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天に地に、星は瞬く

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天に地に、星は瞬く

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 そしてその、数秒後。
 地下遺跡の中は、微妙な空気が流れていた。


 アニューリスに向き合って「俺は……」とだけ口にしてから、ディミトリアスは沈黙したままだ。表情に出にくいのは性格のせいだろうが、それでも滲み出る躊躇いや葛藤、そして焦りに、見ている皆の方が手に汗を握ってしまう。
 ただ一言、口にしてしまえばそれで済むのに、その一言が口を割らない。誰もがじれったさに声を上げそうになった、その時だ。
「……!?」
 突然、アニューリスの胸元がどくん、と脈打つ音をさせたかと思うと、ぐにゃり、とゼリーの塊のようなものが宙へと生まれてきたのだ。
「あれ、って……」
 先程までの空気が一変し、皆が思わず身構えた。
 横並びの目と、裂けたような口。ゼリー状の、サンショウウオに似た形状の体。その姿は間違いなく、超獣そのものだ。……が。
「……えらく可愛い姿だな」
 その大きさは、両手で包んでしまえるほど小さかったのである。咄嗟に反応に困っていると、その小さな超獣らしきものは、何かに苛立つようにしてぴょこんと跳ねると、ディミトリアスの手にあった封印の腕輪を、ぱくんと飲み込んでしまったのだ。
「あ、こら、お前……っ」
 慌てて、咄嗟にその生き物を捕らえたララは、その途端に感じた力に目を瞬かせて、じっと手の中の生き物を観察した。よく見れば、そのゼリーのような生き物の体の中に、飲み込まれた腕輪と、砕けた水晶のような欠片らしきものが見える。
「超獣の欠片か」
 どうやら、アニューリス自身に残っていた超獣の力と欠片が同化して、こんな姿をとったようだ。
「……この状態は、腕輪が取り込まれた、と見るべきでありますか?」
 ともすれば封印が解けてしまうのではないか、と、ララの手の中を除きこんで丈二が首を傾げる。確かに超獣の中、にはあるが、腕輪はその形状を変えた様子は無い。これはどうも、本当にただ飲み込まれただけ、のようである。
「……誰かさんに同調したのかな?」
 呟く未憂に、アニューリスが少し困ったように笑む中、ララが「ふむ」と声を漏らした。
「それなら、こちらから働きかければ、案外アルケリウスを引っ張り出せるかもしれない」
 その言葉に「本当か」と身を乗り出したのは煉だ。
「やってみてくれ」
「待……っ」
 頷くや否や、同調できないかと試み始めたララに、ディミトリアスが止めようと手を伸ばしかけたが、零がその手を掴んで首をゆるりと振った。
「あなたは、アルケリウスさんと共に封印される、そう言いましたね。それなら、彼だけを蚊帳の外には出来ないはずです」
 その言葉の間にも、ララの同調は進み、ついに超獣の輪郭が崩れて、アルケリウスの姿がそこに復活した。
「……どういうつもりだ」
 出された第一声の、相変わらずの冷たさに、ディミトリアスが思わず身構えたが、アルケリウスは妙に気だるげに口元を歪ませた。
「封印された身に、何の用がある。見世物にでもするつもりか?」
 自分を助けようとする者が居る、ということを、先の戦いの折で悟ってながらも、あえてそれを拒むかのように、嘲笑うように言ったアルケリウスに、唐突に槍が投げられた。それをぱしん、と掴んで訝しがる様子に、それを投げ渡した煉は、煉は自身も光条兵器を抜いて、アルケリウスに向き直った。
「どうせ、素直に助けられるつもりは無いんだろう。なら、こういうのはどうだ?」
 ひゅん、と空を切った剣先は、真っ直ぐアルケリウスを向いている。それに目を細めた相手に向って、煉は続けた。
「戦士らしく戦いで決めようぜ。あんたが勝てば好きにしろ。腕輪に再封印されるのも止めやしない。変わりに俺が勝ったら、俺達の仲間になってもらう」
 真の王、アールキング。一族の復讐を果たそうとするアルケリウスと手を組みながら、実際にはその一族を滅ぼした者達の後ろで糸を引いていた、ニルヴァーナから来たという世界樹。彼にとっても敵と言えるはずの存在を、倒すために。だが、その煉の言葉に「……正気とは思えんな」とアルケリウスは薄く笑った。
「仲間、だと? 俺は確かに貴様等に倒された。だが、貴様等を認めたわけではないし、今このときも敵であることに変わりは無い」
 そんな自分を、仲間だなどと、本当に呼ぶつもりか、と馬鹿にしたような口調のアルケリウスに、煉はしかし真っ直ぐ「思う」と答えた。
「あんたは、ただ不器用で、真面目すぎただけなんだと、知っているからな」
 その言葉に、チッ、と舌打つと、アルケリウスはひゅん、と槍を払い、その切っ先を煉へと向けて殺気の篭った目を細めた。
「いいだろう。その口、二度と叩けないように、その甘い考えごと砕いてやる」
 次の瞬間。
 ガギン、と鈍い金属音が弾けた。ぶつかった剣と槍が、ぎりぎりと擦れ、瞬きの間に、それは激しい攻撃の応酬へと転じる。速度で勝る高速の剣が、何度も中空に残像を生み、間合いで勝る槍が、縦横無尽に振るわれて懐へ入れるのを阻み、その互いの攻撃が弾けて生まれる火花が、ちかちかと点滅する。
