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天に地に、星は瞬く

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天に地に、星は瞬く

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「それじゃあ、お手伝いするよ〜!」

 時間になり、遺跡へ戻ったディミトリアスに続いて、遺跡へ足を踏み入れた途端、張り切って声を上げたのはアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。とは言え、人見知りの激しい彼女は、他の面々も次々に見学に訪れ出した途端に、佐野 和輝(さの・かずき)の後ろに引っ込んでしまったのだが。
「……何か、手伝うことはあるか?」
 そんなアニスに代わって和輝が問うが、「そうですね……」とアニューリスは少し考えるようにしながら言った。
「私の存在は形式的なもので、やることはあまり無いのですよ。今回の術は、超獣を還した方法の応用、つまり超獣の存在が前提にあるものですから、私はその代理としての意味合いが強いですね」
 とは言え、やれることがないわけではない。少女の恐る恐る伸ばした手を取って、アニューリスは微笑んだ。
「おぼろげながらですが、記憶していますよ、貴方の力……もう一度、貸して頂けますか?」
「うん……っ」
 アニューリスの言葉に、顔をほころばせた少女が、先日と同じように同調の準備に入る中「その術についてだが」と禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が口を開いた。
「具体的には、どうするのだ?」
「星の祠本来の機能を利用し、私を超獣に見立て、全ての力を一端集約させるのです」
 アニューリスは、説明しながらその視線をドームの天井へと向ける。
「そして、超獣を還した手段を応用し、今度は私から柱とストーンサークルを経由して力を解放するのです」
 そうすれば、散ったエネルギーは、世界に廻る力の流れの中へと、正しく還って行くのだと言う。
「そんな大掛かりな術を単独でこなせる程、貴様達の時代の魔法水準は高かった、ということか……」
 感心したようにダンタリオンの書が唸ったが、いえ、とアニューリスは慌てたように首を振った。
「いいえ、本来は、祠を司る八人の神官が中継に入るのですが……」
「今は神官はいないんだろう、一人で大丈夫なのか?」
 和輝が思わずと言った様子で口を挟んだが、アニューリスは「問題ありませんよ」と笑った。
「ディム……ディミトリアスは、歴代でも屈指の術士ですから」
 それ故に、筆頭術士足りえたのだ、とそう口にするアニューリスの声は、どこか誇らしげだ。だが、それも僅か、直ぐに申し訳なさそうに眉根を下げた。
「とは言え……私の一族は、とても閉鎖的でしたから、当時の世界が如何様であったかは……はっきり説明するのは難しいですね。ディミトリアスであれば、或いは知っているやもしれませんが」
「それはどう言う……?」
「ディミトリアスは嘗て、町を出ていたことがありますので」
 それを聞いて、ふむ、とダンタリオンは声を漏らした。
「それは興味深いな……後でその辺りの話も聞いておきたいところだ」
 独り言のように呟いたダンタリオンに、アニューリスは曖昧に笑っている。
 その態度に、黒崎 天音(くろさき・あまね)は「そういえば」と話題を変えた。
「筆頭術士、と言うので思い出したけど、アルケリウスも戦士の方の筆頭だったんだよね?」
 その問いに、アニューリスは頷くと、天音はくすり、と口元を笑みにする。
「双子が揃って、両極の頭、というのも面白いね」
 好奇心に目を細める天音に代わって、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が口を開いた。
「あの二つの紋章……新月と日食に関わり深いものだと思うが、単に双子の力を利用する目的で新たに作られたのではなく、誰か、もしくは集団の紋章だったのではないか?」
「……何か、心当たりがおありなのですか?」
 問いに即答はせず、どこか探るような物言いをするのに、ブルーズが問いを重ねようとした、が。
「そうそう、その件について、詳しく聞いてみたかったのだ」
 口を挟んだのは、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だ。その傍で控えていたユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が、唐突に話題にはいったことを侘びながら、アニューリスに向ってぺこりと頭を下げた。簡単な自己紹介をかわしたものの、ユリは不思議な感覚に小さく笑いを零した。
