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リアクション
アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は、主人に忠実な魔鎧である。
そしてかなりの能力を持った戦士でもあったのだが、ただひとつだけの弱点があった。
泳げない事は彼のコンプレックスであると同時に、彼の絶対的な忠誠心を揺らがせるものだったのだ。
――泳げなくては川や海で主をお守りする事が出来ない!
アウレウスはそう思い、この特訓に参加していた。
彼の主、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、肉体を蝕む程の魔力に、日々衰弱していっていた。
だからこそアウレウスは一刻もはやく彼を守れる戦士となるために、と気持ちばかりが焦っていたのだ。
しかし心がそう思っていても、身体が確実に水を拒んでいる。
「如何なる時も主をお守りするため、泳ぎの修得を……
修得を…………」
いつまで経っても水の中に飛び込めないでいるアウレウスに気づいた主は、彼の元へそっと近付いて行ったのである。
「アウレウス」
「はっ!
あ、主よ、私に何か……」
グラキエスは何も言わずウォーターブリージングリングを彼に渡した。
「こ、これは……。
ありがとうございます主よ!
必ずや主の御心にお応えします!」
涙を流さんばかりの勢いで感謝するアウレウスに微笑んで、グラキエスは彼を待つエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の元へ歩いて行く。
「グラキエス様、あまり手を出すとアウレウスの為になりませんよ。
さあ、こちらへいらして下さい。
体によい飲み物と、リラックス効果があるアロマオイルをご用意しました」
エルデネストはグラキエスを妙に質の良いデッキチェアに誘導する。
飲み物あり、軽食あり、オイルマッサージありの至れり尽くせりなリラックス空間への招待だった。
訓練生達が決死の思いで泳ぎ続けていると言うのに。
「何だか申し訳ないな」
グラキエスが思ってプールを見た時である。
クーンと、どこからか犬の声が聞こえた気がしたのだ。
グラキエスは強化光翼をつけ、己の身体も顧みずに流れるプールに飛び込み鳴き声の主を探す。――あの子だ!
グラキエスは流されて行くポチの助を見つけると、強化光翼の力で水面を突き破った。
「大変な目に遭ったな」
濡れて更に小さくなったポチの助を自分の為に準備されていた椅子に横たえると、グラキエスはポチの助の頭を撫でてやる。
「ぼ、僕は溺れてたフリをしていただけだ!
下等生物の助けなんか無くても大丈夫だったんだからな!?」
と強がっていたポチの助だが、
実は小声で「ありがとう……」と付け足していた。
こうしてポチの助を乾かしてやり、軽食をあたえ、まるっきり犬として甲斐甲斐しく世話してやっていたグラキエスとエルデネストの元へ、
頭をかきながらベルク・ウェルナートがやってきた。
「よう、うちのポチが世話になったな」
と気さくな笑みを浮かべるベルクに、グラキエスは複雑な表情を浮かべる。
かつては戦友として、信頼で結ばれていた仲だったのに。
「ベルク、だよな……
すまない。俺……記憶を失ってしまって……、 あなた達の事を良く覚えていない」
「――なんだと……?」
「ただ、よければまた友人として、
複雑かもしれないけど、今まで通りに接して欲しいんだ」
グラキエスに頼む。と頭を下げられ、ベルクが口を開いたままでいるのを、エルデネストは何も言わずに、表情すら変えず見ている。
ただポチの助を助ける為に体力を使い果たしたグラキエスが倒れるのを見ると、エルデネストは小さく口の端をゆがめた。
「他人の為に命をはるなんてバカな事しやがって
……これからも友達に決まってるだろうが!」
グラキエスを抱えたベルクが怒ったように答えたところへ、息を荒げたアウレウスがやってきた。
「衰弱した体でなんと言う無茶を!」
「……アウレウス。もしかして泳げたのか?」
グラキエスの質問に、アウレウスは逡巡して、やっと自分がここまできた方法を思い出した。
水への恐怖も吹き飛ばし、ついでに海獣もランスバレストの突撃で退け、強化光翼で飛んで助けに行ったことを。
「泳げる様になったんだな。
おめでとう」
グラキエスはそう笑って、意識を手放した。
*
あの豆柴みたいに誰かが見つけれくれれば。 ただそれだけの願いなのに。
――どうして俺は誰にも気づかれないんだろう。
扶桑の木付近の橋の精 一条(ふそうのきふきんのはしのせい・いちじょう)は誰もいなくなった流れるプールで延々と流れていた。
――どうして誰も助けにこないんだろう。
それは彼の仲間が外道だったり、触手に捉えられていたり、プールの青い藻くずとなっていたからである。
「かえりたい……」
一条の頬を、一筋の涙が伝う。
それはすぐに水の中で解けてしまったし、そもそもプールに誰もいないので、気づく者は居なかった。
*
触手が現れてからは教官も訓練生も纏めて皆(特に女性)が被害者。という状態だったのだが、この状況を満喫しているものたちもいた。
「ユーリちゃん!
