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夏の雅に薔薇を添えて

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夏の雅に薔薇を添えて

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第1章 「雅」へようこそ!1





「さて、それじゃ中に入ろうか」
「うん……」


月村 正臣ジョバンナ・アルシュタッドは入場を始める。
評価委員が来るための飛空艇は、一般便と違って少し早く会場に到着していた。


正臣達が入り口をくぐると、そこには空京大学の評価委員である
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とパートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の姿があった。


「君が天御柱学院の評価委員かな?」
「はっ、はい!」
「そうか、他の評価委員はもう集まっているよ」
「そうなんですか!? 遅くなってしまってすみません!」
「正臣……この人、あの時の……」
「えっ…? ああ!」
「……覚えてくれていて光栄だね。 俺はエース・ラグランツ、改めてよろしくね」


そう言って、エースはどこからともなくプチブーケを取り出しジョバンナに手渡す。


「……ありがと…」
「月村君だったかな? 君もよろしく」
「こちらこそ、あの時は助かりました。 宜しくお願いします!」
「さて、本題に戻るけどこれから施設のどこをチェックするか役割分担をしなきゃいけない」
「そうなんですか?」
「ああ。 さすがに規模が大きいからね、勿論そこの評価が終わればその後は自由だよ」


エースによると、既に他の評価委員たちはどの部分を担当するか打ち合わせを始めているという。


「さ、早く行こう」
「分かりました。 アンナ、すぐ戻るからここで待っててくれ」
「……うん」


こうして彼らはジョバンナを残して、関係者口から施設に入る。


「彼女も連れて来なくて良かったのかい? 女性を1人にするなんて」
「あはは、普段ならしないですけどここは安全そうですし、せっかく外に連れてこれたので、なるべく自由に楽しませてあげたいんです」


そしてふと、辺りを見回す正臣。


「それにしても植物が一杯ですね…蝶なんかも飛んでますし」
「確かに。 これだけ大型の蝶が花の周りを優雅に舞っているのは、素晴らしいものだ。
 タシガンでは見かけない種もいるようだし、これらは基本的に持ち込まれたものだろう」


正臣の言葉にメシエが答える。


「こんなにたくさんですか!? やっぱり薔薇学のやることは違うんだな〜」


そんな他愛もない話をしながら、彼らは委員の集合場所に向かっていった。





「……あっ、綺麗なちょうちょ…………待っ、て…!」





               ◇ ◇ ◇





ちょうどその時、一般便とは別の飛空艇が雅の専用滑走路に続々と降り立ってきていた。
辺りにはタシガンの国軍駐留部隊が待機している。


それを出迎えるのは黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)
そしてエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)
ランディの5人だ。


そして最初の便からルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が現れる。
その横にはヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)も控えていた。


「ようこそ雅へ。 お待ちしておりました、ルドルフ校長」
「ありがとう。 今日までよく頑張ってくれたね、ランディ。 この後も引き続きよろしく頼むよ」
「お任せを」
「エメ、会場に散りばめられたプリザーブドフラワー。 君が飾り付けたのだろう?」
「……ええ、良くお分かりになりましたね!」
「君の華道の腕前は把握しているつもりだよ。 薔薇を中心とした装飾に水辺には向日葵やハイビスカス、
 縁日の会場には秋の七草…この広い会場にも関わらず変わりゆく季節感を感じさせる美しい作品に仕上がっているね。
 彩も申し分ない。 この事はジェイダス様に報告しておこう。 きっとお喜びになる」
「はい、ありがとうございます!」
「さて……天音」
「なんですか?」
「警備の手配、よくやってくれた。 おかげで今日は、多くの来賓がこの雅に訪れることになったよ」
「ま、それほどでもある…かもしれませんね?」
「ふっ、君らしいな。 それでは皆、今日一日薔薇の学舎としての誇りと美しさを胸に頑張ってくれ」
「ルドルフさんの事は俺に任せて。 さぁ、ルドルフさん…」
「さすが……あなた達らしい施設ね、そこらじゅう薔薇だらけ」


ヴィナの言葉に口を挟んだのは、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)


「これはこれは……ようこそおいで下さいました」


ルドルフが環菜の後ろを見れば、
自家用の飛空艇から彼の夫御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が荷物を降ろしていた。
それをエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が手伝っている。