「初めまして……のような気がしないのですよ」
「私もです……貴方の歌を、聞いた気がします」
 そうして和んだのも一瞬、割り込むようにずい、とリリがアニューリスににじり寄った。
「早速だが、アールキングについて話を聞きたいのだ」
「まあまあ、ちょっと落ち着きなよ」
 性急な様子にくすくすと笑いながら天音がその肩を叩くと、アニューリスは申し訳なさそうに俯いた。
「申し訳ありませんが……私は実際に姿を目にしたわけではありませんし、襲撃にしても、あまりに突然のことでしたから」
 アールキングに関わる何かを、知っているわけではないのだ、と前置きしてから、先のブルーズの質問に答えるように視線を上げると、その目を修復の行われている通路へと向けた。
「あの紋章についても、見覚えはありません。ですが、構造は近い筈。となれば、中心の黒い太陽と月は、彼ら自身が掲げる象徴ではないかと思います」
 ディミトリアスが月を、アルケリウスが太陽を象徴とし、それらを紋章化して刻印として表すのは、彼らの術形態に世界を表す象徴としてそれらがあったからだ。言い換えれば、黒い太陽と月を象徴とする刻印を利用すると言うことは、それらが、彼らの世界を表す象徴であるとも言える。
「ただ……それも推測に過ぎません。私は一族を治めていたといえ、一介の巫女に過ぎませんから」
 ディミトリアスがその正体を見極められなかった以上、実力は兎も角として、巫女であるアニューリスでは推論の域を出ないようだ。
「ううむ……こうなれば、情報源になりそうなのはアルケリウスのみ、ということになるな」
「その事なんだが……アルケリウスの魂を、私にリンクできないか?」
 唸ったリリに、今まで難しい顔で考え込んでいたララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が口を開いた。
「私も、太陽の騎士、という二つ名がある。アルケリウスの象徴が太陽というなら、その一致を繋ぐことはできないだろうか……?」
 先日、クローディスもそのルレンシア姓が一致していることを利用して、アニューリスと魂をリンクさせていたように、繋がりを結んで呼び覚ますことができるので無いか、とララは訴えたのだが、リリは「いや」と首を振った。
「二人は、姓という個人そのものを示すものだからこそのリンクだったのだよ。ましてアルケリウスは封印されているのだ。二つ名だけでは、糸の長さが足りないのだよ」
「だけどっ!」
 リリの言葉に、ララが思わずと言った様子で声を上げた。
「こちらから伸ばす糸が短くても、あちらからも手を伸ばせば届くはずだ。アルケリウスだって巫女や弟と話したいに決まってるさ」
 アルケリウスに感情移入しているのか、珍しく激しさを見せるララに、リリはううん、と腕を込んだ。可能性がゼロというわけではないが、根拠が薄い。そもそもリンクの術にしても、愚者が力を貸してきたからこそのものだ。難しい顔をつき合わしていた面々に、「……なあ」
 と、話しかける声があった。その話を聞いていた桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が、声をかけた。
「もし、だ。そのリンクが成功したら、アルケリウスは一時的に体を得る、ということだよな」
「そのはずなのだよ。だが、それがどうしたというのだよ?」
 首を傾げたリリに、煉は真剣な顔で「少し、な」とディミトリアスの――正確には、その手が持つ腕輪を見やって目を細めた。
「……考えていることがあるんだ」
 



 彼らがそうやって顔をつき合わせているのと同じ頃。
 昼間に地上の料理達の中から拝借したピタパンを齧りながら、メモを取りつつ歩き回っていたグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)は、傍で淡々とグラルダを追っているシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)と共に、不意にアニューリスに近付くと、その顔を見上げ、その表情に目を細めた。
「浮かない顔してるわね」
 リリ達の会話を眺めている中に唐突にかけられた声に、アニューリスが目を瞬かせるのにも構わず「もっと喜んでるものだと思った」とグラルダは続ける。悲しい別れから一転、想い人と再会することが叶ったのだ。気の遠くなるほどの永い願いが成就したはずのその顔は、愁いを帯びて、まるで別れを迎える前の人間のようだ。そう告げたグラルダに、アニューリスは苦笑した。
