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第1章

 靴を脱ぎ、荷物を下ろした客たちは、すっかりくつろぎモードになっていた。
「あー、落ち着くわ。ここって、なんだか懐かしくて、『帰ってきた』って感じがするのよね」
「大袈裟な……まだ、二度目の訪問であろうに」
 理子とセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)は、今回も「北条 真理子」、「アズール・アジャジャ」という偽名を使い、分厚い瓶底眼鏡、帽子、マスク、マフラー装備という怪しげなアイテムで、変装していた。
「なあ、あのふたりって……」
「ああ、確かに……静かで落ち着ける場所を求めて、お忍びでやってきたのだろう……私のように」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、囁き合い、
「あの〜あのふたりって、前にもここで……えと……」
「しーっ! そっとしておいてあげましょう」
「ん〜そうですね、偉い人だって、たまにはのんびりしたいですもんね〜」
「……ですね」
 ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)阿部 勇(あべ・いさむ)は、ふむふむと頷き合っている。
 背後の様子に気付いていない本人たちは、自信たっぷりだが、風船屋の玄関にたどり着いた時点で、すでにバレバレなのだ。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
「今回も、松の間をご用意しております」
 夏に顔を合わせている清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)も、ひと目で正体を見抜いたものの、素知らぬ顔で、頭を下げる。
 次々に到着した客たちが、宿泊手続きに並んでいると、その列に、十数人の男たちの集団が割り込んできた。
「うわ〜、ボロい温泉宿に泊まりに来た客が、いっぱい居るぞ〜もうすぐ潰れちゃうのにな〜」
 派手なシャツに趣味の悪い上着、これみよがしに鎖のアクセサリーをジャラジャラ鳴らす男たちは、玄関先を我が物顔で歩き回り、
「オジョーサンたち、こんなとこやめなよぉ、オレらと一緒に、もっと面白いトコ、遊びに行こうぜ」
 と、外見は美女の男子リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)ベアトリス・ウィリアムズ(べあとりす・うぃりあむず)メアトリス・ウィリアムズ(めあとりす・うぃりあむず)に酒臭い息を吹きかけて絡み、
「おい、ビールが温かったぞ! さっさと取り替えてくれよ!」
 と、仲居姿のリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)に向かって、怒鳴る。
「やめなよ! 他のお客さんたちの迷惑だよ!」
 さっと飛び出した小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、居合わせた者たち全員の心の声を代弁して叫んだ。
「今回は、のんびり温泉を楽しむつもりで来たんだけど……」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、こっそり呟くが、曲がったことの大嫌いな美羽が、この場を見逃せるわけがない。
「なんだとぉ!? オレらは、親切で言ってやってるんだぜぇ」
「そうそう、この宿は最悪だ、ってことを、おまえらに教えてるんだよ!」
「それって、ちょっと勝手なんじゃない?」
 そう言った小柄な美羽を庇うように、身長2メートルの角刈り男夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が、ずいっと歩み出る。
 他の者たちも続こうとしたそのとき。
「おや、一体、どうしたんですか?」
 場にそぐわない明るい声とともに、金髪の少年が現れた。
「わ、若旦那……」
「何か問題があるのなら、僕にも相談してください。今日から、風船屋は、ロイヤルリゾートの一員になるのですから。そうですよね、音々さん」
