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ミナスの涙

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ミナスの涙

リアクション


野盗

「ふぅ……夜刀神達が水晶を手に入れたらしい」
 テレパシーによる交信を終えて佐野 和輝(さの・かずき)はパートナーたちにそう伝える。
「えーっ……せっかく皆に神性の高いお酒用意して水晶の場所を聞いたのに……」
 和輝の報告に残念そうな声を上げるのはアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。
「和輝。水晶を入手したという場所の情報の提供をお願いします」
 アニスの残念そうな様子を横目にスフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)は和輝にそう求める。和輝も求めに応じて情報をスフィアに渡す。
「アニス。どうやら入手された水晶はアニスが聞いていた水晶と同じ物のようです」
 情報を統合した結果しそいうだとスフィアは伝える。
「うーん……それだったらいい……のかなぁ?」
 少なくともそれは『皆』が自分に答えてくれたという証拠でもあるから。でもだからこそそれに自分が応えられなかったことが残念でもある。
「すみませんねアニスさん。私に付き合ってもらったばっかりに」
「ううん。いいよ。これも大事な仕事だって分かってるから」
 和輝とそのパートナーたちは前村長の護衛についていた。また、前村長に慣れたアニスは少しだけ堅さは残っているが普通にしゃべっている。
「前村長に護衛が必要というのはかなり疑問が残りますけどね」
「はっはっは。確かに身を守るすべは用意していますが、少なくとも今の私は単純な戦闘力では契約者はもちろん野盗にもかないませんよ」
「少なくとも今まで確認できた範囲であなたの言葉に嘘はありませんから信じますよ」
 その代わり誤魔化したりわざと情報を隠していることは数え切れないくらいあるのも確認しているが。そういった面でも前村長が取引上手な人物であるのを和輝は理解していた。
「感染源の調査ということですが、心あたりがあるんですか?」
「あなたも知っているでしょう。『入り口』。遺跡病はその奥でしかかかることはありません」
 和輝の質問にそう返す。
「付きましたか。……やはり閉じているようですね」
 話しているうちに『入り口』につき前村長はそう言う。
「一時的に誰かが開けてまた閉じたということですか?」
 前村長は頷く。
「いづれここは開けなければいけない日が来ますが、今はまだ準備が足りませんね。この区画は立入禁止にしましょう。それで遺跡病の被害は広がらないはずです」

「和輝。あちらに生命反応があります。隠れているのを見る限り野盗でしょうか」
 そう言ってスフィアは野盗のいる場所を伝える。
「やれやれ見つかったか……だが、やっと見つけたぜ」
「ふむ……やはり野盗達の狙いは私でしたか」
 出てきた野盗のボスに前村長はそう息をついた。


「武器を持って鍾乳洞に来るなんて……村のために水晶をとりにきたのかしら」
 鍾乳洞。そこでローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は真正面から野盗に対峙していた。隣にはパートナーであるエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)の姿もある。口調は穏やかに説明を求めていた。
「水晶? そんなもの何に使うんだ?」
「倒れた瑛菜の薬にだけど……」
「なっ……あの姉ちゃん倒れたのか」
(……野盗たちは瑛菜が倒れたことも知らない?)
 野盗の驚く様子に嘘はまないとローザマリアは思う。だとすれば目的はどうあれできすぎているとも。
「うゅ、なら、みんな、ニルミナスのこと、きらいになっちゃった、の?」
 相手の調子が狂うような感じでエリシュカがそう言う。
「はわ、エリー、みんなのこと、しんじている、よ?」
 純粋な瞳でそう言うエリシュカに野盗は気まずそうな顔をする。
「別にあんな小さな村は好きでも嫌いでもねぇよ……だが、もう俺らは野盗になっちまったんだ。残った奴らのためにできることをやりたいだけなんだよ」
「あんたたちが何か理由があって動いたのは分かったわ。でも今回のことはいただけないわね。野盗の雇入れを提案した私としても見過ごせない」
 武器を持ってどこかに立てこもるなど。
「そうか……雇入れの話はあんたのおかげだったのか」
 『おかげ』と野盗は言った。つまり少なくともこの野盗は雇入れの権を感謝している。
「だが、だからといって……!」
 思いつめた様子で襲いかかってくる野盗の武器をローザマリアは歴戦の立ち回りでよけながら叩き落とす。
「……馬鹿ね」
 少しだけ寂しそうな表情を見せ、ローザマリアは野盗を捕縛した。


