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第8章 触手だ! その2(YESエロ)


 相変わらず、イソギンチャクたちは仕事をしていた。
 今もまた、新たな犠牲者を餌食にした所だ。

 久しぶりの休日を満喫しようと、その犠牲者は一人海にやって来た。
 周囲のカップルに恨みがましい視線を送りつつ、いつか恋人と共にこの海に来ることを夢見る。
 海に潜って、魚を鑑賞中のその時だった。
 襲われたのは。
 薄い布一枚で包んだだけの体に、触手が絡みつく。
 裸の上半身を這う。
 驚いて開いた口の中に、侵入する。
 言葉を奪われた犠牲者は、一人もがくだけだった。

「うぉおおおおお!」
 野太い声が響いた。
 そう、犠牲者とはラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)だった。 

 そうです、ここから男性、男性同士編です。

 口の中の触手を噛み切り、更に体に絡みつく触手も力任せに引きちぎる。
「……っ!」
 噛まれた。
 そこから、全身に痒みが広がるのを感じる。
「っ、くそっ、何だこりゃ……」
 痒みで動きが鈍くなった体に、再び触手が巻き付くのを感じる。
(こ、この痒みは愛情を感じれば消えるっつってたな。例えば、奥さんを妄想してだな……)
 愛する相手を思い出してみる。
 下半身に熱くうねる感覚が……
「……って、俺の奥さんがこんなに触手のわけがない!」
 うぉおおと苦しみながら一人ツッコむラルクに、声がかけられた。
「……何をやってるんだ」
 若干呆れた様子の、ラルクにも聞き覚えのあるその声の主は。
「あぁ、たしかジャウ家の」
 ジャウ家当主、ムティルだった。
「……知らん顔でもないし、放っておくわけにもいかないだろう。そこにうちの別荘がある。休んでいったらどうだ?」

   ※※※

「ムティルさん、久しぶりだねぇ」
「ああ、北都とソーマと……」
「お前がムティルか。俺は久途 侘助(くず・わびすけ)。ソーマの恋人だ。よろしくな」
 侘助は、清泉 北都(いずみ・ほくと)や恋人のソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)らと共に海に来ていた。
 そんな中、ムティルの姿を見つけ、北都が駆け寄って声をかけた。
 侘助も、彼がソーマに縁があると知り挨拶について来た。
「ムティルさん達も、海水浴に?」
「ああ、そんな所だ。そこにうちの別荘がある。よければ、好きに使ってくれて構わない」
 少し離れた丘の上にある、落ち着いた建物を指差す。
 礼を言おうとした侘助に、ムティルはぐいと近寄ると、頬に触れる。
「なかなか、可愛い顔をしてるじゃないか。恋人がいても構わない……」
「?」
 怪訝そうな顔をする侘助の肩が、ぐいと強い力で抱き寄せられた。
 ムティルと、反対側に。
「悪いが、こいつは俺のだ。手を出さないでもらえるか」
「あ、ソーマ」
 不機嫌な様子の侘助の恋人が立っていた。
「それは失礼した」
 肩を竦めるムティルにソーマが声をかける。
「お前、弟とくっついたんじゃなかったのか?」
「……さあ」
「遊んでると罰が当たるぜ」
 ソーマの言葉に答えず、ムティルは彼らに背を向けると歩き出した。

「おっと」
 少し歩いた所で、誰かにぶつかった。
 ぽとり。
 その拍子に何かが砂浜に落ちる。
「……」
 それを見たムティルは猛烈に嫌な予感にかられた。
 それは、眼鏡だった。
 落とした主は、無言で眼鏡を拾うと丁寧に丁寧に砂を払い、かけ直す。
 眼鏡の奥からぶつかった相手、ムティルを見る。
「なんだ、また貴様か」
 かつてムティルに眼鏡を汚され、そりゃもう言葉で語れない程の『指導』を行ったことのあるモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)だった。
「あ、あぁ」
 嫌な予感が本物になったことを悟り、ひきつった笑顔を浮かべるムティル。
 モーベットはその顎を持つと、ぐいと持ち上げる。
「……っ」
「また、指導して欲しいのか?」
「い、いや……」
「遠慮するな」
 ムティルに顔を近づける。
 眼鏡の奥の瞳には、有無を言わさぬ強制力があった。
「ここで、して欲しいか? それともそこの岩陰でしてやろうか?」
「い、岩陰、で……」
「いい返事だ」
 表情を隠すように顔を背け答えたムティルを、モーベットは遮蔽物のある場所へと連れ込んだ。

 ムティルがモーベットに引きずれられて別荘に戻ったのは、日も大分傾いた頃だった。
「どうしたんですか? こんなに遅くなって」
 不満そうに告げるムシミスに、ムティルは無言のまま。
「大切なものは、フラフラせず掴んでおけ」
「……掴むだけが、大切にする方法じゃない」
 モーベットの言葉に、ムティルは小さく答えた。
「どうしたのー、ムティルさん。なんだかすごくお疲れの様子だけど」
「……」
 既に別荘でくつろいでいた北都が声をかけるが、ムティルは返さない。
「ま、これ飲んで元気出してねぇ」
 冷たい飲み物を差し出した。
 勿論、ストローは兄弟の分、2本ついたものを。
「ありがとうございます、北都さん」
 何故かムシミスの方が答える。
「お話は後で聞かせてもらいます。ゆっくりと、ね」
 ムティルの方を見て、静かに微笑んだ。

 時間を少し巻き戻し、ムティルがソーマたちに背を向けた頃。
 ソーマは侘助の手を強く握ると、海の方へ向かう。
「ソーマ、どうしたの?」
「お前なぁ、勝手に口説かれるなよ」
「え?」
 不機嫌そうな口調のソーマ。
 侘助は、ソーマの不機嫌な理由が分からずきょとんとしたまま。
 そんな侘助を見て、大げさに溜息をもらす。
 そして海に足を一歩踏み入れたソーマに、災難がふりかかった。
 ぐにゃり。
「ん?」
 何、と思う間もなくソーマ足を侵略するピンク色の触手。
「な、ん……」
 ソーマの踏んだイソギンチャクは、足から下半身、腰、腹へと侵略を広げる。
「くっ……」
「ソーマって変なモノに好かれやすいよなぁ……」
「おい侘助!見てないで、なんとか、しやがれっ!」
 感心したように呟く恋人に、焦った声をかける。
(侘助の前でみっともない姿を晒すわけには……っ!)
「あ、うん……ごめん」
「何だよ!」
「刀持ってきてない……ええと、ちょっと待ってて」
 氷術を使いつつ、侘助はソーマから目が離せない。
(なんか、えろい……こんなソーマ、なかなか見られないよ……)
「くそっ!」
 バリバリバリ。
 ソーマの千眼睨みと侘助の氷術で固めた触手からなんとか脱出したソーマ。
 しかし、災難は終わっていなかった。
「あっ、ぐっ、か、痒い……っ。痒い痒い痒いっ!」
「そ、ソーマ! 止めろよ、血が……」
 身体を掻きむしり始めたソーマを、侘助は慌てて止める。
 掻きむしった白い肌に、血が滲んでいる。
 止めた侘助の手に、ソーマの爪が食い込む。
 気にせず、ソーマの手を握りしめたまま、ぎゅっと抱きしめる。
「ばかソーマ。自分も俺も傷つけるんじゃねぇよ」
 ソーマの動きが、止まった。