「中々の出来ね。 私の思っていたよりは小さいけれど」
「ここは雅なる天空の楽園。 施設としての規模にご不満があったとしても、
 至極の安らぎと美麗な世界をお届けできると自負していますよ」
「そう、なら今日はそんな雅な時間を存分に楽しませてもらうわ」
「分かりました。 どうぞ美しき一時を」
「環菜ー! 荷物降ろし終わりましたよ!」
「ご招待、感謝するわ」


陽太の声を聞いた環菜は彼らと合流し、施設に入っていく。


「校長に招待されておいてあんな言い方とは、相変わらずのお嬢さんだね」


リュミエールが彼女の後姿を見ながらそうぼやく。


「そのような事はあまり口にしていいものではないぞ」


ブルーズがそうたしなめると、今度は金 鋭峰(じん・るいふぉん)が現れた。
警護役として董 蓮華(ただす・れんげ)が付き従っている。


「招待、感謝する。 呼ばれた以上は楽しめるものであると期待している」
「ええ、そんな貴方が身近な美しさというものに気づけるようになるための
 きっかけとなれば。 僕にはそれで十分お招きした意味を感じ得ます」





「あい変わらずぶっきらぼうな言い方じゃのう、おまえさんは」
「アーデルハイト様、あなたが来られましたか」


鋭鋒に向かって声をかけたのはアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)だ。
彼女はルドルフの呼びかけに答えるように話を続ける。


「本来はエリザベートが来るべきなのじゃろうがな。 私は代理じゃ」
「こちらとしては、あなたが出向いて下さっただけでとても光栄ですよ」
「そうです! 色々パラミタが大変な時期だからこそ! 各校の親睦を深める為に、またそれを他者にも知らしめる為に、
 アーデルハイト様が薔薇の学舎のイベントに参加されるのは公務とも言えるものなのです! このくらいの感謝はされて当然ですわ」


アーデルハイト付いて来たミスティルテイン騎士団の1人
風森 望(かぜもり・のぞみ)がすかさず口を挟んだ。


「そうじゃな。 おまえさんも仕事と思って楽しんではどうじゃ?」
「ふん、行くぞ」
「はっ」


鋭鋒と共に、荷物を持ちながら先へ進む蓮華。
彼女には、仮面で隠されたルドルフの目が自分を見つめているように思えた。
そしてまた何かを伝えているかのようにも思えた。


「ささ、私達も部屋へと参りましょう」
「そう引っ張るでない! 今日は世話になるぞよ、ルドルフ」
「ええ。 存分にお楽しみください」


望に腕を引っ張られながらアーデルハイトも入園し、
来賓の到着を確認したルドルフはもう一度ランディ達を激励するとヴィナと共に
中へ入っていった。


「さて、来賓の方々も入園された。 一般の方々も既に到着し始めている頃だろう。
 天音達は迷子係、エメ達は場内の清掃だ。 薔薇の美しさに恥じないおもてなしをお見せしよう」
「ま、やれるだけはさせてもらうよ」
「私達も、この会場を最後まで美しく保ってみせますよ」





               ◇ ◇ ◇





「ルドルフさん、今日は休日だと思って休んでよ?」
「どうしたヴィナ? 元々僕達がここへ来たのは来賓の方々のお迎えをするのが目的だ。
 それが済んだ今、夜の会食までに出来る仕事は終わらせておかなければ」
「そう言うと思ってたよ」


部屋へと入り開口一番ヴィナは言った。
ルドルフは、元々挨拶や手近な場所の生徒達を激励した後は学校に戻り仕事をするつもりだったらしく、
彼の発言に驚いていたが、ヴィナは手際よく荷物からいくつかの書類を取り出した。


「わざわざ戻らなくても、今日やらなきゃいけないものは全部用意してあるよ。
 これを早めに終わらせて残りの時間は一緒にどっか行こうよ?」
「しかし……」
「じゃあ施設の視察ってことでこっそり彩々や馬場を見に行こうよ。 視察も立派な公務だし、
 皆ルドルフさんが来てるの知らないはずだから、かくれんぼしてるみたいで楽しかったりするんじゃない?」
「ヴィナ……分かった、降参だよ」
「よしっ! 約束だからね」


綻ぶヴィナの笑顔を見つめながら、ルドルフも彼に微笑みかけるのであった。