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第6章

「さあ、仕上げにかかるよ! ふたりの代王の華麗なる世直し記、番外編だよ! おにゃのこパワーで悪い奴らにオシオキだね♪」
 と、張りきるルカルカは、「俺、…男なんだが」と、こっそりため息をつく淵を引き連れて、マーガレットに声をかけた。
「温泉乗っ取りの陰謀の暴露か、人情ドラマが撮れるかもだから、どんなことがあっても、カメラ回し続けてネ!」
「言われなくてもそのつもりだ。この宿では、思いもよらぬ面白いものが撮れるからな」
 メアトリスの【ヒール】と、クナイの適切な手当のおかげで、スライムに寄生されたダメージから回復したマーガレットは、力強く頷いた。

 マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)とイングラハムは、ロイヤルリゾートの黒スーツたちが、音々と若旦那を囲んでいる部屋に、ヴァイスとリースの小鍋料理と酒を運んだ。
「おまえ、どうしてここへ……? 見張りはどうした? この料理は何だ?」
 イングラハムの姿に、ひとしきり悲鳴が上がった後で、黒スーツの幹部が尋ねる。
「あたしは何も知らないです。お見合いの御膳が出るまで、まだ時間があるし、お付きの方たちは、食べる暇がないだろうから、今のうちにおもてなしするように、って板場の人たちに言われただけですから」
 そういって、美味しい料理と酒を上手に勧めるマーガレットに、黒スーツたちは、次第に警戒心を解いていった。
「ロイヤルリゾートって、すごいですね。有名だし、いっぱいホテルがあるし」
「まあな」
「地球のロイヤルリゾートのホテルに泊まってみたいです。ええと、ラスベガス……だったかなあ、大きくて、きれいな……」
「ああ、あそこはカジノが有名なんだ」
「皆さんも、ギャンブルは得意なんですか?」
「ああ、あれはコツがあって……」
 仕事の自慢を聞くところからはじめて、晴彦がやっていた賭け事のイカサマの方法まで、マーガレットが首尾良く聞き出した頃合いを見て、ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)が、隣の部屋に音彦を連れてきた。
 あらかじめ、掛け軸の後ろに用意しておいたのぞき穴から、黒服たちの宴会の様子を音彦に見せる。
「あの中に、大損したときに、一緒にいた奴はいないか? 『大口を狙ってみろ』なんて掛け金のかけ方をアドバイスした奴とか」
「うーん……あんときはツイてたから、みんなが、『もっと賭けろ、もっと賭けろ』って言ってたなぁ」
「ディーラーは?」
「酔ってたから、あんまり覚えていないんだよなぁ」
「よく見てくれ。向こうからこちらは見えないから」
「うーん……あの男、髪型はちがうが……似てるような気がする……なぁ」
 ナディムは、マーガレットが聞き出した話と、音彦が指さした男の様子を、桐条 隆元(きりじょう・たかもと)に伝え、マホロバの山奥にある老舗の温泉旅館の地祇である彼は、ガーランドから伝え聞いた人物を、別室に呼び出した。
「本社から、問い合わせがありましてな。なんでも、カードを使った賭け事のことで……」
「何のことだ?」
 とぼけようとする男に、聞く相手を間違えたふりをして、揺さぶりをかける。
「ああ、失礼した、お尋ねする方をまちがえました。本社の社長秘書の方から、ぜひ詳しく教えてほしい、と言われたのですが。なんでも、社長が、同じ方法を試してみたいそうで、教えてくれた者には、特別な報奨金を出すとかで」
「なんだって!?」
 隆元が合図して、ナディムが、これもあらかじめ仕込んでおいた録音装置を作動させる。
 男は、賭け事の不正の証拠を差し出しているとも知らず、音彦が地球で参加していた賭け事に、ロイヤルリゾートが裏で不正を行い、彼が借金を背負うように仕向けたことを、自分の手柄として、自慢げに語り始めた。

