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リアクション
プロローグ 始まりに至るための始まり
――カメラだけは裏切らない。
僕の撮りたい絵を、撮りたいタイミングで撮らせてくれる。
風景も、動物も、そして、人間も。
カメラを向けた人は笑顔になる。ポーズを取る。いい写真を取れば、褒めてくれる。カメラを持っている僕は、ちょっとだけ積極的になれる。
好奇心で、有名なコスプレイヤーのプライベート写真を撮ったのがきっかけだった。たまたまそれを見た連中が、僕に売ってくれとせがんできたのだ。お金が欲しいわけではなかったが、何枚か売ってやった。
それから僕は一部では尊敬され……一部からは、軽蔑された。僕のことなんか知らなかった人も、僕を罵倒するようになった。
僕を利用する連中は、自分に矛先が向かないようにしているだけ。僕を罵倒する連中は、僕を知らないだけ。
カメラだけは裏切らない。
カメラだけは、なにも言わず、ただ、僕の動かす通りに動いてくれる。
僕はただ、撮りたいだけ。綺麗なものを、美しいものを、眩しいものを。
それなのに、いつの間にか、僕は盗撮のプロとして名が通っていた。しかも、写真を売りさばいたり写真で脅したりとか、そういう噂付きで。
だからこそ、僕の目の前に変な人が現れた時、僕は色々なことを思った。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)!」
僕は唖然としていた。いやもう、なにから突っ込めばいいのやら。
「ふふふ、噂は聞いたぞ、カメラ小僧。ククク、隠し撮りした写真で資金調達をおこなったり、対象を脅迫するとは、諜報員として有望だな!」
いや、そんなことしてないんだけど……
「怪人カメラ小僧よ!その度胸、気に入ったぞ! この俺が発明した特殊任務用カメラを貸してやろうではないか!」
一方的に渡された……というか、こちらに向かってきたカメラなのかなんなのかわからないもの。
「ククク、これより、そのカメラを用いた特殊任務を与える! もし、そのカメラを使いこなせるようであれば、お前の力を認めよう! その暁には、お前を我らオリュンポス諜報部のエージェントとして雇おうではないか!」
いやいや、なにを言っているかわからないんだけど……
「試練の内容は簡単だ。そのカメラの機能を活用し、写真を隠し撮りして、その写真で資金調達したり、脅迫をおこなったりするがいいっ! 悪の秘密結社の諜報員にふさわしい活躍を期待しているぞっ!」
僕はなにも言えずにいた。
ただ、目の前にあるものが一応カメラで、いろいろな機能が搭載されている特別なものだというのはわかった。
だからこそ……魔が差した。
僕をわかってない連中を、冷たい目で見る連中を見返せる。
そんな考えで、僕は、カメラを手に取ってしまった。
「自分は、ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)であります、諜報活動用の特殊カメラでス。ヨロシクお願いイタシマス」
喋った。ちょっと驚いたけど、手は離さなかった。
「フハハハ! 怪人カメラ小僧よ。このカメラを使い、見事試練を達成するがいい!」
変な男が喋っている。断ることもできた。でも、そうしなかった。
これからなにが起こるか、なにがどうなるのかの想像もできず、僕はただ、邪な気持ちと一時の感情だけに流されて、
「……わかりました」
そう、答えてしまったのだ。
カメラだけは裏切らない。
だから、大丈夫だと思った。
カメラを持ってさえいれば、きっと。
大丈夫だと、思った。
「……と、いうわけで、そういうマナーの悪い人を注意して欲しいんだ」
アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は、集まったメンバーに向けて話した。
彼女はここ、バラミタ内海の海水浴場にて、海の家を開いているのだが、最近はどうも、無許可で水着の写真を撮ったりするような、不届きものがいるんだとか。
そのせいでなぜか関係がないのに、彼女の海の家にクレームを言ってきたりする人もいるとか。
「盗撮ですよね……気持ち悪いです」
アゾートと一緒に海の家で働いている、泉 美緒(いずみ・みお)が体を抱くようにして言う。集まったメンバーの何人かも、それに同意するかのように頷いた。
「それじゃあよろしく頼むよ。昼過ぎの、人が少なくなる時間帯くらいまででいいから」
アゾートが言うと、集まったメンバーはおのおの散り、海水浴場へと向かっていった。
けしからん、捕まえてボコボコにしてやると息を荒くするもの、浮き輪などを持っていかにも遊びに来ただけのものといろいろで不安になるが、彼女は海の家をあまり離れるわけにいかないから、任せるほかない。軽く息を吐いて、彼女は海へ散ったメンバーを眺めた。
「さて、と。キミは、こっちを手伝ってくれるんだよね?」
「はいっ!」
元気に返事をしたのはミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だ。彼女は海水浴場には出ず、臨時のアルバイトとしてここに来た。
「それなりに忙しいし大変だけど、よろしく」
アゾートは彼女にエプロンを渡す。海だからかすでに水着だった彼女は、その格好のまま上にエプロンを羽織った。
「……裸エプロンだね」
その姿を見てアゾートが呟く。ミルディアはちょっとだけ顔を赤くして、
「もう、そんな風に見てるからそう見えるんだよ〜?」
そう言った。アゾートは軽く笑って返し、自分もエプロンを羽織る。
自分で口にしたくせ、彼女の格好もそんなに変わってなかった。
「午前中は飲み物とか軽食とかが多いから。出来るだけてきぱき頼むよ」
「うん、任せて♪」
ミルディアは控えめな胸を叩いて言った。アゾートとともに店へと出ると、すでに何人かの客が来ていて、注文を待っていた。
「いらっしゃいませー!」
ミルディアは満面の笑みでパタパタと客の元へ向かう。その様子を見て安心してから、アゾートも他の客の元へと向かった。
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