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リアクション
三章 慈悲無き炎竜 ―火の四天王、その名はイグニス―
海の彼方に魔の島の影を見ることが出来る、とある港町。
その中央広場に、大勢の人間が集まっていた。
「人間共よ、よく見ておくがいい。これが魔王軍に逆らった者の末路である」
広場の中央で、火を司る四天王、イグニス・ラガルティッハが声高らかに叫んだ。
その背後には大きな断頭台(ギロチン)が。彼はこの広場で公開処刑を行おうとしていた。
処刑される人間は、イグニスの支配から村を解放しようと立ち上がったレジスタンスのリーダーである。
そのリーダーは両手両足を縛られ、イグニス配下の魔物により断頭台の下で拘束されていた。
「さあ、やれ!」
イグニスの号令に、魔物達がギロチンの刃を落とそうとした瞬間。
「させるかぁぁっ!!」
処刑を遠巻きに見守る人垣を抜け、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が飛び出した。
甚五郎は処刑台まで一目散に駆け抜けると、ギロチンを操作しようとしていた魔物を切り伏せた。
「頭領を殺させはせん!」
甚五郎の後を追うように、武装した人間が何人も処刑台の回りに集まってくる。
「ククク……馬鹿なレジスタンス共め。自ら死にに来るとはな」
イグニスの周囲に配下の魔物達が集い、甚五郎達へと武器を構える。その数はレジスタンスの人数を遥かに超えていた。
「さあ、愚か者共を抹殺せよ!!」
魔物達がレジスタンスの一団へと一斉に襲い掛かった。
竜やトカゲの魔物に、剣を手に果敢に立ち向かっていく人間達。その中にオリバー・ホフマン(おりばー・ほふまん)とスワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)の姿もある。
オリバーが強弓で三本の矢を同時に放つ。しかし竜の鱗はいとも容易く全ての矢を弾ききる。
「だったらこれでどうだぁ!」
そう叫び素手で殴りかかるオリバー。しかし竜の魔物は飛び上がってそれを避け、逆にオリバーへと炎のブレスを吐き出した。
「危ない!」
スワファルがオリバーを突き飛ばし、二人は共に地面を転がる。
「助かったぜ……」
起き上がったオリバーは髪の先端が少し焦げているものの、大した怪我は無いようだった。
「多勢に無勢、ですね。このままでは……」
スワファルがキャノン砲を魔物へと発射する。
砲弾が直撃し、一匹の竜が地へ落ちる。しかし空中には未だ何体もの魔物の姿が。
更に、戦っていたレジスタンスの人間は、既に半分ほどが地に伏していた。
「はあっ!!」
甚五郎はイグニスと戦っていた。百獣の剣を渾身の力で振り下ろす。
イグニスは左腕に装着した盾でその一撃を受け止め、そのまま一歩踏み込む。押されて体勢を崩した甚五郎に、大剣の刃が迫る。
「甚五郎!」
ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)がマスケット銃を連射、撃ち出された魔法の嵐が剣の起動を逸らし、大剣は甚五郎の脇の地面に突き刺さった。
突然、イグニスがニヤリと笑う。そして彼はその大きな尻尾を揺らすと、ブリジットへと勢い良く叩き付けた。
「ぐはっ……!」
ブリジットは宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「ブリジットぉっ!!」
「…………」
地に伏せ動かない仲間の名を叫ぶ甚五郎。
「うがあっ!!」
声のしたほうを振り向けば、オリバーがトカゲの魔物に切り付けられ、酷い傷を負っていた。どうにか渾身の力で魔物を殴り飛ばすものの、その場に膝をつく。その近くには同じように傷だらけのスワファルの姿もあった。
「我が力、通用せず……か。申し訳ありません主……ここまでのようです……」
「すまねえ、みんな……」
既にレジスタンスのメンバーは魔物達の猛攻に倒れ、今この瞬間広場で立っている人間は甚五郎ただ一人だった。
「くっ……オリバー、スワファル、皆……!」
「さあ、残るはお前だけだ。冥界にて愚かな自分の行いを悔いるが良いわ」
イグニスの大剣が大きく振り上げられる。それが甚五郎へと振り下ろされんとした。その瞬間であった。
「そこまでだ! 悪党共!!」
突如広場に響き渡る声。一際大きな民家の屋根の上に、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が仁王立ちしていた。
「何者だ」
「貴様達に名乗る名前は無い!!」
そう言って武器を構える吹雪。イグニスはニヤリと笑う。
「ふっ、貴様もこ奴らと同じ死にたが……」
「攻撃開始!!」
イグニスの言葉を遮り吹雪が叫ぶ。その途端、吹雪の遥か後方から轟音と共にバズーカが発射された。更に、路地から現れた特戦隊が銃を手に広場の魔物達へ突撃する。
「このっ、舐めた真似を……!」
イグニスが吹雪のいる民家へと駆ける。吹雪はグラビティガンを使い、宙を飛ぶ竜の翼を次々と破壊していた。
「イグニス、覚悟ぉっ!!」
イグニスの前に一人の人間が飛び出した。
鳴神 裁(なるかみ・さい)はイグニスの鱗で守られた胴体へと拳を打ちつける。
「邪魔をするなっ!」
イグニスは大剣を振るい、裁を排除しようとするが、裁は無駄の無い動きでそれを避けると、次々と拳や蹴りをお見舞いする。
苛立ったイグニスは何度も大剣を振り回すが、一向に命中しない。
「何故だ! 何故捉えられん!」
「お前なんかに負けない。ボクの力は、お前達に倒され散っていった戦友の想い。皆の力だっ!!」
裁の右足が唸り、渾身の蹴りがイグニスの硬い鱗を破壊する。
身を軽くしてくれるそのブーツは、裁の戦友が遺したものだった。
ここは任せて、先に行って!