「間違いでは、無いでしょう……あの人は恐らく、逝ってしまうつもりなのでしょうから」
「さて、それはどうであろうな」
 そんなアニューラスの言葉に、姫神 司(ひめがみ・つかさ)が、呟くように漏らした。フレアスカートにパンプスという、華やいだ装いをしながら、その目は強く、ディミトリアスを観察するように見やっている。
「わたくしは、正直うじうじした男は好かないが……何か一つの事を成したいと考え、それを達成したのなら、その先にも欲のようなものが湧かない人間など、いるとは思えんな」
 一万年と言う、途方も無い時を経て成した「巫女を助ける」という想い。それを達成した今、それで終わり、と思えないのが人間だ、と続けながら、司はサイドをゆるくリボンで纏めた髪の襟を軽くかきあげた。さらりと美しい黒髪が揺れる、そのささやかな音に紛れるほど小さく、呟く声が続ける。
「想いが強いほど、欲は生まれるはずだ。助けられたからそれで満足、とはいかないと思うがな」
「……そうですね」
 グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)も、そんな彼女に同意して頷いたが、アニューリスは緩く首を振って、司とは対照的な灰色の髪を揺らした。
「……だとしても、ディミトリアスは意思を翻すことは無いでしょう」
 直接聞いたわけではないだろうが、嘗ての恋人のことである。付き合いの長さが悟らせる、ディミトリアスのけじめをつけなければ、という意思に、その灰色の目の内では、諦めと確信が、悲しみの中に揺らいでいる。
「……それなら、何故君はここで立ち止まってるんだ?」
 その言葉を耳にして、ぴり、と小さく刺す様な声で、アニューリスに目線を向けたのは、樹月 刀真(きづき・とうま)だ。
「アニューリス、君がディミトリアスをこのまま行かせるってことは、彼は居なくなっても良い存在って事だよな?」
 ぴくり、とアニューリスがその肩を揺らしたが、刀真はかまわず続ける。
「彼の気持ちを察して我慢しているっていうのか? だが、どんなに理由や言葉を並べても、けじめをつけようとするディミトリアスの決意を許容するってことは、君は彼と一緒に居たいと言う気持ちは、何かの次、なんだよ」
「……」
 その言葉が、どこかに刺さったのか、アニューリスはきつく眉根を寄せると俯いた。傷ついたのか、と思われたが、そうではないらしい。言葉にはしないが、葛藤と、それでも隠し切れないような強い憤りを瞳に感じ、刀真は息をついた。
「怒るくらいなら動けよ……君は彼と一緒に居る為に一度も足掻いていない」
 無言のままでいるアニューリスだが、その瞳が揺れるのに、その心も揺さぶられているのを感じ、刀真は更に言葉を重ねていく。
「周りの迷惑なんて考えるな、彼の気持ちすら放っておけ。一万年悲しみ続けた分、これからは自分の幸せを求め、思うがままに生きれば良い…それに文句を言う奴が居るのなら、俺が黙らせよう」
 言い方は強いが、その言葉の内にある優しさを感じながらも、まだどこかためらいを見せるアニューリスに、あの、と口を開いたのは封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)だ。
「超獣が浄化された今、アニューリスさんの『超獣の巫女』としての役割はほぼ無くなっていると思います……ですからディミトリアスさんに貴方の傍に居るのがこれからの私の役目ですって言って、ディミトリアスさんだけのアニューリスさんで居れば良いと思いますよ?」
 白花はそう言うと、並び立つ刀真の目を見やって、にっこりと微笑んだ。
「私も『封印の巫女』としての役割はもうありません。だから刀真さんの傍に居て、力になる事が、今の私がしたい、私の役目であるように」
 そう、心の底からの言葉に、思わず照れくさくなって刀真が顔を背け、遅れて、今の自分の状況を思い出した白花も真っ赤になった頬を押さえた。そんな微笑ましい光景に触発されたのか、ふ、と表情を緩ませたアニューリスは、とうとうぽろりと「良いですね」と漏らした。
「そうできれば、どんなにか良いか」
 呟くような一言。だがそれが、本当の彼女の本音なのだろう。ずっと傍に居ること。だがその言葉にまだ残るためらいに、グラルダがじっとその目を覗き込んで言った。
「確かめるのが怖いんじゃないの」
 自分ではなく、役目を取るのではないかと。前例があるだけに、信じられないのか、それとも自分であればそうするだろうと思うからこその躊躇いなのか。立場に縛られ、そのためだけに生きてきた分、迷いは根深いのかもしれない。その背中を押す言葉を探す面々の中、グラルダはふうっと息を吐き出した。
