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リアクション
そんな具合で準備を終え、四つのグループが一斉にスタートすべくチューブの入り口に控えている。
因にミルディアと共に教官役をしていた海も、気づけばいつの間にか船上の人となっていた。
教官のよしみでとミルディアに楽なコースを聞いてみたのだが、
「もぉ…しょうがないなぁ♪」 と笑った彼女が教えてくれたコースが、果たして海の望むコースを準備したかは定かではない。
「なんで俺まで――」
肩を落とす海の後ろからジゼルがつま先で恨めしそうに小突く。
「だって元々海が泳げないの教えてくれるって約束だったでしょー」
「こんな無茶な教え方するとは言ってない」
「それを言うなら私もこんな無茶な教え方されるとは思ってなかったですよー。
はぁ……改めて見るとスタートから凄い迫力ね、上手く行けるかしら……」
赤点は取りたく無い。 でも命は惜しい。
ジゼルがかけるべくも無い天秤に二つの重りをかけて見ていたときだった。
突如頭上で何かが星の様に煌めきだし、その強い光りにジゼルらは目を細めた。
「うむ、再び泳げるようになりたいと言う、そなたの願い
その強き想いは、それがしの心に深く刻まれたぞ」
柔らかく、包み込む様な、それでいて威厳のある声。
「な、何者だ!?」
海は立ち上がり声を張り上げた。
すると、強い光りがゆるゆると和らいで行き、そして……
ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)(というか羽根のついたマンボウ)が現れたのである。
「綺麗!!」
「綺麗!?」
うっとりと頭上の羽根マンボウを見つめるジゼルに、海は高速で振り返るが、話はジゼルと魚類、二人の間で進んで行く。
「海色の宝石に守護されし乙女、ジゼル・パルテノペーよ。
共に立ち向かおうではないか、見た目・出自故の理不尽な試練に
共に笑おうではないか、乗り越えたその先で、取り戻した誇りを胸に」
「はい! 天使様!!」
「天使!? 何言っちゃってんだお前」
「だって海、私ってカテゴリー分けするなら魚類だと思うのね。
だからきっと上に飛んでいらっしゃるのは魚類の天使様で、泳げない私を正しく導く為に海から遣わされ――」
「お前が何を言っているのか俺には全く訳が分からない」
「安心してよ海、僕らも全然分からないから」
「でもジゼルちゃんが安心ならそれでいいんじゃないでしょうか?」
畏敬を込めた瞳で羽根マンボウを見つめるジゼルを、海と柚と三月は薄笑いを浮かべて見守っていた。
*
『なんか良くわかんない事が沢山あった気がするけどいいや〜 とりあえずー……
スッターーーート!』
ミルディアが押したボタンと共に、プールの中にピーというスタート音が流れる。
「行くぞ!」
刀真はそれを合図にパートナー三人が乗ったボートを押して進み、数秒も無い急な流れに変わる瞬間に自分も飛び乗った。
「きっやああああああああああああ」
興奮と楽しさと入り交じった悲鳴を上げる月夜と白羽の二人。
刀真のパートナーとして戦闘に慣れている二人なのだから、この急な坂も大した刺激では無いかもしれないが、
――まして普段は大声を上げない白花など珍しい事だったが――遊園地の絶叫マシン流に。 これがストレス発散でもあり、楽しいのだ。
「凄いです刀真さん!」
「早いはやいー!!」
思わず目を瞑っていた二人が、前で船を操舵している刀真に話しかけようと目を開いた時。
目に映ったのは、二人の後ろにいたはずの玉藻に抱きつかれて固まっている刀真。
そして次の瞬間に彼は玉藻と共に彼女達の遠くへ飛んで行ったのだ。
「え? え?」
「と、刀真さん!?」
「ちょ、船、止めなきゃ! 刀真が! 玉ちゃんが!!」
「で、でも月夜さん! これどうやって止めたら」
「あ、えと……えええええ」
ボートに乗ったまま止まる事の出来ない二人の悲鳴を聞きながら、
刀真の方はと言えば、地獄の天使の力を利用した玉藻に――胸を押し付けられたまま――抱かれて無事へ地面へたどり着いていた。
「助かった、たま――!!」
刀真の礼を皆まで聞かずに、玉藻はそのままするすると手を刀真の下へと這わせて行く。
「……ん、反応しているな」
と色っぽく微笑んで。
*
その頃、それぞれのチームの様子を見ていたミルディアの元へ、アキレウスがやってきていた。
「こちらの訓練はどうなってるんだ?」
「えーっと、一組目は早くも二人脱落しちゃった。
二組はまだ図書室辺りの蛇行コースを通過中。 それからもう一つのチームがもうすぐゴールするところ」
「ん? 随分と早いな」
「ルートが最短な分、超絶ハードコースだけどね。
ここから校庭まで落下して、そこから一階の廊下を通った後、謎の力で急浮上して、もう一回落ちて、それからえーっと……
ま、コースは置いといて、なんか楽しいからちょっと水量とかスピードあげちゃったから最高時速130キロはいったかも♪」
ウィンクするミルディアに、アキレウスはふむふむと頷いている。
この悪意の無いスパルタ教官の犠牲になったのは、歌菜と月崎の二人だった。
「楽しかったね羽純くん!
