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リアクション
ここに、正しい意味での女性への期待を寄せていたものがいた。
叶 白竜(よう・ぱいろん)はこのプールに入るなり真面目な顔で言った。
「蒼空学園に肉体強化訓練施設ができたというのは本当らしいな」
「いやそれ何かの誤報だと思う」
と、突っこんだのは彼のパートナーの世 羅儀(せい・らぎ)だ。
二人揃って教導団らしくピシッと高円寺に敬礼し、
「お邪魔します。何かあった場合救助もさせていただきます」と挨拶を済ませると、流れるプールへ向かって行ったのである。
白竜は競泳選手のような肌を出さない全身黒いラッシュガードタイプの水着で、見るからに威圧感があるのだが、
一方羅儀の格好はというと、派手な模様のビキニパンツとペンダントとサングラスでどこぞのリゾート地で遊んでいる兄ちゃんのていだ。
彼こそが女性への期待を寄せていた人物であり、軍隊で鍛え上げたその筋肉質の肉体を誇示する事で、ナンパする気満々でやってきたのである。
「白竜のヤツがいるとナンパなんて出来ないからな♪」
プール内で早々に別行動を取った羅儀は、堅物の白竜がどこかで黙々と泳いでいるのか近くにいないのでチャンスとばかりに、
サングラスを額にあげて女の子を物色し始める。
「あいつがいると女の子が怖がって引いちゃうしなー。
タイミングは良くてよかったけど、どこで泳いでるんだ?
…………もしかして白竜はオレのために……?」
もしかしたら彼のパートナーはいつも「プールか海で女の子と楽しく遊びたい」とボヤいている羅儀の為に、ここにきてくれたのかもしれない。
そんな事を思ってみた羅儀だが、対照的な二人だからパートナーが何を考えているのかはこういう部分ではさっぱり分からない。
と言う訳で、羅儀は白竜を慮るをやめ、女の子との楽しい接触を想像した。
もちろん羅儀が期待しているのは溺れかけた女の子を抱きかかえるとか、
「きゃーっ、水着が!」という所謂ぽろりである。
しかし”こういうプール”ではそんな事自体滅多に起こらない。
「おまけに可愛い女の子は皆野郎付き。
もう泳ぐしかないのか……」
羅儀はぼやきながら水の中へ潜って行く。
教導団の軍人は、冬に川の激流を渡ったり、危険動物がいる湖に潜ったりとか兎に角めちゃくちゃな訓練をこなしているから、
それに比べてしまえば「超流れる」くらいどうってことないのだ。
――心のオアシスだ……。
羅議の目からは、思わず涙が流れる。
泣きながらガンガン泳ぐ。
プールサイドのベンチで本を読んで寛いでいた白竜は楽しそうに泳ぐ羅儀を見て、ふっと笑った。
「連れてきてよかった」 訓練という重圧から離れ、ストレス発散の為に身体を動かす事は素晴らしい。
しばらくして白竜の前へやってきた羅儀はヘトヘトになっていた。
――子供のように楽しんだのだな
「いい機会になっただろう」
と笑う白竜に、羅儀はもう一度頭の中で考える。
結局訓練だったのか、と。
「鬼教官!!」
と叫んで、”走らないで下さい”と書かれた張り紙のあるプールサイドを走って行くパートナーを見ながら、
白竜は頭の上にはてなまーくを浮かべていた。
*
「あ、あれ和深じゃない?」
所謂友達と話していたら別の友達を見つけた。という状況で、
瀬乃 和深(せの・かずみ)を見つけ、手を振ろうとしたジゼルは思わず「オ〜ゥ……」と声を出して手を下ろす。
ビシイ! ビシイ!
と鞭がうなる音と共に、和深はセドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)に叩かれプールに沈められいた。
ジゼルが最近”クラスの良く無いお友達”からきいた「えすせむぷれー」という大人の世界がそこに繰り広げられていた。「叩かれて嬉しい! とか、興奮する! とかそういうのだったっけ。
しかもあんな小さな子に……」
ジゼルは思い切り誤解したのだが、和深自身はセドナに「これも修行の一環だ」と教えられていた。
「こんなの無理だろ!」
と突っ込む和深に、鞭を振り下ろす度に、セドナの心は喜びに踊っている。
和深自身はどうか分からないが、セドナの方は紛れも無くドの付くサディストだった。
「安心しろ! おぼれたら毛玉が助けてくれるぞ!」
と、セドナは隣でマッスルポーズをとる筋肉毛玉を指差す。
その名はウォドー・ベネディクトゥス(うぉどー・べねでぃくとぅす)。
彼らの仲間であるものの、正直助けられたく無い相手だ。
自称ケサランパサランの彼の毛だらけの部分は良いとして、身体からにょっきり生えたボディビルダー宜しくな手足は正直グロテスクなのだ。
しかも存在自体が怪しいポータラカ人。
安心どころか不安だらけだ。
――正直助けられたく無い!