 少年は、育ちの良さと無邪気さの両方を感じさせる仕草で、少し後ろをついてきた音々を振り返る。
「は、はい」
 おどおどと頷く音々に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が駆け寄って、手をとった。
「また来たよ、音々♪ この間は、セレスや理子と凄く楽しかったし、料理美味しかったしね……って、理子たちも、また来てたのね」
 と、ふたりの代王を映した金色の瞳が嬉しそうに輝く。
「やっほー、セレスと理子……じゃなくて、アズールと真理子!」
 セレスティアーナにぎろりと睨まれ、あわてて言い直したルカルカの耳元に、理子が顔を寄せた。
「ただのクレーマーとかじゃなさそうね」
「うん、ちょっち気配が変だ、ってふたりも感じた?」
 チンピラ風の男たちは、少年と一緒にやってきた黒スーツの男たちに囲まれている。
「……面倒を起こすな」
「けど、オレらは、あんたたちの言う通りに、風船屋の評判を落とそうと……」
「やるなら、もっと上手くやれ。若旦那に、悟られないように……」
 チンピラと黒スーツのこそこそ話を聞きつけた夏侯 淵(かこう・えん)は、眉をひそめた。
「さあ、若旦那も音々も……ロイヤルリゾートの皆様も、あちらへどうぞ。田舎くさい宿ですが、酒は上等なものを用意しましたぜ。おっと、若旦那には、ジュースをお出ししますよ。へへへ、どっちでもいいか」
 風船屋の法被を羽織った男が、慣れ慣れしい軽口で、一行を案内していくのを見送って、木曽 義仲(きそ・よしなか)が、平清盛に尋ねる。
「どうも様子が妙だが、何があったのだ?」
 会えなかったこの数ヶ月に何度か手紙のやりとりをして、今では、すっかりラブラブな清盛と義仲だが、再会の喜びや、ふたりの世界に浸っている場合ではないようだ。
「ああ、音々には口止めされているのだが……」
「ええ、それに、従業員として、お客様を巻き込むのは避けたかったのですが」
 しかし、ここで言わなかったら、後ですごく怒るだろう……特に、代王ふたりは。
 覚悟を決めた北都が、皆に、事情を語る。
 長年失踪していた音々の兄、音彦が、突然、帰ってきて、風船屋の経営権を主張していること。
 法的な対応をする間もなく、借金取りたちが乗り込んできて、嫌がらせを繰り返していること。
 買収先は、地球の大手リゾート会社ロイヤルリゾートで、そこの社長の息子の「若旦那」と呼ばれてい少年と結婚することが、風船屋を存続させる条件となっていること。
「ということは、つまり……」
 考え込んだセレスティアーナに、ルカルカが囁く。
「要するに、音々が、借金のカタに身売りさせられる、ってことだよね。表向きは平和な結婚だけど、実態は酷いんじゃない? あんな奴らのとこに嫁に行ったら、あんな事やこんな事を無理矢理させられるかもよ!」
「な……なんだと!」
 怒りにぶるぶる震えるセレスティアーナは、自分が丸腰であることに気付いて、ルカルカの居合の刀に手を伸ばした。
「待って待ってセレス。お忍びだし、名前とか武器とか出すのはマズいって……ここは代王じゃなく、おにゃのこパワーで頑張ってみない?」
「おにゃのこパワー?」
「面白そう! せっかくだから、バレバレの変装はやめてみない?」
 と、身を乗り出した美羽を交えて、ルカルカ、理子、セレスティアーナは、何やら相談をはじめた。

「いいお宿だと聞いて、今回初めて4人揃って風船屋さんに来ましたのに……」
「僕も、浴衣に丹前、手ぬぐい下げて、初めての日本風の温泉宿を、のんびり楽しみたい…と思ってきたのに、お風呂どころじゃないようだね」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)の会話に、エースとメシエも、小さなため息をつく。
「まったくもってその通り。せっかくの旅の気分がこの騒動で台無しだねぇ……」
「エースの薦めで一緒に来たんだけれど……意外と騒々しい所だね」
「いやー、まさかこんな騒動が待ち受けていたとは。メシエにも、ここの温泉を堪能して欲しかったんだけど」
「まあ、美味しいと評判の料理に免じて、協力してあげようかね」