 
「まじめに労働奉仕してるって話聞いてて感心してたってのに……結局あんたら元の黙阿弥かい」
 複数人の野盗に囲まれた状況でセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はため息混じりにそう言う。既に目標であった水晶を陽の光が当たらないように丁寧に採取(セレン的に)し、村へと帰る途中でこうして野盗たちに囲まれていた。
「セレン。野盗達の持ってる武器に気をつけてね」
 野盗に遭遇した際、即座に死角がなくなるようにセレンの後に立ったセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はそう忠告する。
 分かってると小さな声で返しまたセレンは野盗たちに話しかける。
「だんまり? やっぱりんたら刑務所に行った方がいいわ」
 珍しく本気で怒っている様子のセレンを見てセレアナは思う。こんなに恋人が起こっているのは更生すると言いながら裏切られた為かもしれない、と。
「刑務所か……確かに俺らにはお似合いだ。だからこそ似合わねぇ奴らのためにやれることがあるんだよ」
 自嘲気味に笑う野盗。その様子にセレンは毒気を抜かれたような顔をする。
「(ね、セレアナ。どう思う?)」
「(さあね。言葉通りに受け取るならほんの少しだけ野盗の善意を信じてもいいんじゃないかしら)」
 そういう演技ができるようなタイプには見えないしとセレアナは言う。
「よし。決めた。あんたらさっさと捕まえて話聞くことにするわ」
「ま、敵意というかこっちに武器もって襲ってくる様子なのは確かだからね」
 セレンの意気込みにそうセレアナは同意する。武器のことも含めて野盗たちには聞くことがたくさんある。
「ちょっと痛い思いするかもだけど我慢するのね」
 その言葉を合図に襲い来る野盗達をセレンとセレアナは迎撃した。


「おまたせ吹雪。言われた通りの仕掛けはしてきたけどよかったの離れて」
 鍾乳洞の中。鍾乳洞の入口でブービートラップを仕掛けて待っていたコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)は自分を呼び出したパートナーである葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)にそう聞く。
「状況が変わったのであります」
「状況が変わった?……それにどうして野盗達を回収して連れてこさせたの?」
 捕縛された野盗たちは縄で縛り後で回収するてはずだったが、コルセアはある程度その縄を緩めて連れてくるように吹雪に頼まれていた。
「野盗達が危険であるのだよ」
 コルセアの質問に機晶戦車に乗った鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)は簡潔に答える。
「うん。……さっぱり分からないわ」
 もともと説明とかそういった役回りが仲間内で自分である分、説明される側になると戸惑う部分もあった。
「大いなる敵の存在を確認したのだ」
「ええっと……つまり、その敵に野盗達が狙われると危険だから回収したってこと?」
「そういうことであります」
「まだ良くわからないけど詳しくは吹雪に説明した人に聞くわ。でも野盗達を連れ歩くのは面倒ね」
 あまり好意的には動いてくれないとコルセアは言う。
「大丈夫であります。『目的は達成した』と伝えればおとなしくなるという話であります」
 吹雪の言葉に野盗達の様子が明らかに変わる。
「……ま、よく分からないけどその敵さんのところに行きましょうか」
 コルセアの言葉に吹雪は頷いた。


 これより少し前。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は天井に張り付きながら考え込んでいた。
(野盗達をこっそり追いかけてみたのはいいけど、まさかこんなのに当たるとはなー)
 隠形に徹しながら糸などを使い野盗を追跡していた唯斗だが、その先に見つけた存在を見て悩む。
(中の空気が悪いと思ったら……)
 その先にいたのはヌギル・コーラスと名乗る存在だった。かつてエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)と呼ばれた彼は現在ギフトクルーエル・ウルティメイタム(くるーえる・うるてぃめいたむ)を取り込み、パラミタの生きる災厄として存在している。
(流石にギフト取り込んだあれを一人で相手するのはきついかな)
 きちんと準備をしていれば話は別だがと唯斗は思う。
「おや……大きなねずみがいるようですねぇ」
 気づかれたしと唯斗はため息を付いて隠形を解きヌギルの前に姿を現す。
「紫月 唯斗……大物ですね。あなたをここで殺せば邪魔な契約者どもの戦力を大きく削ることが出来そうです」
「残念ながらそう簡単にこの命をやるわけにはいきませんよ」
 ヌギルの嬉しそうな言葉に唯斗はそう返す。
「しかし、野盗共には契約者達の足止めを頼んでいましたが……まさかあまつさえつけられて私の存在をばらすとは……」
 ヌギルの計画では野盗達が契約者達を足止めしている間に影から襲い、ひとりずつ契約者達を行動不能にしていく予定だった。と言っても契約者達が鍾乳洞に向かっているのに気づいたヌギルが遊び半分片手間で考えた計画だったが。
「一つ聞きたい。野盗達が変な武器を持っていた」
 それを用意したのがヌギルか唯斗は聞く。感じていた力の質的に、あれを用意したのがヌギルだとすればしっくりくる。しかしそうだとすればヌギルが以前の情報よりもまた厄介な存在になっていることを意味するが。
「いいえ。何故私が野盗ごときに武器を与えないといけないんですか」
 わざわざそんなことに力を割かないとヌギルは言う。力を分け与えるにしてももっと有能な存在にきちんと計画を立てて与えると。
「しかし、野盗達に力を与えた存在は興味深いですね。間違いなく私の同類でしょう」
「同類ね……その口ぶりだと繋がってはいないようですね」
 ヌギルに同類と呼ばれた存在は気になるが、今は目の前の敵だと唯斗は思う。
「さて……おしゃべりはここまでです。そろそろ死んでもらいましょうか」
(テレパシーで応援は呼んだが……間に合いますかね)
 事前に何かあったときは伝えるようテレパシー交信の根回しは鍾乳洞組の中でされていた。
「まぁ、間に合わせますか」
 仲間が来るまで時間稼ぎするのと仲間のピンチに登場するのではどっちがヒーローっぽいだろうと思いながら唯斗はその拳に力を込めてヌギルとの戦いに臨んだ。


