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ミナスの涙

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ミナスの涙

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ミナスの涙

「うーん……やっぱりこれは……」
 倒れている瑛菜。その体を看病しながら患者の負担にならない範囲で体を調べていた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は難しそうな声を上げる。
「どうですか? 瑛菜さんは大丈夫でしょうか?」
 創世学園で医学部教諭をしているローズに瑛菜の診察を頼んだミナホはそう聞く。
「治す……という点では素直に薬の完成を待ったほうがよさそうだね」
 今現在、材料が揃いアゾートの泊まっている部屋で薬の調合が始まっていた。村に来たばかりのローズも、この診察が終わり次第その調合に参加する予定だった。
「でも、一時的に症状を弱めるだけだったら今の私の手持ちでも大丈夫だよ」
 そう言ってローズは注射等をして瑛菜に施療していく。
「気休め程度だけど……これで薬を自分で飲めるくらいには意識がしっかりするはずだよ」
「ありがとうございます」
「礼なんていいよ。これくらいしか出来ないのが申し訳ないくらいだから」
 ローズとしては医学だけでは手の届かない領域ってものがあるんだなぁ、と少し悔しい思いをしていた。
「そうだ。後で村周辺で入手できる資源についての資料をくれないかな。薬のレシピを作りたいんだ」
「レシピですか? それはもうあるんじゃ……」
 今まさに調合しているところだとミナホは思う。
「そっちのほうもきちんとした書類に真とめようと思っているけど、それとはまた別のものだよ」
 ローズの言葉にどうしてですかとミナホは聞く。
「今の薬は錬金術系の調合術が必要だよね? それじゃあ普通の人が作れないよ」
 村人だけでも作れるようにしておくべきだとローズは言う。それは遺跡病がこの村でいつか猛威を振るうかもしれないという予想からきたものだった。
「といっても症状を抑えるだけの薬だけどね」
 それでもあるのとないのでは全然違うとローズは言った。


(すごいな……こんなレベルの技術が見られるなんて想像してなかった)
 アゾートの泊まっている部屋。そこで薬の調合のために繰り広げられている光景に風宮 明人(かざみや・あきと)は内心舌を巻いていた。
 ふらりと寄った村の宿。そこで瑛菜という女性が倒れたと聞いて、その薬の調合を手伝えないかと明人は申し出ていた。状況を聞いて見過ごせなかったし、自分の薬学などの知識も役立てると思ったからだ。それにその調合にあの有名なアゾートが担当すると聞いては、その技術を見てみたいと思うのも仕方なかった。
(アゾートさんはもちろんだけど……他にも集まった人たちがすごいな)
 調合には診察を終えたローズや近遠。錬金術の魔導書であるルルゥの姿があった。その誰もが本当に自分と同じ補助なのかと疑問に思うほどの技術を見せている。
(僕も負けたくないな)
 そう思い明人は気合を入れなおす。
(今回のことはいい経験になったな……)
 世界の広さ。その広大さを明人はあらためて実感した。


「これで終わりだね。後は出来上がるまで待つだけだよ。……キミもお疲れ様」
 そう言ってアゾートはユニコーンを優しく撫でて、ユニコーンを部屋の外へと連れて行ってもらう。
「ちゃんと出来ればいいんだけど……」
 材料に予備があるとはいえここで失敗すればまた作りなおしだ。それでは瑛菜が苦しむ時間を増やしてしまうとルカルカ・ルー(るかるか・るー)は言う。
「キミたちに手伝ってもらったんだ。失敗するほうが難しいよ」
 ユニコーンも協力的だったとアゾートは言う。
「ありがと。……そういえばアゾートはなんでこの村に来てたの?」
 薬ができるまでの時間。話の種にとルカルカは聞く。
「ボクの目的は今さらいう必要はないと思うよ」
「賢者の石関連か……材料になりそうなのがこの村にあったの?」
「そんなものはないよ。……でも、この村の薬草は賢者の石を創る参考になったかな」
 賢者の石を創ることがアゾートの目的であることは周知であるし、そのことはアゾート共に何度も賢者の石の材料を集めに参加したルカルカには説明するまでもない。
「力の過多は大きく違うけど、この村の薬草は賢者の石と性質やその有り様が似ているよ」
「相変わらずアゾートは賢者の石の事になると口数が多くなるよね。……ってあれ? ダリルは何を見てるの?」
 パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が何か資料のようなものを見ているのを見つけてルカルカはそう聞く。ダリルもまた調合に携わった一人だった。『神の手』とも呼ばれる彼の今回の動きはアゾートに勝るとも劣らないものがあった。
「この村の文献だ。遺跡病のことについて何か記述がないかと前村長からもらったが……少し触られている程度しか情報がないな」
「そういえばニルミナスは十年前にできた村だっけ。それよりずっと前に猛威を振るったって話だし仕方ないのかな」
「それだと治療薬のレシピが伝えられているのに疑問が残るが……前村長にはいろいろと話を聞く必要がありそうだ」
 感染源についても心あたりがあるという話だったし、前村長が遺跡病についていろいろ知っているのは間違いないとダリルは思う。
「聞かなくても前村長は必要になったらちゃんと教えてくれるってルカは思うけどね」
「ふむ……その根拠は?」
「カルキが前村長を信用してるからかな」
「カルキがね……そのカルキはそういえばどこに行ったんだ?」
 自分と同じくルカのパートナーであるカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の姿がないことに気づいたダリルがそう聞く。
「さっきまでは部屋にいたけど、一段落したと思ったら出て行っちゃったみたい」