「どうも雲行きがおかしいなぁ……まあ、どっちでもいいか……」
 ナディムと別れ、ふらふらと廊下を歩いていた音彦を取り囲んだのは、ルカルカ、フランツ、理子、セレスティアーナの4人。
「ね、ポーカーしない? しようよ!」
「おいしい鍋料理もお酒もあるよ」
「しかし、これから見合いとその中継が……まあ、どっちでもいいか……」
 きれいどころに惹かれた音彦は、酒を飲み、ポーカーで遊んでいるうちに、すっかり4人と仲良くなって、
「抵当に入れた契約書はなくしちゃダメよ。しまってある? 大丈夫? 遺言状は?」
 などと、聞かれるままに語ったり、
「家を出て『一人立ち』したのなら、自分でぬぐえない負債を抱えて戻ってくるときは、もっと惨めに尾羽うち枯らして来なくちゃ。音彦さん、もうちょっとズタボロになった方がいいよ?飄々とされてたら腹を立てられるだけだからさ」
 フランツにそんなことをアドバイスされ、断る間もなく、
「仕方ないな、手伝ってあげるよ。もっと同情を引けるように……」
「ルカルカも手伝う! この着物、破れた方がいいよ!」
 などと冗談まじりに言われたり引っ張られたり、どさくさ紛れに小突かれたりしているうちに、すっかりボロボロの情けない格好にされてしまった。
 4人が音彦の気を惹いている……というより、音彦で遊んでいる間に、淵は、【隠れ身】と【壁抜けの術】で、音々の部屋に隠されていた荷物の中から、先代の女将の遺言状と契約書を探し出した。
「こちらがロイヤルリゾートの契約書で、こちらが音彦の契約書……」
 2通の契約書を、ニセモノにすり替える。印鑑の偽造も完璧だ。
「ん? これは、風船屋の調査資料……?」
 淵が見つけた資料には、風船屋の温泉に、最近注目されているが、地球では希少な抗酸化物質、つまり、老化防止にかなり効果的と判明したばかりの成分が含まれていることが記されていた。

 空京テレビの中継のセッティングが完了し、放送開始まで、あと三十分の大広間。
 若旦那は、彼がひとりの時を狙って、どこに行こうと目の前に不意打ちで現れたイングラハムのマンツーマンの接客に疲れ果てたような、音々の方は、何もかも諦めて、放心したような、そんな表情でふたりが向かい合わせに座っているところへ、義仲がやってきた。
「無作法は承知の上だが、きちんと正して向き合おう。部外者の俺が、このような事を申すのは無礼を承知の上。だが、あえて言わせて欲しい」
 義仲は、すっかり気落ちして、言われるがままに席についた音々と、利用されている若旦那の見合いを見過ごすことはできなかったのだ。
「この風船屋は、多くの者に愛されておる。それはひとえに、音々殿が慈しみ育んできたからだ。無論金で買える物ではない。音々殿、そなたは、皆に支えられ、愛されていることを知っておるだろう。若旦那殿。そなたも性急にならず、しばし見守ってくれぬか? 必ずや、風船屋が風船屋でなくてはならぬ訳が分かるだろうて」
 義仲が、懇々とふたりに語りかけている頃。
 セシルの仕事も、完了に近づいていた。【宣伝広告】で、ロイヤルリゾートの経営に関する悪い噂をばら撒いたり、今回の風船屋に対する行為をリークしたり等して、株価の低下を狙い、下がった所で一気に買い占め。
「上手い具合に経営権を乗っ取れれば最高でしたが、ここまで株を集めたら【威圧】で手を引くように脅せそうですね」
 丸く収まったら、株は返すつもりだ。が、無論、「ある程度」の利ざやは、いただくことになるだろう。風船屋の経営権を買い上げるのもいいかもしれない。
「音々さんも、まだまだ経験不足で頼りないですし、一人前になるまでプロデュースできればと」
 マリナレーゼは、各地へと行商に出ている商売人としての【名声】を活用。空京TVの放送がある事も踏まえた上で、【宣伝広告】にて、商売人仲間や常連客へ、風船屋を宣伝して貰う事で集客効果を狙った。
「セシルちゃんの株の買い占め、成功だねぇ」
「ええ、あなたは資金援助の方向で動いているそうですね」
「勇ちゃんもホリイちゃんもありがとうさねぇ」
 ケヴィンのサポートもだが、勇とホリイの調査のおかげもあって、ふたりは、この短時間に成果を上げることができたのだ。
「最終的には、【資産家】スキルで、23万G分を風船屋へ資金援助したいさね……但し、バカ息子の彦ちゃんには、快新して貰う為にも、『世間様は甘くないさね』という事を実感してほしいものさねぇ」
 風船屋への資金援助は、全額、音彦に貸す形で、今後、真面目に働く事で、少しずつ返済して貰えればと考えつつ、不満を訴える様なら、愛の鞭と称した【実力行使】で殴り説教するさね、と考える優しくも金銭に厳しいマリナレーゼだった。

