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二ルミナスの休日

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二ルミナスの休日

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療養

「はぁ……一仕事終えたあとの温泉はやっぱり最高ですわね」
 温泉に浸かりながらユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)は感嘆の溜息をつく。
「こればかりは同意する他ないのだよ」
 そう言うのはイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)だ。こちらもふぅと息を吐いて言う。
「あれから宿の手伝いを続けたのはこの温泉の存在もある気がするのでございます」
 そう続けるのはアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)
 前回、遺跡病で瑛菜が倒れた際、ユーリカ達は宿の業務を手伝っていた。それから瑛菜が治ったりとやめるタイミングはいくつかあったのだが、三人はズルズルと宿に泊まり、その手伝いをしていた。
「近遠ちゃんは最近どうしてるんですの?」
 自分たちのパートナーである非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が昼、自分たちが仕事している間にどうしているかユーリカは聞く。
「どうも、村人たちに最近の村での出来事や生活等の話を聞きに行っているらしいのだよ」
「何か気になることがあるようなのでございます」
 イグナの説明にアルティアは補足する。
「そういえば、最近村のことについて調べてる人を結構見かけますわね」
 主に契約者だがとユーリカは言う。
「きな臭い事件が続いたからであろう。何か分かればよいのだが」
 そうイグナは言う。

「……ところで、アルティア達はいつイルミンスールに戻るのでございますか」
「流石にこのまま滞在し続けるわけにもいかないですの。瑛菜ちゃんたちの療養が終わるのが今日だから、それに合わせて明日、学園に戻りますわ」
 ユーリカの言葉にイグナもアルティアも頷く。どこかで区切りをつけないといけないとは思っていたため近遠も反対することはないだろうと思う。

「そういえばでございますが、この宿の名前って決まっているのでございましょうか?」
「働いて二週間程度経つが……聞いた覚えがないのであるよ」
 まさか未だに決まっていないということはないとイグナは思うが……。
「『ウエルカムホーム』。それが宿の名前になったみたいだよ」
 浴場の窓がある場所。そこに設置された壺風呂にぼーっと浸かりながらネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)はそう言う。
「いつ決まったのでございますか?」
「さっきだよー。村長に聞いたらまだ決まってないって言われて……それでこの際だからってあたしに決めないかって」
 今までの経験を活かし、二ルミナスの開発についてミナホのご意見番的な仕事をここ数日はしていた。その中で宿の名前が気になり聞いた所、そのような流れになった。
「……まぁ、事実はどうあれ、宿の名前が決まったのはいいことなのだよ」
「ですわね。いい区切りになります」
 仕方ないなといった感じの笑みをイグナとユーリカは浮かべる。

(ニルミナスかぁ……ここはどんな村になっていくのかな?)
 窓から空を眺めながらネージュはそう思う。今までいろんなところの開発を手伝ってきた。その中で自分が責任ある立場についたことも少なくない。
(うーん……最近考えすぎなのか頭が痛くなっちゃった。……もう少しぼーっとしとこう)
 そうして空を眺めて温泉に浸かっているのは最高に贅沢だなぁとネージュはなんとなく思う。
(『休養地』ニルミナスか。ここが多くの人の癒しの村になれるように手伝えるといいな)
 そんなことを頭の片隅で考えながらネージュは風呂あがりのフルーツ牛乳に思いを馳せるのだった。



「あー……あたし、こんなにも疲れてたんだ……」
 温泉に浸かり体の力が抜けていくことに気づいたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はそう力なく呟く。言葉通り、全身に疲れを感じながらそれが温泉の中に溶けていくような感覚を得る。
「ま、いい湯だよね。……流石にあたしらは三日間浸かりっぱなしでその辺の感覚にぶってるけど」
「一日の半分くらいは温泉入ってたきがするもんねー」
 そう言うのはセレンと一緒に入っている瑛菜とアテナだ。
「贅沢な……。けどそれだけ浸かってたら体、すっかり良くなったんじゃない?」
「どうだろ……まぁ湯疲れのほうが気になるくらいだし良くなったのかな」
 微妙な判定基準だがと瑛菜は言う。

(すっかりいつも通りね。温泉に誘ってよかったわ)
 瑛菜やアテナとガールズトークを繰り広げるセレンにセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は小さく安堵の溜息をつく。野盗の件でちょっとばかり心がささくれている恋人のことが気かがりで、気晴らしになるんじゃないかと温泉に誘ったが、成功だったみたいだとセレアナは思う。

「この温泉、意志薄弱を治すって効能があるみたいね……あいつらもここへ連れてこようかしら?」

 ふと会話が止まった時。セレンは無意識にそう呟く。
「あいつらって野盗のこと? 気になるんだ」
「……まぁ、根性叩き直したいとは思ってる」
 思ってるというより決定事項だがと瑛菜の質問にセレンは答える。
(セレンなりに野盗達のことを気にしているのはたしかなのよね)
 大雑把で気分屋な恋人だからそのあたりは分かりにくいけれどとセレアナは思う。
「ん―……よし、瑛菜卓球しよ卓球。なんか汗流したくなった」
「この三日間アテナと卓球やりこんだから強いけど大丈夫?」
「上等よ」

