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空京通勤列車無差別テロ事件!

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空京通勤列車無差別テロ事件!

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【金鋭峰 一】

 私の名は、金 鋭峰(じん・るいふぉん)
 シャンバラ教導団の団長を務めている。
 平素は総司令部内の個室にて執務を執り行っているが、この日は少々、事情が違った。

 現在私は、女装している。

 いや、別に変な趣味がある訳ではない。これもまた、職務の一環なのである。
 実は数日前、私のもとにのっぴきならぬ情報が舞い込んだ。
 シャンバラ刑務所に服役中の上級悪魔大淫婦の手下である下級悪魔どもが、大淫婦に脱獄の為に必要となる性エネルギーを送り込む為、空京にて大規模痴漢テロを計画している、というものであった。
 国軍総司令官として、このような事態を黙視しておく訳にはいかない。
 しかし下級悪魔共は人間に化けるのが極めて巧妙らしく、普通に捜索していたのではとても発見などおぼつかない。
 そこで私は部下、及び協力に応じてくれたコントラクター達に、囮捜査の実行を指示した。即ち、敢えて痴漢行為を受けることを前提として、下級悪魔共を一斉摘発し、一網打尽にしようという訳だ。
 だが、私はふと、考えた。
 痴漢行為を受けるということは、例えそれが任務であっても、受ける本人にしてみれば多大なる恥辱に耐えなければならないことであり、これをただ、任務だから耐えろといい放つだけでは、余りにも無責任に過ぎるというものであろう。
 だから私は、自らも囮として参加することを決めた。
 指示を出した当の本人が己の身をもって範を示さなければ、下の者など、誰ひとりとしてついてこないであろう。
 当然、敵は痴漢行為を働くことで大淫婦に性エネルギーを送り込むというのだから、囮となる者は女性の姿をしていることが必須条件である。
 今の私が女装しているのは、つまりそういう事情があった訳だ。

