目を離した一瞬に、ルシアをあなた困らせるようなことは言っていないわよね?」
「何もやましいことはしていないぜ」
「まぁいいわ。ここが紹介しようと思っていた港湾区よ」
 リネンとフェイミィは歩くような速度で港湾区の上空を飛ぶ。多くの船が出入りしており、人々が織りなす陽気な空気はざわめきとなっている。それは空中を飛ぶルシア達の耳にも聞こえていた。
「この区画はツァンダの中でもかなりにぎやかなようね」
「その通りよ。ツァンダは交易都市だからその分発着場の規模も広大になっているの。いわば空の港町ね。主に交易商を目当てにみんながお店を出すから周辺はとても賑やかなの」
 上空の風に髪をなぞられながら、リネンは慣れた口調で解説を始める。それをルシアはフェイミィに抱き着いたまま聞いていた。ペガサスから落ちないための行動であるが、ルシアの胸が彼女の背中にあたっている。フェイミィは歓喜の声を張り上げそうになるのを我慢していた。
「ここは治安がいいから、来るのは商人がほとんどよ。空賊やアウトローは沿岸の港町であるカシウナに多いのだけど……」
「そうなのね。あなたたちはここには来ないことが多いのかしら?」
「いいえ。義賊はこっちにくるし、私たちやフリューネみたいにコネがある人はこっちに来るわね」
 リネンはツァンダの港町を眺める。このにぎやかな光景をいつくしむように優しいまなざしをツァンダへと降り注いでいるようだった。その横顔をいつまでも残しておくために、リネンを含めたスタッフたちは、絶妙なアングルで彼女を映すのだった。
「ところで、フェイミィはさっきからにやけてばかりいるけれど、私の説明を聞いていたのかしら?」
「全然」
 少しも悪びれもせずに、堂々と言い放つと、傍らにいたルシアの肩をそっと抱く。
「ルシアの隣にいる今がどれほど貴重か分かっているか? リネンの話なんて聞いていられないぜ。本当にルシアはすごいな。細身で爆乳! これもゼロG環境の恩恵って奴か、いいねぇいいねぇ!」
「うふふ。臆面もなくそんなことを言われると逆にすがすがしいですね」
「このエロ鴉はしょうもないわね。そんな発言ばかり言っているとあなただけモザイクがかかるわよ。そうなりたくなかったら少しは取材に協力したらどう?」
「なら俺から一つ紹介してやる」
 両の拳を胸前でぶつけ、心地よい音を響かせながらフェイミィはカメラを睨みつける。挑戦的な瞳に自信を溜めていた。
「このツァンダに唯一存在している学園があるぜ。蒼空学園という学園だ。ツァンダに取材をしたいのならそこに行ってみなけりゃ絶対損だ」
「私も同じ意見ね。是非行ってみたらどうかしら? ツァンダならではの学校の雰囲気に驚くと思うわよ」
「学園施設ですか。確かに地球にもある施設を紹介するのも良いかもしれません」
「だろう? ここからちょうど近いから送ってやるよ。また捕まっていな」
 言うが早いがフェイミィは腕を振り上げ、その士気に呼応するようにグランツは風を置き去りにする。
 またルシアが胸を押し当てるのを期待しているのだろう。彼女のやる気はほぼ煩悩に決まっていて、それを隠そうともしないことに、リネンはゆっくりと首を振った。