 その後卓球してフルーツ牛乳を飲む姿にいつもの元気なセレンだとセレアナは安心するのだった。


「温泉入って卓球して汗かいてそれを流すためにまた温泉か……」
 我ながら贅沢だなといったふうに瑛菜は温泉に浸かりながら言う、
「……それで? ちゃんと体は良くなったの?」
 そう心配そうに聞くのはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だ。近くにはローザマリアと瑛菜の二人だけしかいない。浴場にはアテナとエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)の姿があったがこっちの話が聞こえない程度には離れていた。
「大丈夫だよ。ってい言って信じてくれるかは分からないけど。ちゃんとこの三日間は休んだよ」
「ねぇ瑛菜。どうしてあなたが倒れてからずっと無理をしてたのか、瑛菜が言ってくれるまで、何かを聞こうとは思わない。でももし、悩んでいる事があるのなら、それを分かち合い、共有したいの。駄目かしら?」
 困っている人を見つけたら飛んでいくのは確かに瑛菜の日常だ。でも、倒れてからは困っている人を積極的に探していたような節をローザマリアは感じていた。何か悩みがあるんじゃないかと、そうローザマリアは言う。
「……別に大した理由があるわけじゃないし、自分でもよく分かってないんだけどさ。たぶん証明したかったんだよ。遺跡病は治った。自分はもう大丈夫だって」
 誰にとは瑛菜は言わない。それはきっと決まりきっていることだから。
「それで仕事をこなし続けて自分は大丈夫だってアピールしてたの?……瑛菜、あなたって……」
「自分がそういう所不器用なのはわかってるよ」
「歌とギターは文句なしに器用なんだけどね」
 それでアテナを心配させたら本末転倒だとローザマリアは言う。
「だから反省してこの三日間温泉漬けだったじゃん」
「……ま、今度からそんな変な気を使った無茶はしないようにね」
 ローザマリアの言葉に瑛菜は苦笑して頷いた。


「うゅっ♪ おふろ、あてなと、いっしょ、なの♪ うれしー、の♪」
「アテナも嬉しいよエリー」
 二人のアリスはそう仲良く温泉を楽しむ。そうしてひと通り楽しんだ所でアテナは相談があると持ち出す。
「はわ……えーな、さいきんギターを、ひいてもいない、の?」
「うん……だから気晴らしになるようなライブをやりたいんだ」
「うゅ……ミュージック・フェスティバルはいつ……なの?」
 エリシュカが提案したミュージック・フェスティバル。それは音楽的な要素の大きな祭だ。そこでは当然大きなライブが行われ、瑛菜達が参加することは既に決まっているようなものだった。
「ミナホちゃんが言うには大体半年以上先だって。もういろいろ動き始めてるみたいだけど」
「ちっちゃな、らいぶ、……する?」
「うん。だからその相談をエリーとしたかったんだ。後でミナホちゃんにも相談しようと思うけどやっぱり最初はエリーと相談したいって思って」
「うゅ……うれしー、の」
 恥ずかしそうにするエリシュカ。そうしながら二人はミニライブの計画を練っていった。




「結局……瑛菜さんたちとの約束は守れませんでしたね」
 瑛菜の療養三日目。そこで一緒に温泉に入るという約束は果たされず今はもう夜だった。報告書を持ってきた瑛菜は少しだけ残念そうにまた機会があるといってアテナと一緒に既に村を離れていた。
「ちゃんと温泉にでも入ってゆっくりして……ですか」
 別れ際のアテナの言葉に従いミナホは今宿の温泉浴場に向かっていた。

 脱衣所につき、服を脱ぐ。そしてタオルを片手にミナホは扉を開いた。

「キャー! のび◯さんのエッチー!!」
 バシャーンとそんな叫びとともにミナホにお湯がかけられる。やけどはしないが地味に熱い。
「……なにしてるんですかレオーナさん」
 自分にお湯をかけた相手、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)にミナホはジト目をして質問する。
「……ごめんなさい。一度やってみたかったの! 今なら入浴シーン業界ナンバー2に登り詰めるチャンスだと思ったのよ!」
「いえ、よくわかりませんがお湯をかけれたのはレオーナさんのいつもの病気なのはわかってるんでいいです」
「それじゃ私の格好?」
 そういうレオーナの格好は温泉でスクール水着に水泳帽をかぶっている。
「いえ、そっちもいつもの病気だと思っているんで大丈夫です」
「んー……じゃあなに?」
「どうしてクレアさんまでスクール水着を着せられているんですか」
 レオーナのパートナーのクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)もまたスクール水着と水泳帽をかぶっていた。しかもこちらはアヒルのおもちゃと水鉄砲、ビート板にシュノーケル、水かきとフル装備と言いたくなる様子だ。
「あの……わたくしはレオーナ様にこれが日本式の温泉の作法だと習いまして……ミナホ様も分も用意しているのですが……もしかして何か間違えているのでしょうか?」
何を間違えてるかと聞かれたら全てと答えたくなるが、それは別にクレアが悪いわけではない。
「す、すみませんミナホ様。皆様、楽しくゆったり入浴されるために必要だと思っていたのですが……もしかしなくてもこれって無作法なんですよね?」
 そうして頭を下げるクレア。
「いえ、いいんですよクレアさん。知らなかったんですから。これからちゃんとした作法を覚えれば」
「すみません。ミナホ様。ありがとうございます」
「とりあえず今は水着を脱いでその他もろもろを元に戻してきてくれますか?」
 そういったミナホの言葉に従い、クレアは浴場を出る。
「レオーナさん」
「ん? なにミナホちゃん?」
 どうしたのという顔をする元凶。
「説教です」
「えー?」
「レオーナさん、あなたはいつもいつもクレアさんに迷惑をかけて――」
 その後30分間。タオル片手に持った裸の女性に水着姿の女性が温泉で怒られるというシュールな光景が続いた。

 説教が終わった後、温泉へと向かう前にミナホにあった小さな寂しさはなくなっていた。