日々精進あるのみですぅ! だから特訓するですぅ〜!
デジタルビデオカメラでユーリちゃんのがんばってる姿を撮っておきますぅ!」
宣言しながらメアリア・ユリン(めありあ・ゆりん)がまわすビデオのディスプレイには、ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)が映っていた。
「あぁ……ユーリはどうしてこんなにもかわいいの……!!」
恍惚とした顔で自身がコーディネートした女子スクール水着姿のユーリを見ているのは、トリア・クーシア(とりあ・くーしあ)だ。
そもそもユーリは別に特訓等必要としていなかったのだが、このある意味強い女性達に押し切られて訓練を始めていたのだ。
トリアは言っていた。
「ユーリ! 大丈夫だからこそ油断はならないわ!!
だからその海獣の触手……じゃなくて特訓をすればいいのよ!
さぁ、頑張ってユーリ!!」
と。
今にして思えば、彼女は自分の所属する学園に怪しい触手生物が潜んでいる事を知っていたのかもしれない。
あの時に全力で逃げていれば。
いや、今更そんな事考えたって後の祭りだ。
トリアの期待通り、ユーリは触手に襲われてしまったのだから。
「ちょ……やめっ……!
ボク男だよぉー! やーめーてー!!!」
思うに性別を選んで襲っているような……な触手海獣だったが、どうも重要なのは”性別”ではなく”見た目”らしい。
「ユーリは可愛いから!」
喜ぶトリア。
「ユーリちゃんの恋人はとっても大胆ですぅ〜」
と笑うメアリア。
二人ともユーリを助けようと言う気はぜーんぜん無いのだろうか。
それとも具体的にこうして下さいと言わないといけない系の人なんだろうか。
「二人ともカメラ回してないで助けてよぉー!!」
これ以上無いくらい具体的に伝えてみるユーリに帰ってきたのは、嬉しい様な悲しい様な複雑すぎる答えだった。
「え? 助けてほしいって?
ちょうど手元に鏖殺水晶があるけどもそれつかって海獣石化させれば助かるかもしれないわよ?
大丈夫、ユーリが石化してもちゃんと回収してあげるから!」
「……海獣石化させれば脱出できるって……
……いやいやでもそのアイテム僕ごと石化しちゃわない?
え? なんで目を逸らすの!? そして何で使おうとするの!?
どっちみち僕酷い目に合ってるよね? 合ってるよね!?
誰でもいいから助けてぇーーーー!!!」
水晶は天井のライトの光りをうけて煌めく。
ユーリの切実で、具体的な思いが、プール内の空気を切り裂いて行った。
*
助けない。 だって困っちゃうあのコも可愛いから。
全てはそんな考えのもと常葉樹 紫蘭(ときわぎ・しらん)もネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)を助ける事は決してなかった。
「ねじゅちゃんも体力付けないとだぁめ」と甘い声で誘い込み、網にかかった獲物をなめまわすようしていると、彼女に取っては最高のハプニングが起こったのである。
「むっふっふっ
蒼空学園のプールに遊びに来てみれば、偶然がうんだカオス遭遇!!
怪物ですわっ! 触手ですわっ!!
これはエキサイトせざるを得ないですわっ!!」
と、超望遠防水使用のビデオカメラ片手に特訓? の成果をプールサイドから狙いまくっている。
所謂変態という名の淑女の彼女なので、己の欲望の具現化に歓喜の声を上げながら――でも大事な作品に自分の声が入り過ぎないようにしながら――、撮影を楽しんでいた。
当然プールサイドの紫蘭にも触手は迫ってくるのだが、紫蘭は違う意味で荒い息でプールサイドにボタボタと鼻血をたらしながらヒョイヒョイと避けている。
「もうっ撮影の邪魔ですわ!
でも撮影の為には必要ですし、ジレンマですわね。
はっ! こうしている間にもねじゅちゃんが!!」
「ひゃああんっ胸触っちゃだめえっ!」
「最高ですわ!!」
「ああっ武器が取られて……きゃあああ!」
「たまらないですわ!」
ネージュが小さい身体で懸命に抵抗したり、逆に触手にえっちな事をされているのを紫蘭は心から喜び撮影を続ける。
「必死になって泳いだり、捕まって触手に絡めとられるねじゅちゃんハァハァなのですわ。
ああ、脳内妄想エンジンフルブースト!
