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アキレウス先生の熱血水泳教室

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アキレウス先生の熱血水泳教室

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「ジゼル、大丈夫?」
 優しい声に意識を取り戻してジゼルがゆっくり目を開くと、目の前に水の上から光りが差し込みキラキラと輝くのが見えた。
 ジゼルを抱える柔らかい感触はルカルカ・ルー(るかるか・るー)のものだった。
――どうして息が……あ。
 そういえばと思い出してジゼルが自分の腕に目をやると、彼女の腕に新しいウォーターブリージングリングがはめられていた。――ルカが助けてくれたんだ
 ジゼルが視線で問うと、ルカルカは小さく頷く。
――ねえジゼル、そんなに焦らなくて良いんだよ
 そんな気持ちを伝えるように、ルカルカはそっとジゼルを抱きしめそのまま流れに乗っていく。
――水に包まれる感覚が気持ちいいでしょ。水中から見上げる水面は美しいわね。
 ルカルカの想いに、ジゼルの心の”夏への扉”が開いて行く。
――そっか、焦らないでゆっくり。明日が駄目でもまた次の時がある。
  限られた時間でも、今私に出来る事を……
 緩やかに波がたゆたう様に、ジゼルの心は解きほぐされていく。そのお陰か身体にも力が戻ってきた。
 ルカルカはそれを確認すると、水面に見える海の影に向かって指をさした。
――海も呼んじゃおか
 といたずらっぽく合図するルカルカに、二人は身体の半分を水面に出し、見計らって海の足首を引っ張った。



 結果から言うと海はプールには落ちなかった。
 慌てた海が近くに居たアキレウスの海水パンツを引っぱり、 そのアキレウスがリブロ・グランチェスターのビキニパンツを引っぱってしまったから。

 事件の発端になった犯人の二人はプールの中を流れ続ける事で逃亡し、
 プールサイドには沈黙と、一人の男と、
 彼にパンツを脱がされた男と、パンツが脱げた男にパンツを脱がされた女が残されたのである。
 沈黙の間に冷静に素早く水着を着用していたリブロに向かって、アキレウスと海はどう言ったものか分からない。
 ただ場をどうにかおさめようと「あははははー」と笑ったのが悪かったのだろうか。
 リブロはアキレウスと海に恐ろしく残酷な笑みを向けて一言

「一遍、死んでこいっ!」
 と、対物ライフルを乱射しながら二人を追い掛け回し続けたのだった。



 ただ高円寺海の本日の不運はこれだけではなかった。
「そんなんじゃ教官が勤まらないだろ」
 と走る海の隣に教官の教官を名乗る匿名 某が合流してきたのだ。
「教官の教官、即ちやる仕事は海がしっかり教官できてるかチェックする教官で、ぶっちゃけ何もしない教官といっても過言じゃない教官だ
 さぁ、今俺は何回教官といったでしょう?」
「え? えっと……」
「時間切れどーん! プールへさよーならー
 そこでしばらく頑張れ。ちなみに泳ぐ事はゆ る さ ん 。
 歩きだ。歩き泳ぎが一番身体を鍛えられるんだ。
 心配するな、溺れても俺が本格的♂人工呼吸してやるから」
「なんだそりゃあ!?」
 落とされた海を見てケケケと笑う某の後ろから、大谷地 康之が現れる。
「某が海の教官やるなら俺は二人の教官をやろう!
 やる仕事は二人がしっかり教官できてるかチェックする教官で、ちゃんとしっかり監視する教官といっても過言じゃない教官だ!」
「えっと5回?」
「残念。まだ問題を言っていません。
 不正解で某もプールへどーん!
 そして俺もどーん!」
 そう言って康之もプールへと飛び込んでくる。
「身体を鍛えるならみんなで鍛えなきゃな! それに教官なら手本も見せねえと! て事で、金剛力とゴッドスピードを使ってチート全開! 歩いて全速前進!
 さぁ、しっかりついてこーい!」
「でもただ歩くだけっつーのもな」
「某、人にやらせようとしてた張本人がそれ言うか?
 ……よし、なら俺の他にも水の中に引きずりこんでやろう」
「ほー、誰を」
「まずはあの余裕の笑顔野郎をだな」
 海が指差したのはプールサイドで落ちた海に向かって余裕の笑みで手を振っていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の姿だ。
「俺が足を引っ張る。
 でもダリルはその位予測しているはずだ。
 だから俺はフェイントだ。もう片方の足は某が。
 その間に怪力が使える康之が後ろから思い切りやってくれ」
「任せろ」
「行くぜ!」
 こうして野郎三人が新たな被害者を増やすべく猛スピードで進み始めた。
 ところが後少しでダリルに届くというところで、ダリルはひらりと身体をひらめかせ、掴まれるより早く飛び込んでしまったのだ。
 失敗した! と三人が思った時だ。
 ダリルが顔だけ振り返って指先でチョイチョイと三人を挑発していたのだ。
「くっそ、まけねえ!」
「俺一番!」
「とか言ってる間に俺一番!」