 問題が、無い訳ではない。
 婦人服など、これまでの人生でただの一度も着用したことがない私だ。女性向けのメイクなど、いわずもがなである。
 そんな私が果たして、女装での囮役として完璧に務まるかどうかは、正直なところ自信が無い。
「お……お綺麗です! 団長!」
 空京都市鉄道の学研環状線内にある空大前駅プラットフォーム一番線の、待合室でのこと。
 今回、私の護衛を務めてくれるルカルカ・ルー(るかるか・るー)大尉が、年相応のカジュアルな服装で私の前に立ち、幾分頬を上気させて、そういってくれた。
 だが、彼女の中では私に対する気遣いも多分にあるのだろう。お世辞でいってくれているのは、私自身、重々承知している。
 それでも、ルカルカの心遣いには感謝の念を禁じ得ない。
「そのようにいってくれると、多少なりとも気が落ち着く……だが実際のところ、もう少し女性として完璧を期す必要があるのではないかとも思うのだ」
「と、おっしゃいますと?」
 問い返してきたのは、ルカルカと同じく私の護衛に就く為に本作戦に参加している董 蓮華(ただす・れんげ)である。
 蓮華は、どういう訳か口元が妙に引きつっている。
 何か、私の女装におかしな部分でもあるのだろうか……いや、おかし過ぎるのは、自分でも分かっている。
 それだけに、この女装で本当に囮が務まるのかと疑問に思っている部分があるのだからな。
「関羽が用意したこの婦人服だが……矢張り男が選別したものである上に、私自身、女体化等の術を施している訳ではなく、肉体は男のままだ。違和感が多く、悪魔どもに見破られるのは今の時点から目に見えている」
 だからこそ、より完璧を期す必要があるのだという私の言葉に、ルカルカも蓮華も、妙に納得した調子で頷いた。
 隣で、作戦を外部から指揮する我がパートナー関羽・雲長(かんう・うんちょう)が幾分、申し訳なさそうに頭を掻いている。
「矢張り、こういうことは本職の女性陣に頼むべきであったと、今更ながら後悔しておる。だが、ぼやいてばかりおっても始まらぬ。そこで、団長の女装をより女性らしく完成させる為に、この者共の助力を受ける運びとなった」
 関羽がそういって紹介したのは、三人の年若いコントラクター達であった。
「やは〜、どうもどうも〜。お手伝いに加えさせて頂きまして、感謝感激でございます〜」
 最初に挨拶を述べてきたのは、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)という若者である。
 妙に軽い調子だが、その目の輝きの内には幾分、鋭いものが見え隠れする……ような気がしないでもない。このアキラに付き従う形で、ふたりの女性が演技指導とメイク担当として左右に控えている。
 演技指導担当がルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)、そしてメイク担当がセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)という名であるらしい。
「わしが演技指導をした以上は、団長殿には完璧な女性として振る舞って頂きますぞなもし」
 ……このルシェイメアという女御、幾分時代がかった言動だな。本当に、女性としての演技指導を受ける相手として相応なのだろうか?
 いや、本来の性別が女性である、という時点でこの疑問は、愚問か。
 一方のセレスティアなる女性はというと、如何にも淑女然とした雰囲気が清楚な感じをうかがわせる。
 関羽の用意した婦人服だけでは不完全であるとして、バッグやハンカチなどの細やかな小物類を付け加えてくれたのも、実は彼女である。
「あ、少しお化粧が崩れかかってますね。少し、お直ししましょうか」
 セレスティアが化粧道具を開き、私の傍らに立って手早く化粧直しを施してくれる。こういう気遣いも、実にありがたい。
 一方のアキラは、ルカルカや蓮華と挨拶を交わした後、懐から何やら桃色っぽい液体の入った小瓶を取り出してきた。
「ちゃかちゃかちゃ〜ん。とぉげん〜すい〜」
 猫型ロボットが腹のポケットから妙な道具を取り出すような仕草と、変なダミ声を作って、アキラが高らかに宣言した。
「団長閣下、ひとつ提言があります」
 曰く、彼はこの私に桃幻水を服用して、外観だけでも本物の女性になってみてはどうか、と提案してきた。
 これにはルカルカと蓮華が幾分表情を渋らせてはいたものの、私はこの提言を受けることにした。
 より完璧に女性としての立ち居振る舞いが出来なれば、囮役など務まろう筈もない。
 そのような訳で、私はアキラが差し出した桃幻水を服用してみたのだが、その直後、私の周囲の者達はというと、すっかり驚いた表情で私の顔を見つめるようになっていた。
「団長……何といいますか、その……更にお綺麗になられました!」
「す、凄いです、団長……あぁ、何だか変な世界に目覚めてしまいそうです」
 ルカルカと蓮華が揃って、やや陶酔したような視線を私の面に投げかけてくる。あの関羽でさえ、驚きの中に性的な興奮を若干忍ばせて私を見ているという有様だ。
「うわぁ……すっごい綺麗です、団長閣下。これはもう一度、メイクをし直した方が良さそうですね。もっとこぅ、ナチュラルメイクに近い塗りに直した方が、絶対良いと思います!」
 セレスティアの提案に、私は応と頷いた。
「では、そうしてくれ。もう間もなく、作戦実行の舞台となる特別仕様列車がホームに入線してくるから、手早く頼むぞ」
 かくして、外観だけは完全な女体化を果たした私は、セレスティアによる化粧の手直しを受けながら、作戦の手筈について再度、ルカルカや蓮華、そして関羽達と共に確認する作業に入った。

