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二ルミナスの休日

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強化訓練

「まずは徹底的に基礎訓練をするであります! 腕立て100回腹筋100回スクワット30回したらフル装備で匍匐前進! 始めるであります!」
 そう森の中に葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の声が響く。その言葉を受けてゴブリンやコボルト、そして研修を終えたばかりの元野盗達が訓練を始めた。
 その様子をミナホは離れたところから見ていた。瑛菜の温泉療養の二日目。予定通りミナホは父とともに強化訓練の様子を見に来ていた。
「吹雪さん、なんて言ってるんでしょうか?」
 何かの略語なのだろうが、傍から聞いている分だと何を言っているかわからない言葉を使いゴブリンやコボルト、野盗に指示を出していた。いわゆる軍のスラングなのだが、言葉が通じていないはずのゴブリンやコボルトが吹雪の指示にしっかり従っているのは不思議な光景だ。むしろ軍のスラングに元野盗達のほうが戸惑っている人が多い。
 「基礎訓練が終わったら模擬戦だ。ノルマを終えたゴブリンとコボルトは10人で一組のチームを作れ」
 吹雪のシゴキを終えたゴブリンとコボルトたちは夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)の指示に従う。人語を理解するゴブリンキングとコボルトロードを交えることで意思疎通は成功していた。
「元野盗たちは見学だ。集団戦のなんたるかを見て覚えろ」
 甚五郎の言葉に元野盗達は『サーイエッサー』と叫んで返す。吹雪のシゴキが既に骨身にしみていた。
「ゴブリンの武器は棍棒だけの近接のみ、コボルトは弓矢だけの間接のみ……バランス悪いのぅ」
 ゴブリンとコボルトの持つ武器を確認して草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)はそう呟く。
「これだけ両陣営極端なのに戦力として互角というのは面白いですね。少しでも均衡が崩れれば一瞬で決着がつくでしょうに」
 今まで争っていたという事実を確認しながら阿部 勇(あべ・いさむ)は言う。
「体力や防御力がともに並外れているのが大きいんじゃろうな」
「そうですね。攻撃力や素早さは通常のゴブリンやコボルト……下位のモンスターとそう変わりませんが、体力や防御に関しては上位モンスターに負けないものがあります」
 それだけ森のゴブリンとコボルトたちは守りに特化していた。集団戦でも守りに関しては甚五郎達をして眼を見張るものがある。でも、だからこそ、その守りを抜いてくる相手にはゴブリンもコボルトも無力だった。
「それじゃ、最初はそっちのゴブリン10人からなんだよ。……って……わーー! みんな突っ込んできたんだよ!?」
 開始の合図をしたルルゥ・メルクリウス(るるぅ・めるくりうす)はいきなり突っ込んできたゴブリンたちに驚きの声を上げる。
「攻撃面を鍛えたいのはわかるけどそれじゃ全然ダメなんだよ!」
 ゴブリンにしてもコボルトにしても守備面は高レベルで安定している。しかし攻撃面になるといきなり素人のようというか数と力まかせな動きになる。
「まずは前衛と後衛に……って、前衛しかいないんだよ!」
 基本となる前衛後衛の分担ができないことにルルゥは混乱する。
「やっぱりバランス悪いですねぇ……」
 はぁと勇はため息をつく。
「近接戦闘はあまり得意じゃないがこれくらいならわらわでも教えることがありそうじゃの」
 羽純・勇・ルルゥはそうしてゴブリンの指導に入る。
「攻撃をやめて守りに入るな! 自分たちのしぶとさを信じろ! 一発や二発ならお前たちは耐えられる!」
 三人の横で甚五郎はコボルト達相手に大立ち回りをしていた。こちらは間接攻撃を主にするコボルト達が接近された場合の対処法を教えていた。

「どう? ミナホ。訓練の感想は?」
 格闘の型から、ナイフの使い方など、実地で教えていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は生徒に休憩を伝えてミナホのところに来る。
「なんて言うか……すごいですね」
 訓練の様子を見ていたミナホはそんな言葉しか思い浮かばなかった。
「まぁ、軍の空気って特殊だからね」
 そう言ってルカルカは得意げなような苦笑いのような笑みを浮かべる。
「でも……みんな真剣な様子は全部伝わって来ました」
「そだね。みんな村とか森とか守りたいって……人も魔物も一人一人が大切な戦力になろうと頑張ってる」
 だからとルカルカは続ける。
「ルカはその手助けをしたいの。カルキも自分一人では全部守れないからって張り切ってる」
 そう言ってルカルカは自分と同じように訓練を手伝っているカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)を見る。
「総合演習を始めるであります! これまでの訓練内容を全部出しきるつもりで臨むのであります!」
 ルカルカがカルキを見ている途中で吹雪の声が響く。
「じゃ、私も総合演習手伝ってこようかな」
 そう言ってジュニアメーカーを使い、自分の分身を10人作る。
「最後の締め……ミナホも見ててね」
 そうしてルカルカや吹雪、甚五郎の協力の下、ゴブリン・コボルト、そして元野盗たちの強化訓練は終了した。


「よ、前村長。酒はうまいか?」
 純米大吟醸『獅子之剣』とアワビを手にカルキノスは前村長の隣に座る。場所は森。いつかの街道作りの完成祝の時と同じように契約者や村人、そしてゴブリンとコボルト達が混ざり宴が行われていた。理由はもちろん訓練終了祝だ。
「ええ……とっても美味しいですよ」
 そう前村長は答えるが、その顔にはいつもの飄々としたものはない。
「……何かあったのか?」
「何かあったとも言えますし、ずっとあったものが表面化しただけとも言えます……」
「……なぁ、話してくれないか。この村の秘密を。なんでもいいからよ」
 力になりたいとカルキノスは言う。
「勘違いしてる人もいるようですが、私は村のすべてを知ってるわけじゃないんですよ。たしかに私は一つの答えを持っています。でもその答えは……」
「それが、前村長が隠し事をする理由か?」
「今全てを話せば新しい答えが出る可能性が狭まる。人は時に知らないほうが綺麗な答えを出せる」
「まぁ、だてに長い時間生きてないからな。分からないでもない」
「もし……ですよ。仮にミナホが全ての元凶で、ミナホが死ねば村の問題が全て解決するとしたらどうしますか?」
「……それが、前村長の持ってる答えなのか」
 カルキノスの言葉に前村長は答えない。
「その質問に答えるのはまた今度でいいか? 答え自体は考えるまでもないんだが」
 それは今宴の席でする話ではないとカルキノスは思う。
「待ってますよ」
 宴の席。人もモンスターも同じ席につき祝う中。カルキノスと前村長は静かに酒を飲んでいた。