 テレビカメラにランプが点灯して、「温泉へGO!」の後編の生放送がはじまった。
「お待たせしました! 『温泉へGO!秋の行楽特集』です! こちらは現在、大変なことになっております!」
「お見合いを中継する予定でしたが、老舗旅館乗っ取り疑惑が発覚いたしました。番組の内容を変更してお送りいたします」
 セレンフィリティとセレアナの番組再開のあいさつが終わった途端。
「風船屋は渡さないわ!」
 ルカルカが、威勢のいい啖呵を切った。
「音々さん、しっかりするさね! 彦ちゃんの持っている遺言状は……」
「真っ赤なニセモノですわ!」
 淵が手に入れた先代の女将の遺言状を手に、マリナレーゼとセシルが、真実を突きつける。
「何だと……」
 ロイヤルリゾートの幹部のひとりが、反論しようとしたそのとき、彼の携帯が鳴った。セシルとケヴィンによる株の買い占め、マリナレーゼによる集客の成功で、風船屋に予約が殺到していることを知らせる電話だ。
「……たとえ、遺言状に不備があるとしても、我々には、契約書がある!」
「なら、その契約書とやらを出し、この場で読み上げるがよかろう」
 淵に促され、隠し場所から持ってきた契約書を読み上げようとした男が絶句した。厳重に保管してあったはずの2通の文面が、いつの間にか「ロイヤルリゾートは、音彦の借金を肩代わりし、かつ、音々に風船屋の一切の権利を譲渡する」という内容に書き換えられている。
「これは……罠だ! 我々ロイヤルリゾートは、断固抗議する! 裁判になるぞ!」
 騒ぎ立てる幹部には、竜斗とセレンが、スライム触手を出して大暴れしている幹部の映像を見せて、黙らせた。
「ロイヤルリゾートが風船屋の買収に執着したのは、老化を防ぐ希少成分が温泉の湯に豊富に含まれていたから、なのだろう。音彦が参加した賭け事に不正があったことも調べがついておる」
 隆元が、残りの幹部たちに、きっぱりと告げる。
「ふん、貧乏旅館のくせに、生意気だ!」
「妹は、黙って兄ちゃんの言うことを聞いていれば良かったんだよ……!」
 追い詰められ、逆上した借金取りたちと音彦が、直接的な暴力に訴えようと、襲いかかってきたが……、
「あまり手荒なことはしたくなかったけど……ちょっと痛い目を見てもらったほうがよさそうだね」
「正当防衛よ!」
 美羽と理子が、あっという間に返り討ちにしてしまった。
 美羽の得意技は、ミニスカートをひるがえしながらの回し蹴りとかかと落とし。武器を使わなくても、一般人よりはるかに強い。
 理子は、美羽とお揃いのミニスカ蒼空学園制服を着ているが、風船屋にやってきたときの眼鏡や帽子より、よほど上手く変装していた。
 叩きのめされた借金取りたちは、コハクが、【逮捕術】で捕縛。ロイヤルガードエンブレムを見せて、
「西シャンバラ代王に対する暴言、暴力行為の現行犯で拘束します」
 と、警察に連行する。

 とりあえず、その場に残された音彦は、泰輔、顕仁、姫星に囲まれて、ぶるぶると震えていた。
「死んでたもんと諦めたる。内蔵の買い手はいっぱいあるさかい、それ売って来い。テメェのケツは自分で拭きさらせ!」
「勘当や義絶をされた訳でもなく家出をし、挙句、おのれで成したわけでもない実家の財を頼りに勝手に放蕩したならば、それに相応しい末路があろうよ」
「け、けど、そりゃあ、あんまりだ……!」
「そなたが先に非合法な手段を用いようとしたのだ、己もまた非合法な手段で葬られようとも文句は言えまい?」
「要は、『自分のケツは自分で拭け』ってことです。五体満足でどっかに売られるのと、バラバラされてどっかに売られるの、どっちがいいですか? 私としては…まぁ、どっちでもいいです♪」
 ただの脅しで、3人とも、不穏な計画を実行するつもりはさらさらなかったが、怯える音彦は、「風船屋の下働きからやり直す」ことを涙ながらに誓った。