「女性の幸せを願う紳士としては、女将さんの嫌がる縁談は、黙って見ている訳にもいかないよね。音々さんの力になろうよ! 先ずは、あのボンクラ兄貴が逃げ出さないように身柄を確保しておかなきゃ。見合いの件が済んだら、借金の処理として当事者が居なくちゃ話にならないし」
 と主張するエースに、高柳 陣(たかやなぎ・じん)が、大きく頷いた。
「てめえの妹と母親の形見を売ろうなんざ、屑だな、その兄貴……そもそも14才同士、結婚できねぇだろう」
「借金だとか買収だとか結婚だとか……ふざけるのも大概にしてください!」
 商店街のくじ引きで、宿泊券が当たってやってきた次百 姫星(つぐもも・きらら)も、義憤に燃えている。
「私の両親といい、女将さんのお兄さんといい、博打で借金する人って自分勝手で平気で他人巻き込みますよねぇ」
「あ、姫星がキレた……」
 連れの鬼道 真姫(きどう・まき)が呟く。
 一途で夢見がちな純情乙女の姫星は、長年の借金生活で培われた貧乏性と節制精神は人一倍、特売と一攫千金に目がないが、悪銭は大嫌いだ。そんな彼女が、音彦を許せるはずがない。なんたってパラ実生、借金取りが可愛く見えるくらい、キレて黒くなってしまうかもしれない。
「経営権? 度重なる経営危機に対して、何もしてないし、何も責任負ってないじゃないですか。十分、経営放棄とみなされて文句言えないですよ。長男だから? はははっ、この旅館は、代々、母から女子に受け継がれているじゃないですか。なら、この旅館は音彦さんのではなく音々さんのものですよ」
「自分の才覚で作ったのでもない『財産』アテにして、博打で借金するようなヤツはしばき倒したる」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)の呟きには、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が、静かに、だからこそ不気味なほど妖艶な笑みを浮かべる。
「泰輔のモットーは『働かざる者、食うべからず』であったな」
「とりあえず、借金までしてのバクチはあかんでしょ。僕かてゼニは好きやけど、それは自分の労働の成果や才覚を示す指標として。親の財産アテに借金は筋違いや」
「うーん。自分がやったことは、自分でカタをつけなきゃね。稀に篤志家の友人達が窮地を救ってくれるって事もあるけど、そういうのは人徳ってやつだ」
 フランツは苦笑した。
「『長男だから経営権は自分にある』と言ったそうですが、あの方の頭の中では、第2次世界大戦も太平洋戦争も終わっていないのですね、かわいそうに。『家制度』が廃止されたこともご存じないなんて。その前提が思いっきり間違いなのですが、どうしたものですか」
 レイチェルの赤い瞳は、正義に燃えている。
「博打で作った借金のカタぁ? それも音々はんが子供の頃に出ていったきりの兄さんの、てか? 突っ込みどころはいっぱいあるわい。どんな場所からでも『逃げて行った』ヤツには、取り分なんかあらへんのじゃ」
 と、泰輔。
「万が一に、100%の経営権や土地財産等を、音彦に相続させる、としてあっても、音々はんには、遺留分が2分の1。音々はんが、遺留分を放棄せえへんかったら、音彦は、んは音々はんの同意なしに、風船屋に関する法的な処分はでけん。先代女将が、遺言書を残してへんとしても、相続は子供が二人やったら半々や」
「まずは、亡くなった先代の女将の遺言書だ。どこで誰が風船屋を相続するように書かれてる?」
 顕仁が、清盛に尋ねた。
「ああ、遺言状は音彦が持っている。『風船屋のすべてを音彦が相続する』とはっきり書いてあったそうだ。それを聞いた音々は、すっかり、気力を失ってしまってな……私たちが止めるのも聞かず、放棄とやらを決めてしまった」
「……にしても、音彦は、どないに風船屋『全体』を借金の抵当にする、法的に有効な書類を作成でけた? そんな処分権限はないねんで? 『半分』あったとしても、風船屋の価値を維持したり増加させた分は、音々はんの働きやから、それに見合う対価を清算した上でないと、音彦はそれも受け取れん」