「そろそろ限界ではないですか?」
「まだまだいけますよ」
 ヌギルの薄笑い気味の言葉に唯斗はそう返す。武の頂きを目指す自分にとってこれくらいはまだ弱音を吐くような段階ではない。
「面倒ですね……そろそろ終わらせましょうか。…………っ!?」
 何か大技をしようと力をためた様子のヌギルの目に銃弾が跳び込む。
「いい腕ですね。不意打ちとはいえ綺麗に食らってしまいましたよ」
 そう言いながらもダメージを食らった様子はない。
「やはり銀弾でも打ち込まなければ効果は望めないでありますな」
 そう言って油断なく銃を構えるのは吹雪だ。
「二十二号、火炎放射であります!」
 吹雪の声に二十二号は機晶戦車にとりつけた火炎放射器をヌギルに向けて放射する。
「やれやれ……邪魔な契約者が揃い踏みですか……足止めをしているはずの野盗たちが一緒にいるのはどうしてですかね?」
 火炎放射の収まった先。そこには先に水晶を村に届けるため鍾乳洞を先に出た北都や甚五郎以外の鍾乳洞に来た契約者全員の姿があった。そしてその中に野盗達の姿を見つけヌギルは面白そうな顔をして聞く。
「俺達は野盗だ。悪人だし今更善人ぶるきははない。……それでも、お前みたいな化け物の同類扱いされる覚えもなければ手下扱いされる筋合いはない」
野盗のボスはそう言う。

 野盗のボスと前村長が対峙した後。
「なんだ。自分が狙われているって分かってるのか。なら話が早い」
 前村長の言葉に野盗のボスがそう返す。
「正確には私にお願いがあるのでしょう? 少々手洗い方法ですが」
「なんでもお見通しかよ。本当に嫌なやつだ」
 けっとつばを吐きボスは続ける。
「お願いって言うより念押しだけどな。……村に残った俺の元部下。あいつらをてめぇの都合のいいようにう利用するな。言いたいことはそれだけだ」
「いいようにというのは人聞きが悪いですね。……まぁ心当たりもありますから素直に頷いておきましょう」
 祭の件を考えれば野盗達が警戒するのは仕方ないと思う。前村長にしてみれば傷つけられたゴブリンやコボルトを守るために標的を強い契約者に向けたという点もあるが、そんなのは野盗の側はどうでもいいだろう。
「しかし、どこで私の思惑を知ったんですか?」
「薄気味悪い女だ。そいつが昨日の夜遅くに教えてきた。怪しいとは思ったが話の筋は通ってるし脱出の手引きや武器も用意してくれたからな」
 ふむと、前村長は少し考えこむ。
「祭の件。私が不思議に思っていたことですが、あなた達野盗の目的が『特別な薬草』という話でしたね。なぜ野盗があれの存在を知っていたのか謎でしたが……もしかしなくても『特別な薬草』の存在を教えたのもその女ではありませんか」
「そうだ。俺はその薬草をその女に食べさせられて今の身体能力を得たんだ」
 そして野盗たちはその薬草の力に魅了されて森へとやってきた。
「残念ながらその情報には嘘がありますよ。たしかにあの森には『特別な薬草』がありますが、ただの人に契約者並みの身体能力を与えるようなものではありません」
「じゃあ、俺の今ある身体能力は?」
「十中八九、その女があなたを騙すために与えた力でしょう」
「この力が……」
 自分の手を見て野盗のボスは呟く。
「さて、疑問を応えたついでにもう一つ質問いいですか。これは完全に個人的なことですが……」
 少し気になることがあると前村長はいう。
「村に残った野盗とここに立てこもった野盗。その違いはなんですか?」
「ああ、そんなことか。簡単だよ。村に残った連中は人はもちろんモンスターすら傷つけてねぇ、ただ俺らに仕方なくついてきた連中だ。……仕事さえあればいくらでもやり直せる奴らなんだよ」
「はっはっは……なるほど。これは一本取られましたね」
 こうして前村長と野盗のボスとの間に一つの約束が交わされた。


