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第5章

 崩れた壁から、巨大ひよことスライムが飛び出して、水着や着ぐるみできっちりと身を守っていた女性陣より、男性陣の悲鳴が飛び交う。
「この不穏な空気は、何だ、このやろー! やはり、俺達、明倫館男衆には安らぎは無いってか?」
 唯斗も、叫びながら、戦闘態勢をとった。
 女湯の方を見ないように背を向けていた陽一は、理子とセレスティアーナが、まだ服を着ていたことにほっとしながら、護衛についた。
「下手に接触したら、寄生されてしまう!」
 スライムの柔らかい体に、通常の打撃や斬撃は効果が薄そうだ、と考えた陽一は、距離を取って、【絶冷斬】の冷気を帯びた深紅のマフラーや漆黒の翼で攻撃を繰り出した。
 そこに駆け付けたのは、レグルス・レオンハート(れぐるす・れおんはーと)
 強面の厳つい顔つき、筋骨隆々な体つき、低く渋い声、右目を通る大きな傷痕。
 大きく逞しく強い男だが、ふわもこな動物と甘いものが大好きなレグルスの目的は、寄生型のモンスターを倒し、巨大ひよこをもふることだ。
「オッサン、一緒に戦ってくれるのか?」
「オッサンて言うな!? 俺はまだお兄さんだ!!」
 唯斗に怒鳴り返したレグルスは、【ドラゴンアーツ】と【天のいかづち】で、距離をとりつつ、スライムを攻撃しようとしたのだが……、
「いいねぇ!こういうサプライズイベントは大好きだなぁ!」
 動物モチーフの派手な衣装と装飾品を身に付け、顔にペイントを施した道化師の様な外見のフルフィ・ファーリーズ(ふるふぃ・ふぁーりーず)が、レグルスとスライムの間に、飛び込んできた。
「何を考えてるんだ!」
「危ないぞ、下がれ!」
「触手に襲われるぞ!」
 陽一、唯斗、レグルスの忠告に耳を貸さず、フルフィは、スライムに近づいていく。
「まぁまぁ、そんなにヤバそうじゃないじゃん? 大丈夫……ン……多分ねぇ!」
 フルフィは、人外をこよなく愛する奇人だ。巨大ひよこの話を聞き、あわよくばひよこ達を手懐けてしまおう、とやってきたが、壊れた露天風呂に来てみると、ひよこ以外のなんだか変な生物に興味を惹かれたのだ。
「スライムは好きだし、こっちも何とか手懐けられないかな、と思ってねぇ。ひよこはとりあえず置いておく事にして、観察しながら、色々試してみることに……」
 寄生型モンスターであることを知らないフルフィは、好奇心に負けて、ねばねばどろどろに不用意に近寄って……、
「うぎゃっ!」
「あ……やっぱ寄生された」
 やられてしまったものは仕方ない。
 陽一が、【行動予測】と【メンタルアサルト】のフェイントを絡めて隙を作り、唯斗、レグルスが首の後ろを攻めるが、フルフィの特殊な巻き付けた装飾品が邪魔で、なかなか急所に届かない。
「ひよこ! ひよこは?」
 叫びながら、そこに乱入してきたのは、ニワトリの着ぐるみを着た葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だった。
 また妙なのが来た……と、陽一、唯斗、レグルスが、顔を見合わせる。
「なぜ……ニワトリ?」
「ひよこが懐くのはニワトリ! 常識であります!」
 よほどひよこと戯れたいのか、言っていることは変だが、赤いとさかを頭の上にちょこんと載せた着ぐるみは、短時間で作ったとは思えないほど完成度が高い。
「それよりひよこは?」
「スライムに怯えて逃げたぜ。さっさとここを駆逐して、もふもふしたいものだが……」
「何だって!? こいつらのせいで、ひよこが!?」
 レグルスの言葉が終わらないうちに、情け容赦のない一撃が、フルフィを襲う。
「ぐふっ!」
 吹雪は、延髄蹴り、ドロップキックと、次々にプロレス業を決めた。
「巨大ニワトリも……素敵だねぇ」
 人外好きを主張したところで力尽き、がくりと気を失ったフルフィから、スライムが剥がれ落ちる。
「しっかりしろー!」
「傷は浅いぞ!」
「それが最後の台詞でいいのか!?」
 スライムにトドメを刺し、女湯を鎮圧した男たちの励ましは、届かない……が、ペット用ロケットランチャーと治療用キットを持ったペンギン・アヴァターラヘルムのペンタが治療を担当したのだから、フルフィにとっては、貴重で満足な体験だったかもしれない。

 女湯から逃げ出した巨大ひよこは、男湯の巨大ひよこと合流して、風船屋の中を駆け回っていた。
 そして、騒ぎに紛れて、こっそりと孵化した危険な寄生型スライムモンスターも、寄生先を求めて……、

 萩の間では、仲居姿のセリカが、音々の見合いについて、詳しい事情を知った黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)が憤慨していた。
「何としても止めなきゃな!」
「相手は、いい子なんですけどね」
 と、仲居の仕事に励むセリカが、運んできた竜斗、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)黒崎 麗(くろさき・れい)の荷物を片付けながら呟く。
「無理やりってのが気に入らない!」
「私も、竜斗さんと一緒に、お見合いを阻止したいです。守るための戦いなら、誰も傷付かないように戦えますね」
「私も、お父さんとお母さんと一緒に、悪い人たちを追い返します! 困ってる人は放っておけません! 私だって戦えますもん!」
 確かに、恋人のユリナの【サイコキネシス】と【ヒプノシス】なら、旅館へのダメージもないだろう。しかし、しっかり者だが絵に描いたようなドジっ娘の麗が一緒となると……、
 戦うことに抵抗はなく、むしろ好戦的かもしれない竜斗だが、戦わずに済むなら、それでいいとも考えている。
「何か、いい方法があれば……」
 考えながら見上げた天井に、奇妙な気配を感じると同時に、無駄な感じに良い声が振ってきた。
「なんと、掃除用具に触った事も、厨房に入った事もなかったセリカが、こんな仕事をするとは」
「父上!」
「ポータラカ人のナノマシン拡散か」
「昔は、武器の手入れはともかく、メイドがいなければ部屋は散らかり放題で、食事は適当、ベッドは物置台と言う有様だったのに、立派になったなあ」
 ナノマシンに拡散して天井近くを漂うアルバは、息子の仲居としての仕事ぶりに感激しているようだ。
「父上……頼むから、離れて見学してくれ。と言うか昔の話を持ち出すのは止めてくれ。こっちは仕事中なんだ」
「お父さん、面白いです」
「いいお父様ですね」
 麗とユリナにそんなことを言われて、居たたまれなくなったセリカは、除菌スプレーを取り出した。
「ま、待て、いいことを教えてやろう」
 何だ、と尋ねようとしたとき、いつのまにか部屋に入り込んでいた巨大なひよこが、竜斗の荷物の中から、下着を抜き出そうとしていた。
「む? なんでこんな所にひよこが」
「そう、そのひよこだ。露天風呂で騒ぎがあってな、あの失礼な者どもを追い払う手段に使えるのではないか?」
 巨大ひよこと寄生型スライムの話を聞いた竜斗が、「なるほど」と頷く。
「弱みを握ればなんとかなりそうかな。借金取りが暴れまわってるところを映像で手に入れられりゃいいんだが…」
 その方法を相談しようとした矢先、タバコを咥えたセレンが、部屋に戻ってきた。
「風呂上がりの旨い酒を邪魔する悪党どもの悪事、各地に仕掛けたカメラで撮影してやらぁ!」
「ん? なんだセレン? 旅館のあちこちにカメラを仕掛けた?」
「映像は、俺の携帯にリアルタイムで送られてくるから、都合のいいように編集してやるぜ」
「良くやった! うまいこと編集して交渉材料にしてくれよ! みんな、気合い入れてくぞ!」
 セレンが仕掛けたのは、カメラだけではなかった。
 落とし穴や釣り天井、昔見た冒険家の映画に出てたデッカい玉……。
 バレたら竜にも女将にも怒られるから黙っとくけどな〜と、セレンは、こっそり心の中で呟く。
 作戦を立てた竜斗たちが部屋を出た後も、セリカは、下着を持って走り回るひよこを追いつつ、【適者生存】と【威圧】で教育的指導を続けていた。
「お客様の衣服を乱暴に扱うんじゃない! 俺が教えてやるから、協力しろ!」

「なんとかして借金取りさんを追い返したいなあ」
 ぼんやりと考えながら廊下を歩いていたティエンが、ぽよん! とぶつかったのは……、
「か、可愛いー! おっきなティンがいっぱいでもふもふ〜」
「ティエン……」
「……じゃなくて、【適者生存】とティンにお願いしてもらって、お友達になろう! そしてお邪魔な借金取りさん達撃退に協力してもらうの!
「いいんじゃねえか?」
 巨大ひよこたちは、ティエンのピヨのティンと「ぴよぴよ」「ぴよぴよ」と語り合っている。話が通じているのか、いないのかよくわからないが、セレンの仕掛けたカメラに気付いた陣は、廊下で見張っているチンピラ借金取りに向かわせてみることにした。
 ぽよん! ぽよぽよんっ!
「な、なんだ、こいつらは!」
「あ? なに、風船屋名物風船ひよこのもふもふサービスって奴だ。なぁ、ティエン……にしても、こいつら、かわいいことはかわいいが、ほんの足止め程度にしかならない……」
 陣がそう言いかけたとき、セレンの仕掛けた落とし穴が作動!
「おっ! こいつを上手く使えば……よく見ると、他にも釣り天井とかいろいろあるじゃねえか」
「僕とお兄ちゃんが、借金取りさんを取り押さえるから、義仲君は若旦那さんに直談判お願いっ!」
「後は頼むぜ、義仲!」

 竜斗、ユリナ、セレン、麗も、巨大ひよこの群れに出会っていた。
「……!! ひよこさんがいっぱい!?  か、可愛いです……! もふもふしたい! あぁ、でも旅館のためにも戦わなくちゃ! でもでも、ちょっとだけなら……」
 巨大ひよこに抱きついたまま、ユリナは、廊下を駆けていく。
「あれ? お母さんどこ行くの?」
「と、取り敢えずひよこさんを安全な場所に逃がします! 安全な場所に連れてって、もふ……じゃない、守ります!
「可愛いひよこさんを避難させるんだね? 私もお手伝いする! だから、私にも、もふもふさせてぇ〜!」
 竜斗とセレンが呆然としている間に、ユリナと麗は、巨大ひよこの群れとともに消えた。
「ま、まあ、仕方ないか」
「元々、ひよこに戦闘力は期待できないもんな」
「……だな、ちょうどいいところに、スライムがいるから、カメラの位置を計算して、と」
 ロイヤルリゾートの幹部の中でも、ひときわ偉そうに振る舞っていた男が、ひとりで廊下を歩いてきた。
「おい、おまえ! ちょっと来いよ! 話つけようぜ!」
 待ってました、とばかりに、セレンが挑発する。
「……誰に向かって言っているんだ?」
 怒った男が、向かって来ようとしたところに、壁を這っていたスライムモンスターの触手が、ひゅるん!
「うおおっ!」
 ロイヤルリゾートの仲間たちや他の客に向かって、無差別に触手を放ち、暴れまくる幹部の姿をしっかりと撮影した後は、見張り役のチンピラを片付けた義仲の【ライトニングブラスト】と、竜斗の【スタンクラッシュ】で、きっちりと始末した。