「借金の抵当の件は、どうせマトモに書類も揃っておるまい。土地建物等の不動産に抵当をつけるとなると登記事項。ここは日本法に準拠の場所。名義人でもない者がその変更をマトモに当局へ申し立てるとなると、必要書類を偽造でもせねば出来ぬ事じゃ」
「偽造だと? なんという卑劣な男! この義仲、女将の兄上とはいえ腹が立つ! よいか、陣。俺は久しぶりに腸が煮えくり返っておる。見合いはともかく風船屋買収は必ず白紙にするぞ!」
「……義仲。お前、清盛絡むと燃えるな」
「しょうがないよ、お兄ちゃん。清盛ちゃんが大切に思ってるこのお宿も、義仲君にとって大切なとこなんだもの」
 ティエン・シア(てぃえん・しあ)の言葉で、義仲と清盛の源平ラブコメコンビの顔が、紅葉のように赤く染まる。
 顕仁にとって、清盛は、永年恨みつづけた者たちのうちのひとりだったが、からかったり呪ったりはいつでもできる……とりあえず今の標的は、音彦とロイヤルリゾートだ、と思うことにした。
「で、音彦とやらは処分してよいのじゃな?」
「バク才もないのに、博打に手ェだしたモンが悪い」
 臓器売買シンジケートに【根回し】をしようとした顕仁に、泰輔が許可を与える。
「あはは、本当に死ねばいいのに♪ あの屑人間、幾らで売れますかね?」
 姫星まで乗り気になったが…、
「いくらおバカでも、一般人を、人身売買とか臓器売買とかをさせるわけにはいかないです。それにそんな不摂生そうな人の内蔵なんか、ホルモン焼きには使えても、臓器移植用にはできません!」
 もっともな意見で彼らを諫めたレイチェルは、ボブカットの青い髪を掻き上げて、男たちに尋ねた。
「思いきって、事を分けてロイヤルリゾートの若旦那さんにお話しをしてみては?」
「ああ、幹部どもにそそのかされてる若旦那の坊ちゃんの方は、まだ話が出来そうだな」
 陣が同意する。
「そうだな、若旦那は、見た限りそんなに悪い子でもなさそうだ。音々さんと、友達になって帰って欲しいなあ。せっかくだから、若旦那が音々さんに好意を持ってくれたら、そんなに無茶なこと言わなくなるんじゃないかと思うんだ。それに同職種同年代の人だろ。音々さん個人に純粋に好意を持ってもおかしくないよ」
 いや、むしろ、健気で魅力的な彼女に、好意を持たない方がおかしいだろ、とエースは思う。
 メシエも、若旦那と見合いについては、同意見だった。
「相手も同じ14歳。周りの大人の都合はともかく、音々嬢に惹かれる可能性もあるのでは。その逆もしかり。お互い、同年代の似た立場の友人も少ないのではないのかね。本来なら、友人として是非交流すべき相手ではないかと思うのだが。若旦那と音々嬢の交流の芽は残すべきだよ? 先々本当に助けあう事があるかも」
「お見合いするのは悪いことじゃないよ。もしかしたら、お互いいいな、って思える人かもしれないもん。借金の為になんて、ぜーったいダメだけど!」
 ティエンの訴えに続いて、あちこちで情報を聞きかじってきたフレンディスが叫ぶ。
「マスター、大変です! 音々さんが”せーりゃくけっこん”で身売りされてしまうそうなのです!」
 仲居の仕事をしていたフレンディスは、本人が世間知らずのぽやぽやドジッ娘忍者さんということもあって、少しばかり過激に誤解しているらしい。
「え? ”せーりゃくけっこん”は、身売りではなくて、見合いなのですか? でも、音々さんにだってお慕いする殿方がいらっしゃると思いますし……ですからその、何とかしたいのですが……どうすれば……」
「実は、口止めされていたことがもうひとつ。実は、音々には、好きな相手がいるのだ」
「な……なんだってえええぇぇぇ!?」
 清盛の衝撃の報告に、一同から驚きの声が上がる。
「ロイヤルリゾートの坊ちゃんは、人が良さそうですから、本当に女将と仲が良くなれば、風船屋はどうにかなるかもと思っていましたが……そうなると、話は変わってきますね……うむう」
 湧が、皆の意見を代表して唸る。
「あのう、えと、相手は、誰なんですか?」
 ホリイに尋ねられた清盛は、ぶんぶんと頭を振った。
「知らない。音々はあれで、なかなか口が固くてな……だから、ロイヤルリゾートの若旦那がどんなに良い奴だろうが、見合いの席には座らせたくないのだ」
「マスター! お聞きになりましたか! 音々さんには、やはり、お慕いする殿方が……!」
