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夏の雅に薔薇を添えて

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夏の雅に薔薇を添えて

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第1章 「雅」へようこそ!2





月村正臣です。 皆さんは、自分のパートナーに驚くところってありますか?
オレにはありますよ。 例えば数分で迷子になる能力が彼女にはあるようで……


「元々ふらっとどっかに行くのは知ってるつもりだったけど、まさかここまでとは……」


打ち合わせが終わりエース達と分かれた正臣は、すぐに入口に迎えに行ったものの、
ジョバンナの姿は影も形もなかった。 取り敢えずということでホテルのフロントに訪れてみる。
そこでは、一般客として訪れた人々が続々と手続きをしていた。


シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)
その内の2人である。


「部屋は和風と洋風を選べるみたいですね。 セイニィ、どちらが宜しいですか?」
「そうね、和風っていうのも体験してみたい所だけど、何だかそっちは混みそうだし洋風がいいかな?」
「分かりました。 それじゃ洋風の……ツインルームで」
「ツインルームって何?」
「えっと、部屋の中にベットが2つある部屋の事ですよ」
「じゃあそっちのダブルっていうのは?」
「ダブルベットが1つだけの部屋の事ですね」
「ふ〜ん…………じゃあダブルでいいんじゃない?」
「えっ!?」
「あら、嫌だった?」
「いいえ! ちょっとセイニィがそう言ってくれるとは思ってませんでしたから」


そして、嬉しそうにシャーロックはダブルルームでチェックインをした。


その隣では、辻永 理知(つじなが・りち)辻永 翔(つじなが・しょう)が同じく
手続きをしていた。


「翔君! 和風の部屋だってー! 折角だからこっちにしようよ!」
「こらこら、そんな引っ張るなよ。 理知の好きな方でいいよ」
「ありがと翔君! それじゃこっちの和風の部屋をお願いします」


ぎゅと腕をからませる理知。
そんな彼女を見ながら恥ずかしそうに頬をかく翔は、彼女と目が合うと照れくさそうに微笑んだ。


まるで絵にかいたような新婚ホヤホヤのムードに、正臣は驚かされるばかりである。


「なんだかハートが飛び交ってるように見えてくるなー。 にしても辻永教官、
 普段は冷めてるくせに奥さんにはあんなデレデレなのか……。 今度怒られたらこれで言い逃れできるかな?
 って! 今はアンナを早く見つけないと!?」


「正臣……!」


その時、ホテルの入り口から正臣を呼ぶ声がした。
そこにはジョバンナと天音の姿があった。


「あれが君の探していた人かい?」
「…そう。 あり、がと……」
「どういたしまして」
「アンナ! 一体何処に行ってたんだ!?」
「ちょうちょ……綺麗だった、から。 ……追いかけてたら…迷子、になって…」
「まさかこんなにすぐに働かされるとは思わなかったよ」
「アンナがご迷惑をおかけして……すみません!」
「別にいいさ。 それより、彼女の名前はジョバンナじゃないのかい?」


そう言いながら天音はジョバンナと会った時を思い返していた。





               ◇ ◇ ◇





太陽の光に薔薇はその赤みを増し、程よい影で天音を優しく包み込む。


施設外周にある通称「薔薇の迷路」。
元々見栄えの為だけに多くの薔薇が植えられた空間ではあるが、薔薇の学舎が美しさに手を抜くことはない。

迷路のように入り組んだその空間の中心には、白いベンチとテーブルが1つずつ用意され
静かな安らぎを堪能できるようになっている。 そこで天音はベンチに寝そべり華の空を仰ぐ。
その様子を見ながらブルーズは呆れ顔をしていた。


「薔薇の空、か……これはこれで良いものだね」
「天音、何をしている? 我らの仕事は迷子係、ならばこのような場所で安らぐ暇はないぞ」
「こんな所だからだよ。 イベントスペースは広いのに、ここに来るようならそれは迷子か不審者といったところだろう?
 警備も出来て迷子係もこなしながら、のんびりくつろぐことも出来る。 完璧だよ」
「全く……我は、だらしないのは好みじゃない」


その時、彼らの方に近づく足音が聞こえてきた。


「……ほらね?」
「…おまえは早く起き上がれ」


顔を見せたのは、頭に薔薇を咲かせ小さなブーケを握りしめた1人の女性。


「んー……」


天音は相手が分かると起き上がり声をかける。


「おやおや、美しい花を咲かせたお嬢様か。 まるで鏡のアリス……兎でも追いかけて迷い込んだのかい?」
「アリス、じゃ……ない。 私、ジョバンナ……探してるの、正…臣」
「ジョバンナ? 良い名前だね。 僕は黒崎天音、連れがいるなら探してあげるよ。 さ、おいで」
「なら我が送り届けよう」
「いや、それよりブルーズ。 これをランディに」


そういうと天音は、片手でジョバンナの手を握りながら何かのスイッチを投げ渡す。


「彼に渡すのを忘れていてね。 頼んだよ」





               ◇ ◇ ◇





「という事があったんだけど」
「そうでしたか。 アンナはオレの付けた愛称なんですよ」
「あの人……何か、ぼやいて…た?」
「ああ、気にしないでいいよ。 彼は結局きちんとやってくれるからね」
「とにかく、連れて来てくれてありがとうございました! オレ達委員の仕事があるので、失礼しますね」
「委員って評価委員のことだね?」
「はい、そうですよ」
「ふぅん、評価委員なんだ?」


すると天音は正臣達に改めて向き直り一礼する。


「普通の縁日なんて見た事もない子も多いだろうけど、皆で研究して頑張っているから。
 もし、少し普通の夏祭りと比べて違和感があっても、考慮して貰えると有り難いな。
 ……どうぞ、美しい一時を」


そう挨拶し顔を上げる。


「そんなお願いしなくても大丈夫だろうけどね。 花火もぜひ楽しんで行ってね」


学舎の美しさへの自負と同じ生徒達への信頼に、小さな笑みを浮かべながら天音は去って行った。


「……天音さん、か。 優しい人だったな〜。 それにしてもアンナ、何で頭に薔薇の花がくっ付いてるんだ?」
「ん……花?」
「あっ、気づいてなかったんなら別にいいんだけど……」


……知らない間に花を咲かせる能力なんかも開発されてるみたいです。