 瞬くような時間の内に、繰り返される技の応酬の中、唐突に体を得ることになったためか、先に体力を失いつつあったのは、アルケリウスのほうだった。何故か本来の戦法や、魔法を一切使うことなく、ただその腕だけで槍を振るい続けるのは、単純な力だけで煉を圧倒しようと思ってか、それとも他の理由があったのか、それは判らない。だが、結果的に、それが勝負の明暗を分けた。
「終わりだ……!」
 アルケリウスの、大振りの一閃。それで一瞬できた隙をついて、サイコキネシスで一層速度を増した切っ先が槍の側面をすり抜けるように突き出され、そのまま穂先を絡めて大きく振り払う。力があった分、リーチのある武器はアルケリウスを巻き込んで大きくバランスを崩させた。咄嗟に転がるのを防ぐため、槍を手から離したが、遅い。
「ち……っ」
 体勢を立て直す間もなく、ニ撃めが、その頭へと振り下ろされ、そして――……地面へ腰の落ちたアルケリウスの頭上で、その切っ先は止まっていた。
「…………」
 勝負はついた。眉を寄せつつも、足掻く様子も無いアルケリウスに、煉は剣を収め、口を閉ざした。ここで改めて、何かを口にする必要は無いし、無理強いする意味も無い。あとは、アルケリウスがどう、受け止めるかだ。その結論を信じて待つと言うように、下がった煉に代わって、転がった槍を目で追いながら、座り込んだまま動く様子の無いアルケリウスに、不意に近付いたのは司だ。
「ひとつ、聞きたかったのだが……そなたはどう思う?」
 問われた意味がわからずに、目線をあげ、訝しげに眉を寄せるアルケリウスに、司は続ける。
「立場にしがらみ、期待と重責……自分ではどうにもならない事は色々あるだろうが、大切な筈の相手を泣かせるような真似しか出来ない奴は、本当に仕方がない。そう思わないか?」
「司、目上の方ですよ」
 そんな司の口調に、グレッグが慌てたように口を挟んで、アルケリウスに向って頭を下げた。が、それは口調に対してだけのようで、その言葉の内容それ自体は、否定は無いようだ。その”仕方がない奴”が誰のことを示す言葉なのか悟りながらも、アルケリウスは何も答えないが、それに構わず司は続けた。
「……だが、もしかすると、そなたはいつかのわたくしかもしれないな」
 誰にも、”そうはならない”と断言することは出来ない。或いは、自分も大切な誰かを泣かせてしまうのかもしれない、と。独り言のように言ってから、「得たものの為に何をするかじっくり考えるがいい」と、言うだけ言って、答えを待つ間もなく踵を返す司と入れ替わるようにして口を開いたのはニキータだ。
「あたし達は、特に国軍という公の立場だから……罪を憎んで人を憎まず。っていうのは当然なんだけど、でも、それを全ての人にそうしろ。と言うのが、間違っているのも分かっているわ」
 襟足の髪をくるくると指先で巻きながら、ニキータはアルケリウスを見ないままに「何が言いたいか、判るかしら」とその言葉を続ける。
「あんたがディバイスの父親を殺したようなもので、そのせいで小さな子供が、ずっと寂しい思いをした事を流す気には、あたしはなれないけど……憎しみでも許しでも相手が消滅してはぶつけ所が無いっていうのは、酷い話じゃないかしら」
 タマーラへ向けて槍を振り下ろすのを躊躇ったこと、同時にディバイスの父親の命を奪ったも同然であること、二つの事実に複雑な感情が入り混じる中、それでも口にした言葉にアルケリウスも一瞬何かを言いかけたが、直ぐに口をつぐんでしまった。そんなアルケリウスの様子に優も口を開いた。
「……もしかしたら、貴方にとっては、消えてしまう方が楽なのかもしれない」
 復讐を果たすという深い憎悪から、そして憎悪に縋るほかなかったその葛藤や苦しみから。罪を背負って永らえるよりも、封印や消滅といった手段で解放された方が楽なのかもしれない。だがそれでは、幸せとは言えないのだ、と優は訴えた。
「だが、巫女やディミトリアスのためにも、貴方は必要なんだ」
「…………」
 それぞれの言葉を黙って聴いていたアルケリウスは、長い沈黙の後、深く溜息を吐き出した。
「……俺は勝負に乗って、そして負けた。決定権は俺には無い」
 その言葉の意味は明白だったが、それに対して優や煉達が口を開くより早く、アルケリウスの輪郭は崩れるようにして解け、また超獣の姿へと戻ってしまった。力を失ったのか、といえばそうではなく、自分から引っ込んでしまったらしい。アニューリスは苦笑して、超獣の頭をそっと撫でた。
「……まだ全てのわだかまりを、捨てきることは出来ないのでしょう」
 それでも、アルケリウスは封印ではなく、留まる意思を見せた。その事実を噛み締めるようにしながら、今度はその目をディミトリアスへとひたり、と合わせた。
「……これで、貴方を縛る理由は無くなった」
 そう、ディミトリアスが躊躇っていた最大の理由は、失われたに等しい。ディミトリアスの前だからか、僅かに口調を変えたアニューリスは、静かに言って一息をつくと、まるで追い詰め寄るようにして、かつり、と一歩を寄せてディミトリアスの目を、逃さないとばかりに真っ直ぐに見上げた。
「こう、問えと言われた……”人を想う気持ちとはどんなものか”と」
 それは、先日、一人の少女から問われた言葉だった。そのときに自分が答えた言葉も、心も、今も寸分変わってはいない。一瞬躊躇ったものの、覚悟を決めたように息を吸い込んで、ディミトリアスは「……どんなものか、と君に問われれば、答えられるのは一つだけだ」と、かつて少女に同じことを聞かれた時と同じように、そして、言うまいと思っていたはずの、けれど本当はそう願っていたはずの言葉を、口にした。
 
