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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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 平原の戦場。
 苦労して手に入れた平原の砦では、緒戦で【シェーンハウゼン】と戦った部隊が大急ぎで部隊を整え直していた。ハイナ本陣から出撃するよりも、ここから信長の居城を狙ったほうが早い。
 ハイナの指令がくだり、彼らは休むまもなく平原を進軍する。
 第六天魔王信長の軍勢が圧倒的な兵力数を武器に、シャンバラ軍を踏み潰してしまおうと、いっせいに迫ってきていた。
 狙いはただ一つ、ハイナを討ち取ること。それを邪魔するものはすべて粉砕する、とばかりに攻撃してくる。それらの兵士を率いているのは、ゲーム内に取り込まれてしまった英霊たち。信長陣営の武将として続々と登場していた。
「フハハハハ! ナポレオン・ボナパルトである! 余の辞書に不可能の文字はない!」
「聖徳太子です。和を以って尊しとなせ。皆さん仲良くしましょう。争いはやめましょうね」
「ガリレオ・ガリレイ。それでも地球は回っている!」
「わたくしはクレオパトラ。わたくしより美人は殺すわ。そうやって世界一の美女となったの」
 それぞれ3000ずつの兵力を持ったモブNPC武将であった。
 もはや人格崩壊以前の投げやりとしか思えないキャラ造形は、バグによる仕様だとしても嫌な感じだ。細かい突っ込みは無用だった。ただ、敵として倒すのみである。
「来ましたね。偽魔王軍とそれに取り込まれてしまった哀れな英霊たち……」
 その軍勢を悠然と迎え撃つ軍団があった。彼らはハイナたちが作戦会議をしていた時からすでに平原に部隊を進め、信長軍を押しとどめていた。
 それは正統なるコミュニティである【魔王軍】に所属する精鋭たちであった。
「さぁ、偽魔王軍の皆さん、本家魔王軍の八卦術師の力をその目に焼き付けて散っていってください」
【魔王軍】に属する東 朱鷺(あずま・とき)は共に組織の名誉を守るためにこの戦いに参加していた。
 特殊装備の【八卦術・参式】で軍団の素早さを上げ、戦いやすくしている。
 彼女は、この八卦術を壱式から八式まで装備しており、それぞれ効果が違うらしい。
 朱鷺本人は【零式】に当たるらしいが、効果の程はよくわからなかった。
 スキルとアイテムを有効活用しながら、次々と襲い掛かってくる敵軍をはぎ払っていく。
「見知った顔もいませんし、完全に偽者ですね、これは。遠慮なく処理できそうです」
「我は【第七式】也。命惜しくなくば、かかってくるがいい也」
 怒涛のごとく押し寄せてくる敵の正面に立ちはだかったのは、【魔王軍】の構成員の一人、第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)であった。先頭に立ち、敵の強力な部隊から魔王軍の部隊を護る事が役割で、彼の両脇には、【ティラノサウルス】と【マンティコア】を配置し、圧倒的破壊力で敵を殲滅してやるとばかりに前に進み出た。。
 戦闘開始時に、【クライ・ハヴォック】で魔王軍の攻撃力を上昇させてあり、敵と接触するなり【昂狂剣ブールダルギル】で先制攻撃を食らわせる。
「我の歩みを止めることは、貴公等にはできない也」
【アナイアレーション】を容赦なく放つ第七式・シュバルツヴァルドだったが、敵が多すぎて全体的にはさほど人数が減っていないように見える。
「どうして俺はこんなところにいるんだ? というか、どうして戦況がこんなになるまで放っておいたんだ?」
 率いていた兵力1000の部隊が敵の大軍に飲み込まれることになった相田 なぶら(あいだ・なぶら)は、必死で戦いながら誰にともなく言う。
 今回なぶらがシャンバラ軍に力を貸すことになったのは、その【魔王軍】に籍を置いているパートナーのフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)に伴ってのことだった。
 このパラミタで【魔王軍】を差し置いて、自ら魔王を名乗るなど100年早い。本物の魔王とはどういうものなのかを信長に教えてやろうと、敢えてこの世界へとやってきたのであった。
 本物が偽者に負けるわけはない。自信を持ってフィアナは信長軍に戦いを挑む。【スレイプニル】を操り、敵武将へと突進した。まず、兵を指揮する武将を討ち取る。頭さえとれば後の兵士は総崩れだろう。