と思う和深の願いや虚しく、何処の誰がやっているのかどんどん波は高くなるし、スピードは上がるしで、
やがて和深は苛烈な鞭の攻撃に耐えられずに水へ沈んで行ったのである。
「俺が助けてやる!」
宣言通りウォドーは逞しい腕と足を使い、逆ブリッジのような体勢で カサカサカサカサカサ とプールへ向かい、すぐに和深を救出し、
心臓マッサージを施し、 そして…… そして!!!
*
少し前の事である。
「マスター!」
女子更衣室から出てきたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、ワンピース水着とパーカーとパレオという重装備で、
レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)と共にベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の前に現れた。
恋心を抱いているフレンディスの水着姿に、本来なら喜んでいいところなのだが、恥ずかしがり屋のフレンディスは必要以上に身体を隠しているし、
自称フレンディスの優秀な忍犬忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が横から目を光らせるので盛り上がるものも盛り上がらない。
「あの、ジゼルさんが泳げないとの事でして、私で教えられる事が御座いましたらご協力致したく」
「協力致したくってまずその服は……」
「あ、この姿でも泳ぎに支障は御座いませんのでご安心を!
しかしこの様々な施設は忍びの修行には丁度良いですが……」
「ふむ? なるほど修行には実に有用のような。
アキレウスは中々の手練れだな」
うんうんと唸っているレティシアに困った様に微笑んで頷いて、フレンディスは続ける。
「ここはジゼルさんでは肉体的負担が大きすぎます
。 何とか普通に泳ぎを教えられればいいのですが」
「そもそも言えばジゼルのヤツが泳げねぇ意味が解らねぇが、もっと意味解らねぇのはこの施設だ。
どー考えても死人作る気満々だろ……何考えてんだっつの」
二人がそんな会話をしていた頃、レティシアはあるものを見つけて視線を止めた。
「っ!?」
――あそこに見えるは、猫!
自分の喜びを隠す様に咳払いをし、レティシアはフレンディスに向き直る。
「フレンディス」
「え? あ、はい、なんでしょう」
「我はあそこで修行をする。
お主らはジゼルの手伝いをするがよい」
レティシアはそう口早に伝えて壁に”走らないで下さい”と書かれたポスターが貼られているプールサイドを走って行ったのである。
流れるプールで流される猫。
それは勿論ンガイ・ウッドである。
速攻足を滑らせたこの猫型ポータラカ人は、もう落ちてから100周くらいプールを回っていた。
――わ、我は栄えあるポータラカ人である。こんな事でくじけたり……
に゛ゃースピード上がってるー!
挫けそうだった。
そんな哀れな猫の元にも光明が差し込んだのだ。
猫を求めてプールに飛び込んだレティシアがこちらへ向かっていた。
――よし! いいぞ! そのままぷりちーな我を助けるがよい!
ンガイが肉球を握りしめガッツポーズをとったのだが、一向にレティシアがくる気配がない。
――一体どうしたというのだ??
* ンガイが疑問に思っている頃、レティシアが「猫!」と思い掴んだのは青い人だった。
そう、青い人だったのだ。
益荒男・葵井(ますらお・あおいゐ)。 顔まですっぽり全身青タイツみたいな体の姿の青い人は、レティシアに掴まれると何故か勝ち誇ったようなオドケタような声でこう言った。
「ネコだと思った?
残念! 青い人でした!」
ハッハッハッと明るい笑い声を響かせている葵井だったが、その間ふつふつと怒りを沸騰させていたレティシアは、葵井をひっぱり飛び込み台へ向かう。
「皆さーんっ! 見えてますかー!!」
上機嫌な声で、地上に向かって手を振る葵井の背中をレティシアは両手で押すと、4000メートルから謎のポータラカ人が飛んで行く。「ハッハッハッ冗談キツいなー!」
笑いながら水面にぶつかると同時に、葵井は収束したナノが四散しブワーっと広がって散った。
広がって行く青い何かを、正直皆ちょっとびびって避けた。
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