「音々さんとの見合いは、白紙になってしまう……のでしょうか?」
 若旦那が、音々に尋ねる。
「今回のことは申し訳なかったと思うのですが、それでも、僕としては、音々さんと、ぜひ……」
「おい、ガキ。ふざけるのも大概にしろよ」
 周囲の者たちを鬼神力のパワーで蹴散らした真姫が、若旦那に喝を入れる。
「あんた、自分のやったることが分かってるのかい? 女将の人生、あんたが奪おうとしたのさ! 女の心、金や権力で寧ろ取ろう、ってする男は最低だ! 女の心はな、己が心で掴み取るもんさ!」
「己が心……」
「あとな、周りの奴等から言われて見合いに来てるようじゃ駄目だ。そんな半端な気持ちで他人の一生に責任持てるのかい? 結婚するなら、責任持つ覚悟決めてから来な!」
 根が素直なだけに、若旦那としては、ただただ、頭を下げるしかなかった。

「あのう……音々さんの方は、どうなんでしょう?」
「どう、って?」
 ホリイの疑問に、セシルが尋ね返す。
「好きな人がいるって聞いたんですけど、相手は、一体、誰なんでしょう?」
「さあ……」
 音々は、隆元の前で、しきりに頭を下げている。
「今回も、えろうお世話になって……ありがとうございました」
「うむ」
 そんな他愛もない会話だったが、音々の頬は、かすかに赤く染まっている。
「もしかすると、彼が……?」
 けれど、セシルの興味は、音々の恋より、風船屋で見つかった温泉成分にあった。
「マリナレーゼさんや私のような出資者が、音々さんの相談役に……ということになりそうですわね」

「お楽しみいただきました『温泉へGO!秋の行楽特集』、最後にご紹介するのは、お見合いの席を彩る秋の紅葉狩り御膳です!」
 セレンフィリティのナレーションとともに、画面に大きく映し出された見合いの席に座っていたのは、マーガレットとアリクトだった。
 生中継で見合いをやらないわけにはいかない、とゴネるマーガレットに、ミスティが「マーガレットさんがどうぞ。嫌だというなら、『空京テレビのプロデューサーMの陰謀』というタイトルで録画を公開し、卵から巨大ひよこと寄生型スライムが生まれた経緯を公表します」と言い返した結果だ。
 デジタルムービーを見たマーガレットは、「むむむ」と唸ると、おとなしく席についた。一番気の毒なのは、「たまたまそこに居ただけ」で巻き込まれたアリクトだろう。皆が料理に夢中で、見合いの主役たちのことを全く気にしていないことだけは、不幸中の幸いだったが。
「今回は秋の行楽という事なので、秋が旬のキノコを使った料理や、紅葉狩りの紅を目と舌で楽しめるズワイガニを使った『秋の紅葉狩り御膳』を用意いたしました。キノコと蟹の天麩羅、蟹の酢の物、キノコ汁、肉厚の焼き椎茸、蟹味噌と絡めての甲羅焼きとなっております。ご飯はキノコの釜飯かズワイガニを使ったカニの釜飯のどちらかお好きな方をどうぞ。風船屋自慢の味をごゆっくりお楽しみください」
 涼介の口上に、歓声が上がる。
 この夜、風船屋に集った者たちは、客もアルバイトも、皆が、自分たちの力で風船屋を守り抜いた喜びのうちに、紅葉の美しい秋を、心ゆくまで楽しんだのだった。

担当マスターより

▼担当マスター

ミシマナオミ

▼マスターコメント

初めての方は初めまして。
ミシマナオミです。
紅葉の風船屋を舞台に繰り広げられた今回のお話、お楽しみいただけましたでしょうか?
風船屋があるのは、ひとえに、参加してくださった皆様のおかげです。
素晴らしいアクションをありがとうございました!
それでは、また……たぶん、次は桜の季節に、再び風船屋でお会いしましょう!