 こうして四人は暫く流れるプールで泳ぎ続けた。
 正直こっちの方が一部の女子大歓喜な展開だと思うのよ。と、彼らを見守っていたある女生徒は思ったのである。



「蒼空学園のプールが凄い事になってるって聞いたが……
 何だか知ってる顔が滅茶苦茶流されてるなぁ」
 若干引き気味で冴弥 永夜(さえわたり・とおや)はコレ一つで異常と感じられる流れるプールの様子を遠巻きに見ていた。
 もっとも彼のパートナー達はそうではないらしい。
「蒼空学園って凄いプール作れるんだなー! 面白そうだな!
 オレ、こういうプールで泳いだ事ないんだよな。楽しみだぜ!」
 司狼・ラザワール(しろう・らざわーる)はわくわくした目でプールを見ながら準備体操代わりに身体を動かしているし、
メルキオテ・サイクス(めるきおて・さいくす)はこの小さな身体でも泳げる様にと特訓を始める気満々だ。

――はあ、何とか巻き込まれないようにしないと
 パーカーを着てはいるものの水着できている永夜だが、元より泳ぐつもりなどさらさらないのだ。
「俺は泳がないから、くれぐれも溺れない様に気をつけてな」
 聞こえるか聞こえないかの声で告げて、こっそりその場から離れようとしていた永夜だったが、司狼はそんな彼の様子に気づいてしまったらしい。
「あれ、永夜は泳がねぇの?」
 この言葉に永夜は思わずギクっと顔で反応してしまう。
「ほらアキレウス教官がいるからいざという時は大丈夫だろ?」
「いや、その教官はあっちで銃持った女の人に追いかけられてるけど」
 そういう永夜にメルキオテは呆れた様子で言った。
「永夜、言い訳はいい。
 いいから。
お主も特訓に付き合え」
「いやよくない。いいよ、ほんとに遠慮するって」
「司狼はやる気を出しておるというのに、お主は何をそんなにぐだぐだと言い訳しておるのだ。
 お主も入らなかったら、特訓にならんだろうが」
「そうだよ、面白そうじゃんか。一緒に特訓しようぜ!
 それとも永夜、もしかして泳げないのか?」
「いや、泳げないわけじゃないんだが、ほらいざという時の救助役というのが必要なわけで、
別に泳ぎたくないわけじゃないとか、このプールが怖いとかそういうわけじゃなくて
 正直に言うが、この人の手で作られたカオスなプールは怖い。最先端過ぎる人工物は怖いって!!」
「何だそれ、自然現象は平気なのに、人工物だと駄目ってどういう事だよ」
 ぐいぐいと背中を押してくる司狼から逃れようと後ろを振り返って永夜は抗議を続ける。
「だからつまり――」
「往生際の悪い奴だな、くらえ!」
 決め手はメルキオテの飛び蹴りだった。
 無理矢理プールに放り込まれた永夜が慌てる姿を見ながら、メルキオテは自分はプールの備品だった浮き輪をつけて快適に流されて行く。

――うむ、実に快適な訓練である!