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第8章  うんめいのとき


 茜に染まり始めた空を、山と海から飛び抜けてくる生徒達。
 その手にはそれぞれ、薬の材料が握られていた。

「お帰りなさい、待ちわびたわ!」
「ルカ!」
「大丈夫よ、ダリル。
 すでに準備は整っているから!」
「オーケー、すぐに調合へ入ろう!」

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)へと渡れば、あとは薬をつくるだけ。
 パートナーであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とともに、別室へと駆け入った。
 どちらも白衣を着用し、患者の対応にあたっている。
 特にダリルは、教導団本部の医師で聖アトラーテ非常勤医師でもあった。
 ここまでの処置としては、病魔への抵抗力を維持するために水分とカロリー補給のブドウ糖液を点滴。
 また葦原明倫館の図書館へ趣き、調剤法も調査済みだった。

「ハイナさん、もう少しの辛抱だよ……」

 頭のタオルを新しいものに替えながら、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は呼びかける。
 朝からすればだいぶ落ち着いたのは、詩穂の処置のおかげでもあった。
 【メジャーヒール】と【レストア】を以て、魔法面からの回復を図っていたのだから。

「ルカさん、ダリルさん、がんばって……」

 言いつつ詩穂は、枕元の『鈴なりパンダ』と『銀のナイフ』へと眼をやった。
 これらは、ルカが置いたモノ。
 医師として、というよりハイナの友人として、考えた結果のようだ。

「うっ……!」
「グラキエス……」
(何か不具合は出るだろうと思っていた。
 だが、こんな事になろうとは……どう償えばいいか分からぬ)
「エンドロア……」
(こんな有り様では、魔力の扱いを思い出す前に死ぬだろう。
 そうなれば、完全に災厄の元は断たれ、何の憂いもなくなる。
 だと言うのに……何故、俺は動揺する。
 俺はこれに、何を求める?)

 校長室の隣室では、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が苦しみに耐えている。
 朝方、葦原明倫館の見学に来ていたところ倒れ、吐血をしたのだ。
 ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)に運ばれルカルカとダリルの診察を受けたところ、同じ病との診断結果。
 なにがあるか分からないため、念のためハイナとは別の部屋へと通される。
 そしてゴルガイスとウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は、海の材料集めへと参加していたのだ。

「げほげほっ……ゴルガイス……ウルディカ……」
「もう戻っている、ここにいるぜ?」
「すぐに薬ができよう、しばしの辛抱であるぞ?」

 材料を集め終わったため帰還したパートナー達は、他の生徒達から看病を引き継いでいた。

「おい、薬ができたぞ!
 ぬるま湯と一緒に飲ませてやれ!」
「おぉ、恩に着るぜ!」
「かたじけない!」

 そのとき。
 部屋の襖を開いたダリルの手には、薬包が握られていた。
 ウルディカが受けとっている間に、ゴルガイスはグラキエスの背を支える。

「飲めるか、エンドロア?」
「あ……あぁ……げほごほっ……」
「がんばれ、飲み込んでくれ」

 差し出された湯飲みとカプセルを、グラキエスはなんとか自身の口へと運んだ。
 久方ぶりに物体を飲んだために少々咳き込みもしたが、無事に喉を通る。

「ゴルガイス……ウルディカ……ありがとう。
 俺も、一緒に……行きたかったな……」
「あぁ、今度は絶対な!」
「そうだな……」
(……気のせいか?)

 瞬間、異常を感じた、ような気がしたウルディカ。
 グラキエスの魔力がいつもよりも強くなっているような……だが、確証はなく。
 とりあえずの無事に、心を撫で下ろしていた。

「ルカ、これを飲ませるんだ!」
「ありがとう。
 ハイナ、さぁ……」

 ダリルや生徒達が見守るなか、薬を喉へと流すハイナ。
 上半身を起こしていたのは、ルカルカだった。

「ぅぐっ……わ……妾は……」
「気分はどうだ、ハイナ?」
「あぁ、先程までよりはよいえ?」
「症状はすべて軽くなっているようね、成功よ」

 ダリルの問診と、ルカルカによる触診を経て、薬の効果を実感する。
 両隣の部屋からも、患者の無事が伝えられた。
 ハイナはもちろん、ほかの2名も助かったのだ。

「少し体調がよくなったようでしたら、ご気分直しにお茶でもいかがですか?」

 詩穂が【貴賓への対応】で、ハイナへと話しかけてみる。
 会話からも、ハイナの回復度合いを調べようとしたためだ。

「どうぞ、ハイナさんのお好きな緑茶です」
「ハイナ……」
「ありがとう、詩穂、房姫……」
「無事でよかった……ハイナ……」
「妾に、心配をかけないでおくれよ……房姫……」

 『花柄ティーポット』からは、その身とは似合わぬ緑の液体が流れ出る。
 房姫の指定するはハイナの湯飲みを、そっと差し出した。

「佐保とティファニーに、お願いがある」
「なんでござろうか?」
「校内放送で、ハイナの無事を伝えてくれないか?
 皆、心配しているだろうしな」
「がってん承知だヨ!」

 奥から、佐保とティファニーを呼んだダリル。
 これでやっと、学内の混乱や不安も治まるだろう。

「ダリルが気配りしている……」
「代表者の健康状態は適切に広報されて然るべきだからだ」
「ふふふ、そうね。
 どうか心からの笑顔が、ハイナにも皆にも蘇りますように……」

 ルカルカは、ダリルの行為が嬉しくて仕方なかった。
 他人のために気を遣い、全力を尽くすダリルの姿が、心強くて感心。
 たいしてダリルは、なにやら気恥ずかしくて本音を発することはできなかったのである。

担当マスターより

▼担当マスター

浅倉紀音

▼マスターコメント

お待たせいたしました、リアクションを公開させていただきます。
皆様の適切なご判断と役割分担のおかげで、ハイナをはじめ葦原明倫館が救われました。
燿助と那由他にも新しい友人がたくさんできて、嬉しい限りです。
楽しんでいただけていれば幸いです、本当にありがとうございました。