大丈夫、後からちゃんと追いかけるから。
そう言った黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)は、二度と裁の前に現れることは無かった。
「はああっ!!」
裁の蹴りがまたもイグニスに直撃する。
「人間風情が、調子に乗るなあぁっ!!」
イグニスが炎のブレスを吐きだす。裁は直撃は避けたものの、風圧により吹き飛ばされた。
「くっ……」
裁は立ち上がり、師の言葉を思い出す。
『怒れることに憤ること莫れ、悲しむことに哀しむこと莫れ、恐れることに怖れること莫れ、難しく考えずに、あるがままに受け入れてあるがままに発すればいいのですよ?』
胸に手を当て、大きく息を吸う。
裁の師、ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)は四天王イグニス配下の将軍と相打ちになり、この世を去った。
裁に抱かれてその生を終えたドール。裁が今着ている鎧は、亡くなったその師の物であった。
「師匠、力をお貸しください……!」
再び、裁がイグニスへと突進する。
「やれやれ、あちらは大変そうだな」
アイゼン・ヴィントシュトース(あいぜん・う゛ぃんとしゅとーす)は広場へとバズーカを撃ちつつ、呟いた。
彼は広場からかなり離れた民家の屋根に陣取り、先程から砲撃を続けている。
村の中でも一際高いこの建物からは、広場の様子が良く見えた。
「わー危ない危ないー。まったくなぜ我がこんなことをー」
イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)は砲弾飛び交う広場の中を奔走していた。
処刑されかけていた人やまだ生きているレジスタンスの人間を担いでは安全な所へと運び、また戻るの繰り返し。
アイゼンの砲撃に吹雪や特戦隊の銃撃、レジスタンスとの戦いで消耗していた魔物達はパニック状態である。
そんな中を、救助に奔走するけなげなイングラハム。
「手加減など必要ないー! 全力で叩き込めー!」
吹雪は特戦隊と共に魔物の群れへと突撃し、銃を乱射。運よく吹雪に接近することができる魔物もいるには居たが、今度は拳の連打を喰らいぼこぼこにされ、さらに衝撃波で遠くに吹っ飛ばされる。
「楽しそうだな……」
吹雪に視線を送っていたアイゼンは、砲撃の狙いが少しだけずれた。
「あ」
発射された砲弾の先には、一通り要救助者を運び出し、一息ついているイングラハムが。
「へ?」
顔を上げたイングラハムは、目前まで迫った砲弾を目にして素っ頓狂な声を上げた。
直後、砲弾は見事に直撃。イングラハムは天高く飛んで行き、空の彼方できらりと輝くお星様になった。
「あー、やっちまった」
「いいやつだった……」
ばつが悪そうな顔をするアイゼンと、空の彼方へ向け悲しそうな顔で敬礼する吹雪。
「ま、蛸は後で探すとして、まずはこっちを終わらせるであります」
そう言うと吹雪は表情を一変、魔物退治を再開する。アイゼンもその様子を遠くから眺め、やれやれと首を振って砲撃を再開した。
既に魔物は殆どが倒され、残っているのは少数の竜とその長、イグニスだけだった。
「くそっ、ちょこまかと動きおってっ!!」
大剣を振るうイグニスは、未だ裁に攻撃を当てられずにいた。
周囲の風景さえも利用した錯覚、ミスディレクション。イグニスの攻撃は裁の体を掠める事はあっても、致命的な傷を負わせることはできない。
「たあっ!」
裁の蹴りが、鱗が剥がれたイグニスの胴体へと命中する。
「ぐうっ! 」
吹っ飛ばされるも、どうにか踏みとどまるイグニス。
「……何故だ。何故ただの人間がこんな力を……っ!」
「言ったはずだ。これは志半ばで倒れていった戦友たちの力だと!」
裁の両手両足に力が込められる。
裁は自分の両肩に暖かい手が置かれたような気がした。それはまるで、亡くなった親友が、物部 九十九(もののべ・つくも)が励ましてくれているようで。
「九十九、みんな、ようやくここまできたよ。ようやくみんなの仇が討てるんだ」
裁は憎き四天王へと突進する。
多くの想いに支えられてここにいる。
取りこぼしてきた想いがある。
託された想いがある。
踏みにじられた想いがある。
背負うにはあまりに重く、されど心の奥底で土台となりてボクをささえる磐石の石(意志)、決して砕けえぬ金剛の石(意志)。
「はあぁぁっ!!」
「ぐっ……」
イグニスは盾を構え裁を迎え撃つ。
繰り出された拳は厚い盾の中央に命中し、それを粉々に粉砕した。
「う、うおぉぉっ!」
咄嗟に大剣を盾の代わりにするが、裁の蹴りは剣さえも真っ二つにへし折り。その勢いのまま胴体を蹴り上げる。
「ぐはっ……!」
「これで、とどめだぁぁっ!!」
裁の渾身の一撃がイグニスの胸を直撃する。吹っ飛んだイグニスは地面を抉りながら何度も跳ね、広場の端の民家に激突して漸く止まった。
瓦礫に埋もれたイグニスは、二度と動かなかった。血の滲んだ胸元が、彼の敗北を物語っていた。
「た、倒した……?」
路地から出てきた村人の一人が、呟く。
「い……イグニスが倒されたぞぉぉぉぉっっ!!!」
そしてすぐに、村人達の歓声が広場に響き渡った。
――火の四天王、イグニス・ラガルティッハは倒された。
残った魔物達もすぐに退散し、彼の支配下にあった村では魔物からの解放を祝し、盛大な宴が開かれたという
また、村が解放されたことにより、魔の島へと船を出すことが可能となった。
これにより異世界の勇者達は、ついに魔の島へと上陸を果たすのであった――