も っ と や れ ですわ!!」
「もおおおっ触手も紫蘭さんもいい加減にしなさーい!」
*
「アキラ……何故我々はこんな物陰から息子を覗き見する様な事をしているのだ?」
海獣の居るプールサイドの物陰で、林田 樹(はやしだ・いつき)は真面目な顔をして隣に腹這いの姿勢になっているパートナー、
緒方 章(おがた・あきら)に問いかける。
軍人だからこのような姿勢で誰かを見張る事はあった。けれど今回のターゲットは、少し違う。
二人が覗き見ているのは他でもない二人の子供を名乗る未来人緒方 太壱(おがた・たいち)なのだから。
「ん〜?」
「二番目の理由から言うと、それは太壱君が現代に来た理由を知るため。
一番目は……人の恋路って妨害したくならない?」――恋路。
あまり聞き慣れない単語に、樹は逡巡して、太壱と一緒に居る女性を見た。
セシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)。
太壱と同じ様に、樹も”知らない訳ではない”アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)の娘を名乗る未来人。
「まさか息子は、あの娘が好きだと…!」
「しーっ…声大きい、樹ちゃん、ばれるよ?」
「ああ、すまんアキラ
……しかし何だな、あの娘は奴の娘だが、奴には似ていないな」
「うん、どっちかというと僕達のノリに近いよね
……これは僕の推測だけど彼女は『未来では僕達側だった』んじゃないかな?」
「確かに、娘はアキラのことを『師匠』と呼んでいたからな」
「まあ……厄介な女性を好きになるのは家系なのかな〜ってことで」
「ん!?」
「イイエナンニモ。
じゃ、樹ちゃん、セシリアくんを狙撃しちゃって」
「で、親としては息子を千尋の谷に突き落とす……のか?」
こうして樹は気絶射撃の応用で足下をすくい撃ち、セシリアをプールに落としたのだ。
「……で、このあと我々はどうするつもりだ?」
樹の質問に行動で答えるため、章は立ち上がると太壱の近くへ行き、伝説のハリセンで疾風突きを食らわせ突き落とす。
「太壱君、きみも突っ込んできなさい」
「鬼、悪魔、親父のバカ野郎!」
「何とでも言いなさい、太壱君」
「お互いえげつないな、
一応、サポートだからな」
言いながら、章の乗るホエールアヴァターラ・クラフトに乗ると、二人は水上の人となった。
ここで少し時間を遡ってみよう。
訓練に参加していた太壱の元へ、温かい湯気と甘い香りが流れてきた頃へ。
「自販機で買ってきたココアだけど、飲む?」
「あ、サンキュー……
ってツェツェ!?
お前何でココにいるんだよ!」
「わたし?
……わたしは、お、泳ぎに来たのよ」
「……もしかしてカナヅチなおしに来たのか?」
「うるさいわね、別に泳ぎの練習しにここに来た訳じゃないんだから!
……あ」
「……語るに落ちたな」
という、なんだかもどかしいようなむずむずする会話の途中で、彼らは水に落とされたのだ。
セシリアに関して言えば、
「私はいい加減帰るわ
ここがこんなんじゃ、まともに訓練できないもの」
と宣言した所だったのに。
「って、あっれ〜!
何で、何でわたしヘンなのがいるプールに落っこちているのよう!
やだ〜タイチ助けなさいよお!」
「落ち着けツェツェ、お前のホエールアヴァターラ・クラフトにでも掴まっておけよ!」
「だっだってこれ飲み物をのっけるクジラ型のテーブルじゃないのお?」
――どう見たらテーブルに見えるんだ!?
首を傾げる太壱だったが、彼は頭を切り替えて、パニックで暴れまくっているセシリアを抱き上げ自分の水上バイクに乗せる。
「ッ!!
……落ち着け、落ち着け、落ち着け俺えええ」
引き上げるときにセシリアの身体が触れて、頭がどうにかなりそうだったが、自ら呪文のように言う事でなんとか落ち着く様に務めた。
セシリアを乗せたバイクに自分も乗り込むと、さてもう一台は空いている状態になる。
誰かに譲渡して助けるべきだと太壱の正義感が告げた。
「そこの、えっとジゼル! 一緒に乗れ!!」
ぐるぐると目を回しているセシリアに触れながら、でも冷静に。
冷静に。近くを泳いでいたジゼルを引き上げた。
のだが、何かの影が彼らに迫っていたのである。
「何かくるわ!」
「まさかあの触手!?」
ジゼルと太壱の予測は外れていた。
「一人でも多く地獄に引きづり込んでやるわー」
プールの底に潜む火星人のようなポータラカ人イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が三人を再びプールに落としたのである。
「はははリア充め。溺れるのだ!」
イングラハムの勝ち誇った声を聞きながら、ジゼルは再び溺れて行った。
「なんで私迄〜……」
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