「確かめてくればいいわ」
 至極あっさりとした言葉に、アニューリスが目を開いた。
「訊ねて来なさい、アイツに。“人を想う気持ちとはどんなものか”ってね」
 そんな彼女にグラルダは大丈夫、と確信を持った、自信満々の――しかし、その頬には頬張っていたピタパンのソースがくっついている顔で、にっとアニューリスに笑いかけたのだった。






 
 そうして、アニューリスに発破をかけている彼らをよそに、儀式の準備は着々と進められていた。
「こんなに何台も必要か?」
 面倒くさそうにカメラを設置するアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)に、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は、はああ、と大きく息をついた。
「遺跡は兎も角、この術自体はこれっきりしかないんだから。細かいところまで余すところなく記録するには、多角的な角度で撮影が必要でしょ」
 術の要であるディミトリアス自身もそうだが、術が発動した時の遺跡の様子等も、失われた筈の古代の魔術に関する貴重な情報である。それこそ、立体映像化できるほどのデータを残そうと張り切るエールヴァントは、それに、とややからかうようにアルフをちらりと見やった。
「どうせこれが終わったらお祭でおおはしゃぎするんだから、今の内にしっかり手伝って貰わないとね」
「わぁかってるって」
 口を尖らせながらも、ここさえ頑張ればあとは豪華な料理にお酒に女の子だ、という一念で、エールヴァントの指示通り機材片手に遺跡の中を駆け回って行く。
 その一方で、東 朱鷺(あずま・とき)は、設置されるカメラに構わず、遺跡の中をくまなく観察して回っていた。一度はここを訪れ、事件の後の状態もデータとしては知っていても、実際見るのでは大違いだ。
「興味深い、実に興味深いですね」
 柱を返す返す見やりながら、朱鷺は溜息をつく。地輝星祭の折も、この場所を訪れて実際に柱たちを目にしていたが、その際は完全ではなかったものが、今目の前でその姿を取り戻していることに、素直に感嘆の声を上がった。
「これが本来の姿、というわけですね。とても原始的です。ですが、それ故にでしょうか、非常に純化された力です」
 ぐるりとドームを一周し、通路側まで戻った朱鷺の言葉に、ディミトリアスが頷いた。
「この神殿は特に、様々な応用を可能とするために、要素や構造を最低限まで絞り込んでいるからな」
「それも、超獣を守るため、ですか?」
 問いに、頷きながらも「一概には言えないが」と少々歯切れを悪くするディミトリアスに苦笑していると、そんな二人へ未憂が「あの」と声をかけた。
「私たちに手伝えることはありますか?」
 その言葉に、少し考えるようにしながら、ディミトリアスが「そうだな」と口を開いた。
「もし覚えているなら……超獣を還す時に歌った歌を、頼めるか」
 力を還すというイメージを増幅してくれるはずだ、と告げたディミトリアスは、ふとその表情を苦笑のような、照れくさがっているかのような、複雑なものへ変えた。
「……それに、俺自身も、また聞きたい」


 それから暫く。
 合図と共に、ユリ等有志たちの歌声がドームに響くと、それにあわせるようにディミトリアスが錫杖をゆっくりと旋回させた。それにあわせて灯った錫杖に光は、段々とその強さを変え、中空に文字を描くようなその動作にあわせて、光と光が結ばれるようにして床の溝に走って一本、また一本と、八芒星を描く順に柱が起動し、中央の床に魔方陣めいたものが浮かぶ。
「集え、星の灯火、廻れその力。還るべく、孵るべく」
 ディミトリアスが、歌うような声に乗せて、錫杖を再び振るうと同時、柱が強い光に包まれると、それはゆっくりと淡い輝きへとなっていき、今度は柱からドームの壁に向うようにして光が流れ、空の無い筈の地下に、ドームにあいた無数の穴から光がこぼれて、夜空のように瞬き始めた。その幻想的な光景に、皆が息をのむ中、ディミトリアスは安堵するように静かに息を漏らした。
「祠に残っていた力もここへ集った。いずれ全てが、地上の柱を通って、それぞれの場所に還っていくだろう」
 地の力は地へ、大気の力は大気へ、廻る流れを断ち切られた力は、再び元の力の巡りの中に溶け込んでいくだろう、と、ディミトリアスはどこか遠い目をしながら言った。
「これでこの町に、俺達の因縁がこれ以上の害をもたらすことはなくなった」