「ふぅ……わざわざ取り寄せたはいいが、無駄だったかな」
 その手に一角獣の角を持ちカルキノスはそう漏らす。一角獣の角をもとの拠点に持っていたカルキノスはユニコーンの角が必要と話を聞きすぐに取り寄せていた。結果として今届いたが、調合が終わってから届いても意味は無い。こんなことならニルミナスに拠点を移すとなった時点でもっといろいろ装備等を運び込んでおくのだったと思う。
「そう思うのでしたらその角を譲ってもらえませんか」
 後から掛けられた声に振り向くとそこには前村長の姿あった。
「前村長か。ユニコーンの協力が得られたのにまだこれが必要なのか?」
「娘もいませんし、いまはハームでいいですよ。……今回はユニコーンの角を触媒とするだけでしたが、いづれユニコーンの角を材料にしたものを作らないといけません。ですが、その時にユニコーンから角をもらうのは忍びないですし、既に取られてしまったものを探していたんですよ」
 苦笑い気味の表情で前村長―ハーム―はそう言う。
「……有効活用してくれるんだな?」
「それは必ず」
「なら持ってけ」
 そうしてカルキノスはハームに一角獣の角を渡す。いろいろと聞きたいことはあったが、悪人ではないことは分かっているし、いつか話してくれると信じていた。
「戻るか。薬がそろそろ出来てるはずだ」


「これが薬だよ。霊薬『ミナスの涙』。レシピ通りに作れはず」
 そう言ってアゾートはミナホに親指ほどの小さな瓶を渡す。中には少量の透明な液体が入っており、ミナホが受け取ったときそれが光ったように見えた。
「『ミナスの涙』……これで瑛菜さんが。……アテナさん。瑛菜さんに飲ませてもらえますか」
 そう言ってアテナはミナホに薬を渡す。受け取ったアテナは横たわる瑛菜のもとにかけよった。
「それくらい自分で飲めるっての……まぁ、アテナならいいか」
 ローズの治療のおかげかいつもの憎まれ口をたたく瑛菜。それでもやはり苦しそうな瑛菜の様子にアテナは胸が痛くなる。
「はい……瑛菜おねーちゃん」
 そうしてゆっくりとアテナはミナホに薬を飲ませる。少ししかないそれを1秒ほどの量に対して長い時間を掛けて瑛菜は飲み込む。
「瑛菜おねーちゃん? 大丈夫?」
 薬を飲んだ瑛菜にアテナは恐る恐る聞く
「いや……体はだるい」
 まさか失敗という考えがその場にいる人達の中に流れる。
「……でも、体の奥の嫌な感じは消えた」
「……つまり?」
「2、3日眠ってたら治るよ。……てか治す」
 瑛菜のその言葉にその場にいた人たちの歓声が上がった。

「瑛菜さんは無事に治ったみたいだねぇ」
 部屋の外から歓声を聞き届けた北都がそう呟く。
「いいのか? 会いに行かなくて」
 昶の言葉に北都は首を振る。
「今は他の人達がたくさんだし、瑛菜さんとはこれからも会う機会がいくらでもあるから。今は無事が確認できただけで十分だよ」
 そう言って優しい笑顔を浮かべ北都は昶とともに自分の泊まっている部屋へと戻った。


「それじゃ、私はユニコーンさんを森にエスコートしてくるわね」
 役目が終わったユニコーンに寄り添いリリアはそう言う。
「ねぇ、ユニコーンは森に返さないといけないのかな?」
 いつも明るい弥狐には珍しく考えこむような声でリリアに言う。
「ユニコーンさんは森の守護獣よ。森にいるのが一番だと思うわ」
「でも、もともとあの森にはいなかったんだよね?」
 ユニコーンに協力を要請する途中、弥狐はゴブリン達がどこか困った様子でユニコーンを見ていたのに気づいていた。あの森を守っているゴブリン達がユニコーンがいることに好意的でないのならそれにはなにか意味があるんだろうと弥狐は思う。そのことを弥孤はリリアに伝えた。
「なら、元いた場所に帰ってもらうべきなのかしら。でも、ユニコーンさんもあの森に用があってきたのかもしれないし……」
 森の都合も大事だけどとリリアは言う。
「用なんてないそうです……信じていた人にあの森で捨てられて、帰るすべがなくてあの森で暮らしていただけ……」
 そう言うのはティーだ。インファントプレイヤーでユニコーンの意思を聞き伝える。
 パラミタにおいてユニコーンが人と(多くは契約者)寄り添う姿は度々見られる。人を信じたユニコーンは時に人と共に歩むのだ。絶対数こそ少なく、多く見られる光景ではないが。
 望んでいたわけでもなくなれない場所での生活に苦しんでいたことなどを悲しそうな表情でティーは伝えた。
「……ユニコーンさんはどうしたいか聞いてくれないかしら」
 リリアの言葉にティーは頷く。
「できることならまた人と共に歩みたいと……あなたたちやあの守護天使のおかげでまた人を信じてみたくなったと言っています」
「それなら村に住んでもらったらどうかな? ここなら森に近いし」
 弥孤の提案にティーはそれでいいかユニコーンに聞く。
「許されるのなら……と言っています」

 こうしてその後、村長の許可を取りユニコーンが二ルミナスに住み着くことになった。ユニコーンのための快適な環境作りをしないといけなかったりするが、ひとつの収まる形を見せた。