ゴムボートがバウンドすると宙に浮いて ……浮遊感が堪らない!」
ぴょんぴょん跳ねながら興奮を伝える歌菜に、羽純は何の言葉も出てこない。
とんでもコースから落ちない様に軌道修正をしていたのは他ならぬ月崎なのだから、疲れもするし、気苦労もある。
「羽純くん、高い所苦手だっけ?」
と、見当違いな心配をする彼女が二回目を強請らないうちに、月崎は歌菜の手を引いてその場を後にした。
*
「うおっ!
ギョッ!!」
「天使様あああああ!!!」
「……あいつ驚く程脱落早かったな」
「うん。まさか最初の小さな段差で吹っ飛んで行くとは思わなかったよ」
蛇行コースを柚のサポートで乗り切りながら、海と三月は船の舵を取っている。
最初の坂の前でウーマ・ンボーが脱落した事以外は概ね順調な船旅だった。
なぜならコースがこの先どうなっているのかを三月が予測していたし、それに――
「ジゼル。お前こんな船の上で良く立ってられるな」
「うん、何故だか分からないけど超余裕」
船の最後尾で、ジゼルは三月の肩に片手をついただけの姿勢で絶妙なバランス感覚で立ったまま、コースの先を見ていたのだ。
「あ、気をつけてこの先坂になってるみたい」
「了解、皆しっかり掴まってろよ」
海が三人に目配せした時だった。
突然に三月が叫んだのだ。
「まずいっ! 前に箒に乗った生徒が!!」
なんだそれ。 という感じだが、実際チューブは校内を走り回っていたからそんな事もあってしまったのだ。
海と三月が舵を取っていたオールで急ブレーキを掛ける様にすると、唐突にスピードを失った船は前後に強く揺れてしまう。
「きゃあ!」
バランスを崩した柚が船から落ちていく。――レビテートを!!
ふわりと空気が揺れる。
驚きはしたものの、すぐに柚は集中しその場に浮遊した。
その一瞬の間に海が手を伸ばす。
「柚、掴まれ!」
「はいっ!!」
ぱしんと音がして、海は柚の手を握り彼女を身体ごと自分の元へ引き寄せる。
「ナイスキャッチ海」
「柚、良かった……」
ジゼルと三月の二人の声で我に帰ってみると、柚は自分が海の手を握ったまま彼の身体に身を寄せた格好になっている事に気付いた。
「ごっごめんな――」
「いいから、そのまま掴まってろ」
「は、はい……」
赤面する柚を見て、ジゼルと三月はにやにや顔だ。
「おかしいわー三月、プールなのに暑いわー」
「本当だージゼル、ここって温水プールだったっけなー」
二人のわざとらしい冷やかしの声に、海はぼそりと呟いた。
「……うるさいぞ」
*
「うおおおなんだこれ! なんだこれまじすげえ!
……東條、大丈夫かぁ?」
「い、いやこれ思ったより楽しいかもな。
水は怖いけどラフティングそのものは楽しいかもしれない。
か、川下りなら今後も付き合ってやってもいいぞ……っ」
「……その、なんつーか…… ……そんな強がらなくてもいいんだぜ」
さっきから延々と蛇行を続けるチューブの中、カガチと壮太がやり取りをしている。
「あはは、楽しいね〜」
縁は笑いつつもそんな二人…… というかカガチの様子を適宜(と書いてそれなりに)見つつ満喫していた。
そんな中、真は一人、黙々と押し黙ったまま舵を取り続けている。
――……言えない、もうこの後に及んで「俺、すこーしだけ絶叫系苦手なんだ☆」なんて今更言えない……。
目を開けるだけ開いて、集中して。
「次は右に、五秒したら上半身だけ左に頼む」
真は冷静に三人に指示を送り続ける。
「うおっ! 落ちる!?」
少し楽しそうな壮太の声に反応して、壁を蹴りバランスを調整して。
「そ、そろそろゴールかな?」
「かがっちゃんてば、多分まだコース半分くらいじゃない?」
「嘘」
「嘘言ってどうすんだよ。
あ、この先カヌーのスラロームみたいな急流だ」
「嘘だろ!」
「嘘だよ」
「瀬島このやろ」
「あははははは瀬島ひどいははは」
「縁ちゃん笑い過ぎ、冗談じゃないからね、ホント命掛かってるんだからね」
かなりうるさいけど、ひたすら集中して。
――……うん、全力で常に観察して動いてないと……気が散ったら恐怖の方が勝っちゃう……
集中もとい頭がフル回転で何処かへ飛んでしまっている真だったが
「あ、真、この先は平坦っぽいよ」
と、壮太の声に一瞬の気を抜いた瞬間だった。
「っ!?」
――あ。 カガチが飛んでった。
真はぼんやりと空を飛んで行く友人を眺めてしまった。 正直集中力の限界だったのだ。
代わりにまともに反応したのは縁だった。
瞬時に周囲を見回し使えそうなものをと探すと、隣を走る別のチューブに何か板の様なものが流れ居るのが見えた。
「あれだ!」
縁が指を指すと、壮太は縁の手を取り彼女を投げる様にカガチの飛ばされたチューブへ飛ばす。
「かがっちゃん!」
余りのショックに白目を剥いているカガチの足を捕まえると、そのまま壮太へ向かってぶん投げた。
「よっし!!