「まさか野盗ごときに裏切られるとはおもいませんでしたよ。裏切るなら最初から協力するなんて言わないで欲しかったんですがねぇ」
 野盗達の様子にヌギルはそう言う。
「……あそこで断ったらお前は俺らを皆殺しだっただろうが」
 あの時点では選択肢などないような状況だった。
「……まぁ十分楽しめましたし、今回はここまでにしておきましょうか」
 思い描いた結末とは違うが、契約者を苦しめるという目的はある程度果たせたと、ヌギル離脱をしようとする。
「逃がしませんよ」
 唯斗がそう言って行く手を阻むようにヌギルの前に立つ。
「逃がすんですよ。あなたたち契約者は」
 そう言ってヌギルはルーン魔術で増幅したクライオクラズムを放つ。
「悪人である野盗すら助けるその甘さゆえにね」
「この冷気は……契約者であるならともかく野盗達はひとたまりもないのであります! 二十二号!」
 吹雪の言葉に二十二号は火炎放射器で冷気を可能な限り中和する。ローザマリアや唯斗は真空波や風術を使い、冷気に対する壁を作った。
「ほら、あんたら早くこっちに!」
 冷気をまともに動けない様子の野盗を見てセレンは背負って作られた空気の壁へと移動させる。
「あんた……なんで……」
 どうして自分を助けたのかわからないという体で野盗はセレンに聞く。
「あんたらバカのくせに考えすぎてるのよ。だから大切な所を間違う。そういう所村に帰ったらきっちり更生させてやるんだから」

「ふふふ……やはり契約者というのはどいつもこちも反吐が出るほどに甘い」
 鍾乳洞の入口。ここまで冷気を放射しながらきたヌギルはそう呟く。
「そうだな。あいつらは本当に甘い」
「おや、野盗のボスが部下を見捨てて私を追って来ましたか」
「あの場で俺にできることなんてないからな。俺にあるのは身体能力と武器だけだ」
「なるほど……確かにその身体能力と武器が合わされば私を害することも可能かもしれませんね」
 それは自分と同類の力だからとヌギルは言う。
「ですが、その力が全て借り物だということを理解しておくべきでしたね」
 ヌギルの言葉を合図にするようにして野盗のボスが持つ武器が力を失い、また体にひどい脱力感が襲う。
「どうやら、あなたに力を与えた存在もあなたはもう用済みのようです」
 さて殺しますかとヌギルは軽くいい野盗のボスに近づく。
「いい悲鳴を上げくださいよ」
 そう言ってヌギルは野盗のボスを押しつぶそうと腕を振り上げる。
「……かかった……な」
 腕が下る直前、野盗のボスがそう弱く笑い、近づいたヌギルの足元を強打する。
「これは……聖水……ですか」
 入り口を離れる前にコルセアがしかけたブービートラップだった。
「へへっ……ざまぁみろ……」
 力が抜けた影響、それになにより只の人間になりヌギルの瘴気を受けたため、野盗のボスはそのまま意識を失う。
「この程度の聖水……確かに煩わしくはありますが……」
 何かを野盗のボスが企んでいるのは分かっていたが自分に影響をおよぼすほどではないとヌギルは思っていた。それは事実で聖水があたった瞬間に少し痛かっただけで今は何も感じない。
「ですが、あなたをこのまま殺すのは惜しいですね」
 一矢報いたという笑顔のまま死なせるのはもったいないとヌギルは思う。絶望と恐怖にまみれた表情で殺してやりたいと。
「邪魔な契約者ともども、いずれ絶望の中で殺してあげますよ」

 そうしてパラミタにおける災厄ヌギル・コーラスはこの地をさった。