「うぉっ!? もしかしてその姿は、団長!?」
 待合室に幾つかの人影が姿を現したのだが、そのうちのひとりが信じられないといった調子で、やや裏返った声をあげた。
 声の主は、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)。ルカルカのパートナーのひとりである。
「な、何じゃぁ!? 金殿、何だか恐ろしい程に見違えてしまっているではないか!?」
 同じくルカルカのパートナーのひとり夏侯 淵(かこう・えん)が、カルキノスに負けないぐらいの素っ頓狂な声を漏らし、目を白黒させている。
 これには流石に、私も苦笑を禁じ得なかった。
 淵などはつい少し前まで、
「俺は女装の必要がないとは、一体どういうことなのだ? 解せぬ、解せぬ……」
 などと、自身の容姿に関してしきりにぼやいておったのだが、今やそのこともすっかり忘れた様子で、私の女体化した姿にまじまじと見入っている。
 何というか、気恥ずかしいものだな。このような感覚でひとに見られるのは、子供の頃におめかしして親戚中に褒められた時以来だ。
 ところで、カルキノスも私と同様、薬の力で姿を変えている。尤も彼の場合は、ドラゴニュートとしての目立つ外観を公衆の面前では抑える為に人体化薬を服用している、というだけの話なのだが。
「うぅむ……これだけ美人なら、悪魔共も絶対、放っておかねぇだろうな」
「いやしかし、ルカや蓮華殿といった面々が逆に警戒感丸出しで付きっきりになっておったら、却って寄ってこないかも知れぬのぅ」
 淵が指摘するように、ルカルカと蓮華は先程までの表情から一変して、妙に緊張感に満ちた態度を見せるようになっていた。
 矢張り男性然とした外観のままよりも、こうして女体化することで悪魔がより近づき易くなったという事実を受けて、我知らずのうちに気合が入ってしまっているのだろう。
「おいおい蓮華……そんな鬼みたいな顔してたら、囮どころか悪魔除けにしかならんぞ」
 蓮華のパートナーのひとりスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)が、心底呆れた様子でやれやれと肩を竦めている。
 これに対しアル サハラ(ある・さはら)などは、にやにやと笑いながら蓮華の周囲をふらふらと漂う。
「それならそれで、良いんじゃない? 団長に指一本触らせないってのが蓮華の本望なんだしさー」
「いやいやいや、それじゃあ意味ないだろう。何の為に団長自ら女装してまで、囮役を買って出たんだ?」
 スティンガーのいっていることも、理に適っている。
 が、蓮華のこの気遣いというか、私を何が何でも守るというその決死の想いもまた、有り難いのも事実であるから困った話である。
 ここで、私はふと視線を左右に巡らせた。
 ルカルカのパートナーのうちのひとりで、今回の作戦に参加している筈のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の姿が見えない。
 私がその旨を問うと、カルキノスが手帳を開きながら応じた。
「ダリルなら、先に特別仕様列車に乗り込んでるぜ。あいつは今回、乗務員に扮しての作戦参加なもんだから、事前に列車の機能やら構造やらを細かく把握しておかなきゃならねぇんだってさ」
 成る程、と私は頷いた。
 乗務員として乗車しているとなると、特別仕様列車の操作に関してはかなり融通が利くといって良い。これは作戦進行に於いて、大いに助かる。
 すると、噂をすれば影、という訳でもないだろうが、ルカルカの携帯にそのダリルから連絡が入った模様である。
「あ、ダリル? もう入線してきそう?」
『丁度今から、待避線を出るところだ。車内監視カメラの一番映りの良いところを指示するから、そこに近い乗車位置に並んで待っておいてくれ』
 かくして、作戦は実行に移されようとしている。
 待合室内に、軽い緊張感が漂った。
「今、ダリルから特別仕様列車の見取り図が送られてきました。団長の端末にも、転送致します」
「うむ。蓮華も受け取っておくように」
 私は今回の作戦の為にわざわざ新機種に買い替えたスマートホンを、バッグから取り出した。
 ルカルカが転送してきた見取り図にさっと目を走らせ、改めて自分自身と周辺の人員配置を確認する。
「んじゃあ、俺は今から消えま〜す」
 アルが軽い調子で手をひらひらと振ると、ほとんど一瞬のうちにその姿が掻き消えた。ナノマシン拡散、というやつだろう。
 便利な者はとことん便利だが、なかなか癖がありそうではある。
「んじゃ〜、うちらもご一緒に〜」
 アキラ達三人が、私と同じく乗客を装って待合室を出た。
 間延びしたクラクションが、ホーム内に鳴り響く。
 一見すると、極々普通の三等客室車両である環状線列車が、入線してくるところであった。
 しかしその実態は、我が教導団の腕の良い技師達が徹夜を続けて、必死の思いで完成させた特別仕様列車なのである。
 彼らの思いを無駄にしない為にも、この作戦は必ずや、成功させなければならない。