 後は、と呟くディミトリアスに、天音が目を細めた。
「だから、自分の役目も終わり、って言いたいのかな?」
「俺は、既に死んでいる身だ。あんた達にも迷惑をかけた。これ以上はかけられないし、この町に対しても責任がある」
 言いながら、ディミトリアスはアルケリウスを封じた腕輪を掌に転がせた。
「俺とあの人……アルケリウスの魂が揃えば、この神殿は効果を続ける。地輝星祭を継続させれば、ゆっくりとでも荒廃した地を癒してくれるはずだ」
「その場合……二人の魂はどうなるのでありますか?」
 その言葉に、丈二は自らがアルケリウスを封じた腕輪を、複雑な顔で見やった。
「基本的に、その腕輪は一人用だ。だが、彼らは双子だし、”一つの魂”として封じられることになるだろうな」
 独り言のような問いには、クローディスが答えると、丈二はやや語気を強めて問いを続ける。
「封じられて、二人で対話できるのなら、意味があるのかもしれませんが……一つとなってしまうのなら、その意思はどうなるのでありますか? 巫女を想ったことも。憎悪も、全部……」
 丈二の言葉に、しん、と空気が静まり返り、ディミトリアスは言葉を失う。
 そんな中で、「そうだね」と天音は静かに言葉を継いだ。
「人の為になれ、罪を償えなんて、大仰な事は言わないけどね……全て、無かった事にして良いのかい?」
「……」
 黙ってしまったディミトリアスに、痺れを切らしたように「それに」と優が歩を寄せた。
「アニューリスの気持ちはどうするつもりだ?」
 ぴくりと反応を示すディミとライスに、優はじっとその目を覗き込むようにして続ける。
「また同じことを繰り返すつもりか?」
「全くね」
 苦笑気味に言葉を継いだのは、清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。
「真面目なのは嫌いじゃないけど、その凝り固まった考えが愛する巫女さんの心を傷つけた事を忘れちゃダメだよ」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)がその隣でそのとおりだ、と言うように頷いていると、まあ、と軽いフォローに羽純が続けた。
「けじめをつけたい気持ちが、わからないわけじゃない」
 だがそう言いながらも、その目は苦笑がちにディミトリアスを見ていた。
「だがもう少し、自分本位でもいいんじゃないか? 誰もそれでお前達を責めたりしない」
「そうです。同じけじめをつけるなら、生きて、その上で出来ることをするべきじゃないですか?」
 羽純と共にずいと寄った歌菜の言葉に、そうよ、と声を重ねたのは、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だ。
「彼女なら分かってくれるって言うなら、それはただの思い込みよ」
 びしい、と指を突きつけた勢いそのままに、月夜は続ける。
「けじめをつけるというのなら、アニューリスを死ぬまで幸せにするのが貴方のとるけじめなの! 先ずはギュッと抱きしめてキスするところから!」
 そんな二人の剣幕に、あまり表情に出てはいないものの、たじたじになっているのを悟って、くすりと小さく笑みを漏らしながら、天音は助け舟を出すように「まあ、キスは別としてもね」と引き取って続けた。
「どうせなら二人で閉じ籠り耳をふさいで目を閉じるより、君にも君の兄にも、パラミタが崩壊しようという今こうやって出会った人達の為だけでも、やれる事があると思うよ」
 そんな天音の言葉に同意するように「……もう少し気楽に考えてもいいのにねぇ」とエールヴァントが溜息のように呟いた。
「ケジメとかいうのなら、むしろ持っている知識を伝えて残していく事の方を重視して欲しいな。本当の滅びっていうのは、誰も知らなくなる、っていうことだからね」
「その通りです!」
 そんな風に、代わる代わる、言葉を変え、手段を変えての説得に、揺さぶられ、背中を押されながら、まだ何かを迷うのか、視線を彷徨わせたディミトリアスに、最後に目があったのはプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)だ。その目線が、どこか助けを求めるようなものだと悟って、プリムに袖を引っ張られたリン・リーファ(りん・りーふぁ)はにっこりと微笑んだ。
「ちゃんと言葉を尽くして、確かめるのも大事だと思うよ?」
 短い言葉では誤解を招き、判ってくれるだろうと思うのはすれ違いを起こしてしまう。ならば答えは至極単純なことだ、というリンの言葉に、プラムもこくんと頷いた。

 かくて、ディミトリアスは漸くアニューリスへと、正面から視線を向けたのであった。