「……愛している。共に……生きたい」






「全く……手の掛かる奴だ」
 漸くのディミトリアスの言葉に、遠巻きに、呆れたような声で肩を竦めたクローディスだったが、その横顔に、未憂はくすりと小さく笑った。
「そんなこと言って、嬉しそうじゃないですか」
「判るか?」
 囁きあうようにくすくすと笑うと、クローディスはさっとその手を上げて、既にこっそりとスタンバイしていた面々へと合図を送ると、それを受けて、エリザベートが「それじゃあいきますよぉ」と手を翳すのと同時。超獣の欠片を持つ者を中心として、未憂たちは手を繋ぐと、目を伏せて意識を集中させた。
「そうそう、そうですよぉ。渦を作る感覚かのですぅ」
 エリザベートの声に導かれるようにして、超獣の欠片の持つ同調の力が働き、力がゆっくりと流れて、クローディスの元へと集束していく。それを感じながら、クローディスは、自身の持つ欠片をディミトリアスに握らせると、その手を包み込むようにして、皆と同じく目を伏せた。
 アルケリウスのおかげで、同調の力によって、魂を引っ張ることが出来るのは判っている。あとは、上手くその魂がディバイスから分離して、欠片へと収まるかどうかだ。手ごたえはあるものの、今一歩が不足している感覚が皆をじわじわと焦らせる中、ディミトリアス目を伏せ、躊躇いがちながら、小さく口を開いた。
「……糸の端は結ばれる。それを掴むものによって」
 その呟きの直後、欠片から強い光が溢れた。ディミトリアスを飲み込んだそのあまりに強い光のまぶしさに、皆が思わず目を瞑る。刺すようにきついその光がゆっくりと薄れ、皆が漸くその目を開くと、そこにはディミトリアスと――その手を握り、嬉しげに顔をほころばせる少年、ディバイスの姿があった。丁度握手をするような格好の二人は、互いに見合って思わず小さく笑いを零した。
「はじめまして、と言うのは可笑しいな」
 今まで、片方は間借りとはいえ、一つの体を共有していたのだ。そんな相手の手の温度に、不思議な心地で目を細めていたが、そんな感慨に浸る二人の間に、ひやり、とした空気が滑り込んだ。
「……ディミトリアス」
 呼ぶ声に、びくりとディミトリアスが肩を揺らした。
 一歩、二歩とその背に近付いたのはアニューリスだ。後ろから感じる何とも言えないそのプレッシャーに、覚悟を決めて振り返ったディミトリアスに、アニューリスはにっこりと笑う。
「一万年……よもや、これ以上待たせはしないね?」
 立場故の葛藤も、失うことへの恐れも晴れた今、これが本当の彼女なのだろう。華やかに圧するその笑みに、ディミトリアスは敵わない、と息をつき、それでも締め付けるような幸福を隠しきれない様子で、一万年と言う、あまりに長い年月を越えて、ようやくその唇へと、再び口付けを落としたのだった。