重いな畜生!」
飛んできたカガチを身体で受け止めると、壮太は慌てて体勢を整え隣のチューブを見る。
「佐々良、大丈夫か!?」
声が届くと、縁は何かの上でサーフィンのようにバランスを取りながらサムズアップだけ向けて、前のコースを見た。
「よし、チューブが交差してる。
今戻るね!」
こうして縁は宣言通り、再びボートへと飛び乗った。
「佐々良、何乗ってたの?」
「ん? さあ、なんだったんだろ〜?」
縁と壮太、白目を剥いたままのカガチ、ひたすら舵だけを取っている真を乗せて、ボートは進んで行く。
隣を走るチューブには、縁に踏みつけられサーフボードにされた青い羽の生えた魚が流れて行った。
*
『と言う訳で無事に着いた2チームの皆、おつかれさま♪』
ミルディアの声を聞きながら、 壮太は「あー死にそうだったけど面白かったなあ」と、生き生きした表情で歩いて行く。
背中に未だ白目を剥いたままのカガチと、ボートがゴールに着いた途端に倒れた真を背負って。
救護班の居る詰め所へ向かって。
壮太と同じ様にパートナーを担いで歩くものが居た。
アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)。
数十分前、彼、アキュートは思って居た。
――マンボウのヤツ、去年は水に放り込んでは沈んでいくばかりだったがからな。
でも泳げないヤツも、スライダーで滑るくらいは出来るだろうぜ。
少しずつ水に慣れていけばいいさ。
と、爽やかな笑顔を浮かべて。
しかしスライダーに向かって歩き出した時ふと気がつくと、パートナーのウーマ・ンボーの姿は何処にも無かったのである。
そして見つけた時にはウーマは板きれの様にゴールのプールに漂っていたのだ。
「……………」
アキュートは黙ったままウーマを救護班の元へと連れて行った。
一方あのまま暫く流されていた月夜と白花だったが、白花が冷静になって守護天使の羽根を使った事で、二人は無事に地上へと舞い降りてきていた。
刀真が二人の無事を確認して安心したのもつかの間、二人は走ってきて刀真の前と後ろから彼をサンドにして抱きついてきたのだ。
「今度は私達の番!」
「……刀真さんのしたいようにして良いんですよ?」
甘やかな声と共に、刀真の胸と背中にはぎゅうぎゅうと柔らかい双丘が押し付けられる。
刀真が冷静に冷静に冷静にと念仏を唱えていると、先に痺れを切らした月夜が口を開いた。
「……刀真、ここはギュッと抱き返す所」
忘れた台詞をこっそり教える様に囁いてみたのだが、とうの役者は一向に次のシーンに移ってくれない。
「いや、月夜。
そこでギュっとしたら獣が……獣が食事を……」
「獣?
……もうっ、そこは我慢しなくていいのに!
玉ちゃんだけズルイ!」
ポカポカポカポカ
「私たちは抱きしめてくれないのに玉藻さんは抱きしめるんですね……」
ほっぺむぎゅ〜 可愛い攻撃と、両側からきていた恐ろしい女体攻撃を暫く耐えきった刀真が、
妙な達成感と疲労にため息を零すと、彼の前でしなを作りながら玉藻が寂しそうな表情を浮かべている事に気づいた。
「どうした?」
「……我が抱きついたせいで迷惑をかけたな ……お前も嫌だっただろう?」
「いや――」
刀真が言いかけた時、ふわりと花のような良い香りが鼻孔をかすめた。
「……嫌じゃ無ければ、軽くで良いから抱きしめてくれないか?」
何時もよりもそっと巻き付かれた腕に、刀真は軽く頭を撫でながら抱きしめ返した。
助けてもらっただけだし、嫌じゃ無かったよ。と。
こういう風にするんだよ、と月夜と白花に笑いかける玉藻に、二人はむうと頬を膨らませる。
「う〜、今回は玉ちゃんにやられた……」
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