 だが、なぶらはいまいち気分がのらなかった。どうして自分が【魔王軍】の手伝いをしないといけないんだろう。いや、もう魔王とか実はどうでもいいかもしれない。ライバルが長を務める組織なので素直に手伝うのはなんだか悔しいし。口に出しては言わないが、内心そんなことを思ってしまう。
「全くさ、なんか最近多いんだよねぇ……悪ぶりたい中二病が、自分から魔王とか名乗っちゃってさ。俺は他のやつらとは違うんだぜ、カッケー! みたいなやつ。でもそういうのって人生では黒歴史だと思うんだなぁ」
「……」 
「……第六天魔王信長とか、ぶいぶいいわしてるけどさ、あれ絶対心の中じゃ後悔しているところじゃないのかなぁ。だって、聞いているほうが恥ずかしいもの」
「……」
「ねえ、今キミたちそうやって戦ってるけどさ。実際どう? 魔王様の子分とかイタくない? 自己紹介できる? 俺、魔王様の子分なんだってさぁ」
 なぶらの挑発に、うぐぐぐ! と悔しがる武将たち。本人たちは魔王の子分だなどと思っていないようだった。まあ、当然か。
「……私って、そんなにイタいですか?」
 フィアナが我慢ならんとばかりに目を据わらせて聞いてきた。
「魔王とか自分で名乗ったら黒歴史なんですか? なぶらさんが、私のことそんな風に思っていたなんて知りませんでした」
「いや、ちょっと待て。そういうつもりじゃないんだ」
「じゃあ、どういうつもりなんですか? 私って恥ずかしい人なんですか?」
「……困ったねぇ。トラッシュトークだったんだけど」
 激しい言葉や挑発で敵の心理面を揺さぶる戦法だったのだが、動揺しているのはフィアナのようだった。
「だってこれ、ねぇ……。人数多すぎだろ」
 突進してくる敵兵をさばきながらなぶらは言った。心がささくれ立っている。
 一斉に出撃してきた敵が10軍団ほどいる。兵数にして30000くらい。それに対してこちらは1000。テンションでも上げてやらないと心が折れそうだった。
「気を強く持つのです。人手が足りないのはどこの戦場も同じことです。今やれることをしっかりとやりましょう」
 言いつつも、朱鷺は小さくため息をつく。
 1000の部隊を配置されているが、焼け石に水。他にシャンバラ軍からの援護はない。
 どうやら、緒戦での大軍とのぶつかり合いで疲弊した上に、まだ残っている敵の数の多さに「もう信長直接倒しに行こうぜ」なんて話になっているらしかった。
「本当は森での戦いに参加したかったのですが、満員御礼とかなんですか? 結局この最前線へと回されてしまいました。どうするんでしょうか、これ? 私たち完全に捨て駒ですよ」
 奮戦するも、敵はわらわらと押し寄せてくる。圧倒的多数に押されて、朱鷺までぶつぶつ言い始める。スキルや特殊装備だけではしのぎ切れなくなっていた。
「運がよければ、張飛と戦ってみたいと思ってましたが、それも適わずです。今回はツイていないみたいですね」
「……呼んだか? 俺はお前とは初対面だから、指名されても困るぜ」
 噂をすれば影というか。
 森で倒された張飛翼徳が、復活して馬を進めてきていた。あの後、戦った者たちとの交流でシャンバラ軍に転身していたらしい。戦った後は味方になる。少年漫画のセオリーを踏襲したキャラらしかった。ハイナから兵士1000人の部隊をもらった彼は、武威のまったく衰えないまま信長軍を蹂躙し始める。
「こんなのピンチのうちにもはいらねえぜ。ここは、俺に任せてお前たちは先に進むんだ!」
 ここが見せ場とどんどん敵陣に斬り込んでいく張飛。それに追随してきた禰衡が冷ややかに突っ込む。こいつまで寝返ったようだった。
「……かくして、その後張飛の姿を見たものはいなかったとさ。私は、働いたら負けかなと思っているので」
 いやいや戦っている感じがイラッとさせてくれるが、少しでも味方は多いほうがいい。NPCまで参加してきたことにより、朱鷺たちの兵の士気があがった。
「ほら、なぶらも手伝って下さい。相田家最強フォーメーションの見せ所です」
「相田家最強フォーメーション……って、もしかしてアレをやるのかい? アレ結構大変だし恥ずかしいし余りやりたくないんだけどなぁ……」
 なぶらはこの上なくいやそうな表情になった。
「はいグダグダ言ってないでとっととやる。それとも、正座して48時間耐久説教でも聞きますか? 私、今そんな気分なんですけど」
「あぁもう解りました、やりますよもう」
 なぶらは、仕方なくフィアナのスレイプニルの後ろに乗った。
 相田家最強フォーメーションとは! フィアナの【スレイプニル】の後ろになぶらを乗せ、二人乗りさせて完成する大技である!
 なぶらが【大帝の目】を後頭部に付け、ほぼ全方向の視界の確保する。【イナンナの加護】で向かいくる脅威を察知し、障害となる兵や向かいくる矢等を【歴戦の魔術】や【真空波】を用いて事前に迎撃する支援としての役割。
 そしてフィアナは、主に【チャージブレイク】からの大剣を用いた強力な一撃狙いの戦法で防御は完全に無視したアタッカーとしての役割。
 この二人が一体となって、敵を打ち砕くのだ。
「魔王軍暗黒将軍フィアナ・コルト! いざ参ります!」
「ふっ……余に勝てると思うてか!」
「あなたたちの運命は、偽魔王軍として配置された時点ですでに決まっていました」
 フィアナとなぶらの攻撃がナポレオンをあっという間にしとめていた。
「ぐは……! 余が冬将軍以外に敗れるとは……」
 モブNPCのナポレオンは、見せ場のひとつすらなく戦場に散った。
「残党を討ち取りなさい」
 命令系統を失い混乱する敵部隊を、フィアナは片付けていく。寡兵とはいえ、戦いを優位に推し進めているようだった。
 フィアナは、敵にチャンスを与えなかった。ナポレオンを討ち取ると、すかさず別の武将に接近する。
「冥土の土産に教えてあげます。……この世界は平らなのですよ! ……このゲームは特に」
「そんなばかなぁぁぁぁl!」
 戦っていたフィアナが、なぜか武将として敵陣営で戦っていたガリレオを討ち取った。
「ああ、やはり私の説は正しかった……。世界が、こんなに回って……ぐはっ!」
 ガリレオは満足げな笑みで散った。
「我の歩みを止めることは、貴公等にはできない也。我等は草原を行く也」
 第七式・シュバルツヴァルドは信長軍の攻撃に足を止める様子もなく、ズンズンと敵を倒しながら突き進んでいく。
 シャンバラ軍は少数兵力にもかかわらず健闘しているようだった。
 それでも、多くの軍勢が、【魔王軍】をかわしハイナのいる本陣へと向かっていくのがわかった。
「十七条拳法!」
 モブNPC武将の聖徳太子は笑いながら攻撃してくる。拳法使いだったらしい。バグの影響だとしてもひどすぎる。
「聖人君子面して暴力振るうんじゃないよ」
 迎え撃ったのは、九鬼水軍(1人)の九鬼 嘉隆(くき・よしたか)だ。イコン第八式・ボゥゲンシャウツンを装備し、遊撃部隊として出撃していた。
 残念ながらこのMAPに水地はなかった。今回は慣れない地上戦という事もあって、ケンタウロス型の鎧の力で機動性をUPさせ大草原を縦横無尽に動き回る戦法で遊撃部隊として敵と相対する。
「歴戦の水軍の力を試したい奴から前にでてきな!」
 九鬼嘉隆が一人なのを見て取って、全員が攻撃してくる。
「な……、てめぇら、調子に乗るな!」
「キミたちにお金をたくさん上げましょう」
 聖徳太子の言葉に、かつて地球で使われていた一万円札が空からたくさん舞い落ちてくる。もちろん肖像は聖徳太子だ。
「わあああああっっ!」
 兵士たちは、戦いをやめて一万円札を拾いにいく。あっという間に大混乱になった。
「お金無駄遣いしてるんじゃないよ。……っていうか、どうしてゲームの中の兵士たちが旧一万円札に反応するのさ。小判とかならわかるけどさ!」
 どこから突っ込んでいいかわからずに九鬼嘉隆は困った表情をする。
「さあ、お金を受け取ったシャンバラ軍の兵士たち。あの者を攻撃しなさい!」
「聖徳太子、腹黒っ!? カネで兵士抱き込んじゃったよ!」
 襲いかかってくる兵士たちをかわしながら九鬼嘉隆は反撃する。
「この程度で、この第八式がやられると思うなよ」
 ここからが本番だ、と【イモータリティー】で強化して対抗する。
 それを援護するように、朱鷺のパートナーの第六式・シュネーシュツルム(まーくぜくす・しゅねーしゅつるむ)も率いていたわずかな兵で奇襲攻撃をかけた。
 平原の茂みの陰に伏せて潜んでいた彼らは、全て骨で出来た鎧を着、巨大生物の頭蓋骨を頭に被った不死兵(歩兵ユニット)だった。
 虚を憑き隙を憑き斬りかかる。
「おお……!」
 第六式・シュネーシュツルムの脳裏に過去の記憶が蘇る。
 ニルヴァーナでの戦で倒れた屍の一つに、偶然ポータラカの肉体となるナノマシンが付着し生まれたスケルトンだった。
「ニルヴァーナで死んだ時の事を思い出す気がするネ。あの大戦でオレは敵を何人も倒したが、遂には力尽き野ざらしの死体となったネ。今回は、あの時と違うネ。オレには仲間が出来たネ。第七式の大親分、そして第八式というケンタウロスの兄貴。そして、第六式のオレ様。その全てを従える朱鷺の姉御。勝ち戦以外になるはずがないネ」
 ちなみに、六式、七式、八式ということは、オレが隊長! と第六式・シュネーシュツルムはアピールする。朱鷺には軽く無視されたが。
「これが、九鬼水軍の誇る鉄甲船(自称)の砲撃(自称)だぜ!」
 一騎打ちをしていた九鬼嘉隆の攻撃が、聖徳太子を打ち破る。
「あああっっ! 船が、船が沈んでいく……」
 隋への遣いに失敗した聖徳太子は失意のまま散っていった。かくして、よくわからないモブNPC武将もいなくなったのであった。
 だが、敵は次々やってくる。終わる気配はなかった。