 ベルクと恋人同士になった自分自身を重ねているのか、フレンディスは、青い瞳をうるうるさせている。
「つーても、金が絡んでいる以上、音彦殴って解決できる問題でもねぇし、今の俺らに出来るこたぁ、無償でもバイトして盛り上げる協力するしかねぇ訳だが」
 と、ベルクは、偶然、葦原へ立ち寄っていたマリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)を振り返った。
「マリナ姉も、久々にフレイに会いに来たっつーのに、妙な事に巻き込んじまって悪ぃな。こーなったフレイは誰にも止められねぇんだ……」
 フレンディスは、鈍感なので気付いていないが、マリナレーゼは、彼女の母の妹、つまり叔母である。
「おやおや、強制買収なんて物騒さねぇ。ベルちゃん、気にする事ないさね。フレちゃん達が世話になったお宿なら、あたしは喜んで協力するさねよ?」
「……屑兄貴って本当のところ、妹や親の形見をどうでもいいと思う奴なのか? ちょっとばかし、そこが引っかかるな」
 陣が、首を傾げた。
「え、えっと……」
 と、口ごもりながら、リースも、自分が得た情報を、一生懸命、語ろうとしている。
「た、隆元さんが客観的に見て、借金を作るようなお兄さんがいる、経営状況のあまり良くない風船屋さんの借金を肩代わりするなんて怪しい、って言ってて……ロイヤルリゾートさんが、風船屋さんの土地を手に入れる為に、音彦さんが借金を背負うように仕組んだんじゃないかって言ってたんです」
「買収したいロイヤルリゾートが、借金を背負わせた可能性もあるしな。大企業が、善意で、たまたま音彦の博打の借金を肩代わり……とか、都合よすぎるし有り得ん」
 チンピラ男たちの前に立ちはだかったときから、腕を組んで仁王立ちのままの甚五郎は、風船屋が気に入っていて、「これがホテルみたいになるのは気に入らん」と思っている。
「はいはい、ロイヤルリゾートの裏を取るんですね。ネットで知り合った地球側の人にも協力を依頼しましょうか」
 と、勇が、甚五郎に頷く。
「主に、買収の手口、経営状態、パラミタへの進出計画、暴力団との繋がり等ですかね」
「えと、ロイヤルリゾートさんの行動的に法律に引っかかるところですか? あと、法的に、経営権を女将さんに渡す方法……、それから、えと……」
 ホリイは、準備ができたらしい温泉と、料理のおいしそうな香りに気が散っているようだが、ハイテク忍犬のポチの助と協力しあえば、調査はスムーズに進むことだろう。
「僕の行動は、すべてオフレコですよ」
 と、埼玉県民に協力を依頼した勇が、付け加えた。
 ここまで話を聞いて、場を離れたセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)は、今回のこの件を、お金の力で解決しよう、と考えていた。
 まずは、手持ちの150万ゴルダを元手に、【値切り】【高額販売】の能力をFXで駆使。安く買って高く売る、を基本に、可能な限り良いレートで日本円に換金して……、
「むー、お金これしかないんですの? ちょっと心許ないですわね」
 ちょっと不満げなセシルが用意したのは、日本円で約5億円。
 このお金で、ロイヤルリゾートに対して敵対的買収を仕掛ける、というのがセシルの作戦だ。
 パートナーのケヴィン・フォークナー(けびん・ふぉーくなー)は、セシルのサポートに回っている。
 変人揃いのフォークナー家の中でも突出した異端児、夢は完全なる永久機関の完成という魔術師にして狂科学者のケヴィンにとっては、風船屋が巻き込まれたトラブルも、理知と狂気、博愛と厭世、直情と狡猾、善と悪をもって対処する事象のなのかもしれない。
「株取引に買収か、随分と久しぶりにやるな。では、我がフォークナー家に敵対した事を後悔させてやろうか」
 ケヴィンの主な役目は、【根回し】で、ロイヤルリゾート関係者に対して工作を行なうこと。
 それが効果を発揮したのを見計らい、【セルフモニタリング】で、状況や相手に合わせてテンションを上下し、硬軟織り交ぜた対応で、懐柔したり脅したりしながら味方に付け、【情報撹乱】で、中枢部への情報の伝達を阻害。
 ケヴィンは、技術者としての知識や技術を駆使